新解・肥田式強健術入門 第一回 「肥田式強健術とは何か?」

| 富田高久

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肥田式強健術。日本人の身体感覚の核とも言える、“丹田”を中心としたこの身体開発法の名前は、武道・武術をはじめカラダに興味のある方であれば、一度は耳にしたことがあるだろう。その一方で、玄米菜食を中心とした食養や、腰を反る型の印象が強く、「ストイックで難しい」と言われることも少なくない。そこで本連載では肥田式強健術研究会・富田高久会長にお願いして、そうした肥田式にまつわる誤解を解きつつ、改めて現代人に合った肥田式入門法をご説明する。

新解・肥田式強健術入門

第一回 肥田式強健術とは何か?

富田高久(肥田式強健術研究会会長)

 

肥田式強健術とは何か?

肥田式強健術の開祖・肥田春充先生がお亡くなりになって、今年で59年、私が肥田式強健術研究会も開いて既に30年になろうとしています。

肥田式は、正式名称を「聖中心道肥田式強健術」といって肥田春充先生が創案創始された心身能力開発鍛練法です。

肥田春充先生

 

肥田式には大きな柱が三本あります。それは、

  • 「肥田式強健術」
  • 「天真療法」
  • 「宇宙倫理の書」

です。

「肥田式強健術」は気合(腹力)を土台として成り立っていて、気合応用強健術、簡易強健術、椅子に座って行える椅子運動法、鉄棒を使う正中心鍛冶法、病人の為の自己療養、呼吸法などがあります。

「天真療法」は自然治癒力を高めるため純自然体をはじめ、食養(玄米菜食)など身体の中から自己開発を進めていく教えです。

「宇宙倫理の書」は春充先生が最晩年の6年間に不眠不休で書き上げられた哲学、宗教、化学など聖中心道の根幹をなす思想書であり、その原稿は丈余に達したと言われますが、未だ2巻のみの発行となっています。

この連載では一本の柱である「肥田式強健術」のことを説明していきたいと思います。

 

肥田式との出会い

まずは最初に、簡単に肥田式との私の出会いをお話ししましょう。

30歳代前半に病気が見つかり、「自分で何とかしなければ」と色々な療法を試してみました。自彊術から始まり、気功やその他、身体面からまた食物の面からも玄米食や民間療法を取り入れていました。ちょうどその頃、肥田式強健術と出会い試したところ所要時間も短く、場所もいらず、体操と錬丹(中心練磨)が同時に行えるという事で虜となったわけです。

都内で教えている所が分からず仲間を誘い当時、伊豆八幡野にあった肥田家へ通うようになりました。年に幾度となく肥田家を訪れ聖中心道肥田式強健術の二代目・肥田通夫先生には懇切丁寧に一つずつ手ほどきを受けました。

そこで、その当時、毎夏開催されていた春充先生追悼修養会で知己を得た、最高師範の吉田信恭先生に心構えや肥田式の奥行きを学びぶと同時に、肥田春充先生の直弟子であり、専用道場である東京・大塚学生修道院道場で教えていらした荒波宇吉先生に春充先生の人となりを学び、日曜日には練修を見てもらっておりました。
その後、私自身で研究会を立ち上げ、縁あって図らずも大塚道場を使用させていただき、現在は毎金曜日の練修日、隔月ごとの東京講習会、名古屋を中心とする各地の講習会を開き、肥田式を知らなくても、身体を動かしたい人のための都内平和島、小金井各教室を毎週開いております。

 

肥田式強健術とは何か?

私が「ヒダシキキョウケンジュツ」を練修していると友人や知人に話すとそれは何ですか?

「ヨガのようなものですか?」
「合気道のようなものですか?」
「気功のようなものですか?」
と色々な話が出てきます。

また言葉の響きから「強拳」や「強剣」と思う人もいて、なかなか説明に困ります。

一般的に説明すれば「錬丹」と「強健」なのですが、この「錬丹」という言葉も耳にしたことがない人には分かりづらく、「強健」なるものは勝手な造語だと思われることもありますが、錬丹とは丹田を練ることで、禅の修行や武術の修行など、その道を極めた人が体得する心身の力が出る源であります。

また強健とは病気でない身体、すなわち健康であるということを超えたもので、気合い(腹力)を土台とした健康体にして、自由に身体を使え、気力が充実して自分が持っている能力を存分に発揮できる身体の事です。

肥田式ではこの中心を「丹田」とは言わず「正中心」と名付けています。

それまでは古来より、丹田の位置は臍下三寸(ヘソの下三寸・約9センチ)と称され、曖昧模糊としていましたが、肥田春充先生が自分の身体を実験検証した結果、人体の物理的中心はここにあると、「正中心」としてはっきりと示され、その著書『強い身体を造る法』(1916・大正5年刊)に発表さています。

そこにはこう述べられております。

「人間の精神にも身体にも中心があり、中心に触れない精神修養はそれが如何に偉そうに又如何に形式が備わっていても全く無価値なものです。中心を土台としない肉体の鍛錬も労多くし効果が極めて薄弱であると断言する。

身体の中心とは幅も厚さもないただその位置が一点にあるのみ。

解剖模型と生きた人間とを対照としながら幾何学、力学、生理学を応用してまず腰椎と仙骨との接合点に力を入れて反った姿勢を造りそこから臍の方へ地平に対して平行線を引き、鼻柱と胸骨の中央から地平に対して垂直線を下ろし先の平行線とが臍のところで直角に交わる。それと仙骨の上端と恥骨を結ぶ線とで直角三角形ができ、その各々の角を二等分した線を相対する辺に結びつけると三線は一点で交わる。

その点が人間を一つの物体と見たとき重心となる。そこが人間の中心(※筆者注 正中心)となる。その点を円心として先の直角三角形に内接した円を描く、円を標準として腹の中に球を想像する。腹に力を入れると球の表面から球心に向かって同一の力量で圧迫すると中心力が生じる。この球は力学的無形のものである」
また、この「正中心」を得るために必要な、正しい姿勢については、
「両足を直角に踏み開いて立ち体重が踵と爪先とに等分に落とす。
爪先と爪先を結びつけ両足の中心線(爪先の幅を二等分した点と踵と幅を二等分した点とを結んだ線)を後方に引いて直角三角形とする。
各辺を二等分した直線を相対する角に結ぶ。そうすると三線が一点で交わる。正中心球の球心がこの点に落ちてこの線が垂直となる。
これで姿勢が正しくなる」(引用、同書より)

 

正中心の学理的説明

 

こう文章で示されると難しく思えるけれど上のような図を描いてみると単純でわかり易いと思います。

つまりは「正中心」を得るためには、姿勢が正しくないと正中心が決まらないわけです。
ただし、この姿勢を保つには相当腰を鍛える必要があります。これをいきなりそのまま自分の身体にあてはめてみようとすると、これが当てはまりません。ですからここからが肥田式強健術の練修の始まりとなります。まとめれば、
まず、

「正しい姿勢を身につける、保てるようになる」

その上で、

「正中心の位置を自得する、それを土台に修練を積む」

と、いうことになります。
また、姿勢を正しく保つためには自分の中をよく観察して、「今どこに重心が来ているか?」を感じる感覚を研ぎ澄ましていくことが大切になります。

肥田式は型の練修をしながら自分の内側へ向かう感覚を磨くこと、そして気合いを土台に成り立っています。そのためには気力の充実が不可欠であり、そのためにも「正中心」を自分のものにする必要があります。

これは余談になりますが最近、特に危惧していることで街中の人々を見ると姿勢の悪い人が増えて来ているように感じます。歩いている姿勢もそうですが公共交通機関の中での椅子の座り方が極端に悪いのです。足を投げ出して座り、腰椎が滑って臍が上を向き、背中が丸くなって鳩尾(ミゾオチ)が縮まって緩んでいるのです。特に若者に多くみられるのが非常に気になります。

悪い座り方
よく見かける悪い座り方

 

まず臍が上を向くというのは本来腰椎が持っている特有のカーブを逆に使っているという事で、近い将来の腰痛患者の予備軍である事です。また鳩尾が縮まって緩んでいるという事は本来あるべきところになければならない内臓を圧迫しその働きを阻害している事です。これも近い将来の疾病患者の予備軍といっても過言でではないと思います。

私は肥田式強健術を、だれかれなしに押しつけるつもりは毛頭ありませんが、肥田式を学んでいる者から世の中を見ると余りにも自分自身の健康と内面、精神面に無頓着な人が増えてきているのに将来の不安を感じるのです。姿勢を保つ筋肉の衰えしかり、内臓諸器官が悲鳴を上げていることに気が付かない感覚の持ち主が徐々に増えてきていることが大変気になるのです。

 

肥田式は腰に悪い?

肥田式について語る際に必ず出てくるのが、正しい姿勢を作るための、「腰の反り」です。

肥田式について語る際に必ず出てくるのが、正しい姿勢を作るための、「腰の反り」です。

「腰の反り」は、非常に重要であるのは確かで、それは肥田先生が残した多くのお写真からも、肥田式の象徴として扱われることも少なくありません。
しかし、同時にそれは肥田式にまつわる、

「肥田式は腰に悪いのではないか」

という誤解のもとになっているのも事実です。

そこで本連載では、まずこの肥田式の腰のあり方について、私の経験を踏まえながら書いていきたいと思います。

研究会が始まる前は5、6名同好の者が集まり近くの公民館を毎日曜日の午後に借りて練修をしていました。
当時のテキストは『聖中心道肥田式強健術』という、現在壮神社から出版されている箱入りの拡大復刻版と中身は同じだと思います。現物が今は私の手元にありませんので、当時のものの版元はどこだったのか分かりませんが、拡大復刻版と同じで戦前の文語体で書かれており、練修は皆の額を寄せ集めて文章を読み解くことから始まり、それから各自の身体を以て実践練修を行いました。

肥田式の身体操練は色々な動きを同時進行で行っていかなければならないのですが、本には図や写真はなく箇条書きでしか書いてありませんので、動きのつながりがよく分からない部分がありました。特に困ったことは、型の練修の始めは自然体から入るのですが、必ず

「腰を反れ」
「尻を突き出して腰を据えろ」

などと腰を反ることが書かれています。

当時はまだ30代で若かったのと、肥田式強健術に一途な思いがありましたので、そのような練修を半日続けても厭わなかったのですが、それでも終わりの頃になると、立つのも容易ではなくなり、それでなくとも腰が痛くなる者も出てきていました。
そうしたことが重なり、先にも書いたように、毎月とはいかないものの、年に幾度かは有志で車に分乗して、伊豆矢幡野の通夫先生を訪ね学ばせて頂きました。

ただ、“腰を据える”ということは根本であるにも関わらず、大変な難しい事でした。その訳は当時の我々を含む現代人は便利な世に慣れて、戦前の人に比べ足腰が極端に弱っていたためです。そのため、型を練修しながらも、同時に腰腹を鍛えていかなければ肥田式とは呼べない事がだんだんと分かって来ました。

その一方で肥田式に憧れて勢い勇んで入会してくる人のなかには、こちらの注意も聞かずドシドシ練修を続けて腰を痛め、「もう、懲り懲り」と、早々と道場から足が遠のく方が多くありました。

では、そもそも本当に腰を強く反る必要があるのでしょうか?

次回からは、この腰の使い方に関してお話していきたいと思います。

(第一回 了)

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–Profile–

富田高久先生

富田高久(Takahisa Tomita
1949年、鹿児島県出身。30歳の時に肥田式強健術と出会い、取り組むほどにその効果と奥深さに衝撃を受ける。1985年、肥田式強健術研究会を設立。以来、会長として肥田式強健術の研究と普及に努めている。

ビデオ「肥田式強健術(入門編)」・「肥田式強健術(実践編)」

Web Site 肥田式強健術研究会