コ2【kotsu】特別対談 甲野善紀×ミカエル・リャブコ対談 02

| コ2【kotsu】編集部

ここでは今年4月にシステマ創始者・ミカエル・リャブコ先生が来日した際に行った、甲野善紀先生との対談を三回に渡ってご紹介します。
第二回目は、日本・ロシアともに激動のなか武術はどのように今日まで伝承されてきたのか? を切り口に、システマと日本武術に共通する動きについてお話し頂いています。

コ2【kotsu】特別企画
甲野善紀×ミカエル・リャブコ対談 02

構成コ2【kotsu】編集部
取材協力システマジャパン・システマ大阪(大西亮一氏)
取材場所システマジャパン本部(東京・高田馬場)

 

動きを圧縮する

甲野 手と他の身体全体との関連で、ちょっと動いてみます。杖をちょっと貸していただけますか。この杖で「下段抜き」という動きがあります。これは下段から逆手打ちで相手の表交差側から剣を払い飛ばすように打ちにいき、それに相手が応じて杖を打ち落としに来る瞬間に手首を返して杖を抱えるようにして、その剣の打ち落としを抜き、そのまま杖の逆側で相手の右籠手を打つものです。

甲野先生による「下段抜き」

甲野先生による杖の試演

 

ミカエル 美しいですね。こういう風にやっていたら、ストライクや動きの力が増しますね。すごくいい移動ですね、自分の体の動きによって、スティックの動きを変えていますので。また移動の方法も物凄くお上手ですね。とても面白いです。まるでビジュアルエフェクトみたいですね(笑)。

甲野 この下段に抜く時、杖の抜きを一瞬で行い、なおかつ杖の反対端を返して相手の籠手を打つために、右の手首で杖を内側に巻き込みつつ、右の脚を太腿から上げて、一気に腰を下に落とし込むのです。なにしろ脚部が腰の下にあったのでは腰が一気に下に落とせませんからね。

(ミカエル、参加者のインストラクターの一人にストライクを打つ)

ミカエル先生による「ステルス・ストライク」

ミカエル どうでしたか?

インストラクター 手が見えて、次の瞬間もう頭が揺れていました。

ミカエル これは上半身に体重を持って来たストライクです。スティックも同じなのですけが、自分の体の動きによってストライクが相手から見えなくなるんです。

甲野 今のストライクは本当に素晴らしかったです。

ミカエル (インストラクター)見えなかったんですね?

インストラクター 2回目のは少し見えましたけど、体が全然反応しなくて。目では見てるけど、体が動きませんでした。

 

「時間の流れが違う」動き

コ2 甲野先生はミカエル先生の剣術を見てどんな印象を受けられましたか。

甲野 普通の速いとか遅いとかいう動きとは、違う動きですね。時間の感じが全然違って、その空間と時間の流れ方が違う感じがしますね。

ミカエル でも、元は一緒なんです。先生が見せてくださっているのと一緒なんですが、短くなってるんです。動きを収縮して短くしている。ですが最初はやはり長い動きから始めないと自分の体を感じられないんですね。先生はその最初の動きを見せてくださったので私はできるだけ一番短い方を見せたわけです。

いま私の教えているインターナルワークは、先生が先ほど見せてくれたジャンプの動き、例えば最初の幅が大きいんですけど、どんどん短くなったものとも言えます。ですから勉強を常にし続けるんですね。常に進化していて、どんどん短くすることを目指しています。

いま甲野先生は、「時間の流れが違う」と仰いましたね。実際に体で動こうと思うと結構遅いんですね。でも、頭の中で何か動きを描いた、それは一瞬ですね。つまり時間が変わるんです。
多くの人が犯している基本的な間違いは、私の動きを見て、その外側の動きをコピーしようとしていることです。これは難しい。基本になる自分の体のメカニズムが分かっていないので、短い動きができるわけがありません。私を見ると簡単そうに見えるかもしれませんが、そこに達成するのは非常に難しいのです。ですから常に自分の体を感じて行わないと、体がブレーキをかけているようなことになってしまう。まず常に正しい道を歩かないといけません。ショートカットはできないのです。

甲野先生の素晴らしいところは、例えば「ビデオを撮っていいですか」と聞かれた時に、多くの先生は「ダメです」と言います。だって、どう使われるか分からないじゃないですか。ですが先生はそういうことを一切気になさらず、「いいですよ」と許可を出してくださって。それは本当に素晴らしいと思いました。常に勉強というか好奇心に満ちている。本当のマスターは勉強が終わることがないと思います。それが分からない人が見ると勝負にしか見えないのかもしれませんが、本当に分かっている人であれば、先生のレベルがどれほど高いかよく分かっています。
先生が見せてくださった完成された動きは、実際にどれほどのトレーニングやどれくらいの長い道を歩かないと辿り着かないのか、私にははっきり分かります。もちろんそれが分からない人も沢山いるでしょうが、そういう人たちはどうでもいいでしょう。

甲野 いえ、私もまだ全然レベルが低いですから。自分で少しでもまだ高くなりたいなと思っているわけです。

ミカエル もし先生のレベルが高くなければ、私は何も見せないと思います。適当にお互いにファイトして終わることでしょう。私だって、レベルが低いんですから。でも、何かからスタートしないと始まりません。お互いの低いレベルからどんどん始めましょう(笑)。

甲野 (笑)お陰さまでこの間お会いしてからも、私なりに色々気がつくことがあって、この間よりは少しマシになっているかと思っています。

ミカエル 一番大切なのは、気づいていることではないでしょうか。例えば先生は自分の進化に気づいていらっしゃると思いますし、周りの方も分かっている人ならそれに気がつくはずです。私も自分が進歩したら誰かに気づいてもらえることが凄く大切です。
「私は何でもできる」と言ったら、マスターとしてはもうそこは終わりですね。でも、「まだまだ」と言っているのなら、まだ勉強して、自分のレベルを高める可能性はあります。また自分の周りからも勉強できるんです。例えば先生からも、たくさんの勉強させてもらいました。お互いに見せていることだけで、何かお互いに得ることはあるのだと思います。

 

振動を相手に伝える

コ2 刀というものに特殊性を感じていらっしゃるのでしょうか?

ミカエル 刀が体づくりやメンタルづくりをするのは面白いところですね。

甲野 そうですね。ちょっといいですか。(木刀を使った動きを見せる。相手が青眼に構えた刀に触れることなく、相手との裏交差側へ下段から入り込む)この下段から裏交差に入るのは、普通の剣道の動きでは絶対叩かれるのですが、足を踏ん張らないことでこう入れるわけです。

ミカエル 美しい動きですね。

甲野 この足を踏ん張らないで、“足が前から浮いてくる感じ”で動きます。

ミカエル だから先生の動きがすごく軽く見えるんですね、重さがない。日本の映画に登場する伝統的な武術を見ていると、お互いに刀と刀を少しだけぶつけることがありますね。それは何のためにやるかというと、前のセミナーでも見せたことはありますが。こんな感じで(杖とシャーシュカを合わせて実演してみせる)少しだけ刀を合わせることでお互いを試すのですね。
(ミカエル先生、参加者の持った杖にシャーシュカを打ち込む)

ミカエル先生による振動の試演

例えば今は(振動が)頭に向かいました。(再度打ち込み)今度は下ですね(参加者うなずく)。これ同じように体のあらゆる部分に向かってストライクが打てます。人をイライラさせたり、逆に落ち着かせることもできます。お互いの刀を合わせることで互いに相手がどの位の力があるか試すことになる。

甲野 今のは凄く興味深いですね。見ていても相手に伝わっている場所が違うのが分かりました。

ミカエル 逆に、もし自分が同じことをされたら、自分の中で正すことや直すこともできます。そうした救急措置みたいなことが必要な時に行うわけです。ただ、背中が堅いとそれができない。(背中が)堅ければ相手のストライクの強さを受けてしまう。これは自分が武器を持っていなくてもできます。効果は相手の体がどれだけ堅いかによって変わりますが、固い相手が大変です。また、多くの人が自分の中の緊張をどうしても手放せない傾向があります。ですから背中などに凄いプレッシャーがあるわけです。

甲野 今のは素晴らしかったですね。

ミカエル 甲野先生はプロですので分かって頂けますね。

甲野 今のようなことは時々されてるんですか?

ミカエル もっと段階を踏まえて時々トレーニングの時に行っています。ただ、先生は分かっていらっしゃるので途中の段階を飛ばして最後の動きを見せていますが、実際のトレーニングではもっとゆっくりと少しずつです。でも、今日ここに居るのはインストラクターばかりなので、こういった人間相手なら受けることもできるのでこうしたストライクを見せます。ただ、アマチュアだと大変なことになるかもしれないので、後でしっかりケアしなければいけません。また分からない人間に行うのは時間の無駄です。

(第二回 了)

 

『武術稀人列伝 神技の系譜』

甲野善紀 著

神技の系譜

夢想願立・松林左馬助、起倒流柔術・加藤有慶、弓術・松野女之助、小山宇八郎兄弟、天真兵法・白井亨、そして手裏剣術……。歴史に隠された異能の武術家達の知られざる姿に、豊富な資料と独特の観察眼で迫る武術研究者甲野善紀待望の研究書久々に発刊!それぞの章末には貴重な原文資料を掲載。武術愛好家必携の一冊です。

単行本: 383ページ
定価:2,500円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4817060107

全国書店、アマゾンで発売中

 

『ロシアン武術が教える、非破壊の打撃術
システマ・ストライク』

北川貴英 著

 

システマ・ストライク

ロシアン武術「システマ」創始者・ミカエル・リャブコは語る「打撃戦は野郎の娯楽」と。では何故システマではストライク(打撃)の稽古を行うのか? 「打つ」ことを徹底的に見直すことで、徒手から武器へと続く巨大な体系が見えてくる。システマをより深く知りたい人は無論、打撃を通じて武術をもう一度考えたい方へ必携の一冊です。

幾多の戦場をくぐり抜けてきたシステマ創始者ミカエル・リャブコは語る、「打撃戦は野郎の娯楽です」と。では何故システマでは徒手による打撃(ストライク)を養うのか? 本当に実戦を想定するすべての人が知るべき“サバイブのための打撃術”がここにある。(帯より)

『システマ・ストライク』紹介サイトはこちら

単行本: 255ページ
定価:1,600円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13:978-4817060075

全国書店、アマゾンで発売中

 

『サバイブのための歩法 システマ・フットワーク』

北川貴英 著

システマ・フットワーク

特殊部隊にも採用されている、ロシアン武術システマの技術書。本書では「敵より遠く、我より近く」とも言われる、武術の要である「歩法=フットワーク」の基礎から実践までを解説している。「なぜ相手の攻撃が当たり自分の攻撃は当たらないのか?」「どうして先生に前に立たれただけで負けた気がするのか?」「なぜゆっくりなのに追えないのか?」勝つためではない、生き残るための武術の妙が明らかになる。

「敵より遠く、我より近く」威力や速さではない、武術の秘訣システマの歩法の極みを一挙公開。「自分が負ける位置に立っていることが分かることが、最初のステップです」ミカエル・リャブコ

単行本: 256ページ
定価:1,600円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4817060112

全国書店、アマゾンで発売中

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–Profile–

甲野善紀(Yoshinori Kouno
1949年東京生まれ。78年松聲館道場を設立。日本の武術を実地で研究し、それが、スポーツ、楽器演奏、介護に応用されて成果を挙げ注目され、各地で講座などを行っている。著書に『表の体育 裏の体育』(PHP文庫)、『剣の精神誌』(ちくま学芸文庫)、『武道から武術へ』(学研パブリッシング)、『古武術に学ぶ身体操法』(岩波現代文庫)、『今までにない職業をつくる』(ミシマ社)、共著に『古武術の発見』(知恵の森文庫)、『武術&身体術』(山と渓谷社)、『「筋肉」よりも「骨」を使え!』(ディスカバー・トゥエンティーワン)など多数。
Web site: 松聲館
Twitter 甲野善紀

ミカエル・リャブコ(Mikhail Ryabko
1961年生まれ。5歳からトレーニングを始め、15歳で本格的な戦闘訓練を受ける。以後、ロシア内務省に所属する緊急対応特殊課(SOBR)の将校として、人質救出作戦や対テロ作戦、ボディーガードの養成などに従事。現在は検事総長のアドバイザーとして公務に携わるかたわら、システマ・モスクワ本部を中心に世界各国で指導をしている。システマ創始者。
http://systemaryabko.com