コ2【kotsu】特別インタビュー  『大図解 陳氏太極拳』発刊記念、陳沛山老師 03(最終回)

| コ2【kotsu】編集部

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様々な門派がある中国拳法の中でも、恐らく世界的に最も普及しているのが太極拳であり、その源流とも言えるのが陳氏太極拳だ。

その陳氏太極拳の創始者直系伝人であり陳氏二十世・陳沛山先生がこの程、『大図解 陳氏太極拳』を日貿出版社より発表した。本書では、陳氏太極拳の歴史から理論、技法までを網羅、一路はもちろん、炮捶とも呼ばれる二路を完全掲載。高速度撮影により空中姿勢を含む、激しい動きも全2241枚の連続写真で紹介している。

そこでコ2【kotsu】では、本書の発売を記念して、数回に渡り著者である陳沛山先生に、本書とご自身の修業の道程を伺った。

コ2【kotsu】特別インタビュー

『大図解 陳氏太極拳』発刊記念、
 陳氏二十世 陳沛山老師 第三回(最終回)

語り陳沛山
聞き手・構成コ2【kotsu】編集部

 

套路の学習段階と一路・二路

コ2【kotsu】編集部(以下、コ2) 本書には、小架一路 基礎架と、小架二路 炮捶が紹介されていますね。これらの套路について、太極拳の技術体系における位置づけを教えてください。

 学習の段階として、伝統的には最初に一路基礎架の形から学習します。私自身も含め、昔は基本功だけの練習をする期間はあまり長くとらず、一路基礎架を通して基本を学びました。基本功としては、手の形や、弓歩や馬歩、站椿功くらいを勉強して、一路の練習を始めます。

現在は、昔よりも基本功の学習内容が充実しています。それは、生徒の質に合わせて考え出されたものだと言えます。昔は武術家になりたくて入門する人ばかりでした。でも、現代は、太極拳が普及されて、愛好家の年齢層は幅広く、体質もまちまちなので、学習方法に工夫が必要です。時代に合わせた変化ですね。

コ2 一路のあとに、二路炮捶の学習に進むのですね。撮影の際に見たのですが、炮捶という名前の通り、激しい套路ですね。太極拳のイメージが覆りました。

 そうですね。二路は発勁や震脚、飛び動作が多い。回転や移動も多い。一般に思われている太極拳のイメージで見ると、二路は太極拳に見えないかもしれません。二路は、太極拳の身体の使い方を身に付けてから練習するものです。

コ2 套路の動作写真の数がすごいですね。撮影の際に工夫したこと、苦労したことなど、エピソードはありますか?

 去年の夏、暑い中での撮影でした。しかも、3日間。出版社の担当者、カメラマン、協会のスタッフに感謝いたします。私の家内にも、ずっと付き合ってもらって手伝ってもらいました。感謝しています。

一路は長い套路ですし、先ほども述べたように、二路は激しい套路です。角度を変えて撮ったり、手や足がフレームアウトして撮り直したり、カメラの前で何度もやったのは大変でした。でも、楽しかったですね。特に、二路の動作をちゃんと撮影したのは初めてでしたから、自分でも初めて自分の写真を見たわけです。一瞬の動作が写真で捉えられていて、とても良かったです。

コ2 確かに、芸術的とも言える、良い写真が撮れていますね。跳び蹴りもカンフー映画のようなカッコいい写真です。

 それも、誰かに見てもらって、動きを修正しながらの撮影ではなく、いつも通りの動きを写真で撮ったら、とてもよい形になっていた。これには、私を指導してくれた父や叔母に感謝しました。こんなに綺麗な二路の写真を他では見たことがないので、後世に残すのにふさわしい写真が撮れて良かったです。

コ2 先生の息子さんのように、20代なら高く飛べるだろうと思うのですが、50代であの動作ができるように身体を維持できているのはすごいですね。これが太極拳の効果かと驚きました。

 そうですね(笑)

『大図解 陳氏太極拳』(332頁-335頁より)

 

コ2 套路を学ぶ生徒に対して、本書を通してどんな部分に注目してほしいですか? あるいは、どんな意識で本書を読めば上達に役立ちますか?

 二路は、発勁や震脚、跳躍動作が多いので、太極拳の基本を身付けておかないと、身体の不具合や負傷を招く恐れがあります。

コ2 いくら格好良くても、正しい学習段階を踏まずに、真似しない方がよいということですね。

 そうですね。

 

対練は太極拳をより楽しくする

コ2 本書では、対練についても多くのページを割いていますね。この辺りの意図を教えてください。

 (このインタビューの)冒頭で述べたように、本書は太極拳の全体像を表現したいと思ったからです。愛好家の中には、「自分は健康法のために太極拳をやっているので、戦う技術は必要ありません」という方もいますが、それは大変な損失です。

推手や用法は実戦の技術でもありますが、その練習を通して心身ともに健康になれるのです。技をかけるのに頭を使いますし、自分が投げられて床に転がるのも健康に良い。あと、何より楽しいですよ。

私の協会では、70、80歳の方でも推手に参加しています。女性の方もいます。相手を倒したり、自分が倒されたりして、技の研究に夢中になっています。

コ2 それは楽しそうですね。今回の書籍では、推手のように手を合わせた状態から始めるものの他に、散手的な表現、つまり離れた間合いから相手が近寄ってきて突きや蹴りで攻撃をしかけてくる、という用法例を示しています。こうした動作は、普段から練習されているのでしょうか?

 しますよ。私の協会でもしますし、私が子どもの頃にも実家の庭で皆、練習していました。

『大図解 陳氏太極拳』(460頁-461頁より)

 

『大図解 陳氏太極拳』(500頁-501頁より)

 

コ2 太極拳の対練と言えば、昔から推手ばかりだと想像していたので、意外です。

 散手的な用法は、これまで外に出してこなかった部分です。今回の書籍は、太極拳の全体像を示すために、あえて掲載しています。これからも機会があれば、発表していくかもしれません。本書では太極拳を段階的に練習していけば、こうした使い方も可能であるということを示したのですが、いきなりこれを真似しても意味はないでしょう。

コ2 先ほども話題に出ましたが、お父様や叔母様との対練で高度な技を、先生はその身で受けてきたということですね。生徒がそういった高度な技を身に付けるには、どうすればよいでしょうか?

 まず、華やかな技に気を取られずに、本物の技があることを認識してもらうことです。そして、誰にでも利くような「万能の神技」を求めないことです。そんな技はないからです。

また、あれもこれも手を出して中途半端に学習したり、技の数を増やしたりしても、結局何も身に付かないものです。あれもこれも勉強することよりも、重要なのは、まずは一筋で歩んで行って、自分の功夫を高めることに専念することでしょう。苦労をしなければならない。近道はありません。その長い道のりを楽しむのがよいでしょう。

 

太極拳の本質を失わず、武徳とともに広がってほしい

コ2 陳先生は、日本に来て30年近く経つそうですが、太極拳を取り巻く環境としては、どんな変化がありますか?

 日本の環境は良いと思います。とくに、社会制度や経済などの外力の影響を受けず、自由に活動できることが良いところです。私は伝統的に伝わってきた太極拳の本来の姿を、これからも伝えたいと思っています。

もちろん、時代によって変化したり、進化したりすることもあるでしょうけれども、自然な姿で太極拳を発展させたいと考えています。政治的な力や商業的な影響によって太極拳の姿が変わったり、本質が失われてしまうことを心配しているのです。そういう意味で、日本の環境は良いと思います。

コ2 陳先生は海外での指導もされているそうですが、どんな活動をされていますか?

 ヨーロッパだと、ドイツ、フランス、イタリアなど、熱心な太極拳愛好家がいて、彼らに招聘されて指導にいくことがあります。彼らは東洋、中国の文化や哲学への関心が高くて、本当の文化や本来の太極拳を学ぼうという態度が見られます。

コ2 真摯な向き合い方をしている人も多いのですね。

 実際に手を掴んできて、「こういう時はどうするのですか?」と聞いてくる人もいます。そういう人には遠慮無く技をかけさせてもらいますが。私の感覚ですが、套路と武術的な要素を分けることなく、太極拳そのものを学ぼうとする態度があるように思えます。男女問わず、武術として太極拳を学んで、それを通して心身の健康を得ていると感じます。

コ2 それは日本人も少し見習ったほうがよいかもしれませんね。

 メディアが太極拳のことをどう伝えてきたか、ということも大きいように思えます。日本の場合は、健康体操としての扱いが先行し過ぎたのでしょう。あとは大会で高得点を取って、メダルを獲得するために練習している方が多いようです。

欧米で私を呼んでくれる方たちは、古い伝統文化や哲学思想、伝統拳術を学ぶに価値を感じてくれているように思います。交流イベントとしての大会も開催されていますが、メダルの獲得を目的として懸命に練習する方は少ないと思います。

コ2 陳先生の今後の活動方針について、お考えのことがあれば、教えてください。

 太極拳は数百年の歴史を持っています。私自身、まだまだ研究すべきことがありますし、今は太極拳の持っている力が発揮できていないと思います。健康法としてだけではなく、武術であり、文化であり、人間育成、教育法でもある。太極拳が実力を発揮できるように、私も力を尽くしたいと思います。

また、太極拳の歴史は長いものではありますが、例えば中国に四千年の歴史があることと比べれば、太極拳はまだまだ若いとも言えます。ですから、これからもまだ進化していくはずです。国際化もさらに進んでいくでしょう。太極拳の本質が失われずに続いていくことを願っています。

コ2 今後、太極拳を受け継ぐ次世代に向けて期待することは何ですか?

 ありのままの太極拳を学んで、それを広めて欲しいということはもちろん、社会貢献を含めて広い視野のある豊かな人間になってほしいですね。

社会貢献としては、東日本大震災へは、協会から義援金を送った他、私もチャリティー講習会を行いました。息子たちは自主的に被災地へボランティアに行っています。仮設住宅で運動不足から体調を崩す方がいることを知って、太極拳が役立つと考えたようです。長男の陳紹華が大学の友人らを集め、自炊する用意をして、レンタカーで被災地へ行きました。次男の陳紹康もそこへ合流して活動していました。

九州熊本地震へは、協会としては義援金を送っていますし、教室からも義援金を送っています。今後、復興に向けて太極拳が役立てることもあるでしょう。

コ2 いわゆる武徳と言ってもいいのでしょうね。沛山先生も教育者ですし、お父様の立憲師も貧しい人々へ教育や治療を無償で行っていたと聞いています。太極拳の愛好家ができることは、太極拳だけではないということですね。

さて、そろそろインタビューも終盤ですが、最後に読者の皆様に向けてメッセージはありますか?

 武術書を読む方の中には、「まえがき」「あとがき」を読まない方もいます。でも、本書では「まえがき」「あとがき」にも、太極拳の本質に関する事や、私の想いを書いています。そこも読んでいただいて、私の考えに共鳴していただける方が増えることを願っています。

コ2 長時間にわたるインタビュー、ありがとうございました。

(第三回・最終回 了)

 

大図解 陳氏太極拳

太極拳の創始者直系伝人、陳氏二十世 陳沛山が陳氏太極拳の歴史・論理・技法を網羅した決定版! 上製本全535ページ、連続写真全2241枚による詳細な解説写真で、ビデオでは分からない細かな動きをしっかり確認できます。 収録内容は、小架一路はもちろん、これまであまり公開されることのなく、“陳氏太極拳の源流”とも言われる貴重な小架二路(炮捶)を完全公開。激しい動きも高速度撮影で完全にフォロー、気になる空中姿勢もしっかり分かります。さらに推手、套路用法、実戦用法まで網羅した歴史的な一著です。

大型本: 535ページ
定価:6000円(税別)
出版社: 株式会社 日貿出版社
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4817060150
発売日: 2016/7/21

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–Profile–

陳 沛山(Chen Peishan
1962年、中国河南省生まれ。原籍は太極拳発祥の地・中国河南省温県陳家溝。陳氏太極拳の第20世伝人。幼少の頃より父・陳立憲から家伝の太極拳を学び、叔母・陳立清の厳しい指導を受ける。陳氏太極拳小架一路、二路、推手、擒拿及び刀、剣、鐗、棍、春秋大刀等の武器を得意とする。特に太極拳実戦法、健康理論の研究を重視している。1988年に来日し、構造工学を学び博士号(工学)を取得する一方、陳氏太極拳の指導・普及を行う。現在、九州工業大学大学院教授、(中国)河南大学兼職教授、西安建築科技大学客座教授、陳氏太極拳協会主席、国際陳氏太極拳聯盟(ISCT)主席を務めている。 主な著作に『太極拳のインナーパワーで強いカラダになる』(学研ムック 2005年)、『宗家20世・陳沛山老師の太極拳「超」入門』(BABジャパン 2012年)など多数。映像作品に『VHS 家傳陳氏太極拳』(BABジャパン 1999年 日本語版・英語版)、『DVD 新版家傳陳氏太極拳』(クエスト 2015年 日本語版・英語版)など多数。

Web Site:陳氏太極拳協会