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前回のインタビューでは、修行の過程で出会った伊藤昇氏と動体力、そして身体性や技術だけでは勝つことができない、極真空手だからこそ試される“武術性”についてお伝えした。
最終回の今回は、極真空手創始者・大山倍達総裁の手帳にあった「トラとネコ」という言葉から、改めて極真空手の魅力についてお話を伺った。トレーニングから人間教育まで、改めて現在必要とされる空手の今日性が見えてきた。
コ2【kotsu】寄稿レポート
塚本徳臣師範インタビュー最終回
~大山総裁の手帳と極真空手の魅力~
取材・文・写真●林田哲臣
“技は力の中にあり”
大山倍達総裁の手帳の最後に書かれた「トラとネコ」
10年以上前に大山倍達総裁が山ごもりの時に使っていた手帳を見せてもらったことがあります。その手帳には大山総裁が実際にやった様々な稽古方法やそれを行った回数、例えば拳立てを何百回などが書かれていたのですが、一番最後のページに、
「トラとネコ」
と書かれてありました。
大山総裁といえば「技は力の中にあり」という言葉をよく使っていました。あらゆる技はパワーに裏付けられていなければ生きないという考えの表れです。歴代の選手たちはその言葉を実践するためにウエイトトレーニングをやりこんで「トラ」のような強さを目指していたのでしょうないでしょうか。
自分は当時から「トラ」のサイズの「ネコ」の動きを目指していました。みなさんもご存知の通りネコ科の動物は身体をしなやかに使って動き、特に強いとされる動物です。トラは(その猫科のなかでも最強と)言われていますが、動きの点で見ればネコに劣ります。もし虎のサイズでネコの動きができたらどうでしょう。きっとトラより速く動けてより高く飛ぶことができるはずです。人間で言えば子供の動きを大人の体でやることを指します。だからそれを目指して稽古していました。
大山総裁の手帳の「トラとネコ」を見つけた時に、
“ひょっとしたら総裁も「ネコ」の柔らかさを持った「トラ」を目指して稽古したんじゃないかな”
と感じました。
この目標に向かっていく過程で昔やりこんでいたウエイトトレーニングをやめ、力任せの組手からタイミングを掴んで全身の力を集中して倒す組手に変えていきました。

ウエイトトレーニングをやめたといっても身体を鍛えることを否定しているわけではありません。理想に近づくために発想とやり方を変えて鍛えていきました。その中のひとつがケトルベルです。

バーベルのトレーニングは主に体を固定して特定の部位の筋肉に負荷をかけて重たいものを挙げるトレーニング法ですが、ケトルベルは筋肉だけではなく腱や筋や骨など体のあらゆるものを総動員して重たいものを楽に挙げるトレーニング法です。楽に挙げられるということは必然的に全身を効率よく上手に使えているということであり、それは空手の動きに通じます。
またケトルベル同様の固定されていない動きの中で体を作る練習法として、最近の選手稽古にはレッドコードを使った練習法を導入しています。この練習法も天井から吊るしたコードに身体を預けているため非常に不安定な状態になります。その不安定な中でしっかりバランスを取りながら鍛えていきます。したがって単純に筋肉を鍛えるだけではなく、バランスを取りながら力を出す感覚を養うことができます。固定された中ではこの感覚を作ることはできません。
揺れる中での鍛錬は予期できない動きの中で体をコントロールすることです。この不安定な状態でしっかりコントロールすることこそ大山総裁の、
「点を中心に円を描き、直線はこれに付随するものなり」
という言葉を体現する身体を作れると考えています。円の動きというものは固定されてないわけですから。
以前の筋肉を作るためだけのトレーニングから、トータルに動ける体を作る過程で身体の開発に沿って筋肉も鍛えられる練習法に変化しています。この方が組手の時も体が動かしやすくなるのではないかと考えています。
走る速さと強さの関係
新極真会の選手は坂道ダッシュなどの走る練習を多くおこないます。また格闘技の世界では一般的に足が速いと強いと言われています。なぜ足が速いと強くなるのでしょうか。脚力やスタミナがつくという効果はもちろんありますが、別の効果もあると考えています。
ここでひとつ試してください。両腕を横に大きく伸ばして広げた状態で上体を左右に捻ります。次に肘を曲げて脇を締めた状態で上体を左右に捻ってください。後者の方がよく捻るはずです。この状態で走れば速くなります。また突きも強くなります。一方脇を広げている人は速く走れません。また良い突きも打てません。突きを打つ時、脇が空いて体を捻れない人は走る時も脇が空いた走り方をします。突きが強い人は走る時も脇がしっかり締まっています。
速く走れるということは、例えばカカトがお尻についているとか「丸める、反る」が良くできているとか、体を捻るために脇がしまり、肘がしっかり曲がっているとか単に足のスピードの問題ではなく、最適な身体の操作ができていることを表しています。速く走るための体の動きが、空手の動きの稽古にも通じていきます。
走るために空手をやっているのではなく、空手のために走っている意識を持つことです。単に速く走ろうとするのではなく、速く走ろうとする中で体の使い方を学んでいくのです。
「心が体を動かす」強さに繋がる礼儀礼節
現在子供の道場生が世界的に増えていますが、これは極真空手が少年期の教育として期待されているからだと感じます。子供への指導でまず心がけていることは心の面の教育、礼儀礼節です。道場の指導では「弱い相手に強くやってはいけません、強い相手には思い切りやりなさい、組手やミットの相手にはお礼をきちんと言いいなさい」など、技術よりも日本古来の生活に入っている武士道を教えるようにしています。
道場生が試合に負けた時にはなぜ負けたのかを考えさせます。努力が足りなかったのか、試合の準備ができていなかったのか、道着をきちんと畳んでカバンに入れていないのではないか、ちゃんと朝ごはんを食べていたかなど心構えの反省を大切にしています。
試合が終わったら試合場の上だけじゃなく、試合場を降りた後も相手のところへ行って礼を言うこと。対戦相手の選手に親御さんなどが付き添っていたら彼らにもきちんと挨拶をすること。また親同士が挨拶をすることを見せることによって子供たちも学んでいきます。
生活の面の指導もします。「ちゃんとご飯を食べなさい、食べ方に気を付けなさい、後片付けをやりなさい、それらに心を込めなさいなど」一般的な普通のことですが、それをとても大事にしなければいけません。最初は形だけかもしれないけど、必ず心に入って目に見えない結果として表れます。

やりたくないことをやることで心のコントロールが身につきます。そしてそれは組手に必ず生きてきます。右にポジションを取らないといけない時に、「キツイな」と動かなければやられてしまいます。しかし苦しい場面でしっかり体を動かすことができれば活路が見いだせます。結局「心が体を動かす」です。普段の日常生活で自分の心をコントロールできなければ試合で自分をコントロールすることはできません。
例えば頭にくることがあったとします。
そういう時に冷静に心をコントロールできれば変な発言をすることはありませんし、手を出すようなこともありません。ちゃんと理由を聞いてあげれば話し合いで済むことかもしれません。
試合も同じです。技をもらった時に“この野郎!”と思ってやり返そうとするとカウンターをもらうかもしれません。そこを冷静に心をコントロールできれば技をもらった時になぜもらったのか、“相手の技のこの辺りが鋭いな。じゃあこの技をもらわないように回り込んでポジション取ってから安全なところから仕掛けよう”と考えることができます。
このように生活の中から心をコントロールするように教えています。それを稽古や試合の中で生かせるように心がけていれば、日常生活での態度もまた良くなっていくと思います。
こうした稽古や生活を送っていれば、子供たちが将来空手を辞めたとしても社会に適応できる大人に成長できるのではないかと思います。
極真空手の魅力
極真空手の魅力は、なんといってもフルコンタクトでありながら幼稚園児からお年寄りまで年齢性別を問わず、すべての道場生が一緒に同じ稽古ができるところです。
そして、フルコンタクトの稽古はすべての道場生をしっかり鍛えてくれます。以前もお話しましたが、顔面への手技がない分、しっかり最後まで打ち合わなければならない逃げ辛いルールです。したがって自分の心と向き合わざるをえません。肉体的にも精神的にも自分の弱さがさらけだされます。だからこそ心身ともに人を鍛える素晴らしいルールだと思います。だから自分はこのルールが大好きです。
また、一見規制が多いルールのように見えますが、素晴らしい技が今も発明され続けています。先の世界大会でも素晴らしい技術の応酬、新技の登場がありました。観戦という点からも現在の選手たちの戦いは見応えのあるものばかりです。ぜひ彼らの試合を見ていただき、極真空手の日々の発明や進化を感じてもらえればと思います。

世界大会直前から4回に渡ってお話させていただきましたが、極真空手の魅力が伝わったでしょうか。新極真会の道場は全国各地にあります。この記事を読んで新極真会の門を叩く方がひとりでも多くいれば幸いです。ありがとうございました。
(第四回 最終回了)

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