瞬撃手が解く、沖縄空手「基本の解明」 第四回 「正拳に関する考察」

| 横山和正

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数年前から急速に注目を集めた沖縄空手。現在では本土でも沖縄で空手を学んだ先生も数多く活躍するとともに、そこに学ぶ熱心な生徒も集まり、秘密の空手という捉え方から、徐々に地に足の着いたものへと変わりつつある。ここでは、多年に渡り米国で活躍し、瞬撃手の異名を持つ横山師範に、改めて沖縄空手の基本から学び方をご紹介頂く。

瞬撃手が解く、沖縄空手「基本の解明」

第四回 「正拳に関する考察」

横山和正(沖縄小林流研心国際空手道館長)

 

正拳に関する考察

前回は台湾での衛笑堂老師との思い出を紹介しつつ、日本とは異なった武術の世界観を紹介してみました。書いてみて改めて思うのは、自分を他の世界や環境に置くことが自分の視界を広め、それはそのまま自らのキャパシティーを拡張してくれる貴重な機会となることです。
台湾ではその他にも様々な事を学び、ビザの申請目的で入学した中国語学校ではそこに通う欧米人達を通して西洋文化のエネルギーというものにも初めて身近に触れました。
台湾の武術も日本の武道も素晴らしいものですが、そこで見た欧米人の何にも憶さない毅然とした行動は、やはりどこかで東洋と西洋の“力の差”というものを何気に感じさせられたものでした。この時期の経験がその後の以降の渡米の引き金のひとつであり、今日の私のを作ったといえるでしょう。

話が多少外れてしまいました、修業時代の話に戻りましょう。

これまで紹介してきたように、人生初の異国での生活と武術修行は、私に様々な学びの機会や気づきを与えてくれました。
そのなかでも大きな収穫のひとつに“拳”の妙技があります。

そこで今回は台湾での中国武術修行から沖縄空手、そして現在へと繫がる、私の武術修行の原点、”拳”について紹介して行きましょう。

 

異なった流儀

台湾で修行した中国拳法で技術以上に強烈に印象に残っているのは、その流儀の多様性でした。それまで私が学んでいた空手は、そのスタイルには違いはあれど、日本という国の独自の精神文化を土台に、ある意味で整った方向を持ち体系化されていました。ところが、台湾で出会った中国拳法は、様々な異なった種類の武術が千差万別に独自の稽古を行っており、中国武術界の広大さと、長く深い歴史を感じさせてくれました。それを一言で言えば、

「未だ測定不能な未知なる世界」

がありました。

やや乱暴ではありますが簡単に説明すると、日本の空手にも幾つかの流派がありますが、大別すれば、首里手・那覇手・泊手、等から成り、それらをベースに、松涛館、和道流、剛柔流、糸東流……といった“日本四大流派”と呼ばれるものがあり、多くの場合このいずれかの系統に属するといわれています。
それぞれの流派毎に特徴はありますが、突き詰めてみれば、基本や型は大同小異であり、違いはあるものの、基本的にはいずれも源を辿れば系統に纏めらることができます。
ところが中国武術は揚子江を境に地域で分ける南派・北派をはじめ内家拳・外家拳といった修行法や武術のコンセプトの違いが多岐に及び、その拳種も蟷螂拳・八極拳・太極拳・八卦掌、形意拳……等々、非常に多くの流派が存在します。

色々知識もついてきた現在であれば、中国拳法もまたある程度の枠組みのなかで捉えることもできますが、初めて台湾に訪れたその当時は、その違いに驚きました。例えて言うなら、盆栽的な管理と集約の仕方をする空手と異なり、中国拳法は旺盛な好奇心と生命力の赴くままに発展、発達した観があったのです。
そのため現地で様々な武術や武術家の説明を聞き、その動きを見ても、動き自体に目を奪われ、その遣い手が真実、どの程度の熟練度であるのかを判断することが非常に困難でした。

そうしたなかで、フッと私のなかでひとつの回答として芽生えたものが”拳の握り=手のつくり”であったのです。

例えば、衛老師の佇まいはこじんまりとした安定した体型から、独特に形を作る”手”に大きな特徴を持っていました。
それは私に突き動作を見せる際にも顕著で、丁度”人差し指と中指を握り込み、薬指と小指を緩めて握る”といった特徴がありました。

それまで「五指をシッカリ握り込む」と習ってきた私からすると、とても気になる形であり、また異質に見えました。と同時に、その拳で衛老師が繰り出す拳の動き、腕の機動性や変化には強い興味を覚えました。
当時の私は毎日巻き藁を突き、試し割り等も得意としていましたが、衛老師のそれまで見たことのない拳を見て以来、改めて拳のあり方を強く意識するようになりました。
以来、私は様々な武術家の動きを見る際に、その手の形に注意するようになりました。すると徐々に、千差万別と思われた中国武術にも、全てに共通した単純な見極め方があることに気がつきました。

この発見は、今日まで繋がる私のベースとなる思案法、 ”違いを探すことより、類似点を感じ取る”ということの始まりでした。

人はよく自流と他流の違いを見つけることで優劣を競い合おうとする傾向があるります。しかし、本来人間の行っている効率の良い有効な動作にそれほど極端な違いはなく、更に動きは洗練され進化するほどに余分な部分が削ぎ取られ、真理に近ずくものです。その真理こそが訓練の結果であるとすれば、全ての武術や武道の行き着く境地は同じものであると考えています。そして、そのひとつが今回の主題である”拳”なのです。

 

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–Profile–

横山和正(Kazumasa Yokoyama

沖縄小林流空手道研心会館々長。
本名・英信。1958(昭和33)年、神奈川県生まれ。幼少の頃から柔道・剣道・空手道に親しみつつ水泳・体操等のスポーツで活躍する。高校時代にはレスリング部に所属し、柔道・空手道・ボクシング等の活動・稽古を積む。

高校卒業の年、早くから進学が決まったことを利用し、台湾へ空手道の源泉ともいえる中国拳法の修行に出かけ、八歩蟷螂拳の名手・衛笑堂老師、他の指導を受ける。その後、糸東流系の全国大会団体戦で3位、以降も台湾へ数回渡る中で、型と実用性の接点を感じ取り、当時東京では少なかった沖縄小林流の師範を探しあて沖縄首里空手の修行を開始する。帯昇段を機に沖縄へ渡り、かねてから希望していた先生の一人、仲里周五郎師に師事し専門指導を受ける。

沖縄滞在期間に米国人空手家の目に留まり、米国人の招待、および仲里師の薦めもあり1981年にサンフランシスコへと渡る。見知らぬ異国の地で悪戦苦闘しながらも1984年にはテキサス州を中心としたカラテ大会で活躍し”閃光の鷹””見えない手”との異名を取り同州のマーシャルアーツ協会のMVPを受賞する。1988年にテキサス州を拠点として研心国際空手道(沖縄小林流)を発足、以後、米国AAU(Amateur Athletic Union アマチュア運動連合)の空手道ガルフ地区の会長、全米オフィスの技術部に役員の籍を置く。

これまでにも雑誌・DVD・セミナー・ラジオ・TV 等で独自の人生体験と沖縄空手を紹介して今日に至り、その年齢を感じさせない身体のキレは瞬撃手と呼ばれている。近年、沖縄の空手道=首里手が広く日本国内に紹介され様々な技法や身体操作が紹介される一方で、今一度沖縄空手の源泉的実体を掘り下げ、より現実的にその優秀性を解明していくことを説く。 すべては基本の中から生まれ応用に行き着くものでなくてはならない。 本来の空手のあり方は基本→型→応用すべてが深い繋がりのあるものなのだ。 そうした見解から沖縄空手に伝えられる基本を説いていこうと試みる。

書籍『瞬撃手・横山和正の空手の原理原則』(BABジャパン) ビデオ「沖縄小林流空手道 夫婦手を使う」・「沖縄小林流空手 ナイファンチをつかう」・「沖縄小林流空手道 ピンアン実戦型をつかう」「沖縄小林流の強さ【瞬撃の空手】」(BABジャパン)

web site: 「研心会館 沖縄小林流空手道」
blog:「瞬撃手 横山和正のオフィシャルブログ」