ヒモトレ介護術 第六回 「ヒモで結び直された“親子の絆”」

| 浜島 貫

「ヒモ一本でカラダが変わる」と話題のヒモトレ。中でも関心が高まっているのが、介護分野でのヒモトレの可能性だ。

そこでこの連載では、主に在宅医療の現場でヒモトレを活用している浜島治療院院長の浜島貫先生に、実際の使い方や臨床的な意義を紹介してもらおう。

ヒモトレ介護術

第六回 「ヒモで結び直された“親子の絆”」

お話浜島 貫
文・取材・構成北村昌陽
監修小関 勲

 

こんにちは。浜島貫です。

今回は、43歳の女性、Fさんのお話を紹介しましょう。

Fさんは、ダウン症です。ダウン症は、生まれながらに21番染色体が1本多いことが原因でおこる、先天性の疾患群です。発達が緩やかなことなどが特徴ですが、症状の現れ方にはかなり個人差があります

お母さんによると、Fさんは子供のころから物覚えが良くてあまり手がかからず、一人で歩いて外出し、ショッピングなども自分でしていたそうです。

去年の秋口ぐらいまではそんな感じで、自宅で普通に生活していましたが、10月頃に体調を崩し、入院することになりました。

ずっと自宅で暮らしてきたFさんにとって、病院での生活は、ストレスフルで馴染み難いものであったとお母さんは感じていたようです。病院スタッフとうまくコミュニケーションが取れず、点滴などの治療が困難な状況に陥ったそうです。

そのため、治療上の必要性から、という理由で、病院ではFさんの体を拘束することになったそうです。

お母さんの言葉を借りれば、ベッドに縛り付けたわけです。

するとどうなったか。2週間も経たないうちに、Fさんの体は、筋肉や関節が硬直し、まともに動けなくなってしまったそうです。歩くことはもちろん、ベッドに腰掛けた姿勢をキープすることさえ困難になったのです。

驚いたご家族は、Fさんを自宅に連れ帰りました。そして訪問診療をしているドクターに主治医を依頼。

その医師が、関節などを動かすリハビリを取り入れた方がいいと判断したことで、私もFさんの診療に関わるようになりました。それが昨年の11月のことです。

 

「ダウン症の末期だから仕方がない」

医療を提供するにあたり、たとえば患者さんがどうしても点滴針を抜いてしまうなどといった場合にそれぞれの手続きを経て、患者さんの身体を拘束することがあります。

Fさんの場合も、そういう判断が下されたものと思われます。

一般にダウン症の人は、若年性のアルツハイマー病(40~50代ぐらいで発症)の発症率が高いと言われています。そのため病院側は、Fさんの状況を、一時的な混乱というより「認知症」と捉えていたそうで、お母さんは「治療のためには拘束するしかない」と言われたそうです。

また、ダウン症の人は、かつては短命に終わるケースが多いと考えられてきました。心臓や免疫系などに先天的な障害を抱えていることも多く、老化の兆候も早くからあらわれてきます。そのため、40代半ばに差し掛かったFさんのような方は、往々にして“終末期”として扱われてしまいます。

医療技術などが進んだ今では、長生きする人もたくさんいるのですが、それでもそういう見方は今も根強く残っています。

そういった背景情報(先入観ともいえますが……)があるためでしょうか、病院ではお母さんが何を言っても、「もう何をやっても無理」という反応しか返ってこなかったそうです。コミュニケーションが取れないのも、体の機能が落ちてしまったのも、「ダウン症でこの年齢だから仕方ない」と言われてしまう。

でも家族としては、ほんの少し前まで普通に歩いて、会話していた姿を知っているので、そんなふうに言われても納得できない。それで自宅に連れ帰った、と、そんな経緯でした。

 

心が落ち着けば、体の機能がきちんと発揮できる

体の状態が急変し、少し前までできていたことができなくなったとき、誰よりも本人が、大きなショックを受けます。私が初めてFさんに会ったときも、体が思うように動かなくなったことに驚き、拘束されたことを納得できず、それらの自分の思いは伝わらない、そんなやり場のない感情があるのかな、と思いました。

そんなときは、ヒモトレです

ここには二つの意味があります。一つは、へそヒモやタスキには、荒れた気分を少し収める作用があること。おそらく、肩や背中を手のひらでさするのにも似た柔らかい接触感覚が、とげとげしくなった心をじんわりとほぐしてくれるのでしょう

ヒモトレ入門
書籍『ヒモトレ入門』より、たすきがけ。

 

そしてもうひとつ、ヒモトレには体をまとめ、姿勢を安定させる作用があります。床や椅子の座面とのコンタクトが安定し、姿勢がどっしりと落ち着くのです。そうやって体が安定すれば、心も落ち着くものです。

人は誰でも、心や体が乱れると、身体機能が低下します。スポーツ選手だって、不安や不満を抱えたり、興奮や緊張が高まりすぎているときは、いいパフォーマンスを発揮できないですよね。ああいう状況は、だれの体にも起きるのです。

逆にいうと、乱れた心身の状態を落ち着けるだけで、身体機能はアップします。いや、「アップする」という表現はやや不正確でしょう。より正確に言うなら、本来身に備わっているのに、うまく発揮されずにいた力が、心身が落ち着くことできちんと出せるようになるのです

へそヒモとたすきを巻いてみると、Fさんは、何事もなかったかのように自然に、ベッドに座りました。「ちょっと座ってみる?」「やだこわい!あれ?」という感じで、実にあっけなく、です。

彼女の体には、座った姿勢を保つだけの力がきちんと備わっていた。それが、ヒモを巻いた途端に現れたのです。

それから約1年間、訪問するたびにへそヒモとタスキ、ハチマキなどを巻き、手足の関節を動かすリハビリやマッサージ、座位・立位のトレーニングなどを行ってきました。

少しずつ体が動くようになってきたこともあり、最近は、Fさんの表情に自然な笑みが戻ってきました。心身ともに落ち着きを取り戻し、少しですが大好きなバニラアイスやヨーグルトを口から食べたり、家族と一緒に車椅子で外出をすることも出てきました。

ベッドに腰掛けるFさん。へそヒモ、タスキ、ハチマキ、ひざヒモを巻いた状態で、体が安定している。

 

ダウン症患者は加齢変化が早い、というのが医学的事実だったとしても、それはあくまで一般論です。Fさんの身体がどれだけ動けるのかは、Fさんの身体だけが知っています。実際、ヒモを巻いてリハビリをすることで取り戻せた部分がある、というのが、この1年間の結果。先入観にとらわれず、やってみる価値があるのです。

 

お母さんの心の中に起きた、大きな変化

さて、今回のお話は、実はここからが本題です。

今回、この小文を書き起こすにあたり、あらためてFさんのお母さんに、この1年を振り返っていただきました。以前と比べて何が変わったと思いますか? との問いに、お母さんはこんなふうに答えてくれました。

「この子が元気なままだったら、逆に将来の不安とか、もっといいやり方があるんじゃないかなどと、ずっと気を揉んでいたかもしれません。今はかえって以前より平穏になったように思います。いたずらに先のことを考えず、1日1日を幸せに過ごせればいいと思うようになりました」。

この話を伺っていたとき、お母さんの傍で、Fさんは「うん、うん」と頷いていました。

きっと彼女も、お母さんと同じ心境だったのでしょう。

お母さんはさらに、こんなことも話してくれました。

「前は、どうしても“こうするのが正解”っていう思いが強くて、こちらの感覚で押し付けていた部分がありました。だからこの子の中には、それへの反発がずっとあったのだと思います。それが今は、何をするにも必ず本人の意思を聞いて、やりたいっていうことだけをするようになりました。そうしたら、「ありがとう」っていってくれるんです。それが嬉しくて」

このお話、お母さんはさらっとおっしゃられたのですが、とても大切な内容を含んでいると、私は思います。

私はこれまで介護の場面で、さまざまな家族関係に接してきましたが、親が子の面倒をみるケースというのは、思い入れが強い分、「こうした方がいい」「こうしなきゃダメ」という気持ちも強く現れやすいもの。“親心の押し付け”になりやすいのです。それが原因で、いろいろなトラブルが生じていることも少なくありません。

きちんと本人の意思を確認し、尊重しながらものごとを進めてみる、するとその方が楽になる事がある。これは、通常の子育てでもそうですよね。私自身、自分の子供に対しては、つい考えを押し付けてしまうことがあります。仕事としてではなく、家庭の中、家族関係の中で、ましてや自分の子供に対して「本人の意思をくみ取り尊重する」ことを実践するのは、思いのほか難しいことです。

 

「等身大の自分を受け入れる」ことの意味

どうやって、お母さんはこんな心境に至ったのでしょうか。ここからは私の想像ですが、私は、もしかしたらこのあたりにも、ヒモトレの影響が及んでいるのではないか、と思っています

これは一般論ですが、加齢や病気、障害などによって体の機能が低下してきたとき、ある人は、その現実がなかなか受け入れられず、元気だった頃のイメージにしがみついたり、またある人は奇跡的な(非現実的な)回復を追い続けたりします。

その一方で、失意から「もう私の体は動かない」という後ろ向きの思い込みに凝り固まってしまう人もいます。これらの観念はどれも、現実と向き合うことを妨げるという意味で、度がすぎると厄介なものです。

ヒモトレは、身体に触れたヒモが体を刺激することで、観念ではないリアルな自分の姿を浮き彫りにします。思い込みが外れ、素の自己像が自分の中に入ってくるのです。

ヒモトレ発案者の小関勲トレーナーは、この作用を「等身大の自分が浮かんでくる」と表現しています。過大評価でも過小評価でもない、リアルな“いまの自分”が感じられるわけです。

Fさんのケースでは、この「等身大作用」が、本人のみならず、お母さんにも及んだのではないでしょうか。お母さんがヒモを身につけたわけではありませんが、いつもFさんの傍にいたわけですから、Fさんの心身の変化がお母さんに“伝染”したと考えるのも、おかしな話ではないと思うのです。

この1年、私の目には、 Fさん本人が落ち着きを取り戻していったのと歩みを合わせるように、お母さんもまた1年がかりで地に足をつけていかれたように見えました。「『これが正解』という考えを手放して、まず本人の意思を聞く」という発想は、そんな中から自然に出てきたように思えます。

いたずらに高望みをせず、かといって悲観するでもなく、現実を淡々と受け入れる。言葉にするとまるで禅のお坊さんのような境地ですが、老いや病と付き合うには、こんな心のあり方がとても役に立ちます。そしてヒモトレをすると、なぜかそんな心境に近づいていく人が多いのです。実に、興味深いことです。

(第六回 了)

注意:この連載では実際に浜島先生が現場でヒモトレがどのように使われているかをご紹介しています。ただ、実際の使用にあたっては、必ずご本人を含めた関係各位の同意の上、慎重に行ってください。また高齢者や障がいをお持ちの方が行う際には、必ず付き添い者の同伴が必要です。席を外すときは、必ずヒモを外すように注意してください。

 

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–Profile–

浜島先生

浜島貫(Totu Hamashima
1976年生まれ。浜島治療院院長。浜島整骨院副院長。鍼灸マッサージ師。柔道整復師。 公益社団法人埼玉県鍼灸マッサージ師会理事。井穴刺絡頭部刺絡学会理事。現在、在宅医療にも力を入れており、個人宅などを訪ねて鍼灸治療やマッサージ、リハビリなどを行っている。そうした取り組みの中で、ヒモトレを活用。腰痛予防対策や介護施設の職員、デイケアなどに通う高齢者に向けたヒモトレ講習会も実施。

ご連絡先:hamashima.in@gmail.com

 

小関 勲 (Isao Koseki
ヒモトレ発案者/バランストレーナー 1973年、山形県生まれ。1999年から始めた“ボディバランスボード”の制作・販売を切っかけに多くのオリンピック選手、プロスポーツ選手に接する中で、緊張と弛緩を含む身体全体のバランスの重要さに気づき指導を開始。その身体全体を見つめた独自の指導は、多くのトップアスリートたちから厚い信頼を得て、現在は日本全国で指導、講演、講習会活動を行っている。
著書『[小関式]心とカラダのバランス・メソッド』(Gakken刊) 小関アスリートバランス研究所(Kab Labo.)代表 Marumitsu BodyBalanceBoardデザイナー
平成12〜15年度オリンピック強化委員(スタッフコーチ) 平成22〜25年度オリンピック強化委員(マネジメントスタッフ)日本体育協会認定コーチ、東海大学医学部客員研究員・共同研究者、日本韓氏意拳学会中級教練

MARUMITSU(まるみつ)
Kab Labo.