コ2【kotsu】レポート ゲリー・リース博士によるコーマワーク(後編)

| 眞理智子

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「コーマワーク」は病気や事故など、何らかの理由で昏睡状態(コーマ)におちいった人に働きかけ、意思疎通をこころみるワークです。ユング派の心理療法家であり、物理学の研究者でもあったアーノルド・ミンデル博士が創始した、「プロセスワーク」に端を発する手法として位置づけられています。
2016年12月9〜11日に、ミンデル博士から直接薫陶を受けたゲリー・リース博士が来日。ホリスティックヘルスケア研究所と日本プロセスワークセンターの主催により、コーマワークの実際を伝えるシンポジウムとセミナーが、東京で開催されました。前編として、「実践セミナー 基礎編」の内容をレポートします。
※日本でのコーマワークの実践者たちを招いて行われたシンポジウムのようすは、後編でお伝えします。

コ2【kotsu】レポート

ゲリー・リース博士によるコーマワーク(後編)/来日記念シンポジウム編

取材協力ホリスティックヘルスケア研究所日本プロセスワークセンター
文・撮影眞理智子(ライター、写真は☆以外)

 

風景写真
シンポジウムの様子。(左から)稲葉俊郎医師、岩村晃秀医師、
ゲリー・リース博士、通訳者、佐野浩子先生。

 

聴講者の熱気あふれるシンポジウム

2016年12月9日、コーマワークの世界的第一人者、ゲリー・リース博士の来日を記念して、コーマワークの現在を紹介するシンポジウムが開催されました。

“コーマ”とは昏睡状態のこと、“ワーク”とは取り組みのことを指します。昏睡状態とは、外部からの問いかけに対する反応が見られない状態で、医学的には「遷延性意識障害」とも呼ばれます。いわゆる植物状態の方や、重度の認知症の方も含まれます。
こうした「本人の意識はない」とされている(みなされている)状態の方とも、コミュニケーションを取ることができる手法が「コーマワーク」です。日本では臨床心理士や医療関係者の間で取り組みが始まっており、その発展が期待されています。

シンポジウムでは、

  • 前半のコーマワークの実際の様子と手法が詳細に語られた「講演パート」
  • 後半の登壇者全員が参加した「パネルディスカッションパート」

の二部構成で行われました。まだまだ“知る人ぞ知る”情報であるコーマワークだけに、講演が始まると熱心にメモを取ったり、話の内容に大きく頷いている方が数多く見られました。

会場風景
ほぼ満席の会場。関心の高さがうかがわれた。

 

コーマワークの実際〜微細なシグナルを読み解く

前半の講演パートでは、ゲリー・リース博士に加えて、

  • 佐野浩子先生:病院でコーマワークを実践。日本プロセスワークセンター・センター長。
  • 稲葉俊郎医師:東京大学医学部付属病院内科医。伝統的な補完代替医学の研究から「未来医療」を提唱されている。
  • 岩村晃秀医師:行徳総合病院神経内科医。病院スタッフとともに臨床現場でコーマワークを実践されている。

が登壇され、日本と世界でのコーマワークの現状が紹介されました。

ゲーリー博士
コーマワークをレクチャーするゲリー・リース博士(右)。

 

ゲリー・リース博士の講演は、「昏睡状態の人と、どうすればコミュニケーションがとれるのか?」についての詳細なレクチャーからはじまりました。
昏睡状態の方はその見かけ上、音や光などの外部の刺激に、何も反応していないと思われています。ですがコーマワークでは、その方は何もわからないのではなく、あるレベルの意識状態を保っていると捉えています
実際、何らかの問いかけをした後の身体を注意深く見ていくと、脈、皮膚の動き、顔、手足、涙、声などで何らかの反応を返しているのだそうです。

コーマワークでは、この微細な反応を「シグナル」と呼びます

これらのシグナルを丹念に追っていくと、昏睡状態の方の奥底にある、表現したい感情や思いが浮上してきます。それは往々にして、個人的な信念やわだかまり、躊躇、そして家族への表現しきれなかった“思い”なのだと言います。
言いかえれば、人は昏睡という状態をもってしてまで思いを昇華させたい存在であるとも言えます。

コーマワーカーは、そうした方々に声をかけ、問いかけをし、わずかな動きからシグナルを捉えてそれを増幅させ、その方が表現したがっていることとの対話を試みます。こうしたアプローチに反応を返したり、またそうしようとすることで身体が連動し、昏睡状態の人も、だんだんと意志を表現できるようになることが多いと言います。

会場では、時に数年間に及ぶワークについて、動画や写真とともに実例が紹介されました。会場の方々も、あきらめずに少しずつ構築されていくコミュニケーションの実際を、追体験することができました。

動画で紹介されたゲリー博士のコーマワークの様子。

 

第一の目的は「昏睡状態からの回復」ではない

ここまで紹介すると、コーマワークとは、昏睡状態から回復させるための手法である、と思われる方もあるかもしれません。しかし本来の目的は「昏睡から呼び覚ますことにはない」とゲリー博士は言います。

世界でも類を見ないほどのワーク数を重ねてきたゲリー博士は、夢中でワークに取り組んでいたある日、昏睡状態の人を「回復させすぎてしまった」と感じます。
昏睡状態の人は、回復したいと思っている人だけではない。穏やかに死に移行されている途上の方もいる――。

回復がコーマワークの第一の目的ではない」という、この大きな気づきと、これまでの実績との差異を感じたゲリー博士は、コーマワークを辞めようと考えたこともあったそうです。
しかし、その後さらに

「ワークの結果、それがどこに(たとえ死に)辿り着こうとも、
そのプロセス(=起こって来る流れ)に従うことが仕事である」

との思いに至り、現在もコーマワークを続けていると述べていました。

コーマワークは、アーノルド・ミンデル博士が創始した、「プロセスワーク(※)」に端を発する手法として位置づけられており、コーマワークもまた「プロセスに従う」ワークにあたります。ミンデル博士がコーマワークを使って、患者さんにとって起こるべきことが起きていくのをサポートする様子は、著書『昏睡状態の人と対話する』(NHKブックス)で詳しく述べられています。

(※)「プロセスワークとは、ごく抽象的に言えば、ひとに関わる「ものごとの自然な流れ(プロセス)」に取り組み(ワークし)、起こるべき変化が何かしらの理由で滞っていたら、「全体」にとってよりよい変化が起こるようにサポートする実践的アプローチです。」日本プロセスワークセンターのサイト内「プロセスワークについて(http://jpwc.or.jp/pw/)」より

 

日本のコーマワークの現状

続いて、日本でどのようなコーマワークが行なわれているのかについて、実例が紹介されました。

臨床心理士として病院でコーマワークをおこなっている佐野先生からは、コーマワークを介して、入院患者だった旦那さんが自宅へ帰るのを拒否していたのは、奥さんへの配慮からだったと判明した実例や、ご自身の看取りの体験を。

スタッフの協力体制のもと、コーマワークを実践している行徳総合病院からは、導入当初は同意が得られなかったという病院内でのコーマワーク中の映像や、コミュニケーションを回復された患者さんのご家族への、長期間に及ぶ取り組みが分かるインタビューなどを交えた動画が流れました。

関わる方それぞれに、いまだ未知の分野であるコーマワークを受け入れ、実施するまでに、様々な思いや理解の道のりがあった様子がうかがえました。

会場写真
コーマワークの様子を講演する佐野浩子先生(左)。
行徳総合病院内でのコーマワークの様子(右)。

 

日本のコーマワークの現状

後半のシンポジウムでは登壇者が一同に会し、それぞれ立場から見たコーマワークの体験と見解が述べられました。
登壇された方々はそれぞれの立場で、病院などの医療現場や、家族の方との“架け橋”となり、コーマワークへの理解を広げる活動を続けておられます。

稲葉医師は、病院全体に「植物状態の人に意識はない」という前提のある中、それでも自らの感受性から、どの患者さんも「誰一人仲間外れにしない」という思いを持って、独自にコーマワークの概念を医療に取り入れてきたそうです

岩村医師は、ボランティアワーカーの協力のもとに、地道に病院での承認・導入・協力を得てきた経緯を話されました。病院の運営面や経営面から見ても、診療報酬体系にコーマワークを組み込む苦労はいまも続いており、医療現場での普及には、まだまだ課題があるとのお話でした。

稲葉医師と岩村医師
稲葉医師(左)、岩村医師(右)。それぞれの立場で、医療におけるコーマワークへの理解を広げる活動を続けている(☆)。

 

 日本の現状と同様に世界でも、医療現場でコーマワークを行う際には、いまだに抵抗がみられることを、ゲリー博士も話していました。

私は以前、昏睡状態から回復した女性から、その頃の様子をうかがう機会を得たことがあります。その方は「昏睡状態の間は、自分の身体は動かないけれど意識はあった」と、おっしゃっていました。身体が思うように動かないだけで、意識は働いていて、考えたり、周囲の声が聞こえたり、気配を感じることができた、とも。
さらに伝えたくても伝えられない感覚があったことや、意識があるという前提で接してもらうこと自体がとても嬉しかった、ともお話しされていました。

すでにコーマワークにふれた経験があった私は、この話に安堵感に似た気持ちをもったことを覚えています。なぜなら「こちらが分かる反応は得られなくとも、患者さんは分かっているんだ」と知ることができたからです。

昏睡状態の方ともコミュニケーションを取ることができる

この考え方を知るだけでも、安堵する方もいるのではないかと感じました。日本には意識障害で寝たきりの患者の方が、推定で4万5千人以上、一説には6万人を超えるともされています。情報を必要とされている方の手にも、このコーマワークが何らかの形で届くことを願っています。
(すでに今年の2017年12月9〜10日には、再びゲリー博士のセミナーの開催が決まっています。)

(了)

 

–profile–​

●ゲリー・リース博士(Gary Reiss, PH.D
プロセス指向心理学の認定トレーナーとして、25年余りアメリカでプロセスワークを教えている。ソーシャルワーク修士号と心理学の博士号も取得。また開業の心理士として35年のキャリアを持ち、家族療法・カップルセラピー、特に親密性や怒り性の問題を扱うスペシャリストとして、コーマワークを発展させている。邦訳書に『自己変容から社会変容へ』(コスモライブラリー刊)がある。

そのほか著作(未訳)に、” Vital Loving” ” Angry Men, Angry Women, Angry World” “Leap Into Living” “Beyond War and Peace in the Arab Israeli Conflict”
“Inside Coma” with Dr. Pierre Morin. “Conscious Sexuality” “Dreaming Money””Families that Dream Together” がある。
Web site​ ゲリー・リース博士公式サイト(英語)

稲葉 俊郎(Toshiro Inaba
東京大学医学部付属病院 循環器内科 助教。循環器内科医としてカテーテル治療、心不全、先天性心疾患を専門とする。往診による在宅医療、夏期の山岳医療にも従事。あらゆる代替医療・伝統医療・民間医療も満遍なく学び、未来の医療を広く開かれたものとして考える未来医療研究会を主宰している。
Web site​ TOSHIRO INABA(公式サイト)

岩村晃秀(Akihide Iwamura
IMSグループ医療法人財団明理会 行徳総合病院神経内科医。東京女子医科大学東医療センター内科医局、都立病院、国立病院、福島県・浜通り地方の有床透析診療所を経て現職。認知症、正常圧水頭症、神経変性疾患などを専門とする傍ら、2012年より二子渉氏らと共に行徳コーマワークプロジェクトを発足、以降病院スタッフとともに臨床コーマワークを展開している。
Web site​ 行徳総合病院

佐野浩子(Hiroko Sano
認定プロセスワーカー、臨床心理士。大学院終了後、児童養護施設や女性支援施設、中学高校、総合病院などで臨床心理士として勤務。米国オレゴン州ポートランドにあるProcess Work Instutute(プロセスワーク研究所)のMAPW(Master of Art in Process Work)を修了、認定プロセスワーカーとなる。現在は、一般社団法人日本プロセスワークセンターセンター長/代表理事も務める。
Web site​ 日本プロセスワークセンター

眞理智子(Tomoko Mari
ライター。出版社、アロマセラピスト、医療機器メーカー勤務などを経て現職。雑誌、書籍、Webメディア等にて取材&ライティングを行なう。2015年よりコーマワークに携わる。

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