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止め、はね、はらい。そのひとつひとつに書き手の身体と心が見える書の世界。しかし、いつしか書は、お習字にすり替わり、美文字を競う「手書きのワープロ」と化してしまった。下手だっていいじゃないか!書家・小熊廣美氏が語る「自分だけの字」を獲得するための、身体から入る書道入門。
「お習字、好きじゃなかった」「お習字、やってこなかった」
「書はもっと違うものだろう」
と気になる方のための、「今から」でいい、身体で考える大人の書道入門!
書の身体、書は身体
第九回「あなたは自分らしい平がなを書いているか」
文●小熊廣美
日本人らしい文字“平がな”
七回目は、下手でもいい書がいっぱいあることをみてきました。
八回目は、書き順には小学校で教わったばかりじゃなく、基本を押さえていれば、一つに決められたものではなく、それは、人間の質(タチ)や性(サガ)にも関係があるだろうし、書き順は決まりではなく、それなり、であるのが、人間的であることをみてきました。
それらの共通した鍵は、その人自身の美意識や環境にも影響されながら、呼吸や動きで文字の姿が変わっていくことではないでしょうか。筆文字の弾力はそれを存分に発揮できる捨てがたいアイテムだと強く感じています。
今回は、日本人の質や性が、日本人らしい文字を獲得していったのか、「平がな」についてあらためてみていきます。
日本語の文章の漢字と平がなの比率はどのくらいなのでしょう。
漠然と七割から八割程度の平がな率と認識して私は今まできました。でも、手で書くのに比べて、キーボード変換で打つ時の方が、漢字率が高くなる傾向があるようです。また、文章も漢字が多いといかめしく、平がなが多いとやさしい印象になるようです。
もう随分前ですが、ある学者の方が、「漢字で書いても平がなで書いても、どちらでもいいような世の中にしたい」というようなことをおっしゃっていたのをよく覚えています。
その先生は企業などに書く「推薦状」の「推薦」の字が肉筆でぱっと書けず、平がなでで「すいせん状」と書きたいが、それは逸脱した行為となってしまう社会の気運があり、「これを変えたい」とおっしゃっていたのを今でも忘れません。というのも私も同じように思うことが多いからです。
私などは変わった字は読めたり書けたりすることが多いのですが、学ぶ時に学ばなかったツケで、常識的な漢字がすぐさま出てこないことがあり、子どもを教えている時でも、ぱっと書けない字が出てきて、よく子どもたちに聞いたりしています。
そう考えると、平がながあってよかったと思います。
平がなは今は四十八文字だけ覚えればいいわけですし、どれもとても少ない画数で単純な字形です。
そうしたこともあり、今は小学校に入ると、まず平がなから学ぶのだと思います。といっても、今は小学校入学前に平がなや簡単な漢字を覚えていたりする子も多く、ここには結果だけみている大人の視点の恐さがひそんでいて、危ういとよく思います。
脱線しますが、小さい子こそ結果を求める前に、持ち方というところに気を置き、書く行為そのものの身体の使い方を見てあげる大人の視点が大事だと思います。子どもを教えていて、字は上手くなっても、一度それなりの型にはまって、クセのありすぎる持ち方を矯正するのはそう簡単ではありません。
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