ヒモトレ介護術 第一回 「烏帽子巻きで嚥下ができた!」

| 浜島 貫

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「ヒモ一本でカラダが変わる」と話題のヒモトレ。中でも関心が高まっているのが、介護分野でのヒモトレの可能性だ。

そこでこの連載では、主に在宅医療の現場でヒモトレを活用している浜島治療院院長の浜島貫先生に、実際の使い方や臨床的な意義を紹介してもらおう。

ヒモトレ介護術

第一回 「烏帽子巻きで嚥下ができた!」

お話浜島 貫
文・取材・構成北村昌陽
監修小関 勲

 

みなさん、こんにちは。浜島貫です。

私は個人宅や施設を訪問して、鍼灸治療やマッサージ、リハビリなどを行っている専門家です。対象となる方は主に、在宅医療を受けている高齢者。その中には、認知症や麻痺などの問題を抱え、要介護状態になっている方が、数多くいらっしゃいます。

そんな現場で私は、2015年の暮れころから、「ヒモトレ」を使い始めました

コ2読者の方には、「ヒモトレ」はもうおなじみでしょう。バランストレーナーの小関勲先生が発案したメソッドで、お腹や腰、足などにヒモをゆるく巻くことで、体のバランスが自然に整っていきます。こりや痛みが取れ、体の動きが滑らかになるなど、数多くのメリットがあります。

この「ヒモトレ」の導入によって、高齢者の介護の現場でどんな変化が起きているのか、私が経験したケースを紹介しながら、お話していきましょう。

 

脳梗塞で寝たきりになり、「胃ろう」で栄養摂取

今回ご紹介するのは、93歳の女性Aさんです。

Aさんは、2011年の末に脳梗塞で倒れて以来、寝たきりの状態が続いています。脳梗塞の後遺症で、右半身の麻痺と言語障害、高次脳機能障害などがあります。

発症直後は病院に入院して治療を受けましたが、半年後に退院し、介護老人保健施設へ移りました。そのときに付き添った娘さんが、施設での生活に驚き、3日目には、自分が仕事を辞めて在宅で介護することを決意されました。

その後、別の介護老人保健施設へ移送。そこに入っている間に娘さんはヘルパーの資格を取り、介護に向けて自宅を改装しました。2012年の半ばから、在宅介護を開始。大変、行動力のある方です。

病院からの退院に向け、Aさんは「胃ろう」を作る手術を受けています。胃ろうとは、胃に栄養を直接入れるための、人工的な注入口。体に麻痺などがある患者さんは、食べ物を口から十分に摂るのが難しいため、お腹に小さな穴を開けてカテーテルを設置し、そこから栄養を摂れるようにすることが、あります。

麻痺などによって食べ物を飲み込む機能(嚥下機能)が衰えると、食事量が足りず、栄養不足になったり、食べカスが残るなどで、口の中の清潔が保てず肺炎になる(誤嚥性肺炎)といったリスクが高まるとされています。特に誤嚥性肺炎は、ときに生死にも関わる重大な問題。だから医療的には、「胃ろうで管理する方が安全」という判断になるわけです。Aさんの場合も、「退院に向けて、胃ろうを設置しないことは考えられない」と説明されたそうです。

この時点で、Aさんの嚥下機能がどの程度だったのかはわかりません。ただひとつ言えるのは、ひとたび胃ろうが設置されると、その後の栄養摂取は、胃ろうを使って行われるようになり、思ったよりも食べる訓練は出来ないということです。とりわけ介護施設に入ってしまうと、食事の訓練の継続は困難です。「誤嚥のリスクを避けるために、口から食べさせない」とも判断されているわけですから。

私も医療者の一人として、退院に向けた病院の判断は理解できます。Aさんの場合も、胃ろうなしで状態を維持するのは、おそらく困難だったのでしょう。

ただし、人間にとって「ものを食べる」という行為は、栄養摂取以外にも非常に大きな意義があります。そもそも、家族で食事を共にする動物は、人間だけだと言われています。食べ物を分かちあいながら過ごすひとときを通じて、豊かに心が満たされる。「食」は、人としての生活の中心をなす営みなのです。

でも、医療的な立場から“栄養管理”を重視する視点に立つと、栄養以外の意義はまず顧みられない。胃ろうで栄養が足りるなら、口から食べる必要はない、と。要は、人間扱いをしてもらえないのです。Aさんの娘さんが在宅での介護を決心されたのは、おそらく家族として、そんな扱いを耐えがたいと感じたからでしょう。

 

「烏帽子巻き」で、1年半途絶えていた嚥下が起きた

人間の体の働きは、使わなければ衰えます。胃ろうからの摂取に頼るようになれば、ただでさえ低下していた嚥下機能は、ますます弱ってしまうでしょう。

在宅に移ってから娘さんは、とろみをつけた食品などを口から食べさせる試みをされたそうですが、うまく飲み込めずに口の中に残ってしまったり、気管の方に入ってゼロゼロむせてしまうことも多かった。肺炎になるのは怖いので、試す機会も徐々に減ってしまい、まったく嚥下が起きない状態が1年半以上も続いていたそうです。

私が「ヒモトレ」を使い始めたのは、ちょうどそんなころでした

アゴの下から頭頂部にかけてヒモを巻く「烏帽子巻き」というやり方が、嚥下機能を助けるという話を聞いたので、さっそくAさんにこの巻き方を試してもらいました。そしてとろみをつけたお茶を口に含ませてみると、すぐに「ごっくん」という嚥下反応が起きたのです。

 

烏帽子巻き
一年半も自分で食べられなかったのが、烏帽子巻きを試したところ自分で嚥下ができた。腰ヒモも併用している。(撮影●浜島 貫 ご本人の許可を頂いて公開しています) ※高齢者や障がいをお持ちの方が行う際には、必ず付き添い者の同伴が必要です。席を外すときは、必ずヒモを外すように注意してください。

 

これに驚いたのが、娘さんでした。もう長いこと飲み込めない状態が続いて、「口から食べるのは無理なのか」と半ば思っていたのに、ヒモを巻くだけで飲み込めたのですから、驚くのも無理はありません。

ちなみに私は実は、「1年半も嚥下がない」という話を、この時点では知りませんでした。なので、嚥下が起きたその瞬間は「あ、飲み込めたな」という程度にしか感じませんでした(笑)。娘さんがずいぶんと驚くので、どうしたんですか? と尋ねて、ようやく状況を理解した、というのが真相です。

まあ、知らなかったからこそ、先入観なしに烏帽子巻きを提案できたとも考えられますので、それはそれで良しとしましょう。

 

烏帽子巻き
烏帽子巻きは嚥下が楽になるほか、小顔効果もあります。書籍『ヒモトレ入門』より

 

「ヒモを巻けば飲める」。家族の自信の拠り所に

最初は半信半疑だった娘さんですが、何度か試していく中で、「ヒモを巻けば高い確率で飲み込める」と、自信を持つようになりました。日によって覚醒状態に波があるので、今ではまず「おはよう」「のど乾いた?」などと声をかけて、ちゃんとした返事があればヒモを巻いて何か食べさせる、返事が曖昧ならその日はなし、といった具合に判断をして、やっています。

食べさせるものも、甘酒や水羊羹など、かなりバリエーション豊かなようです。娘さんが「お母さん、甘酒好きだったな」などと思い出して食べさせているものもあれば、Aさんの口から「あれが食べたい」などとリクエストが出てくる場合もあるそうです。

もちろん、甘酒はつぶつぶを取り除くなどしているそうですが、それにしても、真っ先に誤嚥のリスクを考える施設入所下などの環境だったら、まずありえない選択でしょう。

医療的に考えるなら、「なぜ、わざわざそんなものを食べさせるのか?」と疑問を抱くでしょうね。実際、Aさんが口から食べるものの量は、多くても1日にスプーン4、5杯程度。ヒモを使って飲み込めるようになったと言ってもせいぜいその程度であり、それを続けたからといって、胃ろうを外せるほどに食事量が戻ることは考えにくいからです。

では、そのスプーン4、5杯に、どんな意味があるのか

家族(娘さん)にとっては、それが今のお母さんと交わせる、ほぼ唯一の対話の手段であり、「お母さんは甘酒好きだったな」などと思いをはせる機会なのです

 

在宅介護の目的は、「普通の生活」をすること

先日、娘さんが私に、スマホで録画した動画を見せてくれました。Aさんにコーヒーゼリーを食べさせたあと、「おいしい?」と尋ねると、Aさんの顔つきがパッと明るくなり、はっきりした口調で「おいしい!」と返事をしていました

円滑に会話できる状態ではないので、こんなふうに『おいしい』といわれると、すごくうれしかったです

娘さんはそう語ってくれました。

在宅で介護をする意義は、こういうやり取りを大切にするところにあると、私は思っています

「治療」や「管理」を目的にするなら、病院などの施設にいる方がうまくいくのは当然です。それは本来、「病気」という急場の状況に対処するための、一時的措置です。

これに対して、自宅は生活をするところであり、日常の拠点。病院や施設とは、目的も背景も全く違うのです。自宅で生活をするために家に戻ったのだから、食べたいものを食べて、「おいしいね」と喜びを分かち合うのは、当然のこと。むしろ、そこに必要以上に制限がかかるなら、何のために家に帰ったのかわかりません。

ただ、要介護状態の高齢者の場合、身体的な制限によって、普通の生活に支障をきたすことがある。「ヒモトレ」は、その制限をゆるめることによって、“普通の状態”に近づきやすくしてくれるツールなのです

Aさんは、朝と晩に胃ろうから栄養を摂り、昼、体調がいいときには口から何かを食べます。胃ろうのお陰で、栄養のことを考えず、好きな物を好きなだけ食べられるのです。これがいわば、3度の食事に当たるわけです。そのとき、娘さんは必ず、「お母さん、ご飯にしようか」と声をかけて、Aさんを車椅子に座らせ、リビングの食卓へ連れていくそうです。胃ろうのときも、必ずそうするのです。

そのため車椅子は、麻痺のある体を支えるサイドホールドがついたものを選び、シートの高さやヘッドレストの位置を調整してあります。こういった工夫も、ヒモトレ同様、普通の生活を維持するためなのです。

さて、さまざまなケースでヒモトレを使ってきた中で、ヒモトレは、「普通の生活を大切にする」という在宅介護の目的と、極めて親和性が高いと、私は実感しています。それはおそらく、ヒモトレというメソッド自体の性質に関連しているのだと思います。そういった話も、これからおいおい触れていければ、と思っています。

(第一回 了)

注意:この連載では実際に浜島先生が現場でヒモトレがどのように使われているかをご紹介しています。ただ、実際の使用にあたっては、必ずご本人を含めた関係各位の同意の上、慎重に行ってください。また高齢者や障がいをお持ちの方が行う際には、必ず付き添い者の同伴が必要です。席を外すときは、必ずヒモを外すように注意してください。

 

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–Profile–

浜島先生

浜島貫(Totu Hamashima
1976年生まれ。浜島治療院院長。浜島整骨院副院長。鍼灸マッサージ師。柔道整復師。 公益社団法人埼玉県鍼灸マッサージ師会理事。井穴刺絡頭部刺絡学会理事。現在、在宅医療にも力を入れており、個人宅などを訪ねて鍼灸治療やマッサージ、リハビリなどを行っている。そうした取り組みの中で、ヒモトレを活用。腰痛予防対策や介護施設の職員、デイケアなどに通う高齢者に向けたヒモトレ講習会も実施。

ご連絡先:hamashima.in@gmail.com

 

小関 勲 (Isao Koseki
ヒモトレ発案者/バランストレーナー 1973年、山形県生まれ。1999年から始めた“ボディバランスボード”の制作・販売を切っかけに多くのオリンピック選手、プロスポーツ選手に接する中で、緊張と弛緩を含む身体全体のバランスの重要さに気づき指導を開始。その身体全体を見つめた独自の指導は、多くのトップアスリートたちから厚い信頼を得て、現在は日本全国で指導、講演、講習会活動を行っている。
著書『[小関式]心とカラダのバランス・メソッド』(Gakken刊) 小関アスリートバランス研究所(Kab Labo.)代表 Marumitsu BodyBalanceBoardデザイナー
平成12〜15年度オリンピック強化委員(スタッフコーチ) 平成22〜25年度オリンピック強化委員(マネジメントスタッフ)日本体育協会認定コーチ、東海大学医学部客員研究員・共同研究者、日本韓氏意拳学会中級教練

MARUMITSU(まるみつ)
Kab Labo.