コ2【kotsu】レポート 武術探求シリーズ02 世界最強の射術・オスマン式弓術を学ぶ(後編)

| 岩淵譲二

不定期連載 武術探求シリーズ。この連載ではライターの岩淵讓二氏が武術マニアが気になりつつもなかなか一息では届かないコアなところをご紹介していく予定だ。

第二回目のテーマは「オスマン式弓術」。

和弓に比べて小型ながらも飛距離・破壊力ともに”世界最強”とも呼ばれるその実力はいかなるものなのか? その魅力を前編・後編の二回にわたりお伝えしたい。

コ2【kotsu】レポート 武術探求シリーズ02

世界最強の射術・オスマン式弓術を学ぶ(後編)

文・写真岩淵譲二
取材協力ユヌス・エムレ・インスティトゥート東京

 

オスマン式弓術02

弓術の熟練者・ケマンケシュを目指して

教室に入会すると会員証をもらえるのだが、その下に「ケマンケシュ・プロジェクト」と書かれている。

「ケマンケシュ」とはオスマン帝国における弓の熟練者に与えられる称号である。つまりこのオスマン式弓術の普及活動は世界中にオスマン式弓術の熟練者を養成する計画であることがわかる。しかしながら、17世紀に書かれた手記によるとケマンケシュへの道は険しいものであることがわかる。

まずは滑車に吊るした重りを引いて腕力の養成から始まる。重りは袋に詰めた石であり、少しずつその重量をアップしていく。40オッカ(1オッカ約1.2kg)のレベルに達したら柔らかい弓を使って矢をつがえずチレ(弦)を引く訓練を行う。現代におけるゴム引きとケパーゼ(練習用弓)の練習に似ているが、当時のケパーゼはチレが鎖でできていたという。この練習は左右の腕で引き、疲れるまで続けたという。この訓練を経た者の中で「鉄の弓」を扱えるまでになった者に「ケマンケシュ」の称号が与えられた。「鉄の弓」は実際には角弓であったという。

ケマンケシュが放つ矢は蹄鉄に穴を開け、ガラスを割ることなく貫いたという。また指に挟んだコインを射抜く精度も持ち合わせていたという。

参考文献:三澤志乃富訳「Ali Ufki Bey の手記」東京外国語大学トルコ語専攻関係 卒業論文・修士論文一覧より

もちろん教室ではここまでのことは要求されることはなく気楽にマイペースで練習できる

だが、非常に強力な兵器を扱うので安全面には細心の注意が払われる。オスマン式弓術を始める際にはこの安全面についてのルールを遵守する誓約書にサインをさせる徹底ぶりだ。

 

弓を射ってみよう!

いよいよ実際の射法に入る。オスマン式弓術には厳しい礼法はないが、非常に強力な兵器を扱うので安全面には細心の注意が払われる。オスマン式弓術を始める際にはこの安全面についてのルールを遵守する誓約書にサインをさせる徹底ぶりだ。

主な安全ルールは以下のようになる。

  • 矢が無い状態でも人に向けて弦を引かない。
  • 矢を射る際に決められた場所以外で矢を番えない。
  • 矢を射る前に、矢が破損していないか、ヒビ等入っていないかを必ず確認する。
  • 矢を番えたのちに本来の的から別のものに標的を変えない
  • 矢を射ることを中止した場合、どのような事情があっても番えた矢を弦から外さずに場所を移動しない。
  • 数人で矢を射る際、すべてのものが射り終え合図があるまで、的に矢を回収に行かない。回収の際は射手全員で矢を回収する。

オスマン式弓術には騎乗や実戦を想定した様々な射形があるが、まずは基本姿勢を反復して基礎を身につける。フォームを身につけたら射的場で実際に矢を射る練習に進む。射的場では指導者のトルコ語への掛け声に合わせて練習する

「アテシ セルベス!=矢をつがえろ!」この声がかかったら各自与えられているオク(矢)を射つ。細かな作法はないため、慣れているものはかなり早く射ち終わってしまうが、一緒に射っている者が終わるまでは勝手に行動してはならない。

全員が終わった後に「オク トプラ!=矢を拾え!」の声が掛かったら、各自自分が射ったオクを拾い集める。その際その際弓は肩にかけるが、チレ(弦)が肩甲骨に引っかかるようにする。弓を前にするのはチレが外れた際に顔面を打つなどして怪我をしないための予防である。

オスマン式弓術は軍用弓術なので、その際に使っていた掛け声も残っている。

指揮者が「ガザーニヤ!=全力で戦え!」と号令を掛けたら射手は「ヤー ハク!=神に誓います!」と叫ぶながら射つという勇ましいものだが、実際の練習ではあまり使わない。

基本的な射撃姿勢は以下のようになる。

 

オスマン式弓術02

 

オスマン式弓術02

オスマン式弓術02

オスマン式弓術 基本射法

基本姿勢を用いての最も一般的な射法である。浅い馬歩で立ち、和弓のようにつま先を開かない。これは普段から騎馬を意識しているからである。左右どちらで射ってもよい。

 

オスマン式弓術 振り返り射ち

的に向かって背を向けるように立ち、振り返りながら射つ。これは単に背面に射つというだけでなく騎馬で追ってくる敵を射つ射法でもある。決して消極的なものではなく、わざと後退を装い敵を引きつけてこの射法で殲滅した。かつてのオスマン帝国軍の得意とする戦術のひとつであったという。

 

オスマン式弓術02
当時の絵画にもこの射法が描かれている。

 

この戦法はオスマン軍だけでなく、スキタイ、匈奴、モンゴル帝国など遊牧民族系の弓騎兵が共通して得意とした。ローマ時代にパルティア軍がこの戦法を効果的に使用していたことから、ヨーロッパではパルティアンショットと呼ばれ恐れられた

 

オスマン式弓術 座り射ち

片膝立ちでの射法である。弓は前膝の内側に位置する。この射法も振り返って射つことができる。

 

オスマン式弓術 避け射ち

敵の矢を避けるためにしゃがみながら射つ射法である。前に踏み込むパターンと後ろに下がるパターンがある。座り射ちと異なり弓は前膝の外側に位置する。

 

オスマン式弓術 被り射ち

弓を頭上に被るように構える射法である。変則的に見えるが、これは騎馬で近接された際に用いる射法である。接近されると通常の方法ではチレを引ききれないためこの射法を用いる。的を狙う際は前方を射つが、実際は馬上から下方を狙う。

 

オスマン式弓術02
実際は馬の上から近接した敵を射つためこのように下方を狙う。試してみるとわかるが、通常の引き方では下方の近い的に対しては引ききることができない。この一件変則的な射法が必要から生まれたものである事がわかる。

 

オスマン式弓術 足射ち

戦場で片腕が負傷などで使えなくなったときに用いる射法。足裏にカブザ(弓の握り部分)を掛け、足を伸ばした状態でチレを引く。

 

当てるコツは百歩神拳か!?
オスマン式弓術第1期生を体験して

オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』は名著であるが、あんな悠長なことはやっていられない。3ヶ月12回でそこそこできるようにならなければならないからだ。などと、堅く考える必要はまったくない。ゆるい雰囲気ながらも的確な指導を受けながら練習するので気がつけばみんなそこそこ射てるようになるからだ。

とはいうものの、最初はなかなか苦労した。おそらくこれまで経験した中で最も入り口の難易度が高い兵器と言ってもいいだろう。刀槍も正式に扱おうとすれば師に付いて学ばなければならないが、素人でも振り回して殺傷させることはできるが、弓の場合は正式習わなければ弦を引くこともできない(矢を持って刺せばいいじゃんというのは別として)。素人に引かせると自然とピンチ式になると言われているが、実際のところ弦そのものを引くのは痛くて、その方式になるのは自然なことだ。しかし後にあえてピンチ式で引いてみたが、しっかり引ききるのは難しい。未だにこの方式で狩猟する原住民の引きが浅いのは必然なのかもしれない。

その独特の難しさと相反して、この教室はとても楽しく殺伐感はゼロ。女性も多く、隣では語学教室などもやっているので、カルチャースクール感覚で学ぶことができる。

オスマン式弓術というものを理解するために歴史やトルコ語の座学もあり、これもまた非常に勉強になった。そんなこんなで気がつけば矢が的に当たらないながらも飛ぶようになり、終盤ではそれなりに的に当たるようになった。最初に書いたように気がつけばそこそこ射てるようになる教室なのだ。

さて、流儀は違えどやはり和弓、アーチェリー経験者はやはりみな上手い。彼ら経験者の射形を観察していると、肩甲骨を寄せて引くのがうまい。上から下ろすように引く人も下から上げるように引く人も引き始めを頂点とする二等辺三角形の斜辺をレールにして沿うように綺麗に引いていた。重い弓を引くためにはやはりパワーがいるが、まずは良い形が重要であることを最初に学んだ

頭ではそう理解し、引いている最中に胸を張り肩甲骨を寄せるように注意されたものの、長年染み付いた含胸抜背の影響で上手く胸を張ることができない。加えて肘を上げ気味に引くため、沈肩墜肘も使えない(これはのちに発想を変える事で使えるようになった)。そこで、どうせならと刀禅式に下に通すよう引いたところあっさり引くことができた。使うパーツはともかくとりあえず正しいフォームで引くことができるようになった。

引けるようになったからといって当たるわけではない。あまりの当たらなさに自主練のためにとうとうマイ弓を買ってしまった。朝の自主練に弓引きを加えたりもしたのだが、それでもなかなか当たらない。

これが劇的に変化したのは二つのアドバイスをもらったことがきっかけだった。ひとつは狙いの付け方である。アーチェリーのような照準器もないため、狙いの付け方がよくわからなかったのだが、シンプルに弓を持つ拳を当てたいところに向ければいいという。

もうひとつは弓を持つ側の腕が矢を放つ時に力が抜けているのでしっかり抑えるようにというものである。

この二つのアドバイスを組み合わせて閃いたのが「百歩神拳」である。一般的に気など得体の知れないエネルギーを飛ばして離れた相手を飛ばす波動拳的な技とされているが、かつてある人に教えてもらった百歩神拳は袖箭(しゅうせん)のような飛び道具系の暗器だった。拳や掌を目標にかざし、短打を放つことで仕込んだ矢が飛んでいくというものである。

その話の事実関係はともかく、弓を持つ腕を意識し、拳で的を捉え、矢を放つ際に狙った的の奥を突くつもりで発力して射ってみたところ、初めて確信的に命中させることができた。これまでも時々的に当てることはできていたが偶然性が高く、はっきり意識して当てることができたのはこの時が初めてだった。これ以来かなりの確率で的に当てられるようになった(と言ってもど真ん中を射ち抜くほどの精度はまだない)。

やっと当てられるようになったわけだが、この時は既に終了試験も終わった後だったので、トルコに送られたとされる成績表は散々なものであったはずだ。

そういうわけでオスマン式弓術の第1期生としての練習を終了した。修了式には修了証をもらえるのだが、これがトルコ語でなかなかかっこいい

オスマン式弓術02

 

当初は12回で後腐れなく終われるなんて最高!と若干邪な考えを持って参加したのだが、すっかりハマってしまったので第2期にも参加してより技量を高めたいと思っている。

異文化に触れつつ、世界最強の弓術をユルい雰囲気で習えるこの教室は武術としてもカルチャーとしても絶対にオススメである。

ちなみにこの教室ではトルコ紅茶が飲み放題なのだが、これがめちゃくちゃ美味い。行くたびに何杯も飲んでしまう。人生でこれほど紅茶を飲みまくったのはこれが初めてだ。

 (後編 了)


オスマン式弓術第2期生募集開始!

 

第一回目は7月21日土曜日11:00~
参加希望の方は7月20日(金)までに tokyo@yunusemre.or.jp 宛、申し込みを!

☆第2期生募集は7月20日(金)までですが、この記事をを読んだ方は7月末まで受講を受け付けます。その際には「コ2の記事を読みました」と明記してメールしてください。メール受け取り後詳細を送ります。

「たくさんのご参加お待ちしております」(担当:岡部様)

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–Profile–

岩淵譲二(Jyoji Iwabuchi
武術研究家。ジャンルにとらわれず好奇心にしたがって研究活動を続ける。
刀禅神楽坂稽古会を主宰。
刀禅稽古会への参加、連絡などはFacebookページ、またはメルアドレスまで
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