連載 初見良昭「人生、無刀捕」 第二回「虚実文字」

| 初見良昭

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人生、無刀捕

第二回「虚実文字」

お答え初見良昭
取材・構成藤田竜太

 

「人生無刀捕」題字・初見良昭先生
題字・初見良昭先生

 

虚実転換、変幻自在、行雲流水、奇想天外、千変万化、円転滑脱……。
 発想法、考え方こそが、最大の武器と言われる武神館の初見良昭先生。そんな初見先生に、人生の切所を切る抜けるための、さまざまな知恵を授けていただくというのが、本連載の狙い。
 ときに脱線、煙に巻かれたり、はぐらかされてしまうこともあるかもしれないが、それこそまさに、初見先生の口伝、心伝。
 姿勢を正して、初見先生の幽玄の世界に足を踏み入れてみようではないか。

 

「先生の仰る「虚実文字」とはなんでしょう?」

前回は、夏目漱石の「変体文字」に対し、初見先生は「虚実文字」を駆使しているというお話まで。

初見先生は、同じ読み方でも、違う漢字を当てはめて、通常と違う解釈、あるいは本質をずばりと突く、達人ならではの表現をよくされる。
同様に、会話であっても、虚から実へ、実から虚へ、虚実転換が自由自在であることも知られている。

それにしても、文字がコロコロ入れ替わり、その意味も千変万化していく「虚実文字」の世界は、武道の境地を示す、重要なヒントになっているのでは?

今回は、まずこのことから、初見先生に迫ってみた。

 

初見先生のお答え

日本語には漢字がありますからね。漢字があるから「虚実文字」も成り立つわけで、漢字があるのは、武道の要諦を伝えるのに、大変便利です。

漢字はたった一文字でも、いろいろな音を持っていますし、いろいろ聞こえてきますし、図形として、見えてきます。

前回語った「神韻武導」も、「武道」ではなく「武導」へという「虚実文字」の一例です。

「道」と「導」、違いは「寸」のあるなし。まさに「一寸」(ちょっと)の差ですが、武道ではその一寸が生死を分かつ。また一寸は、一寸法師にも、つながっていくんですよ。一寸法師は、わずか一寸の身体で、機転を効かし、勇気を持って、大きな鬼を退治する兵(つわもの)です。一方で、一寸ではなく三寸になると、「臍下三寸(陰部・下半身)に人格なし」なんて言葉もあるけど、武道家にとって、臍下三寸といえば、「丹田」ですよね。さらに、三寸は「三心の形」(※武道の「三心の形」「五行の形」 前回参照)にもつながっていて、とっても重要。

そもそも、「臍」は、あの世とこの世をつなぐもの。お釈迦様の蜘蛛の糸です。こうして会話が広がっていく。これも「虚実文字」の応用ですよ。

文章もそうですよ。ひとつの言葉が、新たなことを連想させ、次から次へ変化していく、いわばウェーブ。この波形は心電図と同じで、生きている証しといってもいいでしょう。

海外の弟子の前でも、いつも同じような感じで、私は話をしておりますが、武神館の言葉、私の言葉は、世界語なんですよ。

実際、通訳を通さなくても、私はポンと発した一言が直接弟子たちに通じていることが多々ありますから。

おそらく、潜在意識で直接感じるものがあるのでしょう。もともと知的な弟子が多いことも、見逃せない点かもしれません。

現在、私の弟子の8割は外国人で、その中には軍人、捜査機関、警察官なども多数いますが、昨今は医者、実業家、芸術家など、経済的にゆとりがある人も増えてきました。

ゆとりがない人は、欲というか、自分の悪いものが表に出るので、なかなか大成することがありません……。

だいたい、いまの日本人は余裕がなさすぎるんですよ。武道に興味がないんでしょ。とくに戦後の日本の知識階級は、暴力は悪いことだと思い込んでいる節がありますからね。
先日、NHKのBSで私のことを取り上げた番組が放映されましたが、戦後71年たって、ようやく武道や忍術に目を向けるようになったのかなと。撮影のために、私を1年間も追いかけて、1時間の番組を放映したわけですが、こんなことって、戦後初めてではないですか?

有難いことですが、製作者も監督さんも、まずは自分の常識を真っ先に出してきますから。でもそれでは、本当の武道の番組は作れませんよ。顕在意識で見るのではなく、潜在意識に従わないと……。もっともそれが難しいらしく、彼らも苦労していたようですけど(笑)。

初見先生

 

 

初見先生の肩書は?

海外でも、私の本が10冊近く出ていて、どれもベストセラーになっていますが、武道・武術界に限らず、一般の人にも受け入れられて欲しいんですね。私自身も「武道家 初見良昭」でなくてもいいのです。忍者でもなく、宗教家でもないし、何にも肩書がない、何にも属していない立場、それが理想ですよ。

えっ、私の肩書は「達人」でいいですって?

たつじんって、どこが“勃つ”んですか?(笑)。

 

笑いって、大事ですから。

だから、武道家や忍者だって先入観から離れて欲しいわけです。みんな肩書に縛られ過ぎているんですよ。

どこにでも、“無”の人間、立派な人はいて、いるんだけど見落としてしいるのではないでしょうか。市井のおばちゃんの中にもきっといるはずです。おばちゃんだって、近所のおじいさんだって、一番身近な親だって、非常に価値のあることを言うことがあるでしょ。そういうのを聞きもらさずに拾っていくことも、とっても大事なのではないですか。

こういうのは感性の問題ですが、例えば私だけ感性が鋭くたってダメなのです。みんなの感性が高まって、はじめていいハーモニーなるわけですから。

アメリカ国防総省の調査で、3000人の武神館の門下生が危険なミッションから生還したとして、感謝状をいただいたことがありますが、その弟子たちが感性を磨いたから生還できたのかと問われると、それは私にもわかりません。

人には、もって生まれた星回りというのがあるでしょうから……。

かわいそうだけど、はじめから運が悪いという人もいるでしょ。やっぱり運というのはあるんですよ。

だから、神に導かれるような人となりにならないと。そうなれるように、私は弟子たちを修行させているつもりです。

そのためのコツは、ずばり“無”になることです。お釈迦様の蜘蛛の糸じゃないけれど、無になれば窮地から脱することも可能になるし、反対に雑念があると、せっかくの蜘蛛の糸も途切れてしまって、助かる道も閉じてしまう。

私の言う神とは自然、ナチュラルです。自然の意識ですね。

みんな生きているんです。何らかの形でみんな生きている。それがお互いに結ばれて、構成されているんですよ、我々は。

生きているということは、みんな何か意味があって生かされているんです。そう思った方がいいと思いませんか。

人間誰もが理由があって生まれてきた。それを大事にして生きないと。そのために修行が必要なんです。苦労が欠かせないわけですよ。

生きていればいいことばかりではないんです。裏切りなんか典型的ですよね。むかしの侍なんて、裏切りで命を落とすことが多かったわけですから。刀槍の術に長けていても、同盟を結んでいたはずの武将に裏切られたり、身内や腹心の部下に裏切られて滅んだ例はたくさんあります。夫婦だってそうだし、親子だって、兄弟だって裏切ることがあるような社会の中で、彼らは生き方を会得していったはずなんです。

だから剣や武芸だけでなく、日常生活が鍛錬の場そのものでないと。
私だって、自分の奥さんの介護に追われて、正直時間がとれません。悪いことだってできないし(笑)。

でも、自分の思いどおりにならなかったり、不自由を感じても嘆いたりしてはいけません。

偉い人というのは、みんなそういう経験をしているもんですよ。南アフリカの大統領だったネルソン・マンデラさんなんて、27年も刑務所で過ごしていたんだから。

だから、自分の時間がとれない、不自由だと感じたときは、監獄にでも入っていると思えばいいんですよ。はっはっはっは。

むかしから、牢屋に入るのが一番修行になるって言いますから。例えば作家のオー・ヘンリーや宗教家でも、堀の中での生活を通して、大成した人は大勢います。

初見先生
まったく逡巡することない運筆で揮毫をされる初見先生。

 

自分の星との向き合い方

生まれつき星回りが悪い人だってあきらめてはダメです。人の星回りは修行で変えられるんですから。これははっきり言い切れます。

大事なことは、いい星まわりの人とお付き合いすること。変な人と付き合ったり、話をしたりすると、“流れ星”になっちゃいますからね。

もっと言えば、修行というのは、そうしたいい人、いい星と出会うためのものなんですよ。これか一番肝心なこと。

もともと悪い星を持っていたとしても、修行を積んで、自分がいい星になっていけば、悪い星が逃げていくし、避けていくんですよ。

それが武道の修行の真髄です。武道の修行では、最初は体術や形稽古からはじまりますが、やがてそれが空間に透明化されていくわけです。

私が高松先生に教わったのもそうしたことでした。高松先生は、武道・武術だけでなく、宗教的なことについても深く学ばれていた方でしたから。その分野の貴重な古文書などもたくさんお持ちで、熱心に研究されていましたし。高松先生は熊野行者坐主で大阿闇梨でしたし、私も大僧正になっていますが、でも坊主には染まらない。髪は紫に染めているけど、紫の袈裟なんて着ていないし。わっはっはっは(笑)。

煩悩を消すために、知識を消すために、アタマを紫に染めているんですよ。
高松先生から教わった大事なことのひとつは、忍術=忍ぶということ。すなわち、我慢するということ。世の中、忍耐することができないと、生きてはいけないでしょ。寒い日だって、我慢しなきゃいけないしね。
それと同じようなものですよ。苦労があったって、寒い日に寒さを我慢するのと同じような感覚で、虚実転換すればいいんです。

若いうちだけではないですよ。私だって、いまも辛いことと向き合って生活しているんですから。(妻の)介護だって楽ではないし。

ただ、高松先生のもとでの修行時代には、辛かったことなんてありませんでした。道場とか、武道においては、辛いと思ったことは一度もないんですよ。

ぶん投げられても、痛い技をかけられても、辛く感じたことなんてないし……。私は武道の修行に向いていたんでしょう。稽古をしていて、「もう嫌だ」なんて思ったことは、この歳になるまで、いっぺんもなかったね。

そんな私でも、人間関係では嫌な思いをしたことはありますよ。けれど、武道で嫌になったのは皆無です。

武道が好きとか嫌いとかいうのではなく、それが私の持って生まれた星だったのかな。

 

努力は三倍。毎週ヨーロッパを往復する感覚

もちろん、努力はしましたよ。精神的にも人の三倍、肉体的にも人の三倍、物質的にも三倍、3×3=9倍です。それに耐えられたから、今があるんです。

ある古流の武道の先生に学んでいた時なんて、その師匠に一ヶ月に50万円も払って、3年間、自宅に招いて教わっていたんですよ。

高松先生は、教費の類を一銭も受け取りになりませんでしたが、私は15年間、毎週夜行列車で奈良県まで通っていたわけですし。

あの当時、千葉県の野田市から奈良の橿原まで行くには、今でいえば、成田からヨーロッパまで行くのと同じ時間がかかったんです。

つまり、毎週ヨーロッパまで稽古に通うような感覚だと思ってください。

当時、整骨院も開業していたので、私が奈良に行けるのは日曜日だけ。なので、毎週土曜日の夜、夜行列車で橿原に行き、日曜日の昼間、高松先生と稽古をして、日曜日の夜、上りの夜行列車で帰京。月曜の朝から、整骨院で仕事……。そんな生活を送っていました。

自慢じゃないけれど、その整骨院だって、地元では一番流行っていましたから。

私はありがたいことに、これまでお金に不自由したことがないんです……。

(次回、「修業時代」につづく)

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–Profile–

初見先生

初見良昭(Masaaki Hatsumi
1931年、千葉県野田市生まれ。武神館(ぶじんかん)を主宰(武神館九流派宗家)、柔道五段、空手八段、抜刀道十段。ペンタゴンやFBI、イギリス特殊部隊、オランダ王室海軍などでも指導。テネシー州親善大使、ロンドン警視庁名誉顧問、テキサス州名誉市民、アトランタ、ロサンゼルス市名誉市民など。騎士(ドイツ国立歴史文化連盟より)。世界各国の指導者(レーガン大統領、メジャー首相、ミッテラン大統領、ローマ法王、マンデラ大統領ほか)や軍隊、警察、情報局や各種団体から感謝状、賞状、友好証などを受けている。国際警察会員、インターポール。英国王立医学協会名誉会員、トリニティ大学名誉教授、モアパーク大学犯罪学名誉教授、科学博士、哲学博士、芸術学博士。「日本よりも海外で有名な日本人」として、しばしばテレビ、雑誌、新聞などで紹介される。

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