対談 中井祐樹×鈴木秀樹 なぜ僕らはプロレスラーを夢見たのか? 01

| 中井祐樹、鈴木秀樹

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去る4月18日、東京・朝日カルチャー新宿で、格闘技界のレジェンド・中井祐樹氏とビル・ロビンソン氏のもとでキャッチ アズ キャッチ キャンを学び、現在プロのリングで活躍中の鈴木秀樹選手のお二人により、「対談【中井祐樹×鈴木秀樹】なぜ僕らはプロレスラーを夢見たのか?」が行われたのは既にお伝えの通り。コ2ではその対談の模様を全5回に渡ってお伝えします。

一回目の今回は、お二人のプロレスとの出合いから始まります。

 

なぜ僕らはプロレスラーを夢見たのか?

対談/中井祐樹(柔術家)×鈴木秀樹(プロレスラー)

第1回「いかにして2人の蝦夷っ子はプロレスと出会ったか」

語り中井祐樹、鈴木秀樹
構成コ2【kotsu】編集部
協力朝日カルチャーセンター新宿

 

中井祐樹と鈴木秀樹は全日派!?

中井 皆さん、中井と申します。本日、プロレスラーの鈴木さんとこうして初顔合わせとなりました。正直、何が飛び出すやら、突っ込んだことも聞いていただいて。話していきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

鈴木 よろしくお願いします。

中井 実は私と鈴木選手は結構共通点があるんですよね。まずは北海道出身ということで。

鈴木 えぞっ子ですね。

中井 プロレスラーを夢見た頃は北海道にいたのかな? 私がプロレスラーになりたいと思ったのは北海道にいた頃でした。石狩市浜益区というところだったんですけどね。正確に言うと私が生まれたときは石狩市ではありませんでした。2000年代に入って名前が変わった、浜益村というところだったんですけれども。知ってます?

鈴木 名前は聞いたことあります。だいぶ田舎という感じでしたけれども(笑)

中井 へへへ。めちゃくちゃ田舎なんですよ。僕が小学生の時は人口4000人いたんですけれど、たぶん僕が北海道を去る頃には後楽園ホールくらい(笑)

鈴木 2,000人くらいですか。

中井 いえ、1,600人くらい。だから後楽園ホールに行って「おお。ここに収まるくらいなのか」と思った記憶があります。まあそのくらいの規模に成り下がっていったのではありますが(笑 ただ石狩市になったことでだいぶ整備されたのではと思っているのですが。

鈴木 僕も北広島市出身とプロフィールには書いてありますけれども、生まれは札幌なんですよ。でも引っ越した時は市町村合併の前でしたから、住所に字がついてましたよ。市になってなかったですから。

中井 話してみるとすぐに北海道出身だって分かりますよね。だいぶ北海道訛なんですよ。

鈴木 ええ!? 僕、標準語のつもりなんですけれども(笑)

中井 たぶん、訛りはバレてますよね。言葉の端々にちょっと濁点が付く感じで濁るんです。それがちょっとつらいな、と。だからテレビでUFCの解説してますが、自分の解説を聞きたくない。

鈴木 意外だな。意外とネガティブ(笑)

中井 ネガティブなんです(笑) 鈴木さんとは10歳違いくらい?

鈴木 ちょうど10こですね。80年生まれなんで。中井先生が最初、プロレスに興味をもったきっかけはなんだったんでしょう?

中井 いきなり答えになっちゃうんですが、私がプロレスラーを夢見たきっかけはやはりスーパーヒーローなんですよね。男の子なんで。ウルトラマンとか仮面ライダーとか見て育ったんですが、77年の小学校に入る頃、ウルトラマンレオと仮面ライダーストロンガーがなぜか同時に終わるんですよ。ストロンガーの最終回には「来週から日本昔話になります」なんて告知が出たりして(笑)

鈴木 (笑)

中井 それで「ふざけんな! 次のライダー出せ!」と思ったんです。ウルトラマンは次のウルトラマン80まで時間が空きますし、仮面ライダーも次のスカイライダーが出てきたのが79年くらい。その頃には小学3年生か4年生くらいで「今さら仮面ライダーかよ」と。そのリアル版としてプロレスラーに憧れを抱いていたんじゃないかな、という説を自分自身で採用しています。

物心ついた時に最初に観たプロレスは、クリスマスケーキを食べながら観たザ・ファンクス対ブッチャー&シーク。自分がクリスマスケーキを食べてる時に、同じフォークで相手を刺してるのを見て、こりゃやべーな、と(笑)

鈴木 伝説の流血戦ですよね(笑)

中井 クリスマス当日の放映ではないと思うんですけどね。

鈴木 オープンタッグですよね。

中井 オープンタッグです。札幌出身の人には分からないと思いますけど、僕が住んでた田舎はフジテレビとテレビ朝日の映りが悪かったんですよ。電波が弱くて。

鈴木 (笑)

中井 それで鮮明なのが日テレ。不鮮明な中で猪木が黒タイツで戦ってたのに比べると、鮮明な赤タイツのほうが派手に見えたんですよね。だから馬場、鶴田のほうが好きでした。プロレスファンが10人集まったら、馬場鶴田を推す人は一人もいないくらいですが、当時はそれほどマイノリティとは思ってなかったんですよ。北海道って日テレのほうが強いんですよ。

鈴木 STVですね。「どさんこワイド」とかすごい強いですから。

中井 そうそう。札幌テレビが中心みたいなイメージで育ちましたから。だから猪木は黒タイツだし、真面目すぎるように見えたんです。あと猪木さんは投げ技の角度が低いんですよね。腰が悪かったのかな。途中からすごく低くて、ジャーマンスープレックスとかも使わなくなったし。
それよりも高くて弧を描く投げが好きで、投げの高いドリーファンク・ジュニアの方が好きでした

鈴木 日プロの頃の試合を観ると猪木さんも高く投げてますよね。しっかりブリッジして。でもバックブリーカーで腰を悪くしちゃったみたいですね。

中井 なるほどなるほど。ロビンソン先生も全日本プロレス時代には、スープレックスで腰の片側をズラすようになってきて。

鈴木 あれはもう腰が悪くて。でも本人は言ってましたよ「おれはレスリングで体を壊したことがない。酒だ」って。

中井 わははは。

鈴木 「だったらやめたら良いんじゃないですか?」って言ったんですが、酔っ払いながら言うんだからしかたない。「レスリングはそんなに危ないスポーツじゃない。怪我なんかしない。おれはしたことがない。体を壊したのは酒だ」って(笑)

中井 自伝でも書かれてますよね。お酒が増えていって、生活が良くなくなっていったって。

鈴木 そうです。76年頃ですね。

中井 ロビンソン先生の自伝はとても好きで、推薦図書に挙げさせて頂いたくらいなんです

鈴木 推薦図書ですか(笑)

中井 ゴング格闘技の2008年か09年頃に、オススメ本として書評を頼まれたんですが、その時に選んだのが「ロシアンパワー養成法」ともう一つがロビンソン先生の「高円寺のレスリングマスター」でしたから。

鈴木 体型が違いすぎるんですよね。国際プロレスに来る前後で。明らかにアメリカに行って太ってるんです。食べ物と酒で。

中井 そうですね(笑)。とまあそういうことがあって、僕は全日本プロレス中心で来たんですが、世間の大人達とやりあう上では猪木を持ち出さないと説得できない。

鈴木 僕も最初は全日本プロレスでしたよ。

中井 お。そうでしたか。

鈴木 僕が初めてテレビでプロレスを観た時は鶴田さん、長州さん。谷津さんが出てました。
ジャパンプロレスがやってた頃なんで86年くらいですね。僕は猪木さんの方も観てましたけどね。

中井 札幌はきれいに写りますしね(笑) たぶん自分が小学生くらいの時に全日本プロレスが深夜に移動するんです。だからその頃には人気がなかったってことでしょう。77年のオープンタッグとか盛り上がってた気がしますけれども、79年には深夜になってるんですよね。

鈴木 そんなに早いんですか。

中井 80年頃の新春ジャイアントシリーズとかから、一回寝てから起きてプロレスを観るという生活が始まったんです(笑)

鈴木 夜中だったんで僕はビデオの予約録画してましたが、たまに野球中継でズレるんです。すると通販番組で終わっちゃったりとか(笑)

中井 私の頃はビデオが普及してませんでしたから。寝て起きて、観るということをやってたものだ、その頃から全日本プロレスの記憶が不鮮明になっていくんです(笑)。そうしているうちにUWFが出てきて、こういうことになったと。

鈴木 だいぶ飛ばしましたね(笑)

中井 飛ばしましたね(笑) とまあ私にとってはプロレスラーというのは悪を倒すヒーローだった

鈴木 僕にとってはプロレスラーってアスリートに近いんです。三銃士(編注:闘魂三銃士。武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也によるユニット)とかを観たがってたので。彼らはそれほどドロドロした感じがないじゃないですか。どちらかというと爽やかな感じ。

鈴木秀樹選手

 

中井祐樹が『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を絶賛する理由

中井 僕は鈴木さんの本、大絶賛なんですよ。まずはオビ。

鈴木 オビですよね。猪木さんが推薦文を寄せてくれたのですが、本の内容と全然関係ない(笑) さらに裏側のオビはジョシュ・バーネットの推薦文なんですが、中井先生読まれました?
中井 はい。

鈴木 「スズキはロビンソン、ユーコー・ミヤト、そして私に教わって……」とさらっと書いてある。いつの間にかに僕の先生の中に入ってるんですよ。確かに教わることもありましたけど、別に生徒として長く教わっていたってわけでもないし。(笑)

中井 こういうやり方がうまいですね、彼は。こうやって商売をやっていくんだと、学ばなくてはいけません

鈴木 うまいですよね(笑)

中井 それと出版社が良いですよね。日貿出版社。ここは『バイタル柔道』という東京オリンピック金メダリストである岡野功先生が出された伝説的な柔道の技術書の出版元で、やる側の格闘技マニアが一目も二目も置く会社なんです。『バイタル柔道』なんて柔道少年たちに40年以上読み継がれているわけですから。

確か初版が1972年で絶版になった時期がありつつも、僕が北大柔道部に入った頃に復刊されて、ハードカバーから柔らかい表紙に変わったんです。値段は3,000円弱くらいで、「寝技編」と「投技編」の2つが出てました。北大柔道部でみんなが寝技編を欲しがったので、生協で共同購入したことがあります。そうやって一冊あたり20%オフくらいで買って愛読書にしてました。そういう思い入れのある会社です。

僕は別の出版社から『バイタル柔術』という本を出しましたが、これは『バイタル柔道』へのオマージュです。その日貿出版社から鈴木さんが本を出して、内容も素晴らしいです。ヤバイ。このクラシカルな連続写真は素晴らしいですね。昭和40年代を知る人には垂涎じゃないかと。

鈴木 年齢層限定されちゃってますね(笑)

(第一回 了)

 

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発売日: 2017/1/19

 

 

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–Profile–

中井 祐樹 (Yuki Nakai
パラエストラ東京主宰 日本ブラジリアン柔術連盟会長
1970年生。北海道石狩市浜益区出身。高校時代にレスリング、北海道大学在学中に高専柔道の流れを汲む七帝柔道を学び、4年時には七帝戦で団体優勝に輝く。その後修斗に入門し94年11月、第3代ウェルター級チャンピオンとなる。95年バーリ・トゥード・ジャパンオープン95にてヒクソン・グレイシーに敗れるも準優勝。その後、日本におけるブラジリアン柔術の先駆者としてアメリカ・ブラジルで実績を残す。97年12月、自らの理想を追求するためパラエストラ東京を開設。著書:「希望の格闘技」(イースト・プレス)や「本当の強さとは何か」(増田俊也氏との共著、新潮社)、DVD:「中井祐樹メソッド 必修!柔術トレーニング」(BABジャパン)や「中井祐樹:はじめようブラジリアン柔術」(クエスト)他多数。

公式サイト http://www.paraestra.com/

鈴木秀樹選手

鈴木 秀樹(Hideki Suzuki
すずき・ひでき/本名同じ。1980年2月28日生まれ、北海道北広島市出身。生まれつき右目が見えないというハンディを抱えていたが、小学生時代は柔道を学ぶ。中学時代にテレビで見ていたプロレス中継で武藤敬司に魅了され、プロレスの虜になる。専門学校卒業後、上京。東京・中野郵便局に勤務。2004年よりUWFスネークピットジャパンに通うようになり、恩師ビル・ロビンソンに出会う。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを学び、2008年11月24日、アントニオ猪木率いるIGF愛知県体育館大会の金原弘光戦でデビュー。2014年よりフリーに転向。ZERO1やWRESTLE-1、大日本プロレスなどを中心に活躍。191センチ、115キロ。
2017年1月に日貿出版社より『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を発表する。

Web Site:鈴木秀樹オフィシャルサイト

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