システマ2.0 第1回「システマ1.0」は不要なのか 

| 北川貴英

ko2でのシステマ連載をリニューアルすることにしました。「システマ随想」はいったんおやすみです。新しく始まるのは「システマ2.0」。ここ数年、創始者ミカエル・リャブコが提示しているシステマの新たな方向性について、筆者なりに解説してみようと思います。

「ニュースクール」や「LV2」と呼ばれるシステマはいったい何なのでしょう。「LV1」や「オールドスクール」と何が違うのでしょうか。

システマ2.0

第1回「システマ1.0」は不要なのか
北川貴英

システマ2.0
2017年9月にモスクワ本部主催で行われた国際セミナーでのミカエル。高い感度を要するワークが多数行われた。

手に入れた刀を“名刀”に研ぎ上げる

システマの創始者ミカエル・リャブコは、「システマには3つのレベルがある」と言いました。

LV1が従来型のシステマで、LV2が新たな潮流「ニュースクール(新しい潮流)」。これらに続くLV3は「クローズドスクール(閉ざされた領域)」となります。

本連載で扱うのはLV2、システマ・ニュースクールです

ここで注意しておきたいのは「スクール」という言葉について。英語の「School」はロシア語の「школа(シュコーラ)」の訳ですが、「школа」は「学校」の他に「潮流、学派」といった意味を持ちます。

そのため「ニュースクール」という言葉は、「新しい学校」よりも「新しい潮流」というニュアンスで解釈した方が、おそらく真意に近いでしょう。LV1を指す「オールドスクール」も同様に「古い潮流」となります。

古い潮流から脱却した新たな潮流

それがLV2の位置づけとなります。しかしオールドスクールであるLV1が不要になったわけではありません刀を手に入れる段階がLV1なら、刀を研いで名刀へと仕上げる段階がLV2と言えるでしょう。刀を持っていなければ、入手するところから始めなくてはいけないのです。

ですから引き続きLV1のワークは各システマグループで行われていきます。特にマーシャルアーツの初歩的なテクニックを身につけたい、日常生活のストレスを緩和したいといった程度のニーズであればLV1のワークでも十分有効です。

また体力がない方や運動不足気味の方、武道や格闘技の経験が全くない方がLV2へ進むうえでも、ある程度の体力や最低限のマーシャルアーツ的な技術を身に着けておいた方が、何かと役立つのです。

 

そもそもLV1とは?

LV1のワークをもう少し具体的にピックアップしてみると、ざっと次のようなものがあります。

  • ブリージング(呼吸の仕方)
  • リラクセーション
  • プッシュ&ムーブ、グラップ&エスケープなど立業全般
  • ローリングなどグラウンドムーブ(寝た状態での動きや技術)全般
  • ナイフ、スティックなどのウェポンワーク
  • 上記マーシャルアーツのワークを対複数で。
  • マッサージ

つまり、だいたい全部です。

全部やり込む必要はありませんが、一通りさらっておくくらいはしておいた方が良いでしょう。なぜならミカエルは限られた指導時間を使って私たちのレベルを最大限、引き上げようとしてくれます。

もし基本的なストライクの受け方も知らない人が大部分であれば、ミカエルはそこから説明をしなくてはなりません。すると本来、レベルを引き上げるために使われるはずだった時間が取れなくなってしまいます。こうしたことは、あらかじめ一般インストラクターが参加者のレベルを底上げしておけば避けられます。

一般のインストラクターが下ごしらえをして、ミカエルが仕上げていく。こうした役割分担によって、システマのトレーニング効果を最大化することができるのです。

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フィジカルについて

ここで少し触れておきたいのは、LV2に取り組むにあたってどの程度体力があれば良いのか、という問題です。

システマはリラックスを強調することもあり、しばしば「体力は必要ない」と誤解されることがあります。

しかしこれはあくまでも、システマのトレーニングを始めるにあたって、特別な体力は必要ないという意味です。ですからいつまで経っても体力がないままのも問題です。

練習を継続していれば自ずとある程度の体力はついているはず。もし「力んだらいけないから」という理由で身体的な負荷を避けてしまっているのであれば本末転倒です。やはり最後にものを言うのは、身体的な強さです

メンタル的な問題にも身体を強くすることで自ずと消えてしまうものも少なくありません。心と身体は一つのもの。吹けば飛ぶような体力なら、心が揺らぎやすくても仕方がないでしょう。身体のメカニズムからしても、深いリラックスを得るには、ある程度の体力が必要です

筋肉は強く緊張した直後に、もっともゆるむ性質があります。実際に「リラックスできない」、「すぐに緊張してしまう」という人たちの身体に触れてみても、力んでいるというより、力めなくなってしまっていることが多いのです。つまりぐっと力を入れるだけの体力がなければ、ゆるむこともできないのです。

ただシステマで必要とされる体力は、いわゆるスポーツ的な体力と必ずしも同じではありません。ジム通いで筋肉を発達させた人や、フルマラソンやトライアスロンを趣味とする人が、ほんの数分のシステマトレーニングでバテてしまうことも珍しくありません。

そうかと思えば、見た目こそ華奢なのに、厳しいエクササイズを淡々とこなし続けられる人もいます。もちろんスポーツ的な体力は全く無意味ではありませんし、ないよりはあった方が良いのは確かです。ですがシステマで培うのは「使える体力」です

これは握力やタイムといった形で単純に数値化することはできません。ただ「緊張とリラックスの振れ幅」と考えればそれほど間違いはないように思います。なぜならシステマでは「キープ・ムービング」という原則があります。強張った身体もゆるみっぱなしの身体もどちらも良くないのは、いずれも身体から動きが失われてしまうからです。

動きはゆるんだ身体が力む過程と力んだ身体がゆるむ過程にあります。そのため緊張とリラックスの間の振れ幅が大きい方が、より大きな運動を生み出すことができるのです。高低差が大きければ大きいほど川の水が勢い良く流れるのと同じです。ですからどれだけ筋骨隆々としていても、リラックスできなければ振れ幅は小さく、動きを生み出すことはできません。

逆にどれだけ筋肉をリラックスさせていても、力ませることができなければやはり振れ幅は小さく、動きを生み出すことができないのです。前者と後者では外見こそまるで異なりますがいずれも動きを生み出すことができないという意味では同列です。

これが「体力がない」の正体です。システマのトレーニングで定番のエクササイズとして、身体を力ませた後にゆるめるものがありますが、これはその原理を端的に表現したものと言えるでしょう。

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「運動」とは?

緊張とリラックスの間にある「運動」。これは単なる筋力とは異なります。

筆者がモスクワ本部で練習している時、どうしても力んで動きが止まってしまう場面がありました。その時、インストラクターのウラジミール・ザイコフスキーからアドバイスされたのは

「パワーではなく、フォースを使え」

ということ。「Power」も「Force」も和訳するとともに「力」です。何がどう違うのか悩んだのですが、しばらくしてようやく意味が理解できました。

Powerは力の大きさを表わすのに対して、Forceは力がどれだけ動きに変化したかを意味します。どれだけパワーが大きくても、それが動きを生み出せなくては意味がありません。

エンジンにどれだけ馬力があっても、その力をきちんと路面に伝えられなければ自動車は走りません。ギアがニュートラルのまま、あるいはブレーキを効かせたままなら、エネルギーを浪費するばかりで運動が生まれることはないでしょう。エンジンの馬力がパワーなら、実際に自動車を動かした力がフォースになります。同じ馬力でもギアがしっかり噛み合ってタイヤが路面に吸い付く車と、そうでない車とでは生じるフォースが大きく異なるのです。

ただ身体はもう少し事情が複雑になります。なぜなら動力が一つではないからです。重力もそうですし、心臓の鼓動や呼吸もそう。精神や感情も身体を動かす動力となります

マーシャルアーツのワークでは相手の動きを自分の動力として活用することになりますし、相手が増えればそれだけ自分に加わる力が増えるでしょう。他にも探せば色々とあるはずですし、筋力はそれらのうちの一つに過ぎません。

このようにいくつも同時進行する力を使いこなすことで、「フォース」を自分のものにするのです。ではどのようにその練習を進めていけば良いのでしょう。第一歩目となるのが「感じる」です。

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LV1とLV2の架け橋

LV1のシステマとLV2のシステマ。その架け橋は「感じる」こと。これは「情報のインプットを全開にする」と言い換えることができます。

システマのブリージングを身につける、パンチやテイクダウンの仕方を身につけ、それっぽいことができるようにする。これらは全て、自分が「する」ことで共通しています。いずれも脳から司令という情報がアウトプットされて、身体を動かすやり方です。

「感じる」とは「脳→身体」という優先順位を逆転させ「身体→脳」とすることを意味します。こうして身体の内面と外界の両方に開き、より多くの情報を得られるよう努めます。そしていま自分が何をしているか、何を感じているか、どんな力が自分に働いているかをつぶさに観察するのです。

システマを世界に広めたヴラディミア・ヴァシリエフはあるインタビューで

「脳の仕事は身体をコントロールすることではない。何が起きているかを感じ、分析することだ」

と話しています。これはまさに「身体→脳」のあり方、言い換えれば受動的な脳の使い方について端的に述べた言葉と言えるでしょう。

でも一体、何をどう感じれば良いのでしょう。そして感じることで何がどう変わるのでしょう。それについて次回以降、解説していきます。

(第1回 了)

 

ロシア直送!システマセミナー最新映像

 

ミカエルとシステマ埼京の藤盛インストラクターによるデモンストレーション。ミカエルは微妙に立ち位置をずらすことで相手をコントロールしている。

 

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–Profile–

北川貴英(Takahide Kitagawa
08年、モスクワにて創始者ミカエル・リャブコより日本人2人目の公式システマインストラクターとして認可。システマ東京クラスや各地のカルチャーセンターなどを中心に年間400コマ以上を担当している。クラスには幼児から高齢者まで幅広く参加。防衛大学課外授業、公立小学校など公的機関での指導実績も有るほか、テレビや雑誌などを通じて広くシステマを紹介している。

著書

「システマ入門(BABジャパン)」、「最強の呼吸法(マガジンハウス)」
「最強のリラックス(マガジンハウス)」
「逆境に強い心のつくり方ーシステマ超入門ー(PHP文庫)」
「人はなぜ突然怒りだすのか?(イースト新書)」
「システマ・ストライク(日貿出版社)」
「システマ・ボディーワーク(BABジャパン)」
「ストレスに負けない最高の呼吸術(エムオンエンタテイメント)」
「システマ・フットワーク」(日貿出版社)

監修

「Dr.クロワッサン 呼吸を変えるとカラダの不調が治る(マガジンハウス)」
「人生は楽しいかい?(夜間飛行)」

DVD

「システマ入門Vol.1,2(BABジャパン)」
「システマブリージング超入門(BABジャパン)」

web site:「システマ東京公式サイト