コ2【kotsu】レポート 武術探求シリーズ02 世界最強の射術・オスマン式弓術を学ぶ(前編)

| 岩淵譲二

不定期連載 武術探求シリーズ。この連載ではライターの岩淵讓二氏が武術マニアが気になりつつもなかなか一息では届かないコアなところをご紹介していく予定だ。

第二回目のテーマは「オスマン式弓術」。

和弓に比べて小型ながらも飛距離・破壊力ともに”世界最強”とも呼ばれるその実力はいかなるものなのか? その魅力を前編・後編の二回にわたりお伝えしたい。

コ2【kotsu】レポート 武術探求シリーズ02

世界最強の射術・オスマン式弓術を学ぶ(前編)

文・写真岩淵譲二
取材協力ユヌス・エムレ・インスティトゥート東京

 

オスマン式弓術を学ぶ(前編)

 

2018年年明け早々、何気なくSNSのタイムラインを眺めていたら、不意に飛び込んできたのが「トルコ公認教室・オスマン式弓術教室」の受講生募集という情報だった。

漠然とトルコの弓は強力らしいということは知っていたが、その実態については何も知らなかった。武術研究として様々な刀剣槍棒などを教わる機会はあったが、弓は近くて遠い存在だった。一方これまで遠い存在だったからこそ「オスマン式弓術」というエキゾチックなパワーワードに惹きつけられ、気がつけば受講を申し込み、第1期生の一人となったのであった…..。

この講座はトルコ公認教室と銘打たれている通り、トルコ共和国の肝入りのプロジェクトとして、今年から世界的な普及推進活動が始まった

トルコでは日本武道のようにオスマン式弓術を伝統トルコ武道として世界に発信、普及させたいという機運が高まっているという。イスタンブールのオクチュラル・ワクフ(トルコアーチェリー財団)を本部として、競技大会の開催、指導者の育成も盛んに行われている。

強力なリーダーシップを発揮してトルコを急成長させたエルドアン大統領の子息であるビラル・エルドアン氏が協会の理事を務めるところからもこのプロジェクトに対するトルコの本気が伝わってくる。

オスマン式弓術を学ぶ(前編)
トルコでは自国の伝統武道として人気のオスマン式弓術。今年から世界へ向けての普及活動が本格的に始まった。

 

普及活動は世界各国に拠点を置きでトルコの言語、歴史、文化、芸術を広めるユヌス・エムレ・インスティトゥートでオスマン式弓術講座を開講し、現在16カ国でオスマン式弓術の稽古が行われている

オスマン式弓術を学ぶ(前編)
オスマン式弓術の本部であるオクチュラル・ワクフの理事を務めるビラル・エルドアン氏(弓を持っている人物)はエルドアン大統領の子息である。

 

コンパクトながら世界最強の座を射止めたトルコ弓

弓は有史以前より人類と共にあった最初期の兵器のひとつである。

人類の進化史と共にあった弓は近世に歩兵銃の性能が向上するまで、長らく槍と共に主力兵器の座を守ってきた。

世界の弓術は伝播した地域、民族によって大きく以下の三種類に分類される。

モンゴリアン型射法(蒙古式)

親指で弦を引き、弓の右側に矢をつがえる。主にモンゴル、中国、朝鮮、日本などの地域で見られる。この方式は騎射に向いており、馬上で弓を取り回しても矢が乱れにくいという利点がある。ほとんどの地域で短弓が採用されているが、日本では例外的に長大な弓を使う。これは日本ではその他の短弓で用いられる動物性素材の入手が困難だったからではないかと言われている。

メディタレニアン型射法(地中海式)

地中海地方保発祥とする主にヨーロッパで見られる射法。人差し指から薬指までの三指を使って弦を引き、矢を弓の左側につがえる。この際ノック(矢筈)は人差し指と中指の間に挟む。代表的なものイギリスのロングボウがあり、アーチェリーの原型となった。

ピンチ型

弓の素人に弦を引かせると自然とこの方式を採ると言われる最も原始的な射法。親指と人差し指でノック(矢筈)摘むように弦を引く。現在でも未文明地域の原住民が狩猟などにこの射法を用いる。上の2型と比べて強い弓を引けないという欠点がある。

モンゴリアン型射法(蒙古式)とメディタレニアン型射法(地中海式)の違い。
蒙古式のオスマン式弓術は馬上が前提なので揺れや傾きに強い特徴を持つ。

 

弓はその有効性を証明するかのように近世までに大帝国を打ち立てた民族の多くが、強力な弓兵を持っていた。中でも突出していたのがモンゴルに代表される、ユーラシア東部から中央部で活躍した遊牧民族である。トルコは地中海に面する国であるが、トルコ民族の始祖は同じくユーラシア東部から中央部で隆盛した突厥であるため、その弓の操法はモンゴル型射法であり騎射がベースとなっている。

世界を代表する三大強弓としてロングボウ、和弓、そしてトルコ弓が挙げられる

ロングボウと和弓はいずれも長弓と呼ばれ長大だが、トルコ弓は短弓と呼ばれ非常にコンパクトである。その小型の弓が世界最強と呼ばれる理由の一つは射程距離にある。

ある実験によるとそれぞれの弓の有効射程距離は以下のようになったという。

  • 和弓 120m
  • 英式ロングボウ 250m
  • トルコ弓 800m

戦争時にはこの射程距離が大きくものをいう。この圧倒的射程距離はオスマン帝国軍がヨーロッパ諸国の軍を打ち破る大きな要因の一つとなった。

他の2種よりトルコ弓が小型であるにもかかわらず強力である理由は素材にある。和弓もロングボウも植物性素材中心で作られたために威力を出すために長大にならざるを得なかったが、携帯性を考慮するとその大きさにも限界があった。

一方トルコ弓は主に松などの針葉樹をベースに、水牛の角、アキレス腱の膠を張り合わせて強度を増す。各パーツの貼り合わせや補強には魚の浮き袋の膠を接着剤として使う。

この植物性素材と動物性素材の組み合わせがコンパクトながら他に類を見ない威力、射程距離を生み出している

制作時は伐採した木材を50年乾燥させ、2年かけて弓に仕上げる。ひとつの弓ができるまでに2世代の弓職人が必要になる。

そのため弓はとても大切に扱わねばならず、必要な時以外は弦を外す。止むを得ず弦を張ったまま置く場合は弓を上、弦を下にして掛ける。

オスマン式弓術を学ぶ(前編)
トルコ弓の弓と矢の各部名称 以後の説明はこの名称に従って説明する。

 

オスマン式弓術を学ぶ(前編)
アーチェリー弓との比較。

いざ練習

さて、講座における練習の流れを紹介したい。練習は段階を追って弓初心者からでも習得できるように指導される。また安全面に関しても十分配慮されているため、強力な兵器を扱っているにもかかわず、非常にアットホームな雰囲気の中で練習が行われるので、初心者や女性でも気軽に参加できるのがこの講座の特徴だ。

準備体操

オスマン式弓術の練習では弓道のような礼法は特にない。また、和弓のように右射ちのみということはなく、練習は左右均等に行い、左右にとらわれずに使う。まずは準備体操から始まる。いわゆる一般的なウォーミングアップだが、その中にオスマン式弓術独自のウォーミングアップがあり、とても興味深いので紹介したい。

両足を腰幅に開き、両つま先を正面に向け、軽く腰を落として立つ。この立ち方はオスマン式弓術の基本姿勢であり、乗馬を意識したものである。武術的に言えば浅い馬歩である。

この姿勢を保ち両腕を真横に開き指先を立て、掌を外に向ける。この状態で前後に大きく旋回させ、肩を回す。次に旋回の円を次第に小さくしながら速度も上げてゆく。最後に両掌を外に押し出すように張る。腕の内部に強い刺激を与えるため、体が固い人にとっては辛いかもしれないが、上下左右への出力の意識、いわゆる十字勁の養成法として非常に優れていると感じさせた

オスマン式弓術を学ぶ(前編)
体験して非常に良い基本功なので弓をやらない人にもぜひお勧めしたい。

 

ゴム射法

準備体操が終わったら、次はゴムを使った射法の練習に入る輪状のゴムを使って基本射法を習得する。ゴムを引いて基本姿勢を作り、引いた手の親指と人差し指を開いてゴムを放ち、姿勢と射法の感覚を掴む20~30回ほど射ったところで左右を入れ替える。これを2〜3セット行なう。
本場トルコの上級者もこの練習を欠かさないという大事な基本である。

ケパーゼを使った練習

ゴムを使った連取の後はケパーゼと呼ばれる練習用の弓で射型をよりしっかり習得していく。この練習では主に弓の持ち方チレ(弦)の引き方を学ぶ。

本弓での練習

いよいよ本弓での練習である。ここではまずジフギルという指輪を親指にはめる。和弓では手袋状の弽を使うが、モンゴリアン型射法を採用する弓術の多くはオスマン式と同様にサムリング(親指用指輪)を用いる。このジフギルは石や金属を使ったものや装飾を施されたものもあり、トルコではオスマン帝国時代を舞台にしたドラマの影響でファッションとしても流行っているという。このジフギルを使って親指と人差し指で矢をつがえる。

矢の番え方を覚えたら、スポンジ矢じりを使って実際に矢を射つ練習を行う。スポンジ矢じりでの射法に慣れてきたところで金属の矢じりで的を射つ練習に進む。

トルコ弓を扱い始めて最初の難関であるチレ(弦)の脱着。動画は習った初日に撮影したもの。
弓を傷めないよう、小まめにチレを外さなければならないが、最初のうちはたどたどしくてむしろ弓を傷めそうになっている。

 

弓未経験者が初めて体験した弓がいきなりオスマン式弓術というのはかなり無理があるのではないかと危惧したが、安全面に配慮した指導の丁寧さ、礼法などの縛りがきつくない雰囲気など、初心者でも安心して入ることができた

一方、弓という兵器の難しさとおもしろさを体験して一気にハマっていった。

後半でではオスマン式弓術の様々な射法を紹介したい。

ギョクハン先生による射法。次回は基本から応用まで様々な射ち方を紹介したい。

(前編 了)


オスマン式弓術第2期生募集開始!

 

第一回目は7月21日土曜日11:00~
参加希望の方は7月20日(金)までに tokyo@yunusemre.or.jp 宛、申し込みを!

☆第2期生募集は7月20日(金)までですが、この記事をを読んだ方は7月末まで受講を受け付けます。その際には「コ2の記事を読みました」と明記してメールしてください。メール受け取り後詳細を送ります。

「たくさんのご参加お待ちしております」(担当:岡部様)

連載を含む記事の更新情報は、メルマガFacebookTwitter(しもあつ@コ2編集部)でお知らせしています。
更新情報やイベント情報などのお知らせもありますので、
ぜひご登録または「いいね!」、フォローをお願いします。

–Profile–

岩淵譲二(Jyoji Iwabuchi
武術研究家。ジャンルにとらわれず好奇心にしたがって研究活動を続ける。
刀禅神楽坂稽古会を主宰。
刀禅稽古会への参加、連絡などはFacebookページ、またはメルアドレスまで
Facebookページ:https://www.facebook.com/touzen.kagurazaka/
メールアドレス:kyabe2otd@gmail.com