『本気でトラウマを解消したいあなたへ』、再び
著者・藤原ちえこさんインタビュー・前編
「身体の声を聴く」って?
2020年2月に小社から刊行された『本気でトラウマを解消したいあなたへ』(藤原ちえこ 著)。トラウマセラピーの専門家である著者が、トラウマが起きるしくみからその回復への具体的な方法まで、わかりやすく解説しています。
世の中の大きな変化に揺さぶられた日々を経て、今、私たちが心地よく生きるために何ができるかを、お話いただきました。
『本気でトラウマを解消したいあなたへ』の紹介記事はこちらから。
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「トラウマ当事者への手紙」だと思って書いた本
──コ2での連載(2017年12月〜2018年12月)をまとめた本書が刊行されてから、約一年が過ぎましたが、本が出てから何か変化はありましたか?
藤原ちえこ(以下、藤原) 本をきっかけにセッションを申し込まれることが増えましたね。予約の際のアンケートで、カウンセリングルームを知ったきっかけが「本」だったと答える人が今は8割ほどになりました。
わたしはもともと、セラピー中にあまり自分がやっていることを説明しませんが(説明によりクライアントが頭で考える方向に行くのを防ぐため)、本を読んでもらっているおかげでさらに説明が省けるし、クライアントさんがますますこちらの働きかけに協力的になり、セラピーがより充実したものになっている気がします。
本への感想もたくさん届いており、わたしのメールマガジン「藤原ちえこの気まぐれ通信(https://premamft.com/newsletter/)」でも紹介させていただいています。
読み始めて、はじめの数ページしか読んでいませんが、久しぶりに湧き出てしまう涙が止められなくなりました。なんでこんなに気持ちをわかってくださるのですか。
という感想もいただきました。うれしかったですね。この本はそもそも、「トラウマを抱える当事者に個人的にお手紙を書く」というつもりで書いたので。
本の中でも書きましたが、トラウマには以下のような特徴があります。
- トラウマは、「異常な出来事に対する、心身の正常な反応」である
- トラウマは、心の傷というよりも、まずは身体で起こるもの
- トラウマは、その出来事を直接体験したかどうかにも、出来事の大小にも、必ずしも関係がない
- トラウマは、時間が解決しない
そしてトラウマが起きるしくみとして、
慢性、急性のストレスに対して体内に生じた高い活性化のエネルギーが、凍りつくことによって体内にとどまり、その結果さまざまな症状が作り出される
ことと、
私たちは、どんなひどいトラウマからも回復することができ、その出来事が起きる前よりもさらに豊かに幸せに生きていくことができる
ことを、この本では繰り返し伝えています。それが伝わっていればうれしいです。
でも「この本を読み始めたら、過去のいろいろなことがわーっと蘇ってきて、なかなか読み進めません」という人もいました。この本はまったく怖くないとわたしは思っているのですが、読み手にはいろいろな届き方をするんだなあと感じているところです。
自分のほんとの気持ちに気づけない人は、たくさんいる
──セラピーを受けに来る人に「(セラピストが)私の気持ちをわかってくれている」と思ってもらうのは、大事なことなのでしょうか。
藤原 そう思ってもらえているといいな、とは思います。でもわたしは、クライアントの気持ちがわからない時は、はっきり尋ねるようにしています。だって「その人の気持ちはその人のもの」だから。こちらが分かった気になってはいけないと常に思っているので、どういう気持ちなのかは、すりあわせます。
でも、クライアントが「自分はこういう気持ちだ」と思っていても、心の奥底では実はそうではない、というケースはすごくあります。たとえば、親から虐待を受けて育った人は、親に対する怒りが必ずあるのに、その「怒り」に気づくまでに何年もかかることがあります。怒ることはできない、自分の中に怒りなんかまったくないと思っている。
それは不自然なことなんです。嫌な目にあったとき、それに対する怒りや反発をもたないのは、生きものとして不自然な状態ですから。
セッションの中で「怒り」の感情がでてきたときは、わたしはそれをラッキーなものとして扱いますが、全然怒れない人に「あなた本当は怒ってますよね」とは、一切言わないです。その人がその時点で考えたり感じたりしていることは、その人の自身の体験だから、それは大事にしたいと思っています。
──怒りを感じられない人が、そう感じるようになるのは、どんな時なのでしょうか。
藤原 凍りつきがほどけて、身体が本当に感じていることを気づくのに抵抗がなくなったり、頭が怖がらなくなった時ですよね。無意識のうちに「自分の怒りに気づくくらいだったら死ぬ」と思っている人はいくらでもいるので。
わたしが鮮明に覚えているあるクライアントさんは、怒りを感じることを全身で拒絶していました。表情は常に穏やかでしたが、膝の上にはいつも無意識に握ったこぶしがありました。
その人は結局肝臓ガンで亡くなったのですが、「彼は命を犠牲にしてでも、自分の怒りを見たくなかったんだな」と思いました。
──「見ないようにしよう、なかったことにしよう」と思ってずっと過ごしてきていたら、気づくのは怖いかもしれませんね。
藤原 でも恐怖って、それを見ていない時が一番怖い。「蛇だ!」と思っていたものが、いったん見てしまえばただの棒きれで「なーんだ」ってことがありますよね。何かを見ないようにしていると、やはり人はどこか生きづらい。身体はウソをつかないから、それをいろいろな症状として教えてくれるのだと、わたしは思っています。
先ほどのクライアントさんの例でいうと、肝臓は怒りを溜める場所ですよね。肺は悲しみ、膝も悲しみを溜めるケースが多いかな。「特定の臓器が特定の感情を溜める」という考え方は、わたしの臨床経験と照らし合わせてもその通りだなと思います。東洋の先人の知恵はすごいですよね。
「身体の声を聴く」ことはできるのか
私はほとんどインテーク(初回の問診)に時間をかけないことで有名なのですが、それは、表面意識が覚えていることだけが、その人の全体像ではないことを知っているからです。(中略)
仮にまったく具体的なエピソードが出てこなかったとしても、まったく問題ありません。それでも癒やしは十分に起こります。何の記憶もなくても、身体の声に耳を傾け続けるだけで、トラウマエネルギーの解放が起きてさまざまな症状が消失していく方はたくさんいます。
──本書48ページ「2章 トラウマの原因探しはいりません」より
──本書で「身体の声に耳を傾け続ける」とありましたが、どうやったらできるようになるのでしょう。
藤原 口で言うほど簡単ではなくて、けっこう難しいです(笑)。わたしも自分一人ではできない時もあります。頭(意識)の方が身体より強いし、頭の希望的な観測はすごく大きいですから。
それでも「身体の声が分かりません」というのを、「がんばって分かるようになりましょう」ということでは、決してないです。
まず身体の声が分からないということからスタートする。分からないってことは、その根拠がどこかにあるわけで、「“分からない”っていうのはどうして分かるの?」と聞く。常にその場で、その瞬間に起きていることを扱うのですが、これを一人でやるのは難しいです。まず思考が邪魔をするし、わたし自身もそうですが、人間は、「身体の声も聞けないなんて…」と、すぐ自分にダメ出しをしてしまうので。
でも身体の声が分からないのは、「気づいたら危ないから」というケースだっていくらでもある。分かると危険なので、あえて気づかないようにしていることもあります。
第1章の「トラウマが起きるしくみ」で、「凍りつき」のことを話しましたが、人が危機に面した際に最も使われることが多いのが、この反応です。まさに今、危険なことが自分に襲いかかろうとしているのに、逃げることも戦うこともできない。そういう時には「固まってその場をやり過ごす」ことが、一番痛みや衝撃を感じずにすみます。
「固まる」「凍りつく」という言葉には、一見するとネガティブなイメージがあるかもしれませんが、生物学的に見れば、危機を切り抜けるために非常に有効な方法なんです。
これは身体の智慧なので、そこを批判したって仕方ないわけです。せっかくそうやって自分を護ってくれていた身体に失礼ですよね。批判してしまったら。でもせっかく危険が過ぎ去ったのに、まだ「凍りつき」が続いていて、さまざまな症状を引き起こしている場合(それがまさにトラウマ症状であるわけですが)、自分で気づいて自分で取り除くのは難しく、誰かが伴走してくれて初めて可能になる。それが、わたしのようなセラピストが果たす役割だと思っています。
「身体の声に気づく」には
藤原 わたしは「身体は1語文しか喋らない」と思っているんですよ。「痛い」「うれしい」「悲しい」「好き」「嫌い」「熱い」「冷たい」とかね。それが2語以上の文になると、もうそれは身体の言っていることではないと考えています。
セッション中にもしょっちゅうあるんですが、たとえば、
「今身体は何て言っているの?」と聞くと、「私はずうっとこうやって、父と母との板挟みになってきたんだ」という答えが返って来たりする。
それは身体が言っていることではないわけ。「板挟みになってきた」というのは頭の気づきであり、「それで?それに対して身体が言っていることは何なの?」と。
自分が板挟みになってきたことが、嫌だったの?つらかったの?苦しかったの?ということなんですね。身体の声っていうのは。
身体の声って、感覚、もしくは感情だと思うんです。考えではなく。でも大抵の人の口からは、「考え」と「解釈」と「振り返り」と「分析」がでてくる。そこで、「で、何?」としつこく聞くセラピストがいないと、身体が本当に言っていることは多分わからない。
身体の言うことって、すごく単純なんです。赤ちゃんや動物が言うことと同じで、お腹空いた、痛い、苦しい、冷たい……。分解していけばすごい単純。
だから、その人が身体とつながっていれば回復は早いし、逆に、必ず頭からの解釈を入れる癖があれば時間がかかる傾向があります。
セラピーを受けて回復が早いかどうかは、体験してきたトラウマの種類も影響しますが、その人がどれほど頭だけで生きてきたか否かが大きく関係します。症状が重いから回復に時間がかかるとも限らないんです。
「身体の声を聴く」って、すごくシンプルなことですが、その単純さをどうしても頭が受け入れたくないのだなと思う人もいますね。
揺れ動く自分を、許す
──シンプルな身体の声を聴くとは、自分に正直に生きるということでもありますか?
藤原 はい。ただそうすると、朝言っていることと夕方言っていることが真逆だったりすることもあるんですよ。身体の声に耳を傾け続けるって、「常に揺れ動いて変化するものに耳を傾ける」ことでもあるので。でも人は、そういう揺れ動きを認めるのは難しくて、「今言ってることは、朝言ってたことと180度違う、嘘つき!」ってなる(笑)。
わたしは、身体の声を聴くため、「呼吸に尋ねる」ことを習慣にしていた時期もありました。「○○へ行こうかな」「○○さんと会おうかな」と考えた時に自分の呼吸に聞いて、呼吸が深くなればYes、浅くなればNoで判断する。でもね、呼吸は結構ウソをつくんです。
呼吸って、随意運動も不随意運動も両方できる、人体の中でもめずらしい機能です。心臓の拍動は、私たちの意識の完全にコントロール外(不随意運動)だし、手足は大抵の場合脳の命令でしか動かない(随意運動)。でも呼吸は、自分の意志でコントロールすることもできるし、勝手にも起きていますよね。
自分にとって大きな質問であればあるほど、ほんとは浅い呼吸(No)だったはずなのに、意図がはたらいて深く(Yes)してしまったり。自分がニュートラルな状態にいつでも入れる訓練をしている人だったら大丈夫なのかもしれませんが、呼吸には自分の希望的観測も入ってしまうと、わたしは自分自身の経験から感じています。
──「呼吸に聞く」ことで、いつも身体からの正しい答えが得られるとは限らないのですね。
藤原 そう。しかも、わたしがセラピーで扱っている身体の声というのは大抵「不快感」なんです。「ここが痛い」「あそこがしびれる」「ここが固まっている」など。不快感が何を言っているかを聞くのは難しいですよね。特にトラウマが重い人の不快感たるや、もう死ぬほど不快だからすごく避けたくなるし、一人で耳を傾けるのは本当に難しい。でも実は、そこに宝の山があるんですよ。
よくたとえ話をするのですが、おとぎ話の中に出てくる金銀財宝って大抵、海の底に埋まっていたり、険しい山の中にあったりして、そこにたどり着くには泥をかき分けたり、道を切り拓いたりしないとダメじゃないですか。
大変な思いをするのが嫌だからとそこへ近寄らなければ、「一生、宝物にはアクセスできないんだよ」ってわたしはよくクライアントさんに言うんです。だからセッション中に不快感がでてきたら、わたしはラッキーと思いながら進めています。
人はそれぞれ、同じような身体をもちながらまったく違う存在ですけれど、自然治癒力がない人はいません。セラピーの中で不快感をくぐり抜けたプロセスの先にある、その人自身が本来持つまぶしさを、毎回感じています。最近、「ポストトラウマティックグロース(Post Traumatic Growth)」という言葉が一部で知られるようになりましたが、トラウマから回復することで、その人の弱さだと思っていたことが最大の強みになるのは本当だなあと思っています。
*
後編へ続きます。次回はトラウマからの回復の途上に起きること、癒やしとは? について取り上げます。
『本気でトラウマを解消したいあなたへ』は、絶賛発売中。amazonで「試し読み」もできます。
定価:1,600円(税抜き)
単行本: 264ページ 並製
出版社: 株式会社 日貿出版社
発売: 2020/2/3
amazonリンク:https://www.amazon.co.jp/dp/481707048X
【お知らせ】
本書『本気でトラウマを解消したいあなたへ』のオンライン読書会が開催されます。
読者が集い、安心と共感を大切にした場で、理解・学び・つながりを深めてゆく、ワークショップ型の読書会です。
参加費、定員、参加条件等、詳しくは以下のFBページをご参照いただくか、主催者にお問い合わせください。
◎主催:旅するはらっぱ(はらみづほ)
https://tabisuruharappa.wixsite.com/hibitabinikki/about
◎読書会のFBページ
https://www.facebook.com/events/377075053588098/?ref=newsfeed
◎スケジュール
①毎週火曜・夜20~22時コース
・2021年6月1日(火)~8月3日(火)計10回+著者とのオンライン交流会1回(①②メンバー合同)
②毎週日曜・朝7~9時コース
・2021年6月6日(日)~8月8日(日)計10回+著者とのオンライン交流会1回(①②メンバー合同)
◎ご予約締め切り
2021年5月30日(日)正午
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–Profile–
●藤原 千枝子(ふじわら ちえこ)
MA、カリフォルニア州公認サイコセラピスト(MFT)、臨床心理士。
大阪大学人間科学部を卒業後、朝日新聞に入社。記者時代、転勤うつの発症と、青少年の凶悪犯罪の取材経験から生き方を考え直し退職。英国でシュタイナー教育を学んだ後、サンフランシスコのカリフォルニア統合学研究所(CIIS)でカウンセリング心理学修士号取得。現地の日系カウンセリングセンターやホームレス支援のNPOなどで心理セラピストとして勤務。05年2月に帰国し、札幌にカウンセリングルームを開く。
米国でのホームレス支援時代、彼らの抱えるトラウマのあまりの深刻さに、会話だけによるセラピーの限界を感じ、身体心理療法の探求を深める。ハコミセラピー、ソマティック・エクスペリエンス(SE)など、さまざまな心とからだの癒しの研鑽を積む。カリフォルニアで学んだ世界最先端の心理学と、神経生理学的な観点からのトラウマ療法を融合したオリジナルなメソッドを生み出す。
これまでに、国内外の1000人を超えるクライアントに、計9000件以上のセッションを対面とオンラインで行なう。「長年の抗うつ剤服用が3ヶ月でやめられ、職場復帰を果たす」「重い化学物質過敏症の症状が消失」「ずっと抱えてきた希死念慮がなくなる」など、クライアントからの喜びの声多数。
長年セラピストや医者めぐりをしても症状が消えなかった人々が癒されていく瞬間に日々立ち会うことが一番の生きがいである。野望は世の中から性暴力をなくすこと。趣味はカフェめぐりと、数年前に始めたギター。
カリフォルニア州公認サイコセラピスト(Marriage and Family Therapist, MFC41473)
臨床心理士(登録番号15771)
ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー(SEP)
Art of Feminine Presence (AFP) 認定ティーチャー
著書 『本気でトラウマを解消したいあなたへ』(日貿出版社)
訳書 『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)
共著 『ソマティック心理学への招待—身体と心のリベラルアーツを求めて』(コスモス・ライブラリー)、『トラウマセラピー・ケース ブック』(星和書店)