UFCとは何か? 第五回 「桜庭和志、最初で最後のオクタゴン登場」

| 稲垣收

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introduction

現在、数ある総合格闘技(MMA)団体のなかでも、最高峰といえる存在がUFCだ。本国アメリカでは既に競技規模、ビジネス規模ともにボクシングに並ぶ存在と言われている。しかしMMAの歴史を振り返れば、その源には日本がある。大会としてUFCのあり方に大きなヒントを与えたPRIDEはもちろん、MMAという競技自体が日本発であるのはよく知られるところだ。

そこで本連載ではベテラン格闘技ライターであり、この4月までWOWOWで放送していた「UFC -究極格闘技-」で解説を務めていた稲垣 收氏に、改めてUFCが如何にしてメジャー・スポーツとして今日の成功を築き上げたのかを語って頂く。

競技の骨組みとなるルール、選手の育成、ランキングはもちろん、大会運営やビジネス展開など如何にして今日の「UFCが出来上がったのか」そして、「なにが日本とは違ったのか?」を解き明かしていきたい。

世界一の“総合格闘技”大会 UFCとは何か?

The Root of UFC ―― The World Biggest MMA Event

第五回 桜庭和志、最初で最後のオクタゴン登場、“日本格闘界の救世主”に。

稲垣 收(フリー・ジャーナリスト)

 

後の米大統領選でオバマのライバルとなるジョン・マッケイン上院議員らに「野蛮で危険な大会」というレッテルを貼られたUFC(Ultimate Fighting Championship)。多くの州で大会開催を禁じられたため南部の田舎町でドサ回りを続けながら、少しずつルール改正し、健全な「スポーツ」として認められようと努力を重ねてきた。

前回は、その中でも特に意義が大きい「オープン・フィンガー・グローブ着用の義務化」(1997年7月のUFC14から)について書いた。また、ティト・オーティズ、ランディー・クートゥア、エンセン井上、マーク・ケアーらスター選手たちの初登場や、キック王者モーリス・スミスがヘビー級王者となって打撃系の復権を遂げたことにも触れた。

今回は1997年12月に初めて日本で開催されたUFCジャパン(UFC15・5、あるいはUltimate Japan 1とも呼ばれる)について書きたい。

 

2ヵ月前に行われたPRIDE 1で高田がヒクソンに惨敗

UFCジャパンは日本で初、というだけでなく、米国領以外で行われた初めてのUFCだった(UFC8が米自治領であるプエルト・リコで行われた以外、すべて米本土で開催されてきた)。

では、なぜ世界に先駆けて開催地が日本だったのか? 理由は簡単だ、当時、日本は空前の格闘技ブームの中にあり、この時点のみを捉えて言えば、日本を中心に格闘技の世界は回っていたとすら言える状況だったのだ。

この年には、前田日明(まえだ あきら)率いるリングスの大会が日本武道館、東京ベイNKホール、大阪府立体育館、有明コロシアムなどの大会場で10回以上開催されている。また1993年に始まったK-1は、東京ドーム、大阪ドーム、ナゴヤドームの三大ドームツアーを含み、横浜アリーナなどで5回開催され、アーネスト・ホーストがアンディ・フグを破って優勝した東京ドームでのワールド・グランプリ決勝大会には、5万4千人超の観客を動員、最盛期を迎えていた。

今でこそディファ有明など小会場の開催が多いパンクラスも、この年にはまだエースの船木誠勝が離脱しておらず、横浜アリーナで1回、NKホールでは3回大会を開催。
また、11月には日本修斗協会主催のVALE TUDO JAPAN ’97(バーリ・トゥード・ジャパン 97)もNKホールで開催され、メインではフランク・シャムロックとエンセン井上が激突した。(NKホールは東京ディズニーランドに近い会場で、最大8000人が収容可能だった。2005年に閉鎖された。)

そうした状況の中、米国以外での初のUFCは、日本で開催されることになったのだ。
特に見逃せないのは、このUFCジャパンの2ヵ月前の10月には、PRIDEの第1回大会も、ヒクソン・グレイシーvs高田延彦をメインに、東京ドームで4万7千人の観衆を集めて開催されたことだ。
“400戦無敗”の異名を持ち、日本でも2度のヴァリジャパ(VALE TUDO JAPAN OPEN)で遺憾なく実力を見せていたヒクソンと、“最強”の称号を掲げていた高田延彦との一戦は、格闘技ファン、プロレスファンは無論、一般の人すらも巻き込むビックマッチとなったが、4分47秒で腕ひしぎ十字固めで高田の一本負けに終わった。敗北という結果は無論だが、試合内容の面でも、高田がほぼ何もさせてもらえず、いわゆる見せ場すらなくアッサリ敗れたことは、多くのプロレス・ファンにとって大ショックだった。

様々な環境や伏線を経た2ヵ月後のUFCジャパンに、高田の弟子である桜庭和志が参戦し、ブラジルの黒帯柔術家マーカス・“コナン”・シウヴェイラと対戦したわけである。

このUFCジャパンには、UFC1からホイスと激闘を繰り広げたケン・シャムロックの義弟で、後に「UFCレジェンド」と呼ばれるフランク・シャムロックもUFC初参戦し、ミドル級(現ライトヘビー級)王座決定戦を行った。
そして、ヘビー級ではモーリス・スミスの持つ王座にランディー・クゥートゥアが挑戦している。

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–Profile–

UFC190の生中継後、WOWOWのスタジオにて高阪剛選手と。
UFC190の生中継後、WOWOWのスタジオにて高阪剛選手と。

 

稲垣 收(Shu Inagaki
慶応大学仏文科卒。月刊『イングリッシュ・ジャーナル』副編集長を経て、1989年よりフリー・ジャーナリスト、翻訳家。ソ連クーデターやユーゴ内戦など激変地を取材し、週刊誌・新聞に執筆。グルジア(現ジョージア)内戦などのTVドキュメンタリーも制作。1990年頃からキックボクシングをはじめ、格闘技取材も開始。空手や合気道、総合格闘技、ボクシングも経験。ゴング格闘技、格闘技通信、Kamiproなど専門誌やヤングジャンプ、週刊プレイボーイ等に執筆。UFCは第1回から取材し、ホイス・ グレイシーやシャムロック兄弟、GSPらUFC歴代王者や名選手を取材。また、ヒクソン・グレイシーやヒョードル、ピーター・アーツなどPRIDE、K-1、リングスの選手にも何度もインタビュー。井岡一翔らボクサーも取材。

【TV】
WOWOWでリングスのゲスト・コメンテーター、リポーターを務めた後、2004年より、WOWOWのUFC放送でレギュラー解説者。また、マイク・タイソン特番、オスカー・デ・ラ・ホーヤ特番等の字幕翻訳も。『UFC登竜門TUF』では、シーズン9~18にかけて10シーズン100話以上の吹き替え翻訳の監修も務めた。

【編著書】
『極真ヘビー級世界王者フィリオのすべて』(アスペクト)
『稲垣收の闘魂イングリッシュ』(Jリサーチ出版)
『男と女のLOVE×LOVE英会話』(Jリサーチ出版)
『闘う英語』(エクスナレッジ)

【訳書】
『KGB格闘マニュアル』(並木書房)
『アウト・オブ・USSR』(小学館。『空手バカ一代』の登場人物“NYの顔役クレイジー・ジャック”のモデル、 ジャック・サンダレスクの自伝))