健康とウェルビーイングの一歩先を求めて−−。
今、こころとからだの健やかさの質を高める、
マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。
からだの感覚に注目し、
心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、
深い気づきや静けさを得たり、
自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んだりしていく。
これらは、
こころとからだのつながりを目指す
「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。
その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、
1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、
自分に向くものはそれぞれ異なります。
この連載では、
これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに
「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、
それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。
リベラルアーツ(一般教養)として学ぶ
ソマティックワーク入門
−新しい身体知の世界をめぐる−
第17回 「動き」が身体の形とこころをつくる 身体均整法・矢作智崇さん(理論編01)
取材・文●半澤絹子
取材協力●日本ソマティック心理学協会
ソマティックのもっとも重要な概念に「心身一如(身心一如)」というものがあります。
心身一如とは、こころとからだは分けられないもの、別々に扱うことができないものという意味です。
今回のソマティックワーク「身体均整法」は、身体の姿勢・姿形にその人の性格や気質、不調の特徴が現れるとし、姿勢を整えることで体調だけでなく、こころも整えていきます。
からだとこころの相関関係と、身体均整法ならではの心身の整え方について、身体均整師会前会長の矢作智崇さんにお話を伺いました。
昭和生まれの「ソマティックの総合デパート」
身体は、たえず動き続けている。
呼吸をする、手足を動かす。栄養を消化・吸収し、細胞が入れ替わることまで、身体は常に運動している。その動きは身体の各部位と相互作用して、全体のバランスをとっている。しかし、いったん生活習慣が乱れたり、病気やケガをしたりすれば、すぐさまそのバランスは崩れてしまう。
身体均整法は、「動き続けるカラダの関係性=運動系」を読み解き、姿勢(姿形)を整えることで、身体の動的なバランスを整える日本の民間療法である。昭和26年に亀井進氏によって創始され、身体均整師による「手技療法」と、セルフで行う「体操」によって構成されている。
身体均整法のメソッドには、ロルフィング®の「構造と機能」、野口整体の「身体の形と気質(体癖)」の関係と同様に心身一如の考えがあり、他のソマティックワークと共通する部分が多く見られる。
また、手技としては、カイロプラクティック、オステオパシー、スポンデロテラピー、経絡治療など西洋、東洋の多種多様な技術を取り込み、手技療術界における「ソマティックの総合デパート」のような存在である。
「身体の歪みはその人の本質」と語るのは、身体均整師会前会長であり、この道23年の均整師である矢作智崇さんだ。
さて、身体均整法では、どのようなアプローチで人を「生き生きしたカラダ=ソーマ」へと導いているのだろうか。
慢性的な背中の痛みが身体均整法で解消
矢作さんが身体均整法を知ったのは自身の不調がきっかけだった。
「20数年前、均整師になる前の僕は、背中に慢性的な痛みを抱えていました。整形外科や有名な整体師のところに行っても治らずに困っていたときに、身体均整法を知人から紹介されました」(矢作さん)
矢作さんに施術をしたのは、東京都三鷹市にある「尋牛均整院」の深沢功さん。後に矢作さんの師匠となるベテランの均整師である。
「深沢先生に背中を触ってもらって1時間ぐらいしたら、今までに感じたことがないほど背中の痛みがラクになっていました。4回ほど通ったらすっかり治ってしまいました」(矢作さん)
治療の雑談中、矢作さんは深沢さんにこんな質問をしてみた。
「これ(身体均整法)、僕でもできますか?」
「俺にできるんだからお前さんだってできるよ」と深沢さんは言った。そしてこう付け加えた。
「この仕事は良いよ、好きなときに休めるし。何だかよくわからないけど人から感謝されるし」
当時、30歳手前だった矢作さんには施術経験はなかった。しかし、そこからすぐに身体均整法学園に入学してしまった。
「入学したのは、治療の効果を感じたからというよりも、深沢先生の人柄に惚れたというのが本当のところです。身体が辛いことを深沢先生が共感して、理解してくれたのが何よりうれしかったんですよね。そんな先生は今までいなかったので、こんな風になりたいと思いました。だから深沢先生のスタイルを今も真似してます。僕が駅からちょっと離れたところに治療院を構えていたり、和室で施術したりするのも、深沢先生と同じです」
と、矢作さんは照れたように笑った。

身体均整法学園に入学すると、同期生にはさまざまな人がいた。すでに開業している鍼灸師や理学療法士などもいたが、矢作さんは素人からのスタート。身体均整法は、前述したようにカイロプラクティックやオステオパシーなど多種多様な手技があり、理論も多岐にわたる。膨大なテキストとカリキュラムを前に、矢作さんは入学してすぐに「全部マスターして卒業するのはムリだ」と悟った。
「大腿四頭筋の名前すら知らなかったし、頚椎の位置も全然ピンときていませんでした(笑)」(矢作さん)
それでも、勉強しているうちに少しずつ身体の仕組みや触れ方がわかるようになっていった。そして、身体均整法の学びが深まっていくと、過去に味わった慢性的な背中の痛みの原因が理解できるようになっていった。
「背中が痛かったのは、肉体労働や夜に働いていたせいで自律神経が乱れていたからだとわかりました。身体均整法は、その人の身体の構造や動きの関係性を観察し、不調を見立てていくのですが、そこから過去の僕の不調を見ていくと、自律神経の乱れで胃の消化機能が落ちた結果、背中に痛みが表れていたことが理解できました」(矢作さん)
身体均整法では、ある特定の不調でも、原因は人によって異なるとしている。少なくとも「一つの症状に対して最低でも原因は12個ある」と見る。
「そうすると、患部や主訴の場所に直接働きかけても効かなかったりします」(矢作さん)
矢作さんの背中の痛みは、ケガといった直接的な原因ではなく、身体内部の自律神経からくるものだった。身体均整法の前に受けた他の整体は技術としては優れていたが、どちらかというと直接的なアプローチだった。
「そうそう。だから整形外科で治療を受けたり他の整体を受けたりしても、僕の場合は良くならなかったんですよね……」
と矢作さんはつぶやいた。
身体内部の運動は「行動」と「姿勢」に表れる
では、身体均整法は、どのような理論で心身を整えていくのだろうか。
「創始者の故・亀井先生は、『心や内臓など身体の働きはすべて、“骨格筋の動き=行動”と“姿勢=姿形”に投影される』とおっしゃっていました。
たとえば、頭脳労働が多くて常に脳をフル回転させている人は、頭部が前傾します。骨格筋が考え込む動きをするわけです。すると重心がつま先に集まるので、ひざを曲げて身体を支える姿勢になります。
これは、身体均整法の12種体型分析では【頭脳型のフォーム1】※という体型です。フォーム1の人は、頭を使うことが多く、背が高くてひょろっとした体型と姿勢をしている人が多いです。また、頭脳型にはフォーム2という体型の人もいて、このタイプは頭部を後傾させることでストレスを受け止めようとします」(矢作さん)
その他にも、ストレスがあるときに食べてストレス発散する人は、身体の左側にある胃に負担がかかるので、左に重心をかける【消化器型・フォーム3】。逆に、ストレスがあると食べられない人は、右側に傾いた姿勢をとる【消化器型・フォーム4】。また、人前で堂々と振る舞える人は胸を張り【呼吸器型・フォーム7】、他人が怖い人は胸を縮ませる【呼吸器型・フォーム8】。さらに下痢の人は身体が右にねじれ【泌尿器型・フォーム5】、便秘の人は左にねじれる【泌尿器型・フォーム6】となる。
※12種体型については、理論編②で解説
このように、原因と動きのパターンは無数に存在するわけであるが、
身体の動き(不随意な動きも含む=運動系)
↓
行動(骨格筋の動き)
↓
生活習慣やケガ、病気により行動(動き)のクセが表れる
↓
その人独自の「姿勢(姿形)」となる
というのが、身体均整法における運動系の流れである。
食事・睡眠が十分にとれていて、運動もできてストレスも少なければ、骨格筋は正常に働き、姿勢の歪みは生じない。しかし、暴飲暴食、睡眠不足などバランスを崩す要素が積み重なると、身体内部の状態は恒常性を失い、負荷がかかった場所を支えようとして別のバランスをとりはじめる。
また、暑さや寒さ、雨といった外的環境の変化にも影響を受ける。
「内部の状態は必ず重心に反映され、加重する場所が変わり、姿形にも反映されます」(矢作さん)

そして、「運動系は内臓などの働きだけでなく、心の問題にも影響されます」ともいう。たとえば、過剰なストレスを受けると、骨盤型の人の場合は生理機能が乱れ、頭脳型の人は睡眠トラブルになって表れる。さらに肋骨型の人は呼吸がしづらくなる。
人それぞれのストレスが生理現象に影響し、それが運動表現となって現れるのだ。
亀井氏の研究エピソードにこんなものがある。
亀井氏は現役当時、レントゲン写真約1万枚を見て、骨格の特徴を観察・調査した。すると、左足に重心をかける人、右足に重心をかける人、または前方、後方と、重心加重に違いがあった。そして、「左足重心の人は食べるのが大好きでぽっちゃりしている傾向がある」など、加重している場所と気質と不調の共通点を見出した。
「そもそも人間の発達って運動系から始まるので、脳の状態は運動の状態に影響されるんですよ。乳幼児はハイハイして、いろいろなものを見て、手を伸ばして判断して、成長していきますよね。親を認識したり、『これは美味しいものだ』と認知していく。身体を動かすことで人間の脳神経はどんどん発達します。すると知能も発達して、言葉も話せるようになる。すべては身体の運動があってこそなんですね」(矢作さん)
では、それをどのように整えていけばよいのだろうか。
「わかりやすくいえば、全身の身体の運動を取り戻すこと、あるいは、運動の結果としての姿勢(姿形)を整えることです。そうすれば多くの不調は解消されます。
たとえば、自律神経の乱れによって運動系のバランスが崩れた結果、気持ちが落ち込んでいるクライアントさんであれば、自律神経を調整して、原因そのものを解消する方法があります。
または、胸を張ることのできる姿勢(姿形)をつくってあげれば気持ちも明るくなるので、結果(姿勢)から原因にアプローチする方法もあります」(矢作さん)
三原則を基に身体のバランスを観察・見立て・調整・確認する
身体均整法による心身へのアプローチは、次の原則を基に調整を行っていく。
それは、
- 平衡性…形を整える(骨格系)
- 可動性…動きを整える(皮膚・筋肉系)
- 強弱性…力の加減を整える(神経系)
という三つの原則である。
「平衡性」は、器としての身体を整えること。平衡性でアプローチするのは背骨・骨盤・関節である。
背骨、骨盤の歪み、関節の位置を良くすることで、身体内部にある神経や臓器があるべきところに収まり、身体機能(可動性、強弱性)もスムーズになる。
「可動性」は、身体の動きを整えること。可動性でアプローチするのは、皮膚・筋肉である。
骨格筋の緊張をほぐすなどして身体が動きやすくなると、重心の位置が変わる。すると、可動性だけでなく姿勢・姿形(平衡性)も改善される。
「強弱性」は、自律神経や運動神経の強さ、弱さを整えること。
骨格筋は、仕事やライフスタイルによって、使う頻度に偏りがある。たとえば、パソコンのマウスをずっと握っているとどうしても腕の筋肉を使うことが多く、神経系の刺激は「強く」なりやすい。すると、腕のバランスが崩れ、それが全身に波及する。そこで腕の神経の強弱性を整えると、腕の緊張がとれ、動き(可動性)も良くなり、結果、姿勢・姿形(平衡性)にもよい影響を与える。
五十肩の人を例にしてみよう。
「五十肩は、腕の筋肉に対する神経の指令がうまく通らず、握力が低下して腕が上がらなくなってしまうのが一因です。この場合、骨格筋にアプローチして可動性を与えると、神経の強弱性が整い、握力が戻って身体の姿勢も平衡になります」(矢作さん)
ただし、アプローチの順番や使う手技は均整師によって異なる。多種多様な手技があり、東洋医学・中医学の観点から身体を眺める均整師もいれば、解剖学や生理学を重視する均整師もいるそうだ。
「たとえば、『胃』を眺めるにしても、脊髄神経反射法を使う均整師もいれば、経絡を使う均整師もいます。気の流れを利用することもある。僕の場合は、身体の動きを取り戻してあげて、結果として形が整うことを大切にしていますね。
使う技法は均整師によってさまざまですが、多様な手技と理論をまとめているのが三原則です。
身体の平衡性・可動性・強弱性という観察を必ず行って、どうアプローチするかという設計をして調整していくのが、すべての均整師にとっての原則です。原則が一つでも欠けたらダメで、三つのバランスをとるのが大切ですね」(矢作さん)
こうした身体を見る際の原則は他のソマティックワークにも存在する。一例として、身体構造を統合するロルフィング®では、「五つの方針」を立てて身体を見て、調整するという原則がある。
小宇宙ともいわれる身体は非常に複雑な仕組みをしている。それを整える場合には、どの見立ても手法も、構造的に捉える必要があるのだろう。
理論編第2回では、運動系と体型、気質の関係について解説する。
(第17回 了)
身体均整法のおすすめ書籍
『重力で読み解く身体均整法入門』(村松陽一(著)身体均整師出版部)
身体均整法を、また人体の運動系を理解できる本。さまざまな臨床例が掲載されている。
『不調が消えて、身体が整うセルフケア大全』(小柳弐魄 (著)大和書房)
身体均整師会の目的である「自ら行う体操の普及」を目指した本。これらの体操がなぜ、どのように作用するのかも理解できる。
『田川センセイの均整日記・季節編』(田川直樹 (著)身体均整師出版部)
著者がクライアントや後進の身体均整師に向けてブログで書き溜めた「身体への調整法とその根拠」について述べられている。
『身体均整法入門(DVD)』(矢作 智崇 (監修)BABジャパン)
動画で実際の調整法を見ることができる。さまざまな体型も見られ実践的な内容。
※いずれも身体均整法の基本を学ぶ入門書としては最適です。ぜひどうぞ!
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–Profile–
●矢作智崇 (Tomotaka Yahagi)
身体均整師・ボディデザイナー。やはぎ均整院院長。身体均整師会前会長。身体均整法学園講師。施術歴23年。自身の体調不良から身体均整法と出会い、施術の道へ。ケガの後遺症や痛みの解消、妊活など幅広い悩みに対応。「身体の歪みはその人の本質」をモットーに、クライアントの身体的な個性、気質を尊重した施術を行う。創始者の亀井進氏が遺した技法の研究をライフワークとする。監修DVDに『身体均整法入門』(BABジャパン)。
身体均整法学園 https://www.kinsei.or.jp/