瞬撃手が解く、沖縄空手「基本の解明」 第十五回(最終回)「稽古について」

| 横山和正

数年前から急速に注目を集めた沖縄空手。現在では本土でも沖縄で空手を学んだ先生も数多く活躍されていることもあり、秘密の空手という捉え方から、徐々に地に足の着いたものへと変わりつつある。ここでは、多年に渡り米国で活躍し、“瞬撃手”の異名を持つ横山師範に、改めて沖縄空手の基本から学び方をご紹介頂く。

瞬撃手が解く、沖縄空手「基本の解明」

第十五回(最終回) 「稽古について」

横山和正(沖縄小林流研心国際空手道館長)

 

横山和正先生

 

空手には間違った動きはない、
あるのは洗練された動きと未熟な動き

丁度この原稿に取り掛かろうとした矢先の稽古で、米国人生徒と大変興味深い会話をしました。

それは私が黒帯数人にヌンチャクの型の指導をしていた時です。ヌンチャクを小さく八の字に連続して廻すところで、ある生徒が「ここの部分は何回廻すのですか?」と質問してきました。

「う~ん、なかなか良い質問だな。ただ私も何回廻すかという指導されたことはないよ」と答えました。実際、当時の沖縄の仲里先生の道場では、立ち方の名称さえ明確に教えられたことはありませんでした。そこで私は「何回でもいい。私の号令に合わせて、出来るだけ速く、強く廻しなさい」と答えました。

それはそのまま、私がかつて仲里先生の道場で行っていたことでした。ヌンチャクの型に限らず、回数や腕の角度、歩法などについての指導は一切なく、ただただその号令の中で“全力、全速で最高に動く”ことだけを言われ、稽古中はそれに集中しました。

そうしたこともあり、このヌンチャクの件だけではなく、基本的に指導では、

「号令内で出来るだけ正しい姿勢で速く強く動作する」
「まずは動いてみなさい、当たり前の事を一生懸命続けると、特別なものになる」

と言い続けてきました。

また、もし私が彼の問いに「4回廻しなさい」と言えば、それが「正解」として、インプットされ、生徒の「やりたい」という要求や、自らの探究心を邪魔してしまう恐れもあるでしょう。

このヌンチャク指導でのやり取りでの私の本意は、

“貴方の振りが未熟ならばせいぜい3~4回の回転が限界でしょう。でも熟練してくれば、一度の号令の間に6回は廻せる様になる。また、状況によっては3回でもよいこともある。

稽古とはそういうもので、もし私が“O回”と言ってしまうと、自分で考えたり稽古から感じる力を邪魔してしまい“本当の向上の妨げ”になる可能性がある。ただ初心のうちに大事なことは、他の人が適当な範疇で3回廻していたら、自分はその同じ時間の中で、出来るだけ多く廻す。その後に調整を学べば良い。そうした気持ちの差が実力の向上に大きく影響を与えるのだよ”

ということです。そこで彼には、

「稽古は省エネを競ったり損得で行うものではない。一般には是とされる、理屈や効率を求めることが正しいとは限らない。そうしたことを度外視して、文字通り無心で行う時間も大事。やり方は人それぞれだけど、同じ動作を繰り返す中で、動きの質の充実を感じて、感覚を開いて、常に体全体で情報交換をしていることが空手の稽古。それが「当たり前に出来る事」を「別次元で行う」ものにするための訓練なんだよ。型を覚えることと、それを本当に自分のものにすることとは違う」と答えました。

実際私はよく指導中に「先生と一緒に同じ動きをしているはずなのに何か違う」と言われることがありますが、それはそこ含まれている内容、充実度の違いが生んでいるのです。だから生徒が、5回廻している間に私は7回ヌンチャクを廻すことができるのです。

こう書くと近年の論理的な指導法から比べると、何ともぶっきら棒で原始的指導法だと思われることでしょう。

しかし、空手はもちろん武道で大事なことは、頭で理屈を理解することではなく、体が答えを見つけ実際に行えることです。頭の理解は、体が答えを見つけるためのヒントや工夫にはなりますが、そのまま答えではありません。

ヌンチャクを振る際に、握り方が悪かったり、腕や動きにブレがあれば速く、正確に振ることはできません。ヌンチャクを廻す・振るという運動自体を理屈で解析することはできるかも知れませんが、実際に振るために必要なのは、実行出来るための体力や経験で磨かれたコツが必要になります。私自身が、マニュアルや具体的な指導がないスタイル(特に衛笑堂老師、仲里周五郎先生)の空手・武術を学んできたこともあり、それがそのまま現在の私の空手人生、稽古、指導に活かされ、その上で実感として感じているのは、

“空手には間違った動きはない、あるのは洗練された動きと洗練されていない動きだ”

ということです。

単純に突き蹴りだけを見れば、それなりに身体感覚の優れた人、例えばダンサーであれば空手の型を覚えることは容易でしょう。恐らくあっと言う間に、見栄えのよい突きや蹴りもできるようになると思います。

しかし、その動きの洗練度やにじみ出る質は全く異なります。そこには体がどこまで空手の法を理解しているのか、言い換えれば、「体が型になっているのか」が問われるからです。だからこそ空手は単なる闘争の道具を越えて“洗練された人間形成への道”にもなっているのです。

そうした空手や武道の本来の在り方が近年大きく忘れ去られている様に思うのです。

もちろん「間違った動きは無い」とは言っても、初歩の段階では悪い姿勢や、直すべき問題があるのも事実です。そうしたものをまとめ上げるのもまた型の役割と言えるでしょう。

そうしたことを踏まえつつ、この連載の最後に、改めて空手の“稽古”について、書いてみたいと思います。

横山和正先生

 

スポーツ的思考と武道的思考

現在は情報が溢れ、様々なアイディア、理論、方法、回答、その他が簡単に入手することが出来る時代です。

空手もまた、そうした時代の流れの中にあり、その影響から免れることはできません。現在は空手と一口に言っても、それぞれに異なった流派のもとで、様々な異なったスタイル・目的が存在します。

これを簡単に大別すると、

  • スポーツ思考
  • 武道思考

の2種類に分ける事が出来るでしょう。

ここで“思考”としたのは、単にアプローチ法の違いだけではなく、この二つの思考の違いが指導する側や学ぶ側の精神的側面や習得法に至るまで、あらゆる部分で異なった方法や目的を生み出していくからです。

基本的にスポーツは、何時、何処で、誰が、誰と、どんなルールの下で競われるかが事前に判っており、その優劣を公平な第三者の立ち合いの下で明確することを前提にしています。

そのためにスポーツの場合はルールを熟知した上で、そこで最も自分の力が発揮できる方法を見つけ、最適化(練習)することが勝利へ道となります。その意味では、勝つために有効な練習方法が組み立て易く、マニュアル化も比較的容易です。

しかし、その一方で戦う土俵が明確に定められているが故に、勝敗そのものは均衡し、最終的には体格やセンスを含む“才能”といった絶対的な壁や限界も生じるものです。

一方で武道と呼ばれるものはスポーツとは逆に、予測不能な状況を想定した世界です。戦いに際してはルールや審判も持たずに、時や場所や人数、武器の使用などすべてに決まりはなく、文字通り「いつ起こるか判らない戦い」に対応するためのものです。

スポーツでは「逃げたら負け」は当然ですが、武道では逃げることも当然選択肢の一つです。様々な状況の中で、自分が生き残るために適切と思われる結果を生み出す事が勝利と成り得るもので、言い換えるならばそこには各人に則した何十通りの勝利が定義が存在するものです。そしてそれは身体的能力の才能よりも、人間そのものの器の大きさ、機転、熟練度、性質、他によるところも大きい世界で、才能よりも経験や機転、覚悟等の成熟度が大きな関ることになります。

この二つは前提が全く異なるものです。

ところが一般的には「どちらも戦うということに違いはないだろう」と思われ、一緒くたに語られることが多く、これが誤解や混乱を招いているわけです。

現在の空手はまさにこのスポーツと武術の狭間にある誤解・混乱の中にあると言えるでしょう。

こうした誤解が外部の人間、つまり空手を第三者的な立場から見ている人たちのものであれば実のところそれ程問題はありません。問題は空手を学ぶ人自身が自分が学ぶものが何であるのかを曖昧にしていることです。

これは「武術としての空手がスポーツとしての空手でより上である」あるいはその逆である、と言っているのではありません。スポーツとしての空手も武術としての空手も、どちらも学ぶ人がそこに価値を認めて学んでいるのであればそれでよいことです。

また、自分の興味や成長に応じてこの二つを行き来することや平行して学ぶことも良いでしょう。相乗効果でどちらにおいてもより深い学びが得られることもあります。私自身、数多くの試合を経験したことは武術としての空手を学ぶ上で非常に大きな財産になっています。

ただ、それだけに二つの違いを曖昧なままにおこなうと、却って自分の視野を狭めてしまったり空手の幅を小さくしてしまうことが少なからずあります

くり返しになりますがスポーツとしての空手と武術としての空手は、その目的が違います。まずその前提をハッキリ認識した上でおこなうことが大事であり、それが分かっていれば自ずと稽古の方法論も違ってくるわけです。

横山先生

 

武道という制約の無い世界に必要なもの

では、実際に武術としての空手を稽古する上で、具体的に自分の能力を向上するために必要な稽古法とは何でしょう。

そこで最も重要になるのが、この連載でくり返し述べてきた“基本動作”と“型”の訓練なのです。

制約の無い世界に必要なものが“型である”と聞くと、一見最も対局に位置するものだと思う人もいるでしょう。

通常、自由攻防を求める人間は例外なく“基本”や“型”といった堅苦しい言葉を嫌うものですし、「そんな時間の無駄をせずに最初から実戦練習をやらせろ」というところでしょう。

しかし、実は“制約の少ない自由な世界ほど、自己統制が重要なポイントである”ということを、安定した管理型社会の日本ではあまり理解がされていません。また、そうしたルールによる縛りが少ない自由な社会、少し前に日本で流行った「自己責任」が問われる社会で具体的な実戦能力を指導することは簡単ではありません。

例えば、現在私が移住しているアメリカは、この「自由」をスローガンに掲げている国です。しかし、この国で生き残り、強い力を手に入れている、所謂「エスタブリッシュメント」と呼ばれる人々は、非常に自己管理・抑制に優れている人達です。

彼らの多くは、物事を人生のスパン、長期戦で観ており、自分の価値観と教養を以て、確固たるテリトリーを造り上げて、それを守っていくことが、生きていくうえで最も重要だと知っています。

それは勝敗はもちろんルールさえも第三者に拠らず、自己判断で生き残るための手段と方法を作り出していくという意味では、非常に武道的であり、私の考える空手の思想にも非常に近いものがあります。

米国ではこうした「如何に生きるべきか」という土台の部分を空手に求めている人も少なからずおり、彼らにとって空手は単なる闘争の手段ではなく、生きた哲学として実社会に生かしています。

その哲学を一言で言えば、「どの様な状況や環境でも自己の能力を十分に発揮しうる能力を追求を行う武道としての空手」となるでしょうか。そのためには、そこで行われる稽古は、格闘技術でありながらも、ボクシングのように最初から対人を意識して行うものではなく、基本や型といった単独の動作を用いて“自分を創る”ことから開始し、その概念の基でさらに高度化される仕組みになっているのだと私は考えています。

現実の制約の無い世界のなかで必要となる、自己の軸をしっかりと保てる訓練を行うことが重要であり、空手の型はまさにその哲学が結実したものだと言えるわけです。

横山先生

 

稽古について

さて、ここまで空手には“二つの空手”とも言えるスポーツ的思考と武道的思考の二つの潮流があると書いてきました。ここでは武道的な空手について、改めて私の思うところ書いておきたいと思います。

私はこれまで幼少の頃から空手・剣道・柔道といった武道に親しみ、高校時代から、台湾や沖縄に行き、直接古典的武術や武道のご指導も受けて、それが切っ掛けとなり、米国へ渡り空手指導を行いながら今日に至っています。

そうした自分の修行人生を振り返り考えるのは、「空手を実践していく者は、初心者も上級者も姿勢は同じでなければならない」ということです。

私は今日まで自分の空手の修行をするなかで、一時期は職業としてボクサーを選ぼうと考えたこともありました。

しかし、そのとき空手の世界に留まった理由は、「生涯続けられる」「生涯現役でいられる」といった概念でした。

思えば幼少期に“スーパーマンになりたい!”と思って踏み込んだ武道の世界でした。当時の私は複雑な家庭環境もあり、子供心に辛い思いや苦しい経験していたこともあり、「強くなりたい」では不足で、心底何にも負けない“スーパーマン”になりたかったのです。

当時は武道の情報も殆どなく、ただ漠然と映画の「姿三四郎」や漫画の『紅三四郎』など観て、そこに登場する武道を学ぶ主役達の人間的な強さに憧れ、何度も脳裏にその姿を想い描いたものでした。

その後、様々なスポーツと空手の試合で賞を頂く機会もありましたが、やはり「自分が求めているものはこれではない」と、どうしてもそれに満足はできませんでした。

勝って賞品を貰っても、どこか納得できず、更に「その上を狙う」という方向についても、それに必要な多大な覚悟と犠牲を考えると、そこで得られるものと自分の人生とは結びつけて考えられませんでした。

「自分が心底、納得が出来る結果や活動を求めよう」そう考えたところから私の本当の意味での修行が始まったと言えるでしょう。

高校時代に渡った台湾では衛笑堂老師に武術の「肝」と言える部分を感じ、最後に訪ねた沖縄で「一生涯を賭けて追及する稽古、永遠に向上する訓練法」の存在を知る事になったのです。

それが台湾・沖縄で出会った套路であり型でした。

それまでは“強さ”というイメージに束縛され、柔道で言えば乱取り、空手で言えば組手といった対人を基に、相手に打ち勝つ具体的な技術論ばかりを追い求めて来ていていました。ただ、そうした技術やノウハウは、予め定められた条件の中では有効なのですが、それ以外の局面では通用せず、また自分のコンディションによって結果が変わることが分かってくると、そもそも自分が求めている不変的強さとは相容れないものを感じていたものでした。

何を以て日々、自分を研ぎ澄まし、強さを向上させていくのか?

それこそが型だったのです。

もちろん、型自体は台湾や沖縄に行く前から知っていました。しかし、当時の私は「型は正確に動き、流儀を表現する儀式的練習」「昇級・昇段審査に必要な項目のひとつ」位にしか考えていませんでした。

それを覆したのは、この連載中に何度も触れてきた沖縄の小林流・仲里周五郎先生のご指導でした。
とにかく「強く・速く動く、突く蹴る」の繰り返しで、どんなに全力で動いても「まだ遅い、まだ軽い」と言われる底なしご指導でした。

一瞬一瞬、その時の自分の持てる力を精一杯出す稽古の毎日でしたが、その結果が感覚に現れてくるのにはそう長い時間を必要としませんでした。

型の動きも分解も、全く意識もせずに、ましてや何かの秘伝や現在の様な身体操作を意識するでもなく、とにかく全力で無心で型を行う訓練の中で、私は初めて「これは“強い”、“凄い”」という自分の底から沸き起こる実感を心技体で感じていました。

「何が自分の中で変化したのか?」「何を覚えたのか?」と聞かれても上手く答えられない変化。ただ動作の本質が確実に変わり、動く度に体内では力が爆発を繰り返し、それが拳足とともに風を切り、外部に発散する強力なエネルギーを生み出すことを実感していました。それはそれまで10数年の間、空手や他の格闘技では感じることができなかった、「はじめて経験する充実感」であり、そのことは昨日の様に覚えています。

そうした力を組手や演武に応用すると、ここでも信じられないレベルの効果が表れました。

それから40年もの年月が過ぎていますが、今でも私の日々の稽古は“当時得た感覚を基に型を行う”ことが中心となっています。それだけではなく、致命的な身体の負傷から、生死を懸けた病を経ても、大きな衰えを感じることなく、より経験に裏付けされた工夫と向上しています。

少年時代、私の求めた“スーパーマンの様な強さ”も“生涯を通じて向上する空手”の夢も、私なりの実現を見て今日まで続いてきているのです。

そうした経験の上で今言えることは、空手における稽古はスポーツの練習=トレーニングとは異なる意味を持っているということです。

トレーニングとはひとつの目標に視点を当てて強化することであるのに対して、空手や武道における稽古とは、何か具体的な目標というより、広範囲に影響を与える自身の源泉的能力の開眼、それに結びつく原理原則に因んだ理を学ぶ行為と言えます。ですから二十代には二十代の空手があり、六十代には六十代の空手があるのです。学ぶ者は全て“現役”であり、だからこそ空手の稽古は生涯を懸けて行うことができるのです。

横山和正先生

 

修行とは

では修業とはなんでしょう? 近代空手の世界において“修行”という概念は随分と忘れ去られて来ている様です。

それは時代とともに、空手を学ぶ目的が競技、趣味、課外活動、他の様な娯楽を中心とした活動が主流となっているためと言えます。

そうした風潮から見ると私のスタイルは正反対だと言えるかも知れません。

それぞれに空手に対する向き合い方が合って良いと思いますが、空手には一時的な活動や娯楽としてでは理解出来ない、高い心技体の境地を求道するための方向性があると感じています。そして、それを継続して追求することが空手修行の醍醐味であるとするのが、私の空手の原点であり、それは指導活動を行う現在でも変わらず、指導もまた私にとっての稽古であり、自己の向上を目的とした実践であるからです。

また、以前にも書きましたが、私が空手指導を行っているアメリカでは、「生徒は先生の言う事を素直に聞く」「空気を読む」といった人は少なく、「全て本気でやる」「先生は当然強く、こっちが全力でやっても大丈夫」といった風潮があり、内心「こんな小さい奴に負けるわけなどない」という態度であるものも少なからずいました。

そうした中で私は自得したのは二通りの指導者の在り方でした。

ひとつは、

「指導者として相手の動きを口頭で注意して、正しいやり方を指導する」

もう一つは、

「相手のやる事に付き合い、相手を完全に制圧・捌いた後に間違いを指摘する」

ということです。

こと成人の欧米人に有効だったのは後者の方法でした。彼らの多くは、何事も自分の感覚で価値を決める傾向が強く、言葉での指導よりも、明確に体感で伝える必要がありました。

これは教える側にも緊張感が必要で、約束組手や掛け手の訓練から、生徒が熱くなり、自分の得意のレスリング的な摑み合いに発展したり、いきなり顔面を殴りかかってきたりすることもよくありました。そうした際には、それが何であれ相手の動きを完全に制し、その上で落ち着かせて指導するわけです。

この時、相手を怪我させてしまうと、生徒であっても裁判沙汰になることもあるので、こちらはコントロールして行う必要があり、その為には相手が「キレる」気配を読み、的確に動く必要があります。日本ではなかなかない経験でしたが、こうしたことが私自身の修行となり、得がたい学びの場になったことは間違いありません。

ここまで極端でなくとも、空手は生徒はもちろん、指導者もまた学びの場です

万物は不変ではなく、絶えず変化を繰り返している。

それは沖縄空手においても同じです。

しかし、そこに流れる本質はいつの時代も変わる事なく継続されていく価値のある素晴らしい文化であり武術・武道であると考えます。

そうした時代から時代へ移り変わる伝授の一端に、私の修行も微力ながら役に立つことを心から望みつつ、これからも修行に精進していくつもりです。

(第十五回(最終回) 了)


 

本連載が単行本になりました!

連載をお読みいただきありがとうございます。本連載は増補改訂を経て単行本『瞬撃の哲理 沖縄空手の学び方』としてして単行本にまとまりました。書籍化にあたっては、新たに撮り下ろしの技術写真の他、新たに撮り下ろしたインタビューを収録、平成30年5月26日に急逝する直前に自身の空手哲学を凝縮した一冊となっています。

書影『沖縄空手の学び方』

現在、全国書店、アマゾンで発売中です。

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–Profile–

横山和正(Kazumasa Yokoyama

沖縄小林流空手道研心会館々長。
本名・英信。1958(昭和33)年、神奈川県生まれ。幼少の頃から柔道・剣道・空手道に親しみつつ水泳・体操等のスポーツで活躍する。高校時代にはレスリング部に所属し、柔道・空手道・ボクシング等の活動・稽古を積む。

高校卒業の年、早くから進学が決まったことを利用し、台湾へ空手道の源泉ともいえる中国拳法の修行に出かけ、八歩蟷螂拳の名手・衛笑堂老師、他の指導を受ける。その後、糸東流系の全国大会団体戦で3位、以降も台湾へ数回渡る中で、型と実用性の接点を感じ取り、当時東京では少なかった沖縄小林流の師範を探しあて沖縄首里空手の修行を開始する。帯昇段を機に沖縄へ渡り、かねてから希望していた先生の一人、仲里周五郎師に師事し専門指導を受ける。

沖縄滞在期間に米国人空手家の目に留まり、米国人の招待、および仲里師の薦めもあり1981年にサンフランシスコへと渡る。見知らぬ異国の地で悪戦苦闘しながらも1984年にはテキサス州を中心としたカラテ大会で活躍し”閃光の鷹””見えない手”との異名を取り同州のマーシャルアーツ協会のMVPを受賞する。1988年にテキサス州を拠点として研心国際空手道(沖縄小林流)を発足、以後、米国AAU(Amateur Athletic Union アマチュア運動連合)の空手道ガルフ地区の会長、全米オフィスの技術部に役員の籍を置く。

これまでにも雑誌・DVD・セミナー・ラジオ・TV 等で独自の人生体験と沖縄空手を紹介して今日に至り、その年齢を感じさせない身体のキレは瞬撃手と呼ばれている。近年、沖縄の空手道=首里手が広く日本国内に紹介され様々な技法や身体操作が紹介される一方で、今一度沖縄空手の源泉的実体を掘り下げ、より現実的にその優秀性を解明していくことを説く。 すべては基本の中から生まれ応用に行き着くものでなくてはならない。 本来の空手のあり方は基本→型→応用すべてが深い繋がりのあるものなのだ。 そうした見解から沖縄空手に伝えられる基本を説いていこうと試みる。

平成30年5月26日、尿管癌により逝去。享年60。

書籍『瞬撃手・横山和正の空手の原理原則』(BABジャパン) ビデオ「沖縄小林流空手道 夫婦手を使う」・「沖縄小林流空手 ナイファンチをつかう」・「沖縄小林流空手道 ピンアン実戦型をつかう」「沖縄小林流の強さ【瞬撃の空手】」(BABジャパン)

web site: 「研心会館 沖縄小林流空手道」
blog:「瞬撃手 横山和正のオフィシャルブログ」