ソマティックワーク入門 第14回 フォーカシング 池見陽さん(理論編02)

| 半澤絹子

健康とウェルビーイングの一歩先を求めて−−。
今、こころとからだの健やかさの質を高める、
マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。
からだの感覚に注目し、
心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、
深い気づきや静けさを得たり、
自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んだりしていく。
これらは、
こころとからだのつながりを目指す

「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。

その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、
1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、
自分に向くものはそれぞれ異なります。
この連載では、
これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに
「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、
それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。

Image: iStock

リベラルアーツ(一般教養)として学ぶ

ソマティックワーク入門

−新しい身体知の世界をめぐる−

第14回 自分の感覚を信じることは人生の決断の助けになる
フォーカシング 池見陽さん(理論編02)

取材・文半澤絹子
写真協力池見陽
取材協力日本ソマティック心理学協会

モヤモヤとからだに感じられる意味感覚から、自分のこころや置かれた状況の意味に気づいていくフォーカシング(フォーカシング指向心理療法)

複雑な問題で悩んでいるとき、人生において決断をしたいときなどに自分と向かい合えるソマティックワークです。

フォーカシングによって自分にとっての「意味」を見出せたとき、どんなことが起こるのでしょうか。

前回に引き続き、今回も、フォーカシングの第一人者・池見陽さんにお話を伺いました。

からだの感覚をことばにできると「方向性」が生まれる――フェルトシフト

前回の記事では、モヤモヤとからだに感じられる意味感覚をことばにすることで、「自分にとっての出来事の意味」「本当の気持ち」に気づけることなどについて解説した。

しかし、フォーカシングはそれだけでは終わらない。

「自分のこころに気づけると、次にどう意識するか、行動するかという『方向性』が生まれます。
 英語に『implying(暗在・含意・指し示す)』という言葉があります。どんな体験も、さらなる次の生きる過程を指し示している、という意味です。

 例えば、『お腹が空いている』といった空腹感は、次に『何か食べなさい』ということを暗に示しています。

 からだは次に何をすべきか、実に細かく知っていますよ。
 昼食に何を食べようかなと思うと、『ラーメンはちょっと違う……なんだろう……蕎麦にしよう』とか、自分でわかるでしょう? 『蕎麦を食べたい』だけじゃなくて、『パリッとした海苔が乗ったざる蕎麦が良いな』とか。

 人間関係がこじれた時にも、相手に『メール書こうかな、うーん、でもけっこう誤解してるから直接話さないとダメだろうな』なんて、どうしたらうまくいくかを、実は薄々と感じています。それが感じられているからこそ、『メールじゃなくて会うのがいい』と感じとれるわけですよね」(池見さん)

ひまわりは教えられなくても太陽のほうを向いて成長するし、イワシの群れも泳ぐ方向を全体で知っている。

「頭(理性)ではなくて、『こころ』とか『からだ』が答えを知っているのです。感じることは、いつも自分の行く先を示しています」(池見さん)

体験の象徴化によって自分の世界を変える
――からだとこころの相互作用

自分にとっての「体験の意味」がわかると、その気づきだけでなく、体験それ自体も変わる。

「そうだ!自分はこう思っていたんだ」と気づいたとたん、からだがふっと軽くなった経験はないだろうか。

フォーカシングでは、これをフェルトシフト(felt shift)という。これは、感じられていること (felt) が変異(shift) するという意味の言葉である。

また、出来事の意味が変わると、自分の世界観も変化・成長していく

「たとえば、職場のことを思うと、“胸の内に雨雲がある”ようなフェルトセンスを感じていた人は、『そうか、雨雲の中には雨や雷がある……僕は職場では自分の気持ちを表現せずに自分の内に閉じ込めているんだ』と気づいて、職場の同僚や部下に対して、『もっとオープンに気持ちを話してみたい自分』がいることを発見しました。
 この気づきは彼の職場での在り方を変化させ、彼を成長させるものになります。

 フォーカシングの創始者であるユージン・ジェンドリン(1926-2017)は、『体験』がことばといった『象徴』と相互に作用して、『意味』を発生させていることを観察して、このような体験のありさまを『体験過程』と名づけました。性格傾向や生い立ちなどではなく、一瞬一瞬の体験を丁寧にことばにしていくと体験的な変容が起こることを見出したのです」(池見さん)

昔の心理療法では、「体験そのもの」ではなく、「そんな体験をする人格」という抽象的な実体を捉えようとしていたが、人格を固定するのではなく、ありのままの現実を見ることを提唱したのがジェンドリンだった。

フォーカシングの祖であるユージン・ジェンドリン氏 写真提供●池見陽さん

からだとこころの間を生き、自分と他者との間を生きる

コペンハーゲンの国際会議で基調講演をする池見さん。日本だけでなく、世界中でフォーカシングを先に進めている。 写真提供●池見陽さん

ここで改めて、池見さんにフォーカシングに出会った経緯について話を伺った。

ご自身のことを、「僕は2つの異なる物事の狭間を生きてきたような人間です」と話す池見さん。
例を挙げると、池見さんには人好きな「外向的傾向」もあるけれど、物事を観察したり考え続ける「内向的傾向」があるという。

また、国際色豊かな神戸で育ち、日本の小中学校ではなく、インターナショナルスクールに通い、子どもの頃から英語と日本語の「2つの世界」を行き来している感覚もあったそうだ。

「英語での一人称は『Me』だけれど、日本語は『私』や『僕』。
 ことばによって、自分の感覚ってとても変わりますよね。
 インターナショナルスクール9年生(中学3年生)の頃には、『本当の自分』を存分に引き出してくれるのは、日本語か英語なのかどっちだろう?と考えたものです」(池見さん)

そうして「本当の自分」を知りたいと、ボストン大学の心理学専攻に入学したが、そこで教えられていたのは「ラットにおけるホルモンと行動の関係」といった自然科学としての心理学や統計学。

こころの琴線に触れるような学びを得られず、「心理学に失望して、一時は心理学専攻をやめようかとも考えました(笑)」という。しかし、

「大学卒業間際に、ユージン・ジェンドリンの存在を知って、全身に興奮が走りました。ジェンドリンは、20世紀の大哲学者・ハイデガーの著作の英訳をして、さらに新しい心理療法を生み出したカール・ロジャースと一緒に研究をしていました。
 僕が哲学を研究するならば、きっと図書館に篭って哲学書や古代ギリシャ語を勉強したりと、ハイデガーのように内向的な生き方をすると思いました。一方のロジャースのように研究するのであれば、エンカウンター・グループなどで人と関わりながら、こころの研究をする外向的生き方をすることが想像できました。

 この二人と関係するジェンドリンのイメージは、『内向』と『外向』の両方を持つ僕自身とぴったり重なりましたし、彼の紳士的な人柄にとても魅力を感じました」(池見さん)

似た気質を持つ二人。

そして、信念を持つ人物、哲学のあるワークのもとに、共鳴する人たちが集まるものだ。

「当時、彼がフォーカシングのセッションで何をしているかは僕にはわからなかったけれど、ジェンドリンは相手に対して非指示的で、優しく、クライアントが魔法をかけられたように変容していくのに魅了されました。フォーカシングに出会ったのは40年以上も前ですから、このワークによって、自分がどう変わったのかは正直わかりません。でも『自分が感じていること』には、常に目が向いている気がします。
 ものを書いていても、話していても、自分の感覚と合っていないと思ったらすぐに気づきます」(池見さん)

また、自身の感覚に敏感であるから、人が話す言葉が「本当かどうか」をキャッチする能力も高いようだ。

「フォーカシングをするようになると、人の体験を追体験しやすかったり、共感力が高まる傾向もあったりするかもしれませんね」と池見さん。

自分のこころの声を聴くことで、他者のこころの声が聴こえるようになる。

フォーカシングによって、まだ形成されていない意味の感覚と言葉を行き来し、他者と自分との間をも行き来する。「狭間の人間」である池見さんがフォーカシングと出会ったのは、きっと必然だったのだろう。

 

ナチスの迫害から逃れて――
「感覚」は複雑な状況を生き抜く命綱になる

フェルトセンスを「からだ感覚」とみてしまうと、フォーカシングでは「本能的な欲求ばかりが出てきて、現実的に無謀な望みになるのでは?」と疑問が出るかもしれない。

だが、フェルトセンスが伝えるのは、生理学的・解剖学的身体が望む方向性ではなく、さまざまな要素が統合した自分が腑に落ちる方向性である。

「たとえば、セックスのことを考えてみましょう。それは『本能的なもの』と捉えられるかもしれませんが、実は、私たちが感じるのは、相手とお付き合いする過程であり、言葉を使った会話や社会の常識や恋愛といった体験など多層的なものです。ですから、会話をしているうちに、その相手が嫌いになって、その相手とはセックスどころか、二度と会いたくないと感じることもあるかもしれません」(池見さん)

また、ユージン・ジェンドリンのこんなエピソードもある。

「ジェンドリンは子どもの頃、ナチスから逃れるために、一家でアメリカに亡命しています。
 彼の父はユダヤ人でした。ドイツに暮らしていた当時、日に日にユダヤ人への迫害がひどくなり、一家はドイツ国外に脱出するための偽物のビザをとるために、ウィーンからケルンへ移動することにしました。
 ケルンでブローカーと落ち合い、大金を払ってビザをもらう予定でした。

第二次世界大戦の爆撃によって破壊された、ドイツのケルンにあるアルト・セント・アルバン教会 Image: iStock

ところが、ジェンドリンの父親が待ち合わせの場所まで行ったものの、15分ほど経って青ざめた顔で家族のもとに帰ってきたのです。

彼の父親はこう言いました。

『ブローカーとの話は無かったことにする。あの男は信用できない』と。

そのとき一家は、瀬戸際の状況にありました。ケルン行きの列車にゲシュタポが乗り込み、ジェンドリンの父の後を追ってきていました。ようやく到着した見知らぬケルンの街で、ブローカーから受け取る予定のビザだけが家族の希望の光でした。ですから、ジェンドリンは父親のことばに耳を疑いました。しかし父親は息子に、

『俺は自分の感覚を信じる』

と言ったのです。結果的に一家は亡命でき、『このときの出来事がフォーカシングの始まりだ』と、後にジェンドリンは手記にまとめています。

『違和感がある』という感覚を信じること。

その感覚に従うことが、一般的には正解ではない選択であったとしても。モヤモヤとしたフェルトセンスは、人間の「生命」や「魂」としての方向性と、「社会」や「環境」との方向性が一致しないときに際立って出てくることがあります。

難しい状況に置かれたときに、非常に複雑な関係性をキャッチしながら、自分にとっていちばんふさわしいものや状況、行動を感じとっていく能力。そういった感覚を信頼することは、非常に大切だと思います」(池見さん)

(第14回 了 実践編01に続く)


フォーカシングのおすすめ書籍

『心のメッセージを聴く』(池見 陽 (著) 講談社現代新書)
『僕のフォーカシング=カウンセリング ひとときの生を言い表す』(池見陽 (著) 創元社)
『バンヤンの木の下で 不良外人と心理療法家のストーリー』(池見 陽 (著), エディ・ダスワニ (著) 木立の文庫)

※どちらもフォーカシングの基本を学ぶ入門書としては最適です。ぜひお読みください。




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–Profile–

池見 陽 (Ikemi Akira

関西大学大学院心理学研究科教授。日本フォーカシング協会会長。日本人間性心理学会常任理事などを歴任し、現在は(米)ユージン・ジェンドリン・センター運営委員長や専門の編集委員なども務める。フォーカシングの創始者であるユージン・ジェンドリンから直接学び、日本でのフォーカシングの普及に貢献。現在は日本ほか、世界各国でフォーカシングの指導を行う。フォーカシングを応用した「アニクロ(自分の人生を動物に例えるメソッド)」なども開発。『心のメッセージを聴く』(講談社現代新書)、『僕のフォーカシング=カウンセリング ひとときの生を言い表す』(創元社)など著書多数。

Web Site http://www.akira-ikemi.net/index.html

半澤絹子(Hanzawa Kinuko
フリーライター、編集者。各種ボディワークやセラピーを取材・体験し、「からだといのちの可能性」、「自然と人間とのつながり」に関心を持つ。「ソマティック・リソース・ラボ(https://www.somaticworld.org/)」運営メンバーの1人として、ソマティックに関する取材や普及活動も行う。