「言っていることや方法は正しいのになぜしっくりこない」
普段生活するなかでそんなことを感じたことはありませんか?
それとは逆に、
「理由はないけれどこの人といると安心できる」
ということもあるのではないでしょうか?
その理由は、私たちの身体が無意識のうちに相手や自分がいる環境に対して常にアンテナを張り、そこが自分にとって安全で「身を委ねられるか」を判断しているからです。
この「身を委ねる」という行動は「イールド」と呼ばれ、私たちは生まれた瞬間から身に備わったこの能力を使って積極的に安心できる相手や場所を選んで生き抜いています。
この連載ではこの能力「イールド」を知るとともに、上手にそれを使って自分を安心させたり、他人をリラックスさせたりする方法を、イールドワークの第一人者である田畑浩良さんにご紹介いただきます。アシスタントはイールドの達人(?)である猫を代表してニャンコ先生です。
連載 安心感と自己調整能力の鍵は「間合い」
イールドワークで学ぶ空間身体学
第10回 実践編 「間」(Ma)を見つける 04:肚の解剖学とその実践
文●田畑浩良
取材協力●半澤絹子
からだの自己調整力を引き出すボディワークである「イールドワーク」。
クライアントの内発的な力を引き出すには、場をつくり、相手と共鳴する施術者の状態がどうであるかが要となります。
この技法は、その人にとっての在り方を追究するための具体的な方法を含んでいて、施術者に限らず、すべての人の助けになるものです。
「心地よい自分を追求するとどうなるか?」
自分自身やご家族、ご友人とぜひ実践してみてください。
施術者の「肚」が充実しているとクライアントが安心できる
施術者がセッション中に安全な場をつくるには、施術者自身が安定してその場にいることが絶対条件です。
日本のからだことばに「肚がすわる」ということばがあるように、クライアントを見守る施術者の肚がすわって充実していると、クライアントの身体は安心してメンテナンスを始めることができます。肚の重要性はボディワークだけでなく、さまざまな身体技法や武道でも言われていることです。
肚がすわる=肚が充実しているためには、施術者自身が「自分の肚」を感じる必要があり、その前提として、内臓の容れ物としての「器」の構造がしっかりしている必要があります。施術者の身体は下腹部に位置する泌尿器・生殖器や消化管がしっかり収まるコンテイナー「器」でなくてはなりません。身体を支える足腰が最低限機能し、重心が位置する肚が骨盤に収まっている必要があります。体感的には、できるだけ不要な力みがない状態が理想です。そうすることで初めて、身体の末端や上半身にゆるむゆとりが生まれていきます。
全身に響きと呼吸を届ける真骨盤のテンセグリティ構造
イールドのセッションでは、「肚の容器は真骨盤全体である」と捉えています。骨盤底は真骨盤の一部であり、閉鎖膜や梨状筋、仙骨/尾骨の前側を含む半球形を逆さまにしたドーム構造が肚の器だと私は考えています。
骨盤内のドーム全体の張力が適切であり、安定性があると、他の横隔膜や足底などの隔膜とより共鳴しやすくなり、呼吸の動きが隅々まで行き届くようになります。隔膜は身体の水平構造を支えるダイアフラム(振動板)であり、真骨盤と隔膜は共鳴しやすい「振動ユニット」です。真骨盤内のスペースにゆとりがあり、壁面全体に適切な張力があると、他の隔膜と協調するため、結果として「全身で呼吸する」状態に近づきます。
この弾性と安定性を兼ね備えた真骨盤内のドーム構造は、「テンセグリティ」と呼ばれる構造です。

テンセグリティとは、圧縮材と張力材から構成され、張力バランスによって維持される構造の一つです。身体全体、そして細胞一つひとつもテンセグリティと考えられており、柔軟でありながら潰れない強固な性質を併せ持っています。
外からの圧力や衝撃が加わってもそれが許容範囲内であれば、圧縮材としての「骨」と、張力材としての「ファシア(筋膜)などの結合組織」の張力バランスによって衝撃を全体で吸収・分散し、構造のバランスが保たれます。
テンセグリティの視点から真骨盤の構造を捉えてみましょう。
まず、骨盤の容器内壁はファシア(筋膜)で覆われています。このファシアの張力は、隣接する臓器の細胞に対して常に力学的刺激を与えています。骨盤の内壁に適切な張力があると、ドームが潰れずにすみ、骨盤内の空間を確保できます。すると、臓器が動く余地が生まれ、適切な位置に余裕を持って内臓を収めることができます。

テンセグリティの基本構造は上の写真にあるような球形ですが、フラーの共同研究者であった梶川泰司氏(※)が新たにデザインした「共鳴型テンセグリティ®モデル」を使った実験によって、パーツを半分取り除いても、半球の形状が維持されることがわかりました。
日常の排泄や出産のような動的変化によっても真骨盤の構造が復元力と安定性を可能にしているのは,真骨盤がテンセグリティであることが理由なのではないかと考えています。
※梶川泰司(かじかわ やすし)……テンセグリティの創始者であるバックミンスター・フラーが初めて認めたデザイン・サイエンティスト。バックミンスター・ フラー研究所でシナジェティクスの共同研究に従事し、同研究所主催のカリフォルニアでのシナジェティクス・ワークショップ講師も担当。1990年、ハーバード大学視覚環境学部のデザインサイエンス・コースの客員講師を務める。シナジェティクス研究所を設立し、新たなシナジェティクス理論や次世代のテンセグリティ構造システムなどを開発。ワークショップや講座も開催。https://synergetics.jp
真骨盤のテンセグリティ構造と下肢との関係性
このドーム構造が適切な張力を発揮するためには、骨盤底筋群の張力に加え、大腿骨の大転子と結合している筋肉群も関係します。骨盤と大腿骨との関係性、つまり股関節の構造も重要となります。

解剖学的にみると、内閉鎖筋(Obturator internus)と梨状筋(Piriformis)は、大腿骨の大転子につながっています。また、肛門挙筋(Levator Ani)は、恥骨を介して内転筋とつながりがあります。従って、これらの筋肉群の張力は「大腿骨と骨盤の関係性」、つまり股関節の状態に影響されます。肚を充実させるには、肚の容器の土台となる脚/足の支えも重要なのです。
下肢の支え →. 骨盤 → 肚/内臓
これらの関係性と繋がりの中で、身体は構造的に支えられています。
また、マクロなレベルでは、真骨盤のドームや他の隔膜との共鳴が重要ですが、前述したように、細胞一つひとつもテンセグリティとして捉えることができます。全体としての共鳴を高めるためにも、振動が真骨盤内に行き届き、滞りのない状態が機能的な器であるといえるでしょう。
ただし、尾骨を強打したり、出産時に恥骨結合が離解したりしていると、容れ物(真骨盤)が不安定になり、肚の収まりが悪くなります。そのような方は、必要に応じて手技療法やボディワークで他者から身体のバランスを整える手助けをしてもらうことをおすすめします。そのうちの一つであるロルフィング®は、骨盤構造の水平性を重視しており、肚という容器を整えるための技法が多くあります。
真骨盤の中身である消化管を中心とした内臓の不調については、内臓マニピュレーションなどの手技的技法が存在します。食あたりに合うと、お腹に力が入らず腑抜けになったように感じた経験は誰しもあるでしょう。消化管は腸内菌叢の足場であり、近年注目されている腸管免疫とも密接に関係しています。ロルフィング10シリーズの中盤のセッションで内臓にアプローチした後に、お通じが改善したり、肌の質感が明るく変わったりする方もいます。
実践:肚に感覚を集める〜感覚が中立になる位置を見つける
では、肚に感覚を集めていきましょう。

しっかりと肚に感覚が集まる状態で、感覚が内向きにも外向きにも偏りの少ない、ちょうどその間の感覚を目指していきます。
イールドのセッションでは観る側(施術者側)の姿勢も重要ですが、身体の周りの気配を感知することも大切です。その状態を作為的に創り出すというよりも自然に感じられるような、「中立な」位置を見つけるのがコツです(連載第8回参照)。あれこれ頭の中で技術的に、あるいは技巧を凝らして堂々巡りをするよりも、実際に身体を移動するほうがプロセスの進むゆとりが生まれます。感覚が中立になる位置が見つかったら、足底を通してその場所に落ち着きます。
しばらく楽にしていると、自然と肚に感覚が集まりやすくなり、その後、自発的に周辺に広がりが出てくる体験があるかもしれません。肚に感覚が集まると、四肢の末端や表層の力みが自然と抜け、身体全体が適度な張力となり、楽器のように響きのよい器となります。全体の張力バランスが適切であると、内側の組織が共鳴して全体が揃い始め、いわゆるコヒーレントな状態になります。自然に意図せずにコヒーレントを感じやすい場所が、クライアントとの間が適切になる最初の立ち位置です。この立ち位置を見つけることがイールドワークの最重要ポイントで、それによって自ずとセッションの文脈が決定されると考えています。
肚に感覚を感じられないときは、意識して見つけるよりも、感覚が集まるような立ち位置を見つけることが第一です。その一つとして、「自分の息が入りやすい立ち位置」を探してみましょう。息の入りやすさは、身体の共鳴によって、施術側と受け手の双方に起こり、イールドがゆるやかに進む位置関係となります。
また、立ち位置が決まったのに肚の感覚がぼやっとしてつかみづらい場合は、下腹部と仙骨を前後に手で挟むように触れて、ちょうど間のポイントを探してみてください。そのポイントが見つかると、身体全体の力みが和らぐことが多いです。
実践:肚の意識を空間に広げる〜知覚を広げていく
肚に意識が集まったら、周りの空間を心地よい範囲で広げてみます。身体感覚がしっかりある方ならその違いを認識できるでしょう。

手技療法の技法によっては、知覚をできるだけ広げる、あるいは、広げれば広げるほど良い、と指導を受けることもあるようです。しかし、指導された通り「マジメ」に知覚を広げ過ぎて施術側が落ち着かなくなるよりも、居心地のよさを優先し、平穏が途切れないように、ちょうどよい範囲に留めることを私はおすすめします。クライアントが安心して変化するためにも、施術者側が可能な限り「安定したアンカー」として存在していることがセッションの要となります。
ちょうどよい間合いが見つからない時や、意識や姿勢が前のめりになったり、迷いが生じたりしたら、シンプルに自分に聴いて下さい。「今、心地いいか?」と。

さらに覚えておいていただきたいのは、個々に「心地/居心地よさ」「ニュートラル」「中心感覚」「軸が通った感覚」があるということです。言葉の背景にある感覚はそれぞれ異なります。施術者は実践と経験を通して、その身体感覚 -いい感じを自分の言葉やイメージを通して掴むことが大切です。なぜなら、私たちの感じ方 – 知覚システムはユニークで、得意な五感も皆異なるからです。違った感じ方をするからこそ、それぞれの存在がいる意味も出てきます。
指導者がある特定の意識の向け方でその技法がうまくいったことを教えたとしても、別の知覚システムの存在(生徒や弟子)にすべて適用できるはずはないのです。「同じ感じ方はできない」という前提で、技法を吸収するとよいでしょう。取り入れて役立つものは、抵抗がなく違和感もありません。
それに対して不要なものは、肚の違和感としてなんとなく分かるはずです。細胞膜が持つ「選択透過性」を外からの情報に対して機能させましょう。肚が納得したものだけを丁寧にピックアップして、要らないものを潔く捨てること。ツールボックス(蓄積した自分のテクニック)を整理することは、自分のスタイルをつくることにつながります。
肚の感覚や空間/気配を感じることは、誰もが持つ能力で、経験的に使っているものですが、意識的に活用するレベルでは使っていない感覚です。肚の感覚は使えば使うほど育てることができます。肚が充実すれば施術者のプレゼンスを生のまま提示できるセッションにもなります。セッションがシンプルな内容だったとしても、ユニークで一期一会のセッションとして、お互いに無理なくプロセスを進めることができるでしょう。
(第10回 了)
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