実践、超護身術 第三十三回 直接護身のリスク04

| 葛西真彦
introduction

武術の根幹と言えば身を護ることにある。法治国家である現在の日本においてもそれは同じだ。時として、理不尽な要求や暴力から自分や大事な人の身を護るためには、決然と行動を起こす必要があるだろう。しかし、そうした行為もまた、法で許されている範囲の中で行わなければ、あなた自身が法に裁かれることになる恐れがあるのも事実だ。

では果たしてどのような護身が有効なのか?

本連載では元刑事であり、推手の世界的な選手でもある葛西真彦氏に、現代日本を生きる中で、本当に知っておくべき護身術を紹介して頂く。

元刑事の武術家が教える、本当に役に立つ術

実践、超護身術

第三十三回 直接護身のリスク04

葛西真彦

 

相手を制圧するリスク

トラブルの際に逃げる・離脱は選択肢の一つであり、有効ですが、やはりこれだけを想定しているのも危険です。

どうしても逃げられない場面は当然あり、相手を倒す技術も使う使わないは別として、もちろん備えてなくてはならず、その上で選択肢の一つとしてこのような離脱系の技術があれば、よりリスクを回避して警察が来るまで時間を稼げるということです。

相手を倒す技術について少し触れますと、理想形は相手を怪我させずに転ばす、投げ、そこから相手をうつ伏せにして抑え技につなげ、身動きが取れないようにする、となります。しかし警察官でも時に加減を忘れて、相手に大怪我をさせる、死なせてしまうといった事案は、過去に何件もあります

ネットで「警察官 制圧 死亡」などで検索するとちらほらと出てきますが、こうしたことはなぜ起きるのでしょう? ”警察官個人が問題のある性格だったんじゃないか?”と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、ほとんどの場合そうではありません。

道を聞くふりをして、油断したところを一気に仕掛けて初動を制してきたり、相手が刃物を持っていたり、薬物や精神錯乱等の影響で、手加減をして対処ができないような、あり得ない力で抵抗したり、刃物を落としても、予備の武器を出そうとしたり、噛みついてきたり、ネクタイなどで首を絞められたり、目を引っかかれて見えなくなっていたり……と、現場の当事者にしか分からない危険に対する脅威と、その影響のなかで結果として悲劇が起きることも少なからずあるのです。

 

護身は想定できない

少しお話しが脱線しますが、最近の世間をゆるがした凶悪な事件を見て、一部のネットで、

「このときこうすればよかったんじゃないか」
「俺だったらこういう技術があるからこうは絶対ならない」
「あの警察官は訓練が足りないからやられた。自分たちの技術を使ってればこんなことにはならない」

など、死者の尊厳を踏みにじるかのように好き勝手なことを言っていた人も見ましたが、これは私の考えるシミュレーションとは全く違います。実際に生き死にの恐怖体験をしたこともなく、安全なポジションから悲惨な被害者がいる事件についてものを言うことは、まず人として厳に慎まなければいけません

また事後の情報を冷静な精神状態で分析した気になって「ああ来たらこうする」的な訓練の成功体験をもとに「自分なら絶対に身を守れる」と錯覚しているうちに、自分の実力が分からなくなり、現場とはかけ離れた環境設定や視点で考えたり物を考える癖がついてしまいがちです。

時折、「事件を再現して実際に検証した結果、自分は解決できる」と言う人もいますが、どんなにリアルに検証しても、そこには事件の突発性や自分が油断した状態、無防備で不意を打たれた状態という要素を再現することは不可能です。さらに言えば、本気で殺そうとする人間の驚異的でがむしゃらな攻撃力と殺意を、訓練の中で体現することも難しいと思います。

本当に自分が油断、不意を打たれた状態で瞬時に何ができるか、このことをよく理解、実際に体験した経験と、その意識がなければならず、ここが護身というテーマが持つ根源的な難しさだと言えます。

護身をより真剣に考えるのであれば、何か大きな事件が起きたとき、「俺だったら大丈夫」といった安易な考え方や発言は慎むべきであり、そうした態度は根拠のない自信、過信に陥る原因となります。

この連載で何度も触れてきたことですが、実際に自分が不意を打たれて突然に不当な暴力に巻き込まれたり、殺されかけたときは、冷静に物を言ったり考えることのできる世界とは別次元です。

いざという時に備えることは大事ですが、半端に備えたり、現実とかけ離れた経験や訓練だけで根拠のない自信を持ってしまうことが、結果として危険の大きな要因になると私は思うのです。

繰り返しになりますが、本気で殺しに掛かってくる人間に不意を打たれるというのは、想像を絶する恐怖です。相手が笑顔で話しかけてきたり、後ろからや寝ていたり酔っぱらっていたりなど、気を抜いて油断しているところから始まるのですから。

葛西先生連載33イメージ

 

なぜ制圧死は起きるのか?

話を戻します。また、制圧に関連した事故のもう一つの要因として警察のマニュアルにある制圧法があります。

この制圧法は、相手をうつ伏せにしつつ、腕をとり肩関節を極めながら、自分の膝を相手の背中に乗せて体重をかけて抑え込み、身動きと呼吸ができない状態を作ってから、手錠をかけるというものです。世界的にもオーソドックスな方法ですが、これを仕掛けたとき、相手によっては死なせてしまう可能性があるのです。

私はこの制圧方法の有効性は認めつつも、相手を選んで行わないと死なせてしまう可能性があり、実際、過去に何度もそういった悲劇を生んでいる事を知っているので、現場に応じて違う技で犯人の負担を最小限にしつつ手錠をかけるようにしていました。

もちろん、犯人も必死ですので、実際には難しいこともあり、時には強行な手段で対処することもありました。ただ、相手に応じてという原則は守ったこともあってか、幸いなことに、私はそうした悲劇を起こさずに済みました。

警察官が一般に使うこの制圧方法の一番危険な点は、例えば相手が酔っ払っている場合、こうした方法で押さえると、それが原因で吐しゃ物が喉に詰まり呼吸困難に陥る可能性もあります。また薬物乱用者の場合も制圧の際に突然、呼吸困難になったり、それ以外にも身体にどんな反応が起きるか分かりません。

そうした理由から相手によっては仕掛けるのに危険度が高い技といえるのですが、警察官にとっては基本として習っている技術のひとつであり、一度身に染みついてしまうと、現場での危険度によっては、思わず条件反射で咄嗟にかけてしまうことになります。

私は現在、この問題点を解決するために手錠だけに頼らず「ヒモ」を使った方法の研究を続けています。時代劇などでもお馴染みのヒモをもって、全力で抵抗する相手をうつ伏せにして相手を捕縛することは非常に難しく、かなりの経験と技術が必要です

ですが、それだけに相手の動きに応じて行う技術が養え、その結果、相手にも自分にもダメージが少なく捕縛する技が出来、現在では相手が全力で抵抗してもヒモで制圧する方法論がある程度完成しました

もちろん現役時代の現場では、ヒモではなく手錠をかけていましたが、引退した現在、このヒモを用いた制圧技術を、最悪(関節護身的な理想から言えば)に対する備えのひとつとして、提唱していこうと思っています。

理由は民間人が現行犯逮捕して、警察官が来るまで相手が逃げないように、また本気の抵抗を抑止するには、色々なことができないといけないと考えたからです。

治安が安定した中で、警察に引き渡すまで素直に応じて静かに待つ被疑者のようなタイプであればいいのですが、例えば震災等で混乱している中で、混乱に乗じて何か良からぬことをしている人間を捕まえた場合はどうでしょうか。警察に通報したくても電話がつながらない可能性もありますし、警察に通報できたとしても混乱のせいで臨場まで相当時間が掛かる場合もあるわけです。

一端は抵抗を諦めた犯人も、時が経つにつれ体力も回復し、再び全力で抵抗または逃走しようとするケースを考えれば、やむを得ず拘束せざるを得ない可能性も出てくるわけです。

もちろん、これはかなり特殊なケースで、通常相手をヒモで拘束する必要はありません。ただ、技術として習得しておくと、いざという際にも相手に対して余裕を持って制圧する技術のスキルにつながり、ヒモで縛る前段までの通常の制圧行為のレベルアップし、相手に応じて加減をしつつ対処する余裕も出来ます。

また、これができるレベルに達していると、いわゆる最高裁判例にある「社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力行使」という、裁判官が納得するような必要最小限の行為で制圧する技術もできることにつながります

間接護身の本旨は、こうした場面にならないように行動することであり、それはくり返し書いてきたとおりです。

その上で、全ての状況をコントロールできない事実を踏まえて、最悪の状況を想定して備えと訓練をし(これは警察的な考え方ですが)色々な角度から最悪を想定して備えておくことで、自分のスキルが上がることにもつながります。その点においては、私の言う間接護身は直接護身とその後を含めた、ロングスパンの護身哲学であると言えるでしょう

ただだからといって闇雲に、最悪を前提にした極端に高度なことや対処法だけを特化して練習していても、現実から離れてしまいます。

自分の実力を踏まえつつ実際に実現できることを知っておくことで、いざという時に悲劇を防ぐことが出来るかも知れません。その為には日常の意識を変える必要があり、普段から訓練や勉強でもそれを肝に銘じておくべきでしょう。

今回は、直接護身の法的なリスクから、助けの呼び方、直接護身的な要素まで、様々に書いてきましたが、書けば書くほどに要素と責任が複雑に入り組んでいるため、この辺りにのことについては、改めて整理して書いてみたいと思います。

ただ、その場を離脱する技術においても、相手も自分も怪我なく法的な紛議もなく回避することが重要なのは間違いありません。

また、どうしてもその場を離脱できない、助けも呼ぶことができないといった場合に必要な、武器の心得や、それを実際に相手に対して躊躇なく使える智慧と技術、そして覚悟もまた、護身を考える上で避けては通れない要素であることを忘れてはいけません。

(第三十三回 了)

 


【イベント情報】

間接護身の著者・葛西真彦先生直接指導

2018年8月度
競技推手連続セミナー&強化合宿&特練
in 大阪・岡山・香川のお知らせ

本連載の著者・葛西真彦先生が直接指導する競技推手セミナーが8月月25日(土)から9月1日(土)まで、岡山・大阪・香川で開催されます。

講座では競技推手のノウハウはもちろん、推手の技術を応用した”孫の手”を用いた技法なども紹介される予定ですので、競技でなくても推手の技術に興味がある方はこの機会に触れてみてはいかがでしょうか。

詳しくはこちらをご覧ください。

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–Profile–

葛西真彦(Masahiko Kasai
1977年10月26日生まれ青森県出身。某県において、知能犯係を中心に約11年勤務。詐欺罪等を中心に取り締まり担当の刑事として勤務し、覚せい剤や暴力団等の組織犯罪対策業務も並行して経験。
危険な現場も多く、培った武術武道の技術がどうすれば現場で通じるか、そのことをひたすらに研究し、現場での実戦と訓練のずれをまとめながら、さまざまなランダム性が生じる中で使える武器術を追求。特に対刃物に特化した警棒と杖の使い方に習熟し、学んだ技術を独自に昇華し、現在中国武術との融合を兼ねながら、さらなる研究を続けている。
昇任し、刑事人生これからというときに大病を患い、意識混濁と発作を起こして倒れるようになり、刑事としての勤務することどころか日常生活すら厳しい状況となり、しかも西洋医学では完治は難しいとさじを投げられたため、早期退職して台湾にて中医の治療を受ける。
約1年間ほど養生した結果、発作を起こして倒れるような症状がなくなったため、リハビリもかねて台湾の武芸に励む。
武術歴は30年近くになり、幼少から様々な武道、武術を学んできたが、現在は台湾で武器を使った競技格闘技を指導しながら、太極拳、詠春拳、八極拳の修行に明け暮れる。
また、日本人では初の中華民国八極拳協会の教練試験に合格し、認定を受ける。現在は競技推手教練であり、最重量級においての競技推手世界一を目指している。
日々休みなく、体が壊れる限界ギリギリまで自分を追い詰め、仕事をしながらも、毎日1日8時間以上の稽古を設定して、修行に臨んでいる。
現在は、世界大会3位、国際大会1位、全国大会1位の実績を持ち、台湾および世界中の人間が集まるハイレベルな競技推手の大会に足跡を残した、唯一の日本人である。
台湾ではこれまでの経験をまとめた、心理学と人相学と筆跡で人を読む本と、護身術の本を出版しており、今後は日本でも同様に護身術や武術、読心術関連の執筆や講演と、競技推手、競技武器術の普及活動に力を注ごうと準備中である。

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