連載 セルフタッチング入門 第1回 「セルフタッチング」とは?

| 中川れい子

中川れい子さん(NPO法人タッチケア支援センター 代表理事)の新連載が始まります。

人との距離の取り方に敏感にならざるを得ない今、マスクを着けて一歩外に出ればからだがギュッと緊張し、なかなか疲れがとれない日々を過ごす方も多いのではないでしょうか。

中川さんは、「わたしに触れる『セルフタッチング』は、こうした時代にこそ、心地よい自分に立ち返るための有効な方法です」といいます。

ではそもそも「触れる」ことには、どのような意味があるのでしょうか?
第1回では、過去の歴史をひもときながら、「触れる」ことの大切さについてお話しします。

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わたしに触れる、コロナ時代のタッチケア

セルフタッチング入門

 

第1回 「セルフタッチング」とは?

中川れい子

 

なぜ今「セルフタッチング」なの?

はじめまして。中川れい子と申します。2011年5月に活動をはじめた「NPO法人タッチケア支援センター」の代表理事として、またエサレン®ボディワーク認定プラクティショナーとして、「触れる」ことを通じて、みなさんが本来のご自身に立ち返ることができるような、タッチケアを伝える仕事をしています。

これまで、ふだんの施術や講座では、家族間(親子、夫婦、高齢の親の介護、看取りなど)や、対人援助(産前産後のケア、災害支援など)といった、「わたし以外の方に触れるタッチケア」を中心にお伝えしてきました。こうした家族や他者へのタッチケアの例については、本連載の折々でご紹介する機会もあると思います。

ですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下「新型コロナ」)の問題が広がる現代社会では、どうしても、人が人に触れていくケアやトリートメント、ボディワークに抵抗を感じる方もいらっしゃいます。

実際には、マスクや手洗い、換気などの感染症対策を注意深くとることで、コロナ禍のなかでも人と触れあうことは、決して不可能ではありません。「接触感染(Contact Infection)」という言葉のイメージから喚起される「触れると感染する」「触れてはいけない」という思い込みは、ミスリードを招きかねないと感じています。
本連載を通して、こうした誤解も解きほぐしていければと思います。

本連載では「わたしに触れる=セルフタッチング」を中心に、お伝えしていきます。それは「今は、人と触れあうのが難しい時代だから……」という消極的な意味ではなく、“withコロナ時代”とも呼ばれる今だからこそ、「セルフタッチングがポジティブな意味をもつ」ことをお伝えしていきたいのです。

というのも、これまで情報過多で、めまぐるしく変化してきた“外側の世界”だけに向きがちだった意識のベクトルを、じっくりと“自分自身へ”と向けていく、大きなチャンスでもあるからです。

わたしのからだ、
 わたしの感覚、
 そして癒しの主体であるわたし自身。

この「一人称のからだ」への回帰が、今の時代を乗り越えるための大きなヒントとなり得るのです。

 

「セルフタッチング」の効果とは

「わたしに触れる=セルフタッチング」で大切なことは、「わたし以外=他者に触れるタッチケア」の場合と、実はほぼ同じです。

もともとこのセルフタッチングの手法は、わたしのクラスに参加された、タッチケアやボディワークの生徒さんたちに「柔らかで、やさしい手の質感」を育む練習として、紹介したのが始まりでした。

まずご自身の手で、自分のからだに触れることで、「触れること」に慣れるための練習のつもりが、いつのまにか、自分自身を癒すセルフケアとしての役割をもち始めたのです。

現在では、うつの回復期にある方の就労支援センター、発達障害の方の地域活動支援センター、がん患者会、慢性疼痛の会、依存症の会など、セルフタッチングのみで、タッチケアをご案内する機会も増えてきました。

セルフタッチングがもたらす効果は、人によって様々です。暖かさを感じたり、眠くなったり、あるいは頭がスッキリしたり、からだが軽くなったり。

セルフタッチングで大切なことは、

  • 安全な空間
  • 楽な姿勢
  • 呼吸への注目
  • ゆっくりとした動き
  • 触れている感覚をよく味わう

そして、力を抜いた柔らかな手のひらで、ご自身のからだに触れてみること。
“柔らかい”“暖かい”といった、素直でシンプルな感覚から始めてみてもよいでしょう。
正しい手順にとらわれず、ゆっくりと、あるがままに、からだと対話するように触れていくのがコツなのです。

トラウマイメージ
Image: Pexels

 

「セルフタッチング」が与えてくれるもの

わたしは、セルフタッチングによりもたらされるものとして、以下の7つの項目があると考えています(これを 『セルフタッチングが開く7つの扉』と呼んでいます)。

  1. セーフティ(Safety):(他人に触わられないので)もっとも非侵襲的で、安心・安全を感じられる
  2. マインドフルネス(Mindfulness):触れる/触れられる感覚に意識を向けることで、ごく自然と「今・ここ」へと誘われる
  3. リラクセーション(Relaxation): 皮膚へのやさしい刺激が、脳・神経系に作用し、自律神経系の調整を促す
  4. ソマティクス(Somatics):自分自身の内側への気づきを高め、一人称(わたし)のからだを体感する
  5. セルフ・コンパッション(Self Compassion):ごく自然と、自分を慈しみ・大切にする気持ちが育まれる
  6. インテグレーション(Integration):全身をつなげるように触れることで、からだ全体の統合が促される
  7. コヒーレンス(Coherence):呼吸や心拍など、からだの内側の様々な”ゆらぎ”が共鳴しあって、心身の調和をもたらす

こうしたことが複合的に作用して、ほかのだれでもない「実存としてのわたし」と出会い、結果的に不安や痛み、ストレスや脳疲労が緩和されたり、自己尊重感や意欲の向上ももたらされます。

このような、セルフタッチングの様々な側面を、本連載を通じてお伝えできればと思っています(実際にどのようなワークがあるかは、中盤以降で紹介する予定です)。

 

パンデミック対策に「触れあわない」歴史は繰り返す

現在、新型コロナの影響で「人と人とが会わない」「触れあわない」ことがよしとされ、いわゆる「タッチレス」の方向へとさらに加速しつつあります。
実はそれ以前から、現代社会とタッチレスの問題は根深くあるのですが、それは連載第2回で掘り下げていきたいと思います。ここではまず、歴史を少し振り返ってみましょう。

約100年前にも、わたしたち人類を震撼させた、世界的パンデミックがありました。ご存じの方も多いと思いますが、あの「スペイン風邪」です。
初の世界大戦である第一次世界大戦(1914 – 18)後半の時期と重なります。もともとはアメリカでおきた新型のインフルエンザが、戦争によって大勢の兵士が移動し、ヨーロッパ、さらに世界中に広がったことが原因だとされています。推定死者数は、1700~5000万人。これは、第一次世界大戦の戦死者数に匹敵します。

感染症はこれまで、幾度となく人類に襲いかかりましたが、このスペイン風邪の流行は、産業革命後に都市部が過密化したこと、そして戦争による人の大移動により感染が拡大したことにあります(グローバリズムが広がった、現代の状況と似ていますよね)。
さらにこの時代は、感染症の原因が細菌やウイルスであり、人から人へと感染が伝播することが、科学的に明らかになろうとしていた時期でもありました。

そのため感染症対策として重要視されたことは、「人と人との距離をとること」「あまり触れあわないこと」「患者の隔離」、さらに「消毒・除菌」にはじまる潔癖なまでの衛生観念。今回のコロナ禍でも高らかに叫ばれた「ソーシャル・ディスタンス」も、100年前のパンデミックの際にとられた具体的な感染症対策のひとつでした。

このことは、当時の育児法にも大きな影響を与えました。100年前の乳幼児の生存率は現代に比べて相当に低かったのですが、その原因のほとんどが、衛生状態の不備と、感染症によるものと考えられたのです。
そこで育児の際に「母親が子どもに触れすぎるのはよくない」という風潮が、医学的指導として広まりました。

「お母さんは、赤ちゃんにお乳をあげるだけにして、なるべく赤ちゃんには触れないようにして育てましょう。抱っこして甘やかすこともよくありません。子どもは親とは離して、一人で部屋に寝るようにさせなさい」。
こうして、人の手であまり触れられない育児法のもと、子どもたちは成長していくこととなりました。

 

ほんとうに触れなくていいのか?〜学者たちの苦闘の研究

こうした科学界・医学界の風潮に疑問を感じた学者たちも当然いました。
そのなかの一人、アメリカの心理学者であるハリー・ハーロウ(Harry Harlow,1905 – 81)は、ウィスコンシン大学で教鞭をとっていた1930年頃、赤毛ザルの母子による実験を始めました。
一番有名なものは、赤毛ザルの赤ちゃんをわざと母親から引き離し、その赤ちゃんに

  • 哺乳瓶をつけた、固い針金製の母親人形
  • 哺乳瓶はないが、柔らかな肌ざわりの布製の母親人形

の2体が設置された部屋に入れる実験です。

その結果、赤ちゃんザルが最終的に選択したのは後者、柔らかな肌ざわりの母親人形でした。母ザルとむりやり引き離された赤ちゃんザルは、柔らかい布に必死にしがみついたといいます。
赤ちゃんザルが母親に求めていたものは、お腹を満たすための授乳以上に、柔らかな布にしがみつくという、皮膚感覚(タッチ、触れあうこと)への欲求でした。このことが、ハーロウの実験で明らかになったのです。

ハーロウはこれ以外にも、様々なサルの実験を行っていますが、時にはあまりにも残酷なものもありました。当時、動物愛護協会はこれを動物虐待であると批判しましたが、ハーロウは人間の子供たちに「触れる」「抱きしめられる」という愛の必要性を数値で明らかにするために実験を続けていったといいます。

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こうした彼の研究は『愛を科学で測った男―異端の心理学者 ハリー・ハーロウとサル実験の真実』(デボラ・ブラム著、白揚社)に詳しく記されています。

この伝記本のなかで興味深かったのは、ハーロウが実験をはじめたウィコンシン大学心理学科の修士課程に、若き日のエイブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow, 1908 – 1970)が入学し、彼の実験の助手としてかかわっていたことです。
マズローは後に「人間性回復運動(ヒューマン・ポテンシャル運動)」で有名なエサレン研究所の草創期にも大きくかかわるなど、人間性心理学という独自の心理学分野を立ち上げています。

私自身の施術のバックボーンがエサレン研究所で開発されたエサレン®ボディワークなので、このことには引き付けられました(エサレン®ボディワークについても、この連載の中でお話ししたいと思います)。

もう一人、異論を唱えた学者を紹介しましょう。イギリスの精神科医、ジョン・ボウルビー(John Bowlby, 1907 – 1990)です。彼は、第二次世界大戦後のイタリアの孤児院・乳児院の子どもたちについて、健康や心身の発達状態と、罹患率・死亡率についての調査を行いました。

そして、新生児が母親から引き離される「分離」が、のちの子どもたちの発達の遅れや、免疫力の低下に大きな影響を及ぼすことを提唱しました。彼の報告は、WHO(世界保健機構)にも影響を与え、後に彼の理論は「愛着理論(Attachment Theory)」として、次世代の心理学界に影響を与えたのです。

 

現代という「タッチレス時代」をどう生きるか

こうした科学者たちの研究によって、子どもたちの身体や情緒を健康に育むには、食事・栄養・衛生面の管理だけではなく、柔らかな感触・触れあい・母子(親子)の絆が大切な要素であることが理解されるようになり、触れずに育てる育児法が見直されるきっかけとなりました。
近年では、子どもの自立性を育むには、“添い寝をしない”“泣いても抱っこしない”という育児法が広がった時期もありましたが(1946年に初版が刊行された『スポック博士の育児書』が有名です)、医療・教育・人類学など、様々な方面からの研究者によって、こうした風潮に異論が唱えられるようになりました。

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さらに最近では、脳・神経科学が飛躍的に発達しました。そして、“愛情ホルモン”、“信頼ホルモン”、“幸せホルモン”とも呼ばれる「オキシトシン」など内分泌系の研究も知られるようになり、子どもに限らずわたしたち人類の“こころ”と“からだ”は、やさしいタッチの感触を求めていることも明らかになりつつあります(これを、わたしが代表を務めるタッチケア支援センターでは「こころにやさしいタッチケア」と呼んでいます)。

タッチケアのもっとも重要なポイントは、触れる/触れられることで、個々人がかけがえのない「体験(Experience)そのもの」を得ていく、ということなのですが、ここにきて世界を襲ったのが、新型コロナウイルス感染症というパンデミック。
たとえ注意深く感染症対策をとったとしても、どうしても触れあう体験は減ってしまうことになりそうです。

しかもそれ以前に、わたしたちの社会は、デジタル技術の革新によって、触れあわなくてもつながれてしまう、オンライン社会がすでに到来しています。そこにこのパンデミックが追い風となり、さらにタッチレス時代の流れに拍車がかかる…。

ではこうしたタッチレス時代の激流のなか、わたしたちはどのように生きていけばいいのでしょう?

この問いかけと共に、「セルフタッチング」の旅をご一緒に始めていきましょう。

 

(第1回 了)

 

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–Profile–

中川 れい子(Reiko Nakagawa

NPO法人タッチケア支援センター 代表理事、<身(み)>の医療研究会理事、こころとからだのセラピールーム amana space 代表。

兵庫県生まれ。関西学院大学文学部卒業後、塾・予備校等の教育産業に従事(主に大学受験の日本史を担当)。1995年の阪神淡路大震災で被災後、現地ボランティアとして被災の現場にあたる中、からだを通してのこころのケアと癒しの必要性を痛感し、1998年よりボディワーク、ボディサイコセラピー、ソマティクス、カウンセリング、カラーセラピー、各種ヒーリング等を学び始める。1999年に、日本で最初に開催されたエサレン®ボディワーク認定コースに参加。その後、認定プラクティショナーとして関西の自宅で開業。ひたすらにセッションを積み重ねる中、非侵襲的な、ソマティクス・ベースの“タッチ”の癒しの可能性を痛感し、2011年に、NPO法人タッチケア支援センターを設立。「やさしくふれると世界はかわる」をテーマに、タッチケアの普及・教育・研究・ボランティア活動を開始し、家族間ケアや、看護・介護等の対人援助に活用できる「こころにやさしいタッチケア」を講座を開講。並行して、エサレン®ボディワークや、ローゼン・メソッド、米国ホスピタル・ベイスド・マッサージの公認講師を日本に招き、講座のオーガナイズもおこなう。

現在は、修了生と共に高齢者施設・がん患者会・緩和ケア病棟・産科病棟等での施術活動や、うつ病の回復期の方の就労支援センターや発達障害の方の地域支援センター等で、セルフタッチングのワークショップを開催。また、各種教育機関や福祉施設での出張講座も請け負う。エサレン®ボディワークを中心とする個人セッションも継続中。

website:NPO法人タッチケア支援センター(http://touchcaresupport.com)
website:こころとからだのセラピールーム amana space(http://www.amanaspace.com/about_amanaspace.html)