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超人になる! 第一回 「ヒトという生き物の可能性」

| 長沼敬憲

この記事は無料です。

生きるということの中には、様々な英知が凝縮されています。
誰もが持っている「身体」と「生命」を通して、その見えざるものを掘り起こし、共通言語に変えていくことで、ヒトはヒトを超えた何かへと変容できるかもしれません。
20世紀の初頭、ニーチェは「超人」を待望しました。
そして、時代は21世紀へ……。
一つの観念としてではなく、いまここに存在する一個の生物として、いかなる状態をそう呼びうるのか? 身体レベル、細胞レベルで、実際にどう在ることが、ヒトとしてのポテンシャルを発揮できた状態なのか?

大きな夢と希望を抱き、未来へと進むための生命学講座がいよいよスタートします!

超人になる!

第一回「ヒトという生き物の可能性」

長沼敬憲

 

全ては細胞から始まる!

連載を始めるにあたって、まずヒトという生き物にはどんな可能性が眠っているのか、考えてみたいと思います。
といっても、あまり大げさなことを言うつもりはありません。たとえば、潜在能力という言葉がよく使われているでしょう。
これだけだと漠然としていますが、「ヒトは自分の脳の10パーセントしか使っていない」という言い方になると、急にイメージが湧いてきます。要は、そのくらい潜在能力が眠っているということを言いたいのかもしれませんが、どうやらこれは俗説のようです。

なぜなら、脳は神経細胞のかたまりであり、それぞれ細胞は生きています。その数は百数十億にも及び、部位によって運動、記憶、言語、視覚、触覚などを担っています。それが10パーセントしか使えていないのだとしたら、潜在能力どころか、身体一つ動かすことはできないでしょう。

なにしろ、脳の血管が詰まって酸素や栄養が送れなくなると、その先の神経細胞は死んでしまい、半身が麻痺するなど、様々な神経障害に見舞われます。そうやって死んだ細胞は甦りませんから、残った細胞で生きていくしかありません。全体から見てほんの一部の細胞が死ぬだけでも、こうした不自由に見舞われるのです。

つまり、生きている細胞は何らかの形で働いている。神経細胞で言えば、それぞれの細胞の間にシナプスと呼ばれる接続部があり、ここを様々な神経伝達物質が行き来することで情報が伝わっていきます。

シナプス

 

この神経どうしのネットワークがつながった状態が、すぐれた発想や俊敏な動作につながっていくのだとすれば、こうしたつながりをどう生み出すかが重要だという話になるでしょう。

神経どうしのつながりを強化するために、古今東西、様々な発想法、トレーニング法が存在していると言えますが、ここではそれぞれの内容に触れず、もう少し原点にさかのぼってみたいと思います。

ここで言う原点というのは、単純明快、「神経細胞も細胞の一つである」ということです。こうした神経細胞と連携して動く身体の各器官、いや、身体そのものも細胞からできています。
そう、すべては細胞です。その個々の働きが低下してしまっていたら、ネットワークどころではありません。仮に天賦の才が宿っていたとしても、それ以前のところで足を引っ張られてしまうでしょう。

平均以上の能力を発揮していくには、まずこうした視点が重要になってくるのです。

 

細胞を元気にするにはどうしたらいいのか?

潜在能力ということに関連して、もう一つ、ことし世間を騒がせた「STAP細胞」についても触れてみたいと思います。
神戸で行われたあの大々的な記者会見によって、「生物史を塗り替える」というセンセーショナルなフレーズがメディアを駆け巡りましたが、その後一転、ご存じのように様々な研究不正が取沙汰されるようになりました。
そうした疑惑がどこまで正しいのかここでは問いません。ただ、「Nature」に発表された論文は、科学をほんの少しかじった門外漢の僕が見ても実に驚くべき内容でした。なにしろ、「外部の刺激だけで細胞が初期化できる」という仮説が提示されていたわけですから。

初期化ということがピンと来ない人もいるかもれませんが、受精した細胞は、分裂を繰り返し、それぞれの組織や器官に分化していく過程で、もともと持っていた「万能性」を失います。
細胞に格納されたDNAには、ヒトがヒトになるためのあらゆる情報が埋め込まれていますが、その情報の一つひとつにロックがかかっていき、筋肉になる細胞は筋肉に、神経になる細胞は神経に、臓器になる細胞は臓器に……それぞれ機能が限定されていくのです。

この分化のプロセスは、基本的には後戻りできません。だから、身体を同じ状態に保つことができるわけですが、上述の論文では強い酸の溶液に細胞を入れるだけでほどけてしまう。ロックが外れ、分化する前の「万能性細胞」にリセットできると言っているのです。

ノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞の場合、初期化をうながすために4つの遺伝子を細胞の核に入れ、ロックを解除することに成功しています。
こちらはすでに世界中の研究機関で再現され、再生医療の研究に用いられていますが、そこで媒介となっているのは、あくまでも遺伝子という「物質」です。STAP細胞のように「刺激」だけで初期化されるとなると、話の根本が大きく変わってきます。

なぜこんな話をするのかというと、STAP細胞のことはともかく、私たちの身体が刺激(ストレス)によって影響を受け、何らかの変化をすることは現実にあり得ることだからです。

外部刺激によって変化するといっても、突然変異のような大がかりのものではなく、いままでオフになっていた遺伝子領域がオンになるだけでも細胞の形質が変化することがわかっています。
こうした「遺伝子のスイッチオン」は「エピジェネティクス(epigenetics)」と呼ばれ、いま科学の分野で大きな注目を集めつつありますが、要は外部の刺激、たとえば環境が変わるだけでもスイッチがオンになり、僕たちの身体は別のものに変化しうるということでしょう。

「修験者が山に籠ってストイックな修行をするのも、エピジェネティックなレベルで細胞を変性させようとしている行為かもしれないね」

――これはある学者との雑談の中で出てきた話ですが、科学的な妥当性はともかく、そのニュアンスは十分に理解できるでしょう。
STAP細胞の話にある種のロマンを感じる部分があったのも、強い酸のなかでも一部の細胞は死滅せず、万能性を獲得するという、生命に宿ったエピジェネティックな対応力、すなわち「火事場の力」のようなものが感じとれたからだと思うのです。

まあ、そんな「トンデモ」に近い話が、どんな形であれ、科学の表舞台で受け容れられ、「Nature」という一流科学誌にも掲載され、一般の人を巻き込む形で大きな話題になっている。――時代そのものが大きく変容しつつある、シンボリックな現象だったと言えるのかもしれません。

 

超人=脱思考? 考えることから離れる

時代が変わりつつあると言えば、同じ年(2014年)の5月、僕が企画編集に携わった『筋肉よりも骨を使え!』(甲野善紀/松村卓 ディスカヴァー携書)という本が刊行され、当初の予想を超える反響を集めました。
僕の中では、STAP細胞の事件と底流でリンクしていると感じるわけですが(ただし不正は一切ナシ!)、ここでは前述の「火事場の力」について掘り下げてみましょう。著者の一人である甲野善紀先生が、対談のなかで次のような話をされています。

「大事なのは、先を占わない気持ちですよ。こうしたらこうだろうとか、ああだろうとか、そうしたことを思わない。火事場でおばあさんが大きなタンスを担ぎ上げて逃げたという話がありますが、そんな時にタンスを見て『これ、私に持てるかしら』って考えないでしょう?」

考える器官としての脳の呪縛から離れ、外部刺激→動作が直結するような状況が訪れた時、人は驚くような能力を発揮する。――武術は科学とは違ったやり方でその「再現性」を追求しているのでしょう。

あるいは、科学とはまったく異なる文脈になりますが、僕がかつて学んでいた東欧の神秘思想家、G・I・グルジェフ(1866〜1949年)も、よく似たことを語っています。

「私が一日じゅう歩いて非常に疲れていると想像してみなさい。天気は悪く、雨の降る寒い日だ。夕方、私は家に帰り着いた。
まあ、25マイル(約40キロ)ばかり歩いたとしよう。家には夕食が用意され、暖かくて快適だ。しかし、座って夕食をとる代わりに、私はもう一度雨の中へ出てさらに2マイル(約3・2キロ)歩き、それから帰ってこようと決心する。これが超努力だ……」

グルジェフによると、こうした超努力を経ることでヒトは覚醒し、「条件づけによって反応するロボット」の状態から脱け出せるといいます。

 

グルジェフいわく、ヒトの身体には大蓄積器と呼ばれるエネルギーの貯蔵庫が備わっているが、通常はそのエネルギーを2つの小蓄積器(上図ではA,Bとしています)を介して小出しに使っているだけにすぎない。それが、理性では処理しきれない、超努力を要する事態に遭遇した時、大蓄積器に直接連結され、潜在していた凄まじいエネルギーが引き出される……。

いや、そんな事態に見舞われたら、多くの人はパニックに陥り、我を見失ってしまうでしょう。細胞で言えば強度の酸につけられたら、その多くは死滅してしまうはずですが、なかには万能性を獲得するものも出てくる。苦難を乗り越え、覚醒するヒトも出てくる……。

この種の考え方が歪めた形で広がっていくと、ストイックな修行の世界、体罰も辞さないようないわゆる体育会的な、いまで言えばブラック企業的な世界も肯定されてしまいかねません。
だから、あまり安易に受け入れるべきではありませんが、「言いたいこと」は概ねわかっていただけたかと思います。僕たちは確かに眠っている、だから起きなければ、覚醒しなければならない存在なのです。

 

パンドラの箱を開けた遙か祖先

こうした覚醒のカギを握っているのも、やはり細胞です。我々の身体を構成している細胞は、どんな条件で活性化され、元気になるのか? 先ほどと同じ問いかけが成り立ちうるからです。
そのために、まずは基本を押さえておきましょう。
土台になってくるのは、

栄養と酸素です。

ヒトを始めとする進化した生き物は、食事によって取り込んだ栄養と、呼吸によって得た酸素を血液によって身体じゅうの細胞に運び、ミトコンドリアという小器官で処理することで活動エネルギーを生み出しています。
つまり、いかに食べるか、いかに呼吸するか。――当たり前ですが、生きるうえで基本となるこの2つの営みによって細胞の健康は保たれ、日々刻々、活力が生み出されているわけです。

もう少し詳しく言うと、この地球で生まれた初期の頃の生物は、単純な栄養補給のみでエネルギーを生み出し、延々と分裂を繰り返していました。ヒトにとって呼吸することは当たり前ですが、そうした機能が備わっていない時代のほうがむしろずっと長かったのです。

細胞分裂

 

そんな細胞分裂の時代が大きく変化し、呼吸の必要性が生じたのは、地球上に酸素があふれるようになって以降のこと。多くの生物が酸化の害に苦しめられるなか、酸化処理ができる細菌が原始細胞と同化することで活動エネルギーに転化できるようになりました。

この細菌がミトコンドリアの祖先だったと言われているわけですが、「災い転じて福となす」と言うべきか、外部の細菌を取り込むことでバージョンアップした原始細胞は、これまでとはまったく比べ物にならない膨大なエネルギーを生み出せるようになりました。これが今日のヒトに至る躍的な進化をうながしたとされているのです。

ただ、いいことばかりだったわけではありません。このエネルギー製造の過程で、老化の原因となる活性酸素という「産業廃棄物」も生み出されることとなり、生物は成長と同時に老い衰え、やがて死ぬ運命を甘受することにもなります。
おそらくここで、無限に回帰するだけだった世界の新しい扉が開かれ、生と死が繰り返される有限の世界が生まれる素地ができたのでしょう。
子孫を残すための生殖も、この有限の世界のなかで生まれたものです。仏教の言葉を借りれば、「輪廻」の世界、因果律によって支配される「業」の世界が始まったという言い方もできます。
ただ食べるだけだった生き物が、生き残るために呼吸を手に入れ、自己の能力を飛躍的に拡大させた。老化や死というリスクと引き換えに、“進化”というパンドラの箱を開けたのです。

次回は、こうした食事と呼吸の関わりを軸に、細胞レベルの覚醒について考えていくことにしましょう。

(第一回 了)

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–Profile–

長沼敬憲(Takanori Naganuma
1969 年、山梨県生まれ。出版プロデューサー、エディター、サイエンス・ライター。「ハンカチーフ・ブックス」編集長。30代より医療・健康・食・生命科学の分野の取材を開始。著書に、ロングセラーになった『腸脳力』『この「食べ方」で腸はみるみる元気になる!』『最新の科学でわかった! 最強の24時間』など。 エディターとして、累計30万部を超えた「骨ストレッチ」シリーズの出版プロデュースを手がけるほか、『腸を鍛える』( 光岡知足 )、『栗本慎一郎の全世界史』(栗本慎一郎)、『医者が教える長生きのコツ』 (佐古田三郎) 、『死と闘わない生き方』 (土橋重隆・玄侑宗久) などの書籍の企画編集に携わる。2015年12 月、活動の拠点である三浦半島の葉山にて「ハンカチーフ・ブックス」を創刊。『僕が飼っていた牛はどこへ行った?』(共著:藤田一照)などの書籍、雑誌『TISSUE』を刊行するほか、トークイベント「ハンカチーフ・ブックスCafe」を定期的に開催している。

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