「言っていることや方法は正しいのになぜしっくりこない」
普段生活するなかでそんなことを感じたことはありませんか?
それとは逆に、
「理由はないけれどこの人といると安心できる」
ということもあるのではないでしょうか?
その理由は、私たちの身体が無意識のうちに相手や自分がいる環境に対して常にアンテナを張り、そこが自分にとって安全で「身を委ねられるか」を判断しているからです。
この「身を委ねる」という行動は「イールド」と呼ばれ、私たちは生まれた瞬間から身に備わったこの能力を使って積極的に安心できる相手や場所を選んで生き抜いています。
この連載ではこの能力「イールド」を知るとともに、上手にそれを使って自分を安心させたり、他人をリラックスさせたりする方法を、イールドワークの第一人者である田畑浩良さんにご紹介いただきます。アシスタントはイールドの達人(?)である猫を代表してニャンコ先生です。
連載 安心感と自己調整能力の鍵は「間合い」
イールドワークで学ぶ空間身体学
第12回 実践編 触れるという介入について(後編)
文●田畑浩良
取材協力●半澤絹子
ロルファーの田畑浩良先生が開発した、身体への新しいアプローチである「イールドワーク」を紹介するこの連載。
第11回目は、イールドワークにおけるタッチの理論と実践の方法について解説していきます。
触れる際には「張力バランスの調整」も意識する
イールドのタッチでは、intentionaryのほか、「張力」も重要になります。
介入の一つの手段として「触れること」を考えたとき、触れるメリットとは、張力を直接扱えることです。
張力のうち、ある個体と地球との関係性が引力で引き合う張力が「重力」です。それと比較すると強度は低いものの、個体と個体との間にも引力が存在します。
個体と個体の、関係性ができる結果、そこにも張力が生じます。人と人との間に距離、間合いをとるということは、両者の間の張力を意識的に、微細に変化させることを意味します。地球上にいる限り、重力との関係性に人体が一番影響を受けるとしても、人間と他の人間を含む存在との間にも張力が存在するため、それらとのバランスも大切になります。自然環境の中で存在同士がうまく共存できている状態は、それぞれがちょうどいい張力バランスにいることだとも考えられます。
張力バランスを良くする際に触れる圧力は、皮膚から身体の深層部への方向になります。この外力は、単に身体が圧縮する方向に働くだけではありません。触れ方によっては、全体に広がりをもたらすこともできます。
この現象は、「共鳴テンセグリティモデル(写真)」を用いるとはっきりと理解できます。このモデルに圧力を加えると、全体が収縮するだけでなく、触れる場所と圧力のかけ方次第でモデル全体が拡大する(つまり、身体に広がりを生む)ことも観察できます(※1)。
ゆるみすぎでもなく、緊張し過ぎてもいない、その合間にいるとき、関節は自由に動き、機能しやすくなります。
ちょうどいい張り具合を目指すには、肚にしっかりと感覚が集まり、同時に空間にも開いている状態が望ましく、肚に集中し過ぎると身体の末端に適度な張力が行き渡らなくなります。ですから、動的に肚への集中と周辺への広がりが往き来していることが大切です。
私がイールドの技法を始めたばかりの時期は、施術側の身体の、特に末端はゆるめばゆるむほどいいと考えていました。しかし、筋肉反射を利用したBi-Digital-O-Ringテスト(※2)の原理では、「力が入らない」ことはむしろ身体にとって好ましくありません。
(※2)大村恵昭博士が開発した、身体をセンサーとして電磁波共鳴による、筋肉反射を応用して生体情報を感知する検査手技。指定された研修を修めた認定医により提供される。
Bi-Digital-O-Ringテストを行うと、異常部位との共鳴や身体に悪影響を及ぼすサンプルを握った時には力が入らなくなってしまう現象が起こります。それはリラックスではなく、悪い意味での虚脱です。良い状態とは、適度な張力が全身に行き渡ることで、コアの内臓空間が確保され、呼吸も安定し、身体は機能的となります。
受け手として、いいペースでイールドが進んでいくとき、プラクティショナーとしても全身がちょうどいい張力で保持され、吸気(吸い込む息)と呼気(吐き出す息)がうまくバランスされます。呼気(吐き出す息)が優位になっている時は、全身の張力は低めで副交感神経優位となり、吸気(吸い込む息)が優位になっている時には交感神経も活性化して、張力は高めとなります。ストレス環境下では、交感神経優位になっているため、張力をゆるめてしっかり息を吐けるように方向付けることに意味があり、数年前までのイールドワークもその方向へと誘導する傾向がありました。
しかし経験的に分かったのは、最初からちょうどいい張力を保つ指標として、呼吸が無理なくしっかりできる状態をクライアントと施術側の双方に保てるような立ち位置をまず見つけることが重要であるということでした。
この”風の吹かない位置” が、身体の自己調整/組織化のために重要となり、安全安心を深める実践的意味を持ちます。
イールドにおけるタッチの手法
肚の感覚にしたがって意図を持たずに触れる、あるいは直観にしたがって受け手の身体が主張しているように感じる場所に触れるやり方も十分機能しますが、イールドの技法で用いる基本的なタッチは以下の通りです。
①scaffolding 足場の提供
身体が落ち着くには、足場が必要なことはこれまでくり返し述べてきました。接地するための基盤は、無機質なものよりも、有機的な対象である方が委ねやすくなります。
有機的な対象としていちばんおすすめなのは、もちろん「施術者の手」です。手には体温があり、微細に振動していて、ちょうどいい張力刺激を与えることができるからです。手が身体の下にあるだけで、委ねる動きが促進されます。提供される基盤が、床や台に対して十分休息していると、それに誘導されて、手のある下方に身体が沈む動きが加速します。
また、鉛直方向の先、体重がかかる下側ではない、身体の側面や上側に触れる場合は、その部位の感受性が低下していたときには、呼吸があまり入っていなかった部位を身体自身が知覚し直すことができ、身体が広がる方向性を思い出すきっかけになります。触れなくとも、シーツを通して振動を伝えることもできます。
② interaction without touch 触れずに相互作用する
身体が主張している部位に触れようとしても、同時に身体からの抵抗があって物理的に触れる手前で手が止まることがあります。そのような場合には、抵抗に逆らわず、抵抗を感じる手前に手を置いて、手が空間の隙間に填まる場所に留まります。深い共鳴が起きていれば、空間と手に一体感が出てきて、微細な波のような動きが出現します。それにただついていくことで、クライアントの身体に不随意の動きが出てくるなどの反応が見られることがあります。
また、触れるか触れないかの間に留まることによって、身体側が手のある側に広がる可能性が示されます。それは、空間に対してイールドする手助けになります。
③パターンを発見し捉える
受け手の身体システムが、特有の動きのパターンを持っていることがあり、それを知覚とタッチで捉えていく手法です。接触している組織に微かな動きが生まれ、その動きについて行き、同期すると、さまざまな身体反応が引き出されます。呼吸のパターンが変わったり、深いイールドの動きが出たり、組織自体がふわっと広がったり、触れていない別の箇所で反応が出ることもあります。
このタッチで大切なことは、習慣化した動きのパターンを誇張したり、動きを先取りしないことです。また、この触れ方は、オステオパシーの内臓マニピュレーションなどで用いられる臓器特異的で微細な動き(inherent motion) を想定して、その”正常な”動きになるように操作する介入とは異なります。実際にその時感じられる動きにただ寄り添うタッチです。的確にpalpationするだけでも身体は応答し、変化します。
そのパターンに忠実についていくことがポイントです。
手を離すタイミングについてよく聞かれますが、かすかに何かの変化が始まりかけたら、与える刺激としてはもう十分です。長く触れ過ぎると場が濃くなってきて、速すぎる変化となってしまいます。最後まで動きに付き合うことなく、初動の変化が引き出された後、身体システムが起こす変化を、適切な立ち位置まで戻って見守るといいでしょう。
④触れるように観る
クライアントと深いレベルで身体共鳴が起きているとき、プラクティショナーが、身体のある場所を観る、つまりintentionarity を向けるだけで、身体は反応します。視覚的にはっきりわかる動きとして、施術者が知覚できることもあります。この現象は、セッションの場の安全安心のレベルがかなり深まっていないと観察できませんが、おそらく微細なレベルでは意識を向けるという介入によって、何かしらその影響を受けているということを表しています。この事象観察体験があると、にわかに「祈り」は気のせいではないことが体感としてわかります。逆に「呪い」にも影響力があるということになります。
したがって、”観る”という行為をするプラクティショナーが、どのような視点、立ち位置で観ているのかが問われるのです。単に”観る”だけでも、クライアントの身体システムに与える影響があり、それだけで十分な介入になる可能性があります。
受け手の身体システムの不全なところを探すような見方をするだけで、受け手の動きが制限されることは、ムーブメントのクラスの実習でもよく体験できます。制限や誤りをあら探しするような見方をされるだけで、身体感覚の鋭敏な人は痛みや違和感を感じ始めます。マッサージテーブルに横たわる前のボディリーディング/分析によって、戦略や方針を決める際に、クライアントが気づいた違和感は、実は観る側によって創り出されていた可能性があるわけです。その文脈に従ってしまうと、クライアントの身体が望むような可能性を広げる介入ではなく、プラクティショナーが創り出した脚本に付き合う無駄な時間になってしまいます。
最初のボディリーディングのときから、新たな可能性に焦点が当たるような見方と、安全安心な場がすでにある程度確保されている、その場所からセッションを始める必要があります。
⑤場が変化を引き出す
イールドのワークショップでは、参加生がA(施術者)とB(クライアント)によるワークのデモンストレーションを観察しているだけで、Bの人(クライアント)と同様に、身体が整う現象が知られていました。そこで、以下の図のCの人のように、私がセッションしている間、隣に設置したマッサージテーブルに横たわってもらい、セッション前後の写真を比較しました。
この場合、隣(B)でセッション中に誘導された場に共鳴して、Cの身体も台に十分イールドして広がりを得たと考えられます。
この間、Cの人には何らかの介入的意図は全く向けていません。にもかかわらず、写真が示す通り、身体構造が明らかに統合への変化が引き出されていました。この結果は、同じ空間を共有した間に起きたことですが、同一空間であることは必ずしも必須条件ではありません。リモートでのイールドセッションが成り立つことから、身体共鳴は物理的な距離を超えて起こる現象といえるからです。
その他の例として、2022年10月には米国カリフォルニア州サンタクルーズに集った14名の参加者向けに、私は日本に居たままで、ワークショップを提供しました。8300kmの距離を隔ててのZoomを介した個人セッションのデモンストレーションも、参加生の立ち位置の修正をこちらから指示する際も、通常の対面と同様に問題なくセッションを行うことができました。この体験によって、リモートでできることの可能性に加え、身体共鳴は距離によって律速されないことを検証できました。
さらに、この現象は、特定の施術者(私)に限定されるわけではありません。イールドの技法の基礎コースを修了したイールダーは、練習と身体の調整という実益を兼ねて、リモートで交換セッションを任意に続けていて、同様の現象が起こっています。
イールドがすすめば、猫もくつろぐ
タッチの話ではありませんが、2023年6月、欧州のロルフィング講師によるオンラインワークショップが行われた際に、私は前座として、イールドによる場の調整を担当しました。すると、イールドの開始早々、ある参加者の飼い猫がネットワークでつないでいる部屋に入ってきて、2匹でおとなしく寝始めたそうです。特に、小さな白い猫のほうは新入りで、まだ新しい環境に慣れていなかったにもかかわらず、3時間の講座中、ずっと同じ場所でくつろいでいたようです。新入りの方の猫がそんなことをするのは初めてのことで、飼い主であるロルファー参加者も驚いていました。
別のケースでは、イールドのセッションを受けた後は、野良猫が寄ってくるようになったというクライアントのレポートもあります。どうやらセッションで誘導される安全安心の場と、猫との相性は良いようです。
(第12回 了)
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