コ2【kotsu】特別インタビュー バートン・リチャードソンに訊く 第二回

| コ2【kotsu】編集部

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バートン・リチャードソンという名前を聞いてピンときた方は、恐らく40代から50代のマニアではないだろうか。1990年代、まだ日本では未知の武術であった“ジークンドー”を紹介する、恐らく国内初のビデオに登場したのが師範だ。そのバートン師範が去る10月8日から12日に東京でセミナーを開催、コ2【kotsu】編集部では、今回の講座を主宰された光岡英稔師範のご厚意によりバートン師範にインタビューをする貴重な機会に恵まれた。
そこで今回から5回に渡りバートン師範にフィリピンの武術のことからジークンドー、ダン・イノサント先生、そしてブルース・リー師父への想いなどをお送りする。

コ2【kotsu】特別インタビュー

バートン・リチャードソンに訊く
フィリピン武術とJKD

第二回 「ダン・イノサント師父との出会い、早さとシラット」

インタビュアー・文●コ2【kotsu】編集部
通訳&取材協力●光岡英稔師範

 

バートン・リチャードソンと武術の出会い

コ2【kotsu】編集部(以下、コ2) バートン先生ご自身について伺ってもいいですか?

バートン もちろん。私が生まれたのは1959年。アメリカのカルフォルニア州カーソンという街です。カーソンは少し荒れていて、ラフな環境で育ちました。
例えば9歳の頃、公園のベンチに座って本を読んでいると、人の群れが自分の方に向かって走ってきて、“なんだろう?”と思って眺めていたら、後から別のグループが拳銃を撃ちながら走ってきました。ギャング同士の抗争だったのです!  私は彼らが向かって来る真逆の方向へ走って逃げて行きました(笑)。

一同 (笑)

バートン そんなことは沢山ありました。私の友人で、そうした抗争に巻き込まれて亡くなった人もいます。ですから正直、“下手すると自分はそれほど長生きできないかも知れないな”と感じることもありました。特に私が高校生の頃はカーソンでのギャング抗争が最も激しく、本当に治安の悪い時代でした。

その上、カーソンは人種的にもかなり入り組んでいて、サモア人がサモア首都よりも多かったり、ほかにもフィリピン人、メキシコ人、黒人も多く、お互いが抗争していて、大きなサモア人相手に小さなフィリピン人がナイフを持って喧嘩している場面もよくありました。この様な話から私がなぜ武術に興味を持ったのかは言わずとも御理解いただけるかと思います……。この様な環境で生き抜くこと、つまり日々サバイブすることが第一の目的だったんです(笑)!!

一同 (笑)

バートン もう一つの理由は、6歳の頃にテレビで見た「グリーン・ホーネット」です。主人公より脇役のケイトーが大好きでした!(笑)

コ2 ああ、その時代のブルース・リー直撃世代だったのですね!

バートン ただ当時はブルース・リーがケイトーだと知りませんでした。さらにもう一つ武術に興味を持った理由は、先ほどお話しした銃撃戦があった公園で遊んでいるとき、その近くの体育館から「ウォー、トォー!エイヤァー、トォー!」という声が聴こえてきたことです。とても低い声で、中を覗いたところ50人くらいの人が空手の稽古をしていました。その風景を見て“凄い!”と感動しました。そうしたことがあって、その頃から武術を始めたかったのですが、父親が許してくれませんでした。父は野球のようなスポーツを私にやって欲しかったんですね、ですからこの時は仕方なく諦めました。

それから暫くして、もう少し大きくなった頃、また武術との出会いがありました。やはり先ほどの公園で、友人が「これ凄いぞ!」と「燃えよドラゴン」(Enter the Dragon)が載っている雑誌を見せてくれたのです。

コ2 再びブルース・リーに出会うわけですね。

バートン そうです。これがもう素晴らしいの一言。完全に魅了されました。さらに、それから暫くして入った高校でできた初めてのガールフレンドが、ダン・イノサント師父の生徒だったんです(笑)。

光岡 それは私も初めて聞きました、ファースト・ガールフレンドがダン・イノサント門下の女の子だったんですか!?
コ2(笑)そんなことがあるんですか!?

バートン ええ(笑)。彼女はフィリピン系のとても頭が良い子でした。ただ当時の私はとてもシャイで最初は彼女に全く声をかけられなかったんです。すると彼女は私が好意があることに気づいたみたいで、どこで知ったのか私の家を訪ねて来たんです。驚きましたよ、家のベルが鳴りドアを開けたら彼女がいるんですから(笑)。それで彼女は、

今週末一緒に映画を観に行かない?

と誘ってくれたんです。それで人生初のデートで観に行ったのが「燃えよドラゴン」でした(笑)。

光岡 まさに、“Fact is stranger than fiction” (事実は小説よりも奇なり)、本当に出来すぎた実話ですね(笑)。

一同 (笑)

バートン その後で彼女は私をカリ・ジュンファン・アカデミーに連れて行ってくれました。その日のことを昨日のことのように覚えています。
アカデミーではボクシングやキック、ナイフの練習をしていて、そのなかには鼻血を流している人もいました。それだけでも凄いと思ったのですが、一番驚いたのはみんなが武器を持って動き始めた時です。「これが自分のやりたいことだ!」と確信しました。JKDに一目惚れしたのです。ただ当時の私は野球などのスポーツはやっていたのですが、JKDの動きを見て“自分にはとてもこんなに凄いことは出来ない”と思っていました。
ただ最初は“できない”と思うことでも、好奇心や探究心をもって練習を積むことでいずれできるようになります。私がつねに「必ずできるようになるよ」と、自分の生徒たちに話すのも、私自身が”とてもできない”と思っていたJKDの動きができるようになった経験があるからです。

コ2 そのアカデミーが、ダン・イノサント先生のスクールだったのですね。

バートン そうです。私が通い始めたころはダン・イノサント師父が一番最初に用いていた名称 カリ・振藩(ジュンファン)・アカデミーという名前でやっていた頃のことです。1979年でした。
コ2 それにしても、ずいぶん近所だったのですね。

バートン 私は後にドッグ・ブラザーズのカリ仲間には“ラッキードッグ”というあだ名で呼ばれていました。ドッグ・ブラザーズでは皆に“〜ドッグ”とあだ名を付けるのです。“ラッキードッグ”、そう呼ばれる何年も前の出来事ですが、そのダン・イノサント師父のアカデミーから1キロ程度のところに偶然住んでいて、カリを始めれた私は当時から本当にラッキーでした(笑)。

 

ダン・イノサント師父と3つのスピード

光岡 この度の来日講習会もそうですがバートンには運命的な武縁を引き寄せる力があるとしか言いようがありません。バートンは本当にニックネームの通り“Lucky dog”ですよ。

コ2 カリ・ジュンファン・アカデミーでのダン・イノサント師父との出会い。それが初めて武術を本格的に始める切っ掛けだったのでしょうか?

バートン そうです。そこで稽古を始めて……、今日まで止めていません(笑)。

一同 (笑)

コ2 当時イノサント師父はお幾つくらいだったのでしょう?

バートン 45歳でした。

コ2 いまの先生よりお若いんですね。ダン・イノサント師父の最初の印象を覚えていますか?

バートン 初めて会った時から人の良さが感じられると同時に、自分がやっていることに対する熱意を感じました。人としてはもちろん、指導者としても最高の人だと思います。それまで私がやっていたスポーツでは、コーチや監督の立場の方は現役を終えていますので、指導はできてもやって見せることができないんですね。しかし、武術指導においてダン・イノサント師父は実際にやって見せてくれるうえ、道場の誰よりも素早く動いて見せてくれるのです!
習い始めた当時、最初はそれが何よりも信じられませんでした。本当に速いんですよ。いまイノサント師父は79歳ですが、それでも衰えを見せず素速く動けます(笑)。
イノサント師父は大学時代、背は低かったのですが走るのがとても早く、短距離走で全米トップテンにも入ったほどだそうです。その先生が「ブルース・リーはもっと速かった」と言うんですから、もう私には想像ができませんね。
いずれにしろダン・イノサント師父はいまでも信じられない速さで動けますよ。

今回のインタビューでは講座の主催者でもあり、バートン師範の“武友”であもある光岡英稔師範に通訳をして頂きました。改めてお礼申し上げます。

 

コ2 速さの秘密はなんだと思いますか?

バートン やはりメンタルだと思います。“Thinking”が速いからから動きも速いのでしょう。

光岡 この場合の“Thinking”の訳は、“考える”、“思う”というよりも“察知する”というニュアンスの方が強いかも知れません。また、英語で察知する力や状況を素早く把握できる能力を“Mind”で表す場合もあります。

His thinking is fast”や“His mind is quick!

と英語で言った場合に、

彼は頭の回転が早い、察知する能力が高い、状況を把握するのが早い

と訳せます。この辺りのことは実践においては無論のこと、武術を学んだり教えたりする上でも察知する力や状況を把握する能力は必要不可欠なファクターとなります。

バートン 例えば何かを行う時にあるリズムが頭の中にあったとして、そのリズムがダラダラしていると遅くなります。逆に速ければ物事を速く察知して、素早く動けます。速く動くためにはメンタルの部分で速度を把握する必要があります。
例えばJKDではパンチが三段階のスピードで構成されていると想定します。
まず動き出しの速度“イニシエーションスピード”。次に実行に移す速度“エクスキューションスピード”、そして出した腕を戻すスピード、“リカバリースピード”です。
世の中にはとても速く腕を動かせる人もいますが、打つ前に溜めてしまうので当たりません。まずメンタル面で打つ前にある“起こり”の部分、“イニシエーションスピード”を速くしなければ当たらないのです。そのためにはメンタルのリズムが速くなければいけません。他の二つの要素も同様で、メンタルのリズムが速ければ全てが速くなるわけです。
コ2 イニシエーションスピードというのは?

光岡 起こりのスピードのことですね。溜めがあったり出だしを準備すると遅れが出ますが、その起こりの要素を最小限にするか全て消して動き出すスピードのことです。

バートン そういう速度感を身につけるためのナイフ・ドリルはたくさんあります。ナイフを使うことで手の速度が必然的に上がります。ナイフを使うことで手の速度が必然を上がります。引き戻しが起こるところですぐスッとダイレクトに入る。つまり引き戻す動きがないのです。

 

シラットの型“ジュルース”

コ2 そうした無駄な動きを徹底的に消していくということですか?

バートン シラットにはジュルースと呼ばれる型がありますが、その良さはそこにあります。例えば「フラワーモーション」と呼ばれる動きも、ムダのない機能美があるから、結果として美しく見えるのです。ムダがあれば動きが少し汚く見える。余分な動きというのは、直感的にわかるものです。
シラットではとても大きく動くことがありますが、その大きな動きが悪いわけではありません。ただ、余計な動きや、ムダな派手さを伴う行為には邪魔に見えるものもあり、動きの大小を問わずそこを見極める必要があります。
例えばスポーツカーを見ても、機能を追求した結果としての機能美があるでしょう? また、機能とは全く関係のなく派手なデザインにしたものもあります。

光岡 シラットにおけるジュルースはブア(実)と呼ばれる短く力強い動きを中心とする系統のジュルースと、カンバンガ(花)と呼ばれる優雅に大きく動く系統のジュルースの二種類があります。また、その比較から動きの質を見分けられるよう体系が組まれています。
私の理解ではカンバンガ(花)の型は大きく動くことでジュルースを行った際の誤魔化しが効かない実用美が要求され、ブア(実)では更に細かく洗練された実用性のみを追究している様に伺えます。また、カンバンガ(花)とブア(実)を組み合わせて練習することで、異なる身体のリズムを多様に覚えていくのだと思います。

コ2 先生の動きを見ていると、自分のリズムに相手を巻き込んでしまうという印象を受けたのですが。

バートン イエス。それは実は非常に大切なことです。武術とはコントロールすることが重要です。相手をどうコントロールするか、自分をどうコントロールするか、自分のマインドをどうコントロールするか、その状況を如何にコントロールするか。
相手との関係をコントロールするにはリズムをコントロールすることが大切です。自分のトラップ(罠)に相手がかかるように、組み立てていくのが大切。これはとてもハイレベルです。

ストレートパンチの軌道上に手を置くことで、相手の最短の攻撃を無効ができることを示すバートン先生。

 

如何に相手をコントロールするか

コ2 先生にとって相手のコントロールはどこから始まっているのでしょう?

バートン 状況によって異なりますね。暴漢に対処する時も、手のひらを向けて「もうやめましょう」と言うだけで、相手が戦意を失うこともあるでしょう。第一は、相手の感情が落ち着くようにコントロールすることです。あとは空間ですね。パンチの中で最も有効なのはストレートです。空間をコントロールして相手のストレートを封じておきながら、落ち着くように話しかけて、相手の感情をコントロールします。話しかけるとか、間合いを計るなど、常に相手より先に自分から何かを行うことで状況をコントロールし誘導することに繋げて行きます。

コ2 先生のナイフワークを見ていると、感情的に行動すること自体が一種のフェイントになっているのを感じます。穏やかなリズムからパッと動くことで、相手の防御を無効にしてしまうという。

バートン チェスと似ていますね。相手が動いた先を取ることができるというポジション取りです。大事なのは相手がコントロールされているように感じないのが、最良のコントロールです。もし相手を取り押さえようとして無理に掴もうとすれば、相手は必死に抵抗するでしょう。するとコントロールできなくなります。そういうことも考慮しながら普段から練習に取り組んでいます。

光岡 相手や状況を如何にコントロールするかはバートンが指導されるJKDアンリミテッドでは本当に良く研究されています。武術界広しと言えども此処までシチュエーション・コントロールに関しての研究が学習体系として進んでいる先生は他に類を見ません。
バートン自身もアメリカの軍事関係者や公安関係者、FBIにも指導したことがあり、現代社会の中で実際に起きた様々なシチュエーションを想定に置き、その殺傷事件などの現場で起きたことを再現し、バートン本人だったらどうしたかを考えます。

その様なシチュエーションにおいて自分の知る範囲でどの技術とコンセプトを用いるのかを考え、経験的に知っている技術とコンセプトが通用しない状況に出くわした場合には、一度スタート地点に戻り新たなコンセプトと技術を開発する試みに取り組みます。彼はその様な過程を経てシチュエーション・コントロールを形式にし、状況を組み型に嵌め、技術的に練習できる体系を築いています。そこから更に如何なる状況の中でも、“相手がコントロールされているように感じない最良のコントロール”ができる技と術を磨いていく練習体系を今回の来日講習会では拝見することが出来ました。

コ2 先ほど出てきたジュルースと日本武道における型はとても近い印象を受けました。

バートン 型やジュルースの形成から伺えるように私たちの先祖はやはり「どうすればいいか」ということは分かっていたのです。でも、型には問題点もあります。
例えば型やジュルースだけを単体で先に身につけてしまうと、その型やジュルースをどう用いたらいいか分からないという現象が起こるのです。
何らかの文章を聴き取りでまるごと暗唱できても、意味が分からないことがあるでしょう。(?) 型やジュルースをただ多く覚えることにだけ重きを置き始めるとその本の意味が失われていくことがあります。
しかし、もう一方でフィリピンやインドネシアでは、村や部族同士の戦いは別に珍しいことではなく、こうした多くの実戦経験の中から「型」としてジュルースやフォームが形成され来た歴史もあります。この様な文化的背景から意味を汲み取れると一つひとつの型の動きが自分にとって理解でき、そこから千変万化する基礎にもなるのです。

コ2 そこが今、逆転してるわけですね。

バートン そうですね(笑)。残念ながら多くの型やジュルースは形式だけが残され型本来の意味や目的が見失われているようです。
もう一つの理由は、武術の教えが秘密にされていたこととも関係します。
入門を希望する人がどのくらい真剣に自分の流派を学ぼうとしているのかを探るために、2年ほどその(ひとつの)型だけをやらせて、ものになるかどうかを確かめたのです。そういう秤として型が用いられることもありました。あと、最初に有効な動きを弟子に徹底的に型で身に付けさせ、その弟子が型を通じて身に付けた動きへの返し技を師匠が常に隠し持っておくのです。もし、弟子が裏切った場合に武術家としての人生を終わらせるために。

光岡 確かに日本や中国の武術の世界でも技術を隠し盗む文化もありますが、日本や中国の武術の場合は片方が隠し、片方が盗み、また師匠が盗ませたりと巧みに技術を伝授していきます。また、日本の武術や職人の世界ですと師匠が弟子に盗ませたあと盗み切れない技術が其処にあることを諭すこともあります。そこで初めて弟子が自分の技や術を見出すことが出来るのですが、武術の場合は師弟が立ち合うことも充分に考えられるので其処に独特のシビアさが付いて回ります。
また、型やジュルースによる伝授の手法で言うなら150年以上前の生活様式ならこの伝え方で良かったのかも知れませんが、今の時代にただ一つの型を2年間繰り返し稽古する徒弟制度について来れる人が何人いるかも疑わしいです。この辺りの話は本当に型やジュルースの形式化や形骸化とも直接関係してきます。

(第二回 了)

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–Profile–

バートン・リチャードソン(Burton Richardson
ハワイ在住の武術家
JKD(ジークンドー)と東南アジア武術の第一人者
ブルース・リーのジークンドー・コンセプト、ジュン・ファン・グンフーとフィリピン武術 カリを継承し伝えるグル(導師)ダン・イノサントやラリー・ハートソールからJKD・インストラクターの認可を得る。
フィリピン武術に関してはアメリカ、フィリピン在住の多くのマスターやグランドマスターと交流し学ぶ。その多くは今となっては殆んど稀である、互いに武器を持っての素面で行う命をかけたデス・マッチやチャレンジ・マッチを生き抜いて来た世代のフィリピン武術のマスターやグランドマスターばかりであった。
カリ・イラストリシモの今は亡きタタン(フィリピン武術指導者最高の象徴)・アントニオ・イラストリシモから公認の指導者として認められる。
イラストリシモ門下の故マスター・クリステファー・リケットや故マスター・トニー・ディアゴ等と共にイラストリシモの下で稽古に励む。
グランドマスター・ロベルト(ベルト)・ラバニエゴにも師事しエスクリマ・ラバニエゴを習得。
フィリピン武術の世界では有名なドッグ・ブラザーズの立ち上げ当初のオリジナル・メンバーの一人でもあり、ニックネーム“ラッキー・ドッグ” の名前でも知られる。
インドネシア武術シラットにおいては、今は亡きグル・バサァー(最高導師)ハーマン・スワンダに長年に渡り師事しマンデムデ・ハリマオ流(インドネシアで失伝しそうであった16流派のシラットを受け継いだハーマンがまとめた流派)を修得。
アメリカを代表するシラットの指導者 ペンダクラ(導師の師)・ジム・イングラムにもムスティーカ・クゥイタング流のシラットを習う。
ペンチャック・シラットをペンダクラ・ポール・デトゥアス(最初にペンチャック・シラットをアメリカへ紹介したアメリカにおける第一人者)から習い、シラットにおけるグル(導師)のタイトルを授与される。
他にムエタイ、クラブ・マガ、南アフリカのズル族の盾と棍棒、槍の技術等を修得。
イーガン井上からブラジリアン柔術黒帯を取得。
90年代には総合格闘技UFCのコーチとしても活躍。

web site:「Burton Richardson’s

●光岡 英稔(Hidetoshi Mitsuoka
日本韓氏意拳学会会長。日本、海外で多くの武道・武術を学び10年間ハワイで武術指導。現在、日本における韓氏意拳に関わる指導・会運営の一切を任されている。また2012年から「国際武学研究会(I.M.S.R.I.International martial studies research institute)」を発足し、多文化間における伝統武術・武技や伝統武具の用い方などの研究を進めている。著書に『武学探究―その真を求めて』『武学探究 (巻之2) 』(どちらも甲野善紀氏との共著、冬弓舎)、『荒天の武学』(内田樹氏との共著、集英社新書)など。

Web site: 日本韓氏意拳学会
国際武学研究会 bugakutokyo.blogspot.com
twitter:@mclaird44