もっと!保健体育 第八回 「ソマティック・エクスペリエンス(SE)・藤原ちえこ先生」

| 伊東昌美

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中学生の時、保健体育はナゾでした。なんとなくエッチな感じがあって、でも真面目な顔をして先生は講義をしているし……。
その当時から体育が大好きだった私は、いまでも身体のことに興味があります。ただ、その頃のナゾだとかエッチな感じだとかそんな曖昧なことではなく、もっと身体のことを知って、大人になった今だからこそ、改めてこれからの人生を一緒に生きていく自分の身体と、もっと仲よくつきあいたいと考えています。

そこでこの連載では、私・伊東昌美が身体についてのセミナーやワークショップに参加して、それなりに自分の身体を使ってきた今だからこそ必要な、“保健体育”についてご紹介していきたいと思います。
「もっと!保健体育」第八回はソマティック・エクスペリエンスの藤原ちえこ先生です。

伊東昌美のもっと!保健体育

第8回 ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー・藤原ちえこ先生

文・イラスト伊東昌美

 

SEって何?

「ソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing®、以下、SE)は、アメリカのピーター・リヴァイン博士が開発した身体志向のトラウマ療法です。トラウマとは日本語で「心的外傷」と訳されます。心が傷を受けているのだから、その原因を探ったり、その傷を特定したりして、言葉で癒していく……つまりSEは“心”そのものに寄り添い、働きかけるカウンセリングの一種なのでは? と当初、私は思っていました。

けれども、どうやらそうではないようなのです。 まず「SEって何?」を知るためには、「トラウマって何?」から知らなければなりません。

藤原ちえこ先生

藤原ちえこ
大阪大学人間科学部卒業後、新聞記者を経てカリフォルニア統合学研究所修士課程修了。臨床心理士、カリフォルニア州公認サイコセラピスト(MFT)、ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー(SEP)。現在は札幌でカウンセリングルームを運営しながら、中学高校のスクールカウンセラー、大学の学生相談室相談員などとしても活動中。訳書に『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(ピーター・リヴァイン著、雲母書房)、共著書に『ソマティック心理学への招待』(久保隆司・日本ソマティック心理学協会 編、コスモス・ライブラリー)などがある。
Web site プレマカウンセリングルーム

 

SEを開発したリヴァイン博士は、心理学者でもあり、かつロルフィングなどの身体療法のエキスパートでもある方。彼が40年近く、トラウマが起きる仕組みや、その癒しのメカニズムについて研究する中で注目したのは、次の二つのことでした。

  • 受けたトラウマの内容にかかわらず、誰しもが同じような身体症状(不安、不眠、解離・麻痺、フラッシュバック、パニック発作など)に苦しむ ということ
  • 野生動物は、人間のようにトラウマ症状に悩まされないということ

野生動物は、捕食動物に捕まりそうになると“死んだふり”をするなどして、危険を回避します(これだけでも、人間からすればかなり、ストレルスフルな環境だと思います)。けれどいざ、その危険が去るとブルブルっと身震いするだけでおしまい。起きた出来事をひきずらず、トラウマにはならないのですって!!

野生動物はブルブルっとすれば元通り。でも人間は、その後もずっとトラウマ症状に悩まされたりしてしまう。
「この違いは何?」と知りたくなり、藤原ちえこ先生にうかがってみました。

 

トラウマは、自律神経の調整不全で起こる

ちえこ先生はアメリカでSEを学び、現在も臨床の現場で10年以上、SEをセラピー手法の中心においた実践をされています。またリヴァイン博士の著書を翻訳され、SEプラクティショナー(施術者)の養成や、そのネットワークづくりにも尽力されるなど、日本においてSEが普及するための立役者ともいえる方です。

ちえこ先生によれば
トラウマとは、“心理的、精神的な問題”というよりも、“生理的、神経的な問題”であると、リヴァイン博士は結論づけている
のだそうです。

さらに続けて、こうおっしゃいます。
「人間は、大きなショックや積み重なるストレスにさらされると、交感神経をフル稼働させ、通常では出ない力(火事場の馬鹿力のような)を出すことで、その場から逃げたり、戦ったりします。

でも、それでは対応できないような状況では、自分が“凍りつく”ことで何とか、その場を切り抜けようとします(これは苦痛を感じないようにするための、自然のメカニズムでもあるようです)。
そして危機が去った後、野生動物の場合は自然に“ブルブルっ”と身震いをしてその凍りついたエネルギーを振り落とせるのですが、人間の場合はそれができません。
そのため人間の場合には、解放されなかった大量のエネルギーが、神経系の中にとどまってしまうのです。

この行き場のないエネルギーは身体の中で出口を求めて、さまざまな症状を生み出します。これが“トラウマ症状”。
SEではトラウマを、<出来事ではなく、自律神経の調整不全である>と定義しています。調整不全のあらわれ方は人それぞれで、

交感神経が過剰に活性化している人=いつもパニックや不安を抱える
副交感神経が過剰に活性化している人=いつも疲労や鬱を訴える
その両方を行き来する人=激しい怒りの発作に襲われたあとに、抑うつ状態になる

など、さまざまなパターンがあるのです」

え、トラウマって、“心の問題”じゃなく、“神経系の問題”なんですか?
犯罪や天災、虐待や暴力、事故にあうなどして、“心”がひどく傷ついてトラウマになるんじゃないんですか?

「いえいえ、トラウマかどうかを決めるのは、その方の自律神経系です。 だから他の人にとっては些細な出来事、取るに足らないような言葉のやりとりであっても、それをきっかけにトラウマを起こすこともあります。
本人がトラウマだと思えばトラウマ、本人が苦しいと感じていたら、それはトラウマなのですよ」
とちえこ先生。

なるほど〜。SEは、誰もが認めるような、とてつもないトラウマを抱えた人のためだけの療法ではないみたい。どんな人でも受けることができる、滞っているエネルギーを解放して、今をより生きやすくすることに役立つ療法のようです。

 

働きかけるのは、心ではなく「身体」

SEの一番大きな特徴は、“心ではなく、身体(特に神経系)の状態に働きかける療法であること”なのだとか。

扱う身体感覚は、その方、その時によってさまざまですが、今、この瞬間、自分が何を感じているか?(イスに座っているときの座面の感じ、暖かい・寒いなど)、その感覚は身体のどこにあるのか?……というように、ひたすら「感覚」を追跡していきます。

自分の意識を身体感覚に向けていくことで、自身の自律神経系にアクセスし、凍りついて閉じ込められていたエネルギーを解放していくのです。

ちえこ先生いわく、
「自分にとってその感覚が、“心地よい”あるいは“不快だ”と、どうして分かるのでしょうか。温かい/冷たいからか、 柔らかい/固いからか、軽い/重いからか、痛いからか、すっきりしているからか。もしくは落ち着いている、ジンジンしているから分かるのか……。
身体感覚に意識を向けてみると、感覚には何百通りもの微妙なニュアンスがあること、言葉にするのが難しいのもあることに気づきます。

でも”言葉にならない、分からない”というのもりっぱな答えなのですよ。
“分からないというのが、分かっている”わけですよね。

ではどうしてそれが分かるのか。 ただ単に感覚が微妙すぎて、うまく表現できないということなのか、それとも、感覚そのものをうまく感じられず、自分が身体の外に出てしまっている感じがするからなのか、頭がぼーっとして言葉がまとまらないからなのか……。

“分からない”という同じ表現の裏にも、さまざまな違う体験があるはずです。その体験をさぐっていくこと、クライアントの方自身がこうして自分に“気づき”を向けることそのものが大切なのです(SEではこれを「トラッキング」といいます)。
『気づくことで、問題の八割はすでに解決している』と言っている人もいるくらいです」

とのこと。
どうやらSEは、私が最初に考えていたような、“出来事をくり返し話して心を楽にする”カウンセリングとは、かなり違うアプローチ方法をとるようです。

もっと!SE

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SEのセッション体験1〜痛みの声に耳を傾ける

……ということで私、SEのセッションを体験してみました。ただしセッションは受ける人によってまったく違う、個人的でユニークな体験です。施術者のバックグラウンドやアプローチの仕方によっても異なります。ですからこれは、あくまでもひとつの例だと思ってくださいね。

藤原ちえこ先生と伊東昌美さん
まず、楽に座れる椅子やソファに座って、目を閉じます。目は閉じたくなければ開けたままでもOK。私は自分の内側の空間に入るために、目を閉じました。

ちえこ先生の誘導を受けながら、今の身体感覚を感じていきます。
この日(と書いたのは、受ける日の状態によって、感じるものが違ってくるので)、私は胸の前に広いスペースがあるのを感じていました。そしてその感覚が私に、「自信がある」と言っていました。
ふだん私は、自分にあまり自信を持っているわけではないので、そういう身体感覚が出てきたことが不思議でした。

やがてその広がったスペースを“安全地帯”にして、さらにその外側に広がる場所を感じていきます。私は、右奥に“暗いもの”が降りてくる感じがしました。右手の肘の上に、痛みも感じました。
でもその痛みがあっても、少しも怖くありません。(これはあとで書きますが)SEではつねに、クライアントの安心・安全を最優先に誘導しているからで、「安全な場所から、ちょっとだけ離れて冒険してみた」感じ。

そして無意識に私が、その痛みをとろうとして右手をさすろうとしたその時。ちえこ先生が言いました。
「排除しようとするのではなく、この痛みが何を伝えようとしているのか、ちょっと耳を傾けてみてください。せっかく出て来てくれた痛みなのですから」
……ん。思わず私は、笑ってしまいました。

「今の私、健康オタクが陥る“ワナ(痛み→不快→すぐに取りたい→なにか手を打たなくちゃ)”にはまりかけてる!」と感じたから。
そこで痛みの声にもっと、耳を傾けてみることにしました。
私の右手は、「もっとできる」と言っていました。 具体的に何ができるの? どういう意味で言っているの? その問いかけには直接的な答えは戻ってきませんでしたが、それでも頭で考えている“いつもの私”よりも、私の身体感覚は、「自信を持っていることに気づいて!もっとできる。だからもっとやろうよ!」と言ってくれているようでした。

勝手に自分の可能性を閉ざしている状況に対して、「勝手に限界を決めちゃっていませんかね〜。まぁ身体としては、そんなふうに限界を決めたりしてませんけどもね〜」といっている<感じ>だったのです。とても興味深い体験でした。
これについては、ちえこ先生は肯定も否定もされませんでした。ただ「そうですか〜」というような相づちで、聞き、見守ってくれているという感じです。

 

SEのセッション体験2〜トラウマと再交渉する

さらにもうひとつ。私はセッション前に、ちえこ先生に自分のカエル恐怖症について話していました。
今ではずいぶん軽くなっていますが、子どもの頃からずっとカエルがとても怖かったのです。実物はもとより、それが写真であっても、その写真が載っている本を放り投げて逃げ出したくなっていました。つい最近も、スマートフォンの画面にカエルの写真がいきなり現れたので、思わずスマホを放り投げてしまったほどです(笑)。

これがトラウマと関係があるのかどうかわかりませんが、前情報としてセッション前に伝えていました。
実際、セッションの途中で、ちえこ先生はこのカエルの話題にいこうかどうか、考えたそうです。でも今回のセッションでは必要ないと判断し、その話にはふれなかったのだとか。

このようにセッションはある意味、生き物です。「私はカエルを怖がっている(のはなぜ?)」と、伝えたからといって、必ずしもその話題の方に進んでいくとはかぎりません。 それはトラウマなのか? だとしたら、なぜそれがトラウマになったのか? という“原因探し”は、SEにおいてほとんど意味をなさないようです。

SEではあくまでも、今の時点でクライアントの自律神経がどのような状態にあるのか? を観ていきます。そこにエネルギーの滞りがあればそれを解放し、本来の健康で自己調整ができる神経系の状態に導くために、セッションを行っていきます。これをSEでは「トラウマの再交渉」と呼ぶのだそうです。

今回の体験セッションでは、私の中には大きなトラウマによる滞りはなかったようですが、かなり深刻なトラウマを抱えたクライアントの方でも、1回のセッションで劇的な変化を遂げる人や、悩まされていた症状が数回のセッションでだいぶ落ち着かれた方もいらっしゃるそうなのです。

私の場合は「劇的な変化」を体験するということはありませんでしたが、セッションの“ビフォー”、“アフター”の違い、それは「落ち着き」という体感ではないかと思います。
安心安全な場所があるということ、自分という存在はなんら否定されるようなものではないということ。これをセッションを通じた体感で得られたので、なんだか自分の内側に「落ち着き」というものを、以前よりも感じることができるようになりました。

生きていれば、ワサワサ、ザワザワと心が落ち着かなくなることは出てきます。セッションを受けた後も、そんなふうになることはよくあるのですが、あのセッション直後の「落ち着き」を思い出す、というか感じ直すようにしています。そうすることで「落ち着き」というものを、以前よりもっと感じることができるようになっています。

 

「リソース」が大事!

体験セッションを終えてから、「SEと直接関係しないことかもしれませんが……」と前置きして、ちえこ先生にひとつ、おききしたことがあります。

伊東昌美さん

 

実は昨年末、夫が大病をしまして現在も療養中なのです。家族の誰かがこういった問題に直面すると、家族のことなんだからほっておけない、自分のことはさておき相手のケアをしたい・するべき、という気持ちが顔をのぞかせます。
こうした状況の時に「今の自分にできることは、何ですか?」という漠然とした質問を、ちえこ先生にぶつけてみたわけです。

ちえこ先生の答えは、明快。 「ご自身が心安らげるスペースを、いつも忘れずに保ち続けてください」 ということでした。
はい、その通り。SEのセッションを受けた後では、これ以上の答えはないように感じています。

SEでは「クライアントが安心・安全な場所にいること」を、とても大切にしています。クライアントを崖っぷちに立たせて、「ほぉら、怖かっただろう? じゃあもういっぺんあの恐怖を味わって、そこから脱出して癒しを得よう」などというリスクを冒すことはしないのです。直接の傷口(トラウマ)をグリグリしないのですね。
あくまでも「過去にどんなつらいことがあったとしても、“ここ”に“今”あなたはいる。存在している。今あなたがいる場所は、安全なのです」という認識を保ちながら、セッションは続けられます。

この安心安全な場所を広げていくために、SEでは「リソース」ということが重要な役割を果たします。リソースとは“資源”と訳されることが多いですが、SEでは「心地よい身体感覚」と「その人を元気にしてくれる、健全で中毒性のないものすべて」を指します。

これは、そんなに堅苦しく考えるようなものではなく、「気持ちいい~~」とか、「はぁ、癒やされる~~」とか、「これがあるから、がんばれるんだよね~~」とか、 そんなふうに感じられるモノ、コト、ヒトのことをいいます。

温泉につかるとか、子どもの寝顔をながめるとか、友だちとおしゃべりをするとか、猫を抱っこするとか…… 何がリソースになるかは、人によってさまざま(ここにあげたことも、人によってはやりたくないこと、不快なことだったりすることがあるので、あくまでもたとえですが)。
自分自身のリソースを見つけること、知っておくこと。これは自身の神経系を自己調整するためにも、とても大切なことなのだということを教えていただきました。

 

SEで「自己調整できる」自分を取り戻す

ちえこ先生はアメリカの大学で心理学を学んだのち、ホームレスのグループセラピーの仕事に就いていた頃のことを、お話してくれました。

アメリカのホームレスの中には、戦争からの帰還兵が数多くいるといいます。ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争……年代を問わず、戦場での過酷な日々から深刻なトラウマ症状を抱え、社会復帰しがたくなった方も多いそうです。そして薬物中毒やアルコール中毒、精神疾患、統合失調症など、複合的に重い症状を抱えている方も多いといいます。

「SEを学んだ今なら、当時よりもっと多くの人の助けになれるのに……」というちえこ先生の言葉が、耳に強く残っています。

「トラウマは時が解決しない」と、ちえこ先生はいいます。未解決のエネルギーが身体の中で滞っているのがトラウマの状態ですから、何年経っても、ふとした瞬間や同じような状況に遭遇することで、フラッシュバックが起きるのです。

  • フラッシュバックを軽減させたい
  • 過去にあった出来事が頭から離れない
  • いつもとても疲れている
  • 人とうまく話せない

など、生きていく上での困難さを抱えている方はたくさんいらっしゃいます。
その原因探しに躍起になるのではなく、「今の自分の“状態”は、もしかしたら、もっと楽になる可能性があるのでは?」と少しでも思われた方は、一度SEにふれてみてください。SEはこうした方々の、あたたかな光になると思います

何か問題が起きると、自分に対しても、家族に対しても、「もっと何かできない?」と、動くこと、やることを見つけようと躍起になってしまいがち。
でも本当は、それ以上に

自分の中にリソースを見つけ、神経系の自己調整能力をバランスよく保つこと

そうすることが自分自身のみならず、家族や友人、そしてひいては通りすがりの人にとっても、いやもっといえば世界中の人にとっても、心地よさを届けることになるのではないのかなぁ? と感じています。

セッションを終えて、私の心に残ったのは、先に書いた「落ち着き」と「リソースの大切さ」のふたつ。どちらも大切な自分自身への贈り物となりました。

(第八回 了)

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–Profile–

伊東昌美さん

伊東昌美(Masami Itou
愛知県出身。イラストレーターとして、雑誌や書籍の挿画を描いています。『1日1分であらゆる疲れがとれる耳ひっぱり』(藤本靖・著 飛鳥新社)、『舌を、見る、動かす、食べるで健康になる!』(平地治美・著 日貿出版社)、『システム感情片付け術』(小笠原和葉・著 日貿出版社)と、最近は健康本のイラストを描かせてもらっています。長年続けている太極拳は準師範(日本健康太極拳協会)、健康についてのイラストを描くことは、ライフワークとなりつつあります。自身の作品は『ペソペソ』『おそうじ』『ヒメ』という絵本3冊。いずれもPHP出版。

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