連載 本気でトラウマを解消したいあなたへ 第八回 トラウマにつきものの、解離について

| 藤原ちえこ

「トラウマ」という言葉からは、何を連想されるでしょうか。震災や戦争といった“大きな出来事”の当事者が受けた“心の傷”、またはそれにともなう症状(フラッシュバック、うつなど)を思い起こす方が多いのではないでしょうか。

ですがトラウマセラピストの藤原ちえこさんは、

「トラウマ反応は、心ではなく、まずは身体で起こるもの。そして出来事の大小にも、それを直接体験したかどうかにも、必ずしも関係がないのです」

とおっしゃいます。ここでは、

  • 本当のところ、トラウマとは一体何なのか
  • トラウマからはどうすれば回復可能なのか

を、お伝えしていきます。トラウマからの回復をのぞむ、“あなた”のための連載です。

トラウマイメージ

ココロの傷は、カラダで治す

本気でトラウマを解消したいあなたへ

第八回 トラウマにつきものの、解離について

文・写真藤原ちえこ(写真提供は☆のみ)

こんにちは。トラウマセラピストの藤原ちえこです。

今回は、トラウマの最大の謎のひとつである「解離」について、詳しくお伝えしていきます。

トラウマセラピストとして15年以上、日々クライアントの皆さんとセッションをしている私が、いまだに魅了され続けているのが、この解離という症状です。

  • 交通事故に遭った人が、衝突の瞬間のことを覚えていない。
  • 子ども時代の数年間の記憶が一切ない。
  • どこか生きづらさを感じていた成人女性が、ふとしたきっかけで幼少期に父親から継続的に性的虐待を受けていたことを思い出した……。

これらはすべて、解離の働きによるものです。

そもそも、解離とは一体何でしょうか?

解離については、さまざまな専門家がさまざまに説明していますが、
ここではまず、解離をごくシンプルに定義することから始めたいと思います。
(この連載のモットーは「日本一分かりやすいトラウマの話」ですので(笑)。)

私は、解離とは、

今、ここにいないための戦略

だと考えています。

それが自然災害や交通事故であれ、身体的あるいは性的な虐待であれ、
トラウマを引き起こす出来事には大抵の場合、耐え難いほどの痛みや苦痛、不快感、衝撃がともないます。

解離は、そうした耐え難い不快感をもたらす瞬間を切り抜けるため、
そして、その出来事が終わったのちに当時の苦痛を思い出さないですむための心身の叡智です。

 

解離は、生き延びるために必要なメカニズム

つまり、人間が過酷なトラウマを生き延びることができるのは、解離のおかげと言っても過言ではないと私は思っています。

苦痛の瞬間、身体が凍りつかなければ、

そして、凍りつきにともない、自分の意識が身体から切り離されなければ、(以前もお伝えしましたが、凍りつきはトラウマ反応の身体的側面、解離はその心理的側面です)

その瞬間の苦痛はあまりにも耐え難く、それによって命を落としていたかもしれないんですから。

実際、成人後にかつて受けていた性的虐待を思い出した人が、
その記憶と不快な身体感覚に耐えられず、自ら命を絶とうとすることはよくあります。

トラウマイメージ

一般にはネガティブなイメージでとらえられがちな解離ですが、
トラウマを受けた人にとっては、実は非常にありがたいメカニズムなのです。

 

「今、ここにいない」がゆえに起きること

このように解離は、本来は自分の命を守るための戦略ですが、
常に「今、ここにいない」という状態にあることは、当たり前ですが、日常生活に多大な支障をもたらしがちです。

私のクライアントさんには、たとえば次のような方が結構います。

  • ものをどこに置いたかすぐ忘れ、しょっちゅう失くしてしまうので、両肩で背負えるリュック以外のかばんを持ったことがない。
  • 同じ理由で、スマホも常に首からぶら下げている。
  • 思考が全くまとまらないので、ごく簡単なメールの返信を打つのにも40分くらいかかってしまう。
  • 30分くらいしかお風呂に入っていないつもりなのに、時計を見たら2時間経っている。
  • 感覚が麻痺して、生きている実感がないのでつい手首を切ってしまう。切ってもほとんど痛みを感じない。
  • 頭の中に常に誰かの声、あるいは音楽が流れているので、いつもそちらに気を取られてしまって普通の日常生活がおくれない。
  • 人から「話を聞いていない」となじられたり、まったく別の内容で記憶してしまい、相手から「そんなこと言っていない」と言われて混乱したりする。
  • 喜怒哀楽を感じない。自分が何が好きか分からず、食べ物の味も分からない。
  • 自分と世界との間に一枚何かがはさまっているような感じ。つねに頭の中にもやがかかっているような感じ。
  • セッションに来て「(前回のセッションから今日まで)いかがお過ごしでしたか?」と聞かれるたびに、「えー……どうしてたんだろう。覚えていません」と答える。

「今ここにいない」というのはつまり、「身体の中にいない」ということです。

文字通り、その人の意識が身体から離れているのです。

そして、解離を自己防衛の主な手段として(もちろん無意識に)使っている人が、身体から離れる仕組みの精巧さには、畏敬の念すら覚えます。

その仕組みがもっとも劇的な形で現れているのが、解離性同一性障害(多重人格)です。

自分の中に年齢、性別、時には国籍までもが異なる幾人もの別人格がいて、その時々で表に現れる人格が入れ替わるという症状です。

かつて、米国のビリー・ミリガンという24の人格を持つ男性について書かれた本がベストセラーになりましたが、それほど大人数ではなくても、過酷な幼少期を生き延びて来た人が自分の中で複数の人格を発達させるのは、さして珍しいことではありません。

私のところにも、たまにこの症状を持つクライアントさんが来ますが、大抵どの人も、5人〜7人くらいの別人格を自分の中に抱えています。

トラウマイメージ
Photo by Daddy-David

 

例えば、あるクライアントさんの場合は、こんな感じです。
(ご本人の許可を得て紹介しています)

彼女は、本来の人格の他に、

  • 遠くから客観的に自分を見ている人。
  • ロボット。自動運転ができる。身体が勝手に動き、人と会話するときはこのロボットが勝手に喋っている。自動操縦されている身体の内側から不規則に思考や感情や意思が出てくる。
  • 頭の中にたくさんの人がいて、常にいろんなことを話している。それが言葉ではなく音楽の場合もある。
  • みぞおちのあたりにいる子どもの自分。そこに、少なくとも2人の、その子どもを守っている大人のボディガード。彼らは、自分の本来の人格が子どもに近寄らないようにしている。

自分で自覚できているだけで、これだけの人が内側に同時に存在していました。
(そしてそれを自覚し、言葉にするまでに、3年以上のセラピーが必要でした)

皆さんにちょっとイメージしてみて欲しいのですが、
常に自分がこのような状態にあるとしたら、一体どんな感じだと思いますか?

こういう状態で日常生活を送ることがどれほど困難かは、おそらく想像がつくのではないかと思います。

 

誰にも気づかれない英雄たち

わたしが、トラウマを持つ人が本物の英雄だと思うのは、
彼らが、24時間365日、上記のような症状を抱えながらも、ちゃんと生きていることです。

それはひょっとしたら、オリンピック選手が日々練習に励むのと同じくらい、
あるいはそれ以上に過酷なことなのかもしれないのです。

しかも、自分の頑張りがメダルなどの形で目に見え、賞賛されるスポーツ選手とは違い、
彼らの、日常生活を送ろうとする血を吐くような努力は、誰の目にも見えないし、誰からも褒められることはありません。

逆に「あの人は変わっている」「付き合いづらい」などと、色眼鏡で見られることの方が多いことでしょう。

わたしがこの原稿を書いているのは、こういう、目には見えない英雄が、おそらくあなたのすぐ身近にもいるんだということを、皆さんに知っていただきたいからです。

あるいは、あなた自身がその英雄かもしれませんね。

もしそうだったら、私はあなたのことを、心から賞賛し、応援しています。

羽生弓弦選手と同じくらいに。

それをどうぞ、覚えておいてください。

 

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–Profile–

藤原ちえこ先生
Photo by Takashi Noguchi

藤原 ちえこ(Chieko Fujiwara

大阪大学人間科学部卒業。新聞記者を経て渡英、Emerson Collegeにてシュタイナー教育を学ぶ。その後サンフランシスコに移り、カリフォルニア統合学研究所(California Institute of Integral Studies, CIIS)にてカウンセリング心理学修士号取得。サンフランシスコの日系カウンセリングセンターや小学校、近郊のホームレス支援の非営利団体などで心理セラピストとして勤務。サンフランシスコ、ハコミ研究所(Hakomi Institute of San Francisco)にて2年間のハコミセラピーのトレーニングを修了するとともに、トラウマへの身体的アプローチであるソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing, SE)の3年間のトレーニングを修了。禅、瞑想、ヨガ、気功、ムーブメント、ボディワークなど、ベイエリアで当時アクセス可能だった数多くの癒しやスピリチュアリティのメソッドを探求したのちに、身体と心のつながりという最も基本的な真理にたどり着く。
05年2月に帰国、札幌にカウンセリングルームを開く。私立女子校のスクールカウンセラーとしても活動中。
訳書に『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)、共著に『「ソマティック心理学への招待—身体と心のリベラルアーツを求めて』(コスモス・ライブラリー)、『トラウマセラピー・ケースブック』(星和書店)。特別養子縁組で迎えた4歳の娘の子育てを楽しむ毎日。


website:プレマカウンセリングルーム(http://premamft.com)
blog:明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す