ここでは今年4月にシステマ創始者・ミカエル・リャブコ先生が来日した際に行った、甲野善紀先生との対談を三回に渡ってご紹介します。
第一回目は、日本・ロシアともに激動のなか武術はどのように今日まで伝承されてきたのか? を切り口に、システマと日本武術に共通する動きについてお話し頂いています。
コ2【kotsu】特別企画
甲野善紀×ミカエル・リャブコ対談 03(最終回)
構成●コ2【kotsu】編集部
取材協力●システマジャパン・システマ大阪(大西亮一氏)
取材場所●システマジャパン本部(東京・高田馬場)
日本武術とシステマ
コ2【kotsu】編集部 改めて甲野先生から見たシステマの面白さ、凄さはどういうところになりますか。
甲野 このシステマを創られたミカエル師範御自身が、本当に命をかけた実戦も経験されていて、そこから確かなものを掴まれ、それを教伝されているということでしょうか。実際に命がかかった戦いで、人間は心理的にどのようになってしまうかを身をもって経験され、そうした状況のなかで、どうすればいいかを見つけてこられたと思うのです。そして、それをより多くの人達に教伝されていることに深い敬意を感じております。
ミカエル 前回お会いしたセミナーの後で、私がお見せした刀の働きなどを試されたり、また印象や感想があれば伺わせてください。
甲野 今の感じでいうと、やはりシステマというのは球のようなもので、ある程度の段階はあると思うのですけれど、“ひとつが全部に繫がっている感じ”ですね。だからスティックやシャシュカなどの道具を使っても、素手でも関連があるわけで、本当に全部が繫がっている感じですね。
ミカエル 私自身、伝わっている物語のなかに昔のロシアの武術の姿を見つけたのですが、もしかすると見つけにくいかもしれませんが、日本の武術も物語のなかに抜けているリンクのようなものが今も伝わっているのかもしれませんね。
甲野 そうですね。素手でもなにか持っていても、そこにとても共通したものがあるのが印象的で、実はそこが日本武術ととても共通しているように感じています。そういう点では他の色々なものに比べて一番システマに親和性を感じています。
ミカエル 日本の映画などで観る日本の武術の動きとも結構、色々な動きが共通していると思います。
コ2 先生ご自身は刀の使い方をどのように学んだのでしょうか?
ミカエル 刀との動きを勉強するのに何が一番いいのは水に入って、水の中で刀の動きを試すことです。少しでも角度が変だと水圧で動きが止まってしまうのですね。ですから水の中だと軌道が正しく正確になります。恐らく日本の侍もそういうことをしてたと思います。
また走っている時でも刀の持ち方次第で邪魔になってブレーキがかかるように感じます。そういったセオリーや動きを見る目をつけないといけないんです。例えば刀で木を斬るにしても正しい角度で行えば楽ですが、間違った角度で行うと体が妨げになって刃は止まってしまいます。体も一緒に動かさないと最後まで斬れない。間違った角度では動きが止まってしまいますが、体のラインに沿った動きであれば長く動き続けられます。皆さんがご覧になったかは分かりませんが、日本の映画ではそういった体に沿った動きを見たことがありますよ。日本の武術も凄く色々共通しているところがあると思います。
ミカエル先生による刀が身体を整えるイメージのデモンストレーション
甲野 さっきの体の動きが凝縮されているということですか。
ミカエル家のシステマ伝授と公にした切っ掛け
コ2 先ほど、ミカエル先生が「本などから勉強した」というお話がありました。ミカエル先生の家に代々伝わっている技術の本、日本で言う伝書のようなものがあるんでしょうか。
ミカエル 最後の大戦があった時に、ちょうど70年前ですけど、すべてが燃えてしまいました。パスポートも全部なくなったので、本どころではなかったです。また昔のロシアでは紙ではなく白樺の表の皮を使って、その上に書いてたんです。ですからあまり長持ちはしないので自分で身につけて伝えるという感じです。
コ2 ミカエル先生ご自身、そういうふうにお父様から教わったんですか。
ミカエル 本当にジムとかで教わったわけではなく、日常の中でそういった勉強は少しずつしてくれました。例えば、私が小さい頃、場所に繫いだ馬に噛まれたことがありました。その時、父は馬にパンチを入れたら馬が倒れました。
コ2 映画のようですね!
ミカエル ええ、また父以外でも凄い力持ちの人がいて、その人は仕事でいつも重いハンマーを使っていたので呼吸の方法を知っていて、疲れない方法など自分の体のことを色々知っていました。片手に何人もぶら下げられるような人で70歳で心臓病で亡くなってしまいましたが誰かに負けるというイメージがない人でしたね。
また、私のお祖父さんは熱い炭を素手で取ってタバコに火をつけていました。その時、お祖父さんは炭を持ちながら随分長い話をしていたのですが全然平気で面白かったですね。
コ2 そうしたなかで何か武術的なことを教わったエピソードがあったら教えて頂けますか。
ミカエル 一緒に住んでいたのは長かったので暮らしているなかで色々ありますよ。私自身、ダニエルが小さい頃から色々教えています。ただ技として教えることはまずありません。そうではなく小さい頃から少しずつ小さなストライクを入れて、わりと強い衝撃でもよく耐えましたね。ただ、喋るようになったらすぐ文句を言いようになりました(笑)。
コ2 (笑)では、喋る前からやっていたわけですね。
ミカエル そうです。喋るまではよく耐えていた(笑)。そんな感じですから普通に部屋と部屋の間ですれ違う時には必ず何か防衛しないといけない。いつ会ってもそうです。最初は何もできなかったんですけど、段々自分の体を守れるようになりました。だからわざわざ教えるということはあまりなくて、自然に教えてきたわけです。
コ2 そうした家族間で伝えてきた武術を現在“システマ”という形で多くの人に教えるようになったのは何故だったのでしょう?
ミカエル 人に頼まれたんです。例えばロシアの特殊部隊にいた時に、いろんな人たちが自分の技を私に見せてくれるわけです。それに対して私も自分の技術を見せて、私の方が優れているとなると「教えてほしい」となるわけです。それで言葉にして、「こういう風にやりますよ」と説明してエクササイズを交えて伝えるうちに、どんどん教えることになったんですね。
この話は知っている方もいるかと思いますが、私の友人の知り合いが試しに私にピストルを突きつけたことがありました。その時は私は自然に反応して彼を床に倒しました。彼としてはまったく何が起きたのか分からず、気がついたら床に倒されて自分のピストルを持った私を見て凄く驚きました。それで「ミカエルが自分に何をしたのか全然分からなかった」と周りの人間に話して、彼は別のチームからわざわざ私に会えるように私のチームに移ってきました。これは軍隊ではとても難しいことなんですよ。そうしたこともあり、他の人からも「教えて欲しい」という声が沢山かかるようになりました。
それは格闘技だけではありません。私が所属していたのは特殊部隊なので、常にピストルも身につけていました。普通のピストルだと、10メートルから25メートルくらいしか当たらないんですけど、私は100メートルくらいの距離からでも命中させることができました。
コ2 凄い!
ミカエル 本当は性能的に普通はそのピストルでは弾が100メートルも飛ばないんですよ。ですが私はピストルに詳しいので倉庫に行ってちょっと昔のピストルと中身を入れ替えたのです。実は昔のものの方が材料がずっと良かったんです。また弾も特別なものを使ったので全然難しくなかったんです(笑)。ですがその後は射撃でも「教えてください」という声が掛かってきて、それでイストラクターになってしまいました。本当はそんな風になるつもりはなかったのですが。
コ2 射撃のコツというのはどんなことでしょう?
ミカエル 私のスタイルはクラシックな射撃ではありません。所謂正しい形ではなく、この辺り(腰の辺りの高さ)から射撃するようにしています。軍隊では色々なコンクールがあって、射撃の試合ではチャンピオンが時間を掛けて狙って撃つんですね。まあそれで大体当たるんですけど。ある大会でたまたま私の生徒がそのチャンピオンを手伝っていて、横柄な口調で私の生徒に「お前にできるか」と訊ねたところ、生徒はほとんど狙う様子もなく素早く全部の的に命中させて驚かせました(笑)。
コ2 先ほど見せて頂いた杖や剣などの武器と飛び道具とでは随分違うように思うのですが、それでもシステマでは同じこととして扱うのでしょうか?
ミカエル もちろん全部繫がっています。呼吸や力まないことなど全部共通しています。射撃でも他の武器と同じで、自分の恐怖を自分から離してピストルに伝えるようにします。皆さんはご存じないと思いますが、軍隊では物凄い恐怖を感じることが沢山あります。周りに弾が飛んで来ると大変です。怖くて凄くナーバスになるんです。オムツも必要になってくる(笑)。だから本当に時々臭います(笑)。
一同 (笑)
ミカエル そうしたなかでリラックスしなければいけないのです。
コ2 そろそろ時間ですので、甲野先生からなにかご質問があればお願いします。
甲野 やはり武術と心の問題、それをすごく大事にされていると思うんです。
ミカエル 人間の体は全部統一しないとなかなかうまく働かないですね。例えば心も、血流も、呼吸も、意識も全部共通しないとダメなんです。ですから先生の感想は本当に嬉しいですね。なぜなら心は心臓からの物凄い血流や、色々な体のなかのシステムに直結してるんですね。ですから戦っているなかで自分の血脈が速くなるとか、自分の呼吸が速くなるとかは結局全部心に負担が掛かっているのですから、その繫がりは一目瞭然です。
コ2 逆にミカエル先生から甲野先生に感想があればお願いします。
ミカエル いつも先生とお会いできる時はすごく光栄で嬉しく思っています。もし機会があったら、ぜひトレーニングでもプライベートでもお食事でも、一緒にお時間を過ごしたいと思っています。ご夫婦揃ってとても親切で良くして頂いています。先生の奥様からは私の妻に色々な日本の風習を教えて頂いたこともあります。ですから先生のご家族に感謝しております。今日はお会いできて嬉しかったです。
甲野 私もお会いできて良かったです。
コ2 本日はお忙しいところ長時間ありがとうございました。
(第三回(最終回) 了)
『武術稀人列伝 神技の系譜』
甲野善紀 著
夢想願立・松林左馬助、起倒流柔術・加藤有慶、弓術・松野女之助、小山宇八郎兄弟、天真兵法・白井亨、そして手裏剣術……。歴史に隠された異能の武術家達の知られざる姿に、豊富な資料と独特の観察眼で迫る武術研究者甲野善紀待望の研究書久々に発刊!それぞの章末には貴重な原文資料を掲載。武術愛好家必携の一冊です。
単行本: 383ページ
定価:2,500円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4817060107
全国書店、アマゾンで発売中
『ロシアン武術が教える、非破壊の打撃術
システマ・ストライク』
北川貴英 著
ロシアン武術「システマ」創始者・ミカエル・リャブコは語る「打撃戦は野郎の娯楽」と。では何故システマではストライク(打撃)の稽古を行うのか? 「打つ」ことを徹底的に見直すことで、徒手から武器へと続く巨大な体系が見えてくる。システマをより深く知りたい人は無論、打撃を通じて武術をもう一度考えたい方へ必携の一冊です。
幾多の戦場をくぐり抜けてきたシステマ創始者ミカエル・リャブコは語る、「打撃戦は野郎の娯楽です」と。では何故システマでは徒手による打撃(ストライク)を養うのか? 本当に実戦を想定するすべての人が知るべき“サバイブのための打撃術”がここにある。(帯より)
『システマ・ストライク』紹介サイトはこちら。
単行本: 255ページ
定価:1,600円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13:978-4817060075
全国書店、アマゾンで発売中
『サバイブのための歩法 システマ・フットワーク』
北川貴英 著
特殊部隊にも採用されている、ロシアン武術システマの技術書。本書では「敵より遠く、我より近く」とも言われる、武術の要である「歩法=フットワーク」の基礎から実践までを解説している。「なぜ相手の攻撃が当たり自分の攻撃は当たらないのか?」「どうして先生に前に立たれただけで負けた気がするのか?」「なぜゆっくりなのに追えないのか?」勝つためではない、生き残るための武術の妙が明らかになる。
「敵より遠く、我より近く」威力や速さではない、武術の秘訣システマの歩法の極みを一挙公開。「自分が負ける位置に立っていることが分かることが、最初のステップです」ミカエル・リャブコ。
単行本: 256ページ
定価:1,600円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4817060112
全国書店、アマゾンで発売中
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