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武道、武術好きなら一度は名前を聞いたことがある、韓氏意拳。興味はあるものの、どこか敷居の高さを感じて二の足を踏んでいる方も多いのではないでしょうか? そこでここでは駒井雅和教練にお願いして、できるだけ分かりやすく韓氏意拳について書いて頂きました。第一日目の今回は、韓氏意拳の流れから最初の稽古「形体訓練」までです。
やさしい韓氏意拳入門
第一回 「形体訓練」
文●駒井雅和
皆様、はじめまして!
韓氏意拳の指導員(教練)の駒井雅和です。
この度なんの因果か韓氏意拳のWEBマガジンを執筆することになりました。
わたしは韓競辰老師(写真上)に韓氏意拳を習い始めて11年、韓氏意拳を指導して8年くらいになります。
「おー、たった3年ほどで指導者に!」
と思われるかもしれませんが、そうなったのは理由があり、残念なことに、
「ほとばしる才能を認められたから!」
「類稀なる実力の持ち主として認められたから」
というようなことではなく、その当時は会として発足間もない頃でまだわたしも若く、しかも将来にこれと言った展望も特に無かったところを光岡英稔師に拾われて……、と言ったようなご縁で、指導者になるという大した覚悟も無いまま、ただ、
「韓競辰老師からたくさん習える、ラッキー!」
的なノリで指導者養成過程に入り、つたないながらも指導を始めることになりました。
右も左も分からない、そんなにわか指導者による講習でも韓氏意拳の指導体系に助けられて受講者の皆さんからは、
「楽しかったです」
「また来たいと思います」
と言っていただいたのですが、じっくりと一人一人に語りかけてみると、
「実は……」
から始まり、
「一人で練習していても難しい、不安がある」
「これで練習になっているのか、分からない」
「講習中に“良い”といわれても、“悪い”と言われてもその差が分からない」
という声がぽろぽろと聞こえてきました。
韓氏意拳の講習は比較的少人数で行われ、指導者との距離も近く、形なども複雑なものは少なく覚えることはそれほど難しくはありません。
これがわたしの講習会に参加した人のみの感想なら、私自身の指導力不足、解説能力の欠如を疑うところですが、実際に師の講習を受講した人のなかにも、そうした方もいます。
そして私自身もまたその「難しさ」「分からなさ」を感じながら練習していた一人でした。
この「難しさ」「分からなさ」は韓氏意拳の特長と言っていいほど韓氏意拳学習者について回るものなのですが、何もかもが
「難しい!」
では一歩も前に進めません。
幸いなことにわたしは、同期の弟子の中でも一番出来の悪い人間でして、学習の一段階、一段階ごとにけつまずいてきた経験と、他の誰よりも「分からなさ」と向かい合っている自信があります。(書いていてちょっと悲しくなってきましたが)
ですので、そんなわたしが荷う今回の連載では、
「誰も置いていかない、誰にでも分かる韓氏意拳」
を目指して、話を進めていきたいと思います。
もしかしたら師から、
「これでは簡略化し過ぎだ!」
とお目玉を食らうかもしれません。
またすでに韓氏意拳やその他の中国武術を深く学んでいる方からしたら
「なんて浅い内容だ、これでは読む価値が無い」
などと思う方もいらっしゃるかも知れません。
ですからそういう方には始めに一言いっておきます。
「ごめんなさい」
分かりにくさと付き合う
先ほどは、
「誰も置いていかない〜」
と書きましたが、実は今回の連載で想定している「誰か」は他の誰でもなく、私自身なのです。
つまりもともと出来の悪い私が、今一度、全く韓氏意拳をはじめて学ぶ立場になって、ただ首を捻るだけではなく、
「その言い方なら、分かる」
と思える、または少なくとも、
「分かったつもりになるのでは?」
といった“私レベル”で話を進めていきます。
ですので読まれている方のなかには退屈な面もあるかも知れませんが、そのような理由によるものですのでご容赦願います。
もっと深い内容を知りたい方は全国各地で日本韓氏意拳学会の講習会が行われていますので、是非直接足をお運び頂き、体験されることをお薦め致します。
またすでに韓氏意拳には、深い内容にも触れている著作(*3)が世に出ていますので、そちらをお読みすることをおススメします。
とはいっても、韓氏意拳がどんなことやっているのかわからないし、「中国武術」とかいわれると怖さとあやしさがありますよね。
この連載では、そんな怖さとあやしさをすこしでも払い、皆様と韓氏意拳を橋渡しすることができれば言うことなしなのです。
韓氏意拳ってなに?
「そもそも韓氏意拳ってなんなの?」
という方も多いと思いますので、まずはそこからお話しをはじめさせていただきます。
「大体その辺の事情は分かっている」という方は読み飛ばして結構です。
まずは読み方、
「かんし いけん」と読みます。
韓氏は創始者の韓競辰老師の苗字を表しています。
私が創始者でしたら「駒井氏意拳」となるところです。
意拳に限らず中国武術界では、創始者の名前+元流儀名で構成される、流儀名が多いようです。太極拳の場合は陳氏(陳式)太極拳や楊氏(楊式)太極拳など、聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。
元流儀でである意拳という武術は、1930年代の中国で生まれました。
創始者の名を王向斎先師といいます。
王向斎先師は幼い頃体が弱く、その改善の為、郭雲深先師より形意拳を拳を学びました。
始めはただ健康の為だった学習も、もともと王先師の気質に形意拳が合っていたのか
郭雲深の最晩年の弟子として、形意拳を深く収めていくことになります。
そして形意拳、その他の拳術との交流から得た経験と中国伝統の学術、健身、養生などの体系から得た知識を踏まえて、それまでは、一連の動作を繰り返し練習することや筋肉トレーニングなどが中心だった中国武術界に、タントウを中心とした練習体系を打ち出し、一大センセーションを巻き起こしました。
その系統の一端を、韓競辰老師のお父さんにあたる韓星橋先師(*4)が受け継ぎ、その受け継いだものをまた韓競辰老師が受け継ぎ、時代の変化・ご自身の経験を元にまとめ再編集したものが、現在の我々が学習している韓氏意拳になります。
どんなところで練習するの?
さてでは実際に練習を始める前に練習環境についてお話しします。
韓競辰老師に
「練習は、何時に行ったほうがいいとか、何処で行ったほうが良いなどという事があるのでしょうか?」
と尋ねたことがあります。帰ってきた答えは
「ありません」
でした。
続けて
「朝でも夜でも構わないし、狭くても広くても構わない。極端な話、トイレの中でも練習は出来ますね。時間や場所よりも大事なことがあります」
韓氏意拳に出会った当時の私の中国武術に対するイメージからはちょっと予想に反する答えだったので、びっくりしていると、更に続けて
「ただ、環境を選べるのでしたら、わざわざトイレで練習する必要はありません。心地よい場所で行えばよいです」
とのことでした。
今は思いついたときに、何気なく何処でも練習していますが、基本的には一人で落ち着ける環境で練習することをおススメしておきます。
次は服装について話します。
韓氏意拳においては、決まった服装はなく、講習でもみな好きな服装で練習しています。ジャージの人がいれば、作務衣の人もいますし、カンフーパンツの人もいますし、仕事帰りにスーツの上着を脱いでそのまま参加する人もいるくらいです。
動きやすい格好であればなんでもOKです。
また中国では室内でも靴を履く習慣から、練習中は靴を履いて行うことが多いのですが、和室であったりするならば、靴下、足袋、裸足と環境に合わせて練習すればよいです。
ただなるべくなら運動のしやすいようなフラットな靴をお選びいただくことをおススメします。
不要な怪我などを避けるためにサンダル等はおススメいたしません。
さあ練習を始めよう!
さて初回の今回は、韓氏意拳の初歩の初歩、
「形体訓練」
を紹介します。
形体訓練は主に拳や運動の経験が浅い方用に韓競辰老師が伝統拳で採用されている運動のなかから上下前後左右の運動をバランスよく行えるように選び出して生まれました。
活力を持って取り組みましょう!
・形体訓練の3つのポイント
1、伸び伸びと細かいことは気にせずに行う。
いくつか動作がありますが、まずは覚えることでも一苦労ですね。運動を行う際はあまり間違うことは気にせず伸び伸びと行ってください。そして分からなくなったらこのテキストを見直して、よくチェックしてみてください。
2、余裕を持った速度で行う。
速度に関してですが、まず形体訓練では、急ぐことなく道を歩くときに振る腕の速度のように、意識的に早いわけでも、遅いわけでもないような速度で行ってください。回数を行うことが目的ではありませんので慌てずに一回一回行ってください。
3、最大可動範囲と最大有効範囲の違いを知る。
いわゆるストレッチを行うと、適度であれば筋肉が伸びてとても気持ちがいいですね。デスクワークや過度の運動などで身体が固まってくると筋を伸ばしたくなるものです。しかし、逆関節的に伸ばす要素を含むこの伸びる感覚が、どのような時に生じるのかを観察してみると、身体のどこかが止まっている時に生じる感覚のようです。
普段何気なく良かれと思って行っている“伸ばす”という行為も、こと運動の中では意外な曲者だったりします。
と、書いてもなかなか分からないと思いますので、簡単なチェック方法を紹介してましょう。
・チェック!!
まずは「伸ばしすぎ」を体験的に見てみましょう。
①まずは立って、肩幅ほどに足を開いてください。そして「小さく前に習え!」の様に手を軽く胸の前に出して見てください。
②そこから指先の方向に少しずつまえに伸ばしていってください。
③するとある範囲から先は重心が前の方に移って来て、身体が苦しくなってきます。さらに伸ばすと前に一歩出そうになります。
これが「可動範囲」です。
つまり動くこと(可動)は出来るが、少し苦しい感じですね。
苦しいというと否定的な感じですが、この「少し苦しい感じ」が韓氏意拳キーワードの一つ、
「舒展(シュージャン)」
を理解する大きな助けになってくれるのです。
次に「最大有効範囲」という面から見てみます。
皆さんは何気なく歩く時は手や腕にどのような感覚がありますか?
朝余裕を持って起きて、職場に向かう駅までの道のりやリラックスした川沿いの散歩。
感覚を思い出せない方は実際に何処でもいいので改めて歩いて観察してみてください。
すると恐らく足だけでなく同時に腕も振っているし、手も動いています。
ところがそういう時は、あまり動かしている感覚がないのではないでしょうか?
実は運動の目的に合わせて身体全体が滞りなく働いている時は、特別な感じがするところが何も無いのです。
身体全体が働いていて、滞りが無く、少し苦しいような詰まりが無いときの生き生きした感覚を、
「舒展」と言います。
この舒展を保てる運動の範囲を「有効範囲」、その最大を「最大有効範囲」であり、この2つの要素を知り舒展をいつでも保つことが、韓氏意拳にとって最も大事なことなのです。
大事なことは無理に、
「身体全体で行わなくては!」
「滞りなく動こう!」
などとあまり気負わないで行うことです。
なぜなら「自然に」「細かいことは気にしない」で行っている時こそ、身体全体で動くことの条件を満たすからです。
韓競辰師はそれを
「我想を捨て去る」と表現されます。
それでは実際に形体訓練を行ってみましょう。
「前擺(チェンバイ)」
1、肩幅に足を開いて立ちます。
2、目は前を向きます。
3、両手を前後に振ります。
4、高さは指先が眉毛の高さくらいまで。
5、交互に続けて行います。
☆擺…「振る」の意味
「後擺(ホウバイ)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目はまず前を向きます。
- -1 両手を前後に振ります。
-2 手の平が上を向くように回転します。
-3 身体が開いていくのにあわせて目線を、後ろの手の指先の向く方まで持って行きます。 - 交互に続けて行います。
☆後ろの方を見て擺(振る)運動
「玉鳳飛翔(ユーフォンフェイシャン)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目は前を向きます。
- 両手を前に出します。手のひらが上向き。
- 手を回しながら、外側を通り、後ろまで。必ずからだの側面よりも後ろまで。
- 後ろまで行ったら、再度前へ。また側面を通り後ろへと続けます。
- 次は反対回し。
- 前に出したところから、指先から後ろを挿し伸ばすように後ろへ。
- きつくならない程度に伸びきるまで行ったら、手を回しながら外を通って前へと続けます。
☆随走随転(スイゾウスイジュワン)…進むに随って回転し、回転するに随って進んでいきます。
「川掌(チュワンジャン)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目は前を向きます。
- -1 両手を前後に振ります。
-2 前方に手のひらを上を向くように回転させながら。
-3 後方の手は手のひらが下を向きます。 - 交互に繰り返します。
☆川には「穿つ」の異文字あり
「横向(ハンシャン)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目は前を向きます。
- -1 右手を胸の高さくらいで横に振ります。
-2 頭及び目は手の動きに合わせて、横を向きます。
-3 手のひらは少し上を向くようになります。 - 右手を振って、心地よく出来る範囲の最大まで行ったら、左手を振ります。
- 左右交互に繰り返します。
☆この段階では足は止まって行いますが、実際に横方向に向く運動に繋がっていきます。
「蹲起(ドゥンチー)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目は前を向きます。
- 腰を座っていくように落ろして、手は両手とも眉毛の高さあたりから、上へ振ります。
- 一番下まで行ったら、今度は手を下へ振りながら、身体が立ち上がります。
- 立っている姿勢から、座り、戻ってくるまでの過程を一区切りとします。
- 体力に合わせて、二度、三度と続けます。
☆何処まで腰を降ろすかは、からだと相談してご自由に。踵は絶対に上げないこと。上がってしまうならば高さを制限して行ってください。
「前跪(チェンクエ)」
- 肩幅に足を開いて立ちます。
- 目は前を向きます。
- 蹲起のように腰を落ろします。
- -1、座った姿勢から、腰を前に突き出します。
-2、手は両手とも振り下ろします。 - 元に戻って、続けます。
☆手は前後でなく、上下。
以上、形体訓練の紹介でした。
形体訓練の一個一個に
「これはこの目的に!」
「この運動をするとこんなことが出来る!」
と言ったような、いわゆる「用法」的なものは存在しません。
教学上の規範としてそういった事を見せることはありますが、韓氏意拳における全ての練習の目的は、「状態」を掴むことにあります。
「状態」については次回配信で詳しく解説していくことになります。
次回までに形体訓練の「形」を通して運動し、滞りがないのかに注目しつつ行ってみてください。
では次回までごきげんよう!!
(第一回 了)
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