コ2【kotsu】特別インタビュー 「Who is ダニール・リャブコ」(後編)

| コ2編集部

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ダニール・リャブコ氏と言えば、システマ創始者のミカエル・リャブコ氏の長男であり、システマ・インストラクターとしてもその実力は折り紙付きの人物だ。その一方で、来日回数は多いが、ご本人のことをこれまであまり語られていない印象がある。そこで コ2では、改めてダニール氏が幼少時に父・ミカエルからどんな風にシステマを学んだのかから、これまでのキャリア、そして自身が考えるシステマについてお話を伺った。

 

コ2【kotsu】特別インタビュー

Who is ダニール・リャブコ」(後編)

取材・構成コ2【kotsu】編集部
通訳大西亮一(システマ大阪)
協力システマ東京

 

ダニール・リャブコ氏
2017年5月29日 東京セミナー

 

特殊部隊は戦わない、ただ目的を果たすだけ

コ2編集部(以下、 コ2) 前回のお話の続きですが、学生時代に出場された格闘技の試合などでも、システマが役立ったのでしょうか?

ダニール システマは必要な戦いはやりますが、試合のような意味のない戦いはやりません戦いのない、戦いを目指すのです。試合は自分も殴られるし、めんどくさかったこともあって、これ以上呼ばれないようにわざと負けたんです。事前に相手に「オレ、負けるから余計なことをするな」と言っておいて、試合中にやられたフリをしました。相手に目配せして、リアルに倒れたんです。そのお陰で、それっきり呼ばれなくなりました。

そもそも特殊部隊では戦いません。向き合ってファイトしたりなんかせず、ただ目的を達成します。テーブルに置かれたコップを取るように、犯罪者をつかまえるのです。こうしたことはその精神(サイキ)に深く影響します

例えば私が警察官だった頃、車上荒らしが横行したことがありました。2人組でガラスを割ってカーステレオを盗んで回っていたのです。犯行エリアは特定できましたが、なかなか確保に至りません。車を降りてそのエリアを巡回していた時、たまたま私が犯人を見つけたのです。

相手は銃こそ持ってませんが、ナイフで武装しています。私は私服でしたが、街中で取っ組み合うのは得策ではありません。危険ですし、逃げられる可能性があるからです。そこで私は言いました。

ちょっと来てくれ!車を動かすのを手伝ってくれ!力を貸してくれ!

彼らは内心、逃げたがっていたでしょうが、そうするわけにもいきません。しぶしぶ私に着いて来たので、「こっちだ、こっちだ、付いてきてくれ!」と裏道に誘いこみ、相手の後ろに回り込んだのです。

そのまま「あっちだ! あっちだ!」と二人を押し込みます。その先ではパトカーが待ち構えていますが気づいた時には手遅れです。一本道ですし、私が後ろで逃げ道を塞いでいます。二人は慌てて走り出そうとしたところを後ろからタックルして押し倒したのです。

このように大切なのはサイキであり、別に戦いは必要ないのです。もちろん、あらかじめ監視カメラに写った彼らの顔を見て、知っていたからできたことなんですけれどもね。

コ2 すごい話じゃないですか。ミカエルに話したんですか?

ダニール もちろん。「良くやった」と言われました。警察からも表彰されて少しだけボーナスもで出ました。こういう話はたくさんあります。

コ2 「サイキ」とは何なのでしょう

ダニール 精神ですね。システマの全てに関わるものです。人それぞれ違いますし、状況によっても異なります。

例えば犯罪者を取り調べる時でも、誰が尋問しても口を割らないのに、私が尋問すると口を割ることがあります。もちろん、その逆もあります。犯罪者を逮捕した時、「良い刑事」と「悪い刑事」の二人で取り調べにあたることがあります。悪い刑事は犯罪者をあの手この手で脅すのが役目です。だから個人的には良い刑事を演じるのが好きで、悪い刑事の役はやりたくありませんでした。

中にはカラシニコフ(サブマシンガン)を取り調べ室に持ち込んで、椅子に縛り付けた犯罪者に銃口を向けながら尋問する人さえいたんですよ。もちろん撃ったりしませんが、私はそれを「何やってるんだ、頭おかしいんじゃないか!?」と、制止する刑事の役の方が好きでした。散々脅された犯罪者は、良い刑事役の私の方に色々喋ってくれますからね。

別のある人は金属の棒を紙でくるんで犯罪者を叩いていました。痛いんですがはた目には丸めた紙で叩いているようにしかみえません。でも、誰にでもそんな取り調べをするわけではありません。100%確証がある時だけです。

ただこうした警察の仕事に次第に嫌気が差してきました。あまりに多くの犯罪者や悪人を見てきましたし、私は本来皆と仲良くしたいたちなのですが、そうするわけにもいきません。人が苦しんだり、泣いたりしているのを見るのも嫌なのです

そんな折に、特殊部隊にいる知り合いからスカウトされたのです。それに乗って特殊部隊に移ってからは、隊員たちに護身術や格闘を教えるようになりました。もともと特殊部隊の隊員が何人もシステマを習いに来ていたので、知り合いも多かったのです。

システマは警察大学の時も刑事の時もずっと教えてましたから。でもだんだんシステマのセミナーが増えて、しまいにはシステマと軍が半々くらいになってきたので、軍を辞めてシステマを優先するようになったのです。

もともと上官はシステマを学んでいてとても仲良くしてくれたのですが、新しい上官に代わってからはソリが合わなかったというのもあります。その上官がまた仲の良い人に代わったので、日本に来る前にもその人から「部隊に戻ってこいよ」と誘われました。

 

ダニール・リャブコ氏
2017年5月29日 東京セミナー

 

愛息・ヴァシリーと日本のシステマについて

コ2 子供ができてから自分のシステマが変わりましたか?

ダニール そう思いたいです。フィーリングが違ってきた気がしますが、まだたったの7ヶ月なのでよく分かりません。

コ2 セミナー参加者からは、ダニールのシステマが丸くなったという感想も聞かれましたが。

ダニール 仮にそうだとしても、自分で言うわけにはいかないでしょう(笑) そう思ってもらえてるとしたらありがたいことです。

コ2 ヴァシリーにもシステマをやってもらいたいと思いますか?

ダニール もちろん。でも彼自身に選択の余地を残しておくべきだと思います

コ2 ヴァシリーへの教育方針は何でしょう?

ダニール 「良い人であれ」ということです。人生において大切なことですよね。

コ2 子供ができてから、ミカエルから学んだことがより深くできたりしましたか?

ダニール そうですね。むしろミカエルの方が、私の変化を噛み締めているかも知れません。私自身はまだまだ父親になったばかりでいっぱいいっぱいですから。まだ今の状況をよく理解できていないのです。だから次回のインタビューでお答えできるかも知れません。

コ2 今回は大阪、福岡、広島、東京と毎日指導をされていましたが、全体的にどのような印象を持たれましたか?

ダニール 皆いい人たちで、深い練習ができました。目に見えることだけでなく、インターナルでより深いものを学ぼうとしてくれているような気がします。練習中も常に敬意を感じますし、感覚的にも鋭いと思います。自分にできることを示すのではなく、ちゃんと練習から学びを持ち帰ろうとする気があります。そういう意味では世界的にも最高な国の一つといえます

コ2 システマでは昨年から「第2の呼吸」など新しいことを教え始めましたが、各国での反応はどうでしょう?

ダニール 他の国ではあまり見せてないので、知らない人も多いでしょう。もしかしたら日本とモスクワだけかも知れません。

コ2 他の国ではなぜ教えていないのですか?

ダニール もちろん見せてはいます。それ以前に、心身の緊張や恐怖心を取り除かなくてはいけません。確かにそれは誰にとっても難しいことです。ただ日本人は比較的緊張が少なく、心理的な抵抗も少ないので、広まりやすい土壌なのだと思います。

ミカエルは他の国の人々にも見せていますが、緊張が多すぎるため練習にならないのです。まず身体的な緊張をとらないことにはどうにもなりませんから。ただ「第二の呼吸」は最近言いだしたことですから、これからどうなるか分かりません。

コ2 日本人は他の国よりも緊張が少ないのでしょうか?

ダニール 場合によりますけどね。日本人は私たちを紹介してくれるだけでなく大勢モスクワに来ます。セミナーに来ても熱心に練習してくれるという傾向はありますね。

コ2 本日はお忙しいところありがとうございました。

 (後編 了)

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–Profile–

システマ ダニエル氏
ダニール・リャブコ氏

ダニール・リャブコ(Daniil Ryabko
1984年トヴェリにてシステマ創始者ミカエル・リャブコの第一子として生まれる。軍学校と警察大学での訓練を経て刑事となる。2年間の勤務の後、内務省の特殊部隊「緊急対応特殊課(SOBR)」に転属。各種軍務に従事する傍ら特殊部隊隊員達にシステマを教授する。各国からシステマセミナーの依頼が増えたことから現在は軍を辞し、インストラクター活動に専念している。