対談 藤田一照×小用茂夫 04「教えの基準」

| 藤田一照、小用茂夫

去る11月5日に行われたコ2【kotsu】発のイベント「静中の動を身体に問う」で行われた、禅僧・藤田一照先生と刀禅創始者・小用茂夫先生による対談の模様を数回に分けてお伝えします。

当日の動画もFBのコ2【kotsu】ページ(https://www.facebook.com/ko2.web/)上で公開していますので合わせてご覧ください。※動画はFBに登録していない方でもご覧頂けます。

コ2【kotsu】イベント“静中の動を身体に問う”より

対談/藤田一照(禅僧)×小用茂夫(刀禅創始者)

第四回 教えの基準

語り藤田一照、小用茂夫
構成コ2【kotsu】編集部

 

 藤田先生、小用先生

 

微細な感覚の世界をどう伝えるか

藤田 禅でももともとは、調身の営みの中に、調息も調心も全部含めているような言い方をしているはずだと思うんですね。調身一つ、そこに調息も調身もインクルードされてるというか含まれている。そういうホーリスティックで一挙に成立させるアプローチなので、歩くことの中にすでに集中の行が入っているという先生の説明の仕方が凄くぴったり一致しているんです。多分その辺は、われわれが共通して大事にしたい、原理というか、好みっていうんですかね、哲学みたいなものがあるような気がします。

小用 なるほどそうですね、なかなかこの辺は面白いですね。根底に統合への強い指向性が働いているからなのでしょうか。

藤田 そういう意味では、道元さんもそういう考えだったと理解しているので、今の先生の説明を聞いてますます刀禅に対して親近性を感じます。

小用 一照禅師から駆け出しの刀禅にたいして過分なおことばを頂き恐縮してます。励みにしながら精進していきたいと思います。

(お二人握手)

藤田 微細な感覚の世界のことを伝えていくのはとても難しいと思うんです。語りもするけれどそれではだけでは充分では無いので、「見せて」「触れらせて」みたいな形で伝えていくしかないと思うんです。こういう直接的な伝授の世界と言うんですかね、禅でも言葉にならないことをどうやって伝授していくかということが大きな問題になるのですが。

小用 まさに仰るとおりで、であるが故に一つは静止で非常に基準となるものを媒介にして伝えていく。これ(竹尺)自体がものを計る基準性そのものと言えるわけですが(笑)。

藤田 非常にユニークな教材だと思います。

藤田先生、小用先生

 

「過剰に役割を固定化したり絶対化しないように
 注意する必要を感じます」(小用)

小用 伝授のあり方に関して刀禅では、先ず明確な基準を伝えます。この基準を最上位に置き、その基準に基づいて稽古します。最上位というのは人を超えてある、一つの法のようなもの。あるいは公理といったもので、私を含めて古参の修行者も超えてあるものですね。これは人は公理を体現できるものでは無い、ただ公理に近づいて行く存在であるという想いがあります。その近づき方もまた一様で無くそれぞれの道筋を通って近づくのだと思います。

恐らく色々な芸道の中で、伝える側と伝えられる側の関係。やっぱり伝える側が先に老いていき、そのなかでうまくいかなくなる事が増え実力というてんで相対的に落ちていく。それを防ぐ落下防止のための装置というものを持っているのではないかと思うことがあります。そういうなかであるべき基準性が薄まり、逆に個人の癖みたいなものが伝承されて、抽象度の低いものになりかねない。

ちょっとズレましたけれども、伝達する側の役割と責任は当然あるわけで正当な権威も勿論必要だと思います。ただ過剰に役割を固定化したり絶対化しないように注意する必要を感じます厳密な基準を公理として最上位に設定しておくことは、伝達側の劣化による悪影響を最小に抑える働きがあるはずです。もう一つは相互検証のあり方を客観化するためにも不可欠であると思います。そのためにも稽古においては平等な条件で行い、勝ち負けを競い合うのではなく、互いに培い合うという関係を築いていくことが大切だと思います。

藤田先生、小用先生

 

刀禅は駆け出しだからそんなことを言っていられるのかもしれないですけれども(笑)。ただそれは逆に言うと伝える側は非常に厳しいわけですね。つまり相手は自分より若くてどんどん成長してくる、こちらは経年劣化の度合いを増していく。「やっぱりそうそういう防止装置を作っておけば良かったな」と(笑)。これはもう敬老精神に頼るしかないというような(笑)。

しかしそうであるからこそ、こちらも研鑽を絶やすわけにもいかず、よりよいものを探求できているのだとありがたく受け止めております。

藤田 禅の世界も上意下達ではないですけれども、本質的に見えないものが問題になっているので、相互検証をしようにもできないという風に思われているんです。もちろん会ってしばらく一緒にいたら、その人の到達レベルは大体わかるわけなんですけれども、それを武術のように一つの技を磨いていくというような検証できる形にしにくいところがあるんですね。だけどそれは多分可能だと思うので刀禅をぜひ参考にさせていただきたいと思います

小用 とんでも無く光栄なことでございます。禅というしっかりした蓄積があったお陰で刀禅は成り立ったところがあります。今日も多くの栄養を頂けました。引き続き宜しくお願いいたします。

(第四回 了)

 

 

動画のご案内

現在、コ2フェースブックページでは、当日の模様をダイジェスト動画で紹介しています。こちらからご覧ください。またページへの「いいね」をして頂けると、動画を含む更新情報が届きますので是非この機会にどうぞ!

新作動画を追加しました!

 

 


刀禅:歩法セミナー1/8「身体を育み高度化へと導く歩法を学ぶ」
のお知らせ

来る1月8日(月・祝日)小用茂夫先生が直接指導される、刀禅:歩法セミナー1/8「身体を育み高度化へと導く歩法を学ぶ」が開催されます。本対談でもテーマとして登場している、静の状態で保たれた整った状態を、如何にして動き“歩”のなかで再現するのか? 刀禅初となる歩法セミナーに注目です。

■日時:2017年1月8日(月・祝日)午後2:10-4:30(受付1:30-)
■場所:埼玉県蕨市。お申し込み頂いた方にお知らせいたします。

●内容:“歩”問題は、否応なく生じてしまう“ブレ=崩れ”にあります。このブレが身体の統合や調和を妨げています。
“歩”は日常における移動から、更に技芸などの高みを目指した稽古の領域まで、総てわたって密接に関わる大切な事柄といえましょう。また“歩”の問題の根深さは直立二足歩行という人類史的な課題にも繋がってまいります。

セミナーでは“歩”に焦点を当て、“歩”にまつわる問題点を示すとともに、身体を育み高度化へと導く“歩法”を具体的にご紹介していきます。

●対象:歩法に関心のある方
●対象:18歳以上の方。未経験者を歓迎します。
●参加:連続セミナーとなりますが、新規で単発の参加者にも受講可能な内容となります。
●講師:小用茂夫。刀禅古参会員。
●費用(保険費用込み)
○一般:4,000円(初参加者には竹尺一本付)
○刀禅会員:定例会員1,000円、回数会員2,000円、その他会員3,000円(竹尺持参のこと。当日購入の方は+500円)

●懇親会:4000円程度(スペースの関係で早期に締め切る場合があります)
●申込みフォーム:必須です。保険申請の関係で正確にご記入下さい。(名前を知られたくない方はこちらの申込だけでも可です)。前回〈その1〉〈その2〉で申込フォームに記載して頂いた皆様に再三記入して頂くのは大変心苦しいのですが現在のシステムでは省略はできないようです。お手数をおかけして誠に恐縮ですがあらためて記入のほどをよろしくお願いいたします。m(_ _)m
申し込みフォームへ

●締め切り 1月2日(火)早期締切アリ
申込人数の関係で早期に締め切る場合もあります。

●刀禅とは?
日本発のボディワーク。刀禅は、伝統武術の共通原理を礎に、全ての身体運動の基盤となる根源的な力を養うボディワークです。立つ・歩くという基本的な動作を精密な基準を設け丁寧に行うことで、関節運動を補完し、それを越える内圧運動への転換~機能性と効率性・安全性を兼ね備えた総合密度の高い身体を目指しますが、二人で行う相対稽古により、独りよがりではない、検証性を常に持つワークであることも特徴です。現在、武術家・施術師・ボディワーカー・トレーナー・ダンサー・アスリートをはじめ身体を研究される多くの方々が練行し、各分野で成果を上げています。限りなく奥深いワークではありますが、老若男女問わず、全くの初心者でも御参加できる内容のクラスです。どうぞ、この機会にご体験ください!(「フィットネスセッション2017」紹介文より)

※会場へのお問合せはご遠慮願います。

 


藤田一照先生の新刊『生きる稽古 死ぬ稽古』現在好評発売中です

「絶対に分からない“死”を語ることは、
同じく不思議な、“生”を語ることでした」

 

私たちはいつか死ぬことをわかって今を生きています。 でも、普段から自分が死ぬことを考えて生きている方は少ないでしょう。

“あらためて、死ぬってどういうことなんだろう?”

この本は、そんな素朴な疑問をエンディングノートプランナーでイラストレーターをされている伊東昌美さんが、禅僧・藤田一照先生に伺う対話となっています。

人生の旅の果てに待っているイメージの死。ですが藤田先生は、「生と死は紙の裏表みたいなもの」で、「生の中にすでに死は忍び込んでいる」と仰います。 そんな身近な死を語るお二人は、不思議なほど“愉しい”様子でした。

それは、得体の知れない死を語ることが、“今この瞬間を生きている奇跡”を感じるからだったのかもしれません。 そう、死を語ることは生を語ることであったのです

“どうして私は生きているのだろう?” 一度でもそんなことを考えたことがある方へお薦めします。

現在、全国書店、Amazonで好評発売中。

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–Profile–

小用茂夫先生
小用茂夫先生

小用茂夫(Shigeo Koyou
虚弱な幼少期、青年期の腰椎圧迫骨折などに悩まされる。活路を空手、古流剣術、中国武術、合気柔術など武術に求め、そこで多くの傑出した師に出会い素晴らしい境地を知る。一方で、そこへは辿り着けない自分の身体性と向き合うなかで、欠陥の多い身体でも、そうした師の境地に至る術は無いかと独自の模索を重ねる。幸い稽古仲間に恵まれ長い実験と検証の時代を経て現在の方法に辿り着き、ボディワーク刀禅として提唱するに至る。

Face Book:刀禅(グループ)

藤田一照さん

藤田一照(Issho Fujita
1954 年、愛媛県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程中退。曹洞宗紫竹林安泰寺で得度し、1987 年からアメリカ・マサチューセッツ州のヴァレー禅堂住持を務め、そのかたわら近隣の大学や瞑想センターで禅の指導を行う。現在、曹洞宗国際センター所長。著書に『現代坐禅講義』(佼成出版社)、『アップデートする仏教』(山下良道との 共著、幻冬舎)、訳書にティク・ナット・ハン『禅への鍵』(春秋社)、鈴木俊隆『禅マインド ビギナーズ・マインド2』(サンガ)など多数。写真に登場する猫は愛猫・テラ。

公式サイト: http://fujitaissho.info/

オンラインコミュニティ大空山磨塼寺:https://masenji.com/