『本気でトラウマを解消したいあなたへ』著者・藤原ちえこさんインタビュー・後編

| コ2編集部

『本気でトラウマを解消したいあなたへ』、再び
著者・藤原ちえこさんインタビュー・後編

トラウマは「傷」、だから回復できる

撮影:丸山 嘉嗣

2020年2月に小社から刊行された『本気でトラウマを解消したいあなたへ』(藤原ちえこ 著)。トラウマセラピーの専門家である著者が、トラウマが起きるしくみからその回復への具体的な方法まで、わかりやすく解説しています。
世の中の大きな変化に揺さぶられた日々を経て、今、私たちが心地よく生きるために何ができるかを、お話いただきました。

『本気でトラウマを解消したいあなたへ』の紹介記事はこちらから。
amazonリンク(試し読みもできます):https://www.amazon.co.jp/dp/481707048X

◎インタビュー前編:「身体の声を聴く」って?

回復のプロセスは一人ひとり違う

──本書のことを紹介すると、「トラウマセラピーって、何をするんですか」と聞かれることがあります。ひとことでは説明しきれなくて困るのですが…

藤原ちえこ(以下、藤原) 確かに短い言葉で説明するのは難しい部分もありますね。

身体に働きかけると一言で言っても、身体には心臓が一つ、腎臓が二つあり、自律神経系には交感神経と副交感神経があって…といった構造は皆同じですが、個々の身体が経験してきたこと、それに対する反応は全員違います。だからセラピーの内容は本来、誰一人として同じものはないんです。回復していく身体のすごさは、一人ひとりみんな違うんですよ。

たとえば、以前、化学物質過敏症プラス重度の食物アレルギーで、お米と数種類の野菜しか食べられなかったクライアントさんがいました。公共交通機関にもまったく乗れないほど症状が重かったのが、セラピーを始めて(オンラインのみで、一度も対面ではお会いしたことがありませんでしたが)8カ月で症状が完全になくなりました。
子宮内膜症で2年間鎮痛剤が手放せなかったのが、初回のセッションで痛みが完全になくなった人もいます。

でもこれは華々しい成功談でも何でもなく、身体の声を聴いていけばわりと普通に起きることなんです。そのたびに、身体ってすごいなあ!って感動しています。
※編集部註:クライアントの方それぞれのケースであり、効果を保証するものではありません。

 

「苦しさ」に注力すると逆効果

──症状が出るのは苦しいので、「治す」「症状を抑える」ことにがんばってしまいそうです。

藤原 わたしがセラピーで扱う身体の声は、100パーセント「不快感」ですからね。

私が米国で大学院に通っていたとき、チャイルドセラピーの先生からこんな話を聞いたことがあります。
特定の果物をどうしても食べられない子どもに行動療法を行なったケースで、最初はその果物を見るだけにする。次に持ってみて、それから口元に近づけて、さらに少しだけ齧って…ということを繰り返して、最後にはその果物が食べられるようになった。
でもしばらくしたら、今度は全く別の症状が現れたそうです。

前回も話しましたが、トラウマは、

慢性、急性のストレスに対して体内に生じた高い活性化のエネルギーが、凍りつくことによって体内にとどまり、その結果さまざまな症状が作り出される

という状態です。つまり、活性化した自律神経系のエネルギーが解放されなければ、必ずそのエネルギーはどこかの出口(症状)を探すので、根本的な解決にはなり得ないということなんです。果物が食べられるようになっても、モグラ叩きのように、別のルートから別の症状が顔を出すんです。

──不快感や苦しさの原因探しをしても、解決にはならないということでしょうか。

藤原 「苦しい」という身体感覚があって、それに基づいて「ああ、私は苦しいのだ」と、頭が理解するわけですよね。すると頭は「苦しい」という状態を説明するための言葉を探し始めるわけですよ。「私はこうこうこうだから、苦しいのだ」と。

元々は「苦しい」という身体の感覚から派生して生まれたストーリーに過ぎないのですが、そのストーリーを転がすことで、苦しさがより強化されていくわけです。

人間って本当はすごくシンプルにできていて、ものすごく楽な気分の時に苦しい考えを持つのは難しい。逆にとても苦しい時にポジティブな考えは浮かばないものなんです。

「苦しい」ことが自分のアイデンティティになっていて、楽になることに抵抗する人はわりといます。「苦しくないと自分じゃない」とどこかで思っていて、苦しさがなくなる=私自身がいなくなってしまう、と考える(これは意識というよりは、無意識のプロセスですが)。だから「どんなことがあってもあなたはいなくならない」ということを、いろいろな方法で伝えていく必要があるんです。

トラウマイメージ
Image: pexels

 

 

トラウマから回復して「癒やされる」とは

──トラウマからの回復とは、つらいこと、苦しいことではないんですね。

藤原 「苦しいことを乗り越えたからこそ今がある」みたいなストーリーって、わかりやすいですからね。でも苦しさの解毒剤は、苦しさではないです。

だから「あなたは今苦しいんですね」と本人の苦しさを受けとめはしますが、ストーリーからはなるべく早く離れてもらい、「で、身体では何が起きている?身体は何と言っているの?」と尋ねます。身体感覚を通じないことには、何も始まりませんから。

わたしはよく、セラピーを受けに来る方に「セラピーって、眉間にしわを寄せて真剣に取り組む必要はないんだよ」と話します。芸人のように、セッション中に一度は笑いをとることを目指していた時期もありますね(笑)。
トラウマから回復するって、癒やされて軽やかになること。だったらその過程にも、もっと笑いがあったっていいわけですよね。

──では「癒やされる」とは、どういうことなのでしょうか。

藤原 「癒やし」は、一生続くプロセスだとわたしは思います。人って緊張が解けて初めて「私はあの時、あんなに緊張していたんだ」ってわかりますよね。ずっと緊張でガチガチの身体がデフォルトだったら、自分がどんなに緊張しているかはわからない。

「ああ、私は癒やされた」と思った瞬間が、わたしにもこれまでたくさんありました。自分が癒やされて軽やかになって初めて「身体が軽いって、こういう感じなんだ」と体感する。でもそこからまた癒しが進むと、さらに軽くなり、上には上があることに気づく。その繰り返しです。

自分が癒やされたと判断できる基準があるとすれば、それは、

自分の中で起きる波風をそのままにしておけるぐらい、自分の器が広がっていること

だと、わたしは思います。

「何かが起きても何も感じない、気にしないから大丈夫」という状態は、癒やされたとは言えないとわたしは思っています。不快なことが起きれば「不快だ」と感じるのが当たり前だし、それが健全さですよね。「鈍感力」という言葉が一時流行りましたけれど、完全にすべてが気にならない状態になるならば、この地上にいる必要はないわけで。

身体を持っている私たちだから、転べば痛いし、叩かれれば嫌だし、雨が降ればびしょびしょに濡れて気持ちわるかったりする。生身の体で生きている限り、不快なことや辛いことが起きないわけはないですよね。

小さいコップの中でざーっと波風が立てば、水はこぼれたり溢れたりしてしまう。だからある程度波が立っても、全体に影響がないぐらい、私という容れ物が大きければいい。自分を入れている器が大きくないと、なかなかそのままにしておけないですよね。不快なことが起きても、それを感じている自分を受け入れることができれば、それが「癒やされた」ことだと、わたしは思うんです。

どんな反応、感覚、感情を抱いても、その自分をそのまま許せる。別の言い方をすれば、わたしが思う癒やしの定義の一つは、「自己嫌悪がなくなること」だと思います。

トラウマイメージ
Image: pexels

 

──ほかにも「癒やされた」状態とは、何かありますか。

藤原 「自分を隠さないでよくなること」かな。過去に自分の身に起きたこと、過去に自分がしてしまったこと、自分が誰かに対して抱いている気持ち、どんなことであれ、隠さず自己開示ができることだと思います。

インタビュー前編の「身体の声を聴く」って?で、自分の弱みを「宝物」にたとえて話しましたが、辛い目にあったことは、自分の最大の魅力だったり強みだったりするわけで。それを隠して生きるのはもったいない。「隠したい」と思う自分の一部は、まだ癒しが必要な部分だということです。

隠したいことはその人にとっての「盲点」だから、盲点が少なければ少ないほど人は自由になれる。もちろん私にだって、盲点はたくさんありますよ。生育課程で辛い目に遭っていなかったら、セラピストという職業には従事していなかったと思うので。

でもそういう生い立ちだからこそ今の自分がいるんだし、それをくぐり抜けてきたからこそセラピストとして人の役に立っているわけです。だとしたらそれを隠すのはもったいないですよね。

 

トラウマがない人は一人もいない

藤原 この本を出して一つ驚いたことがあるとすれば、「トラウマ」という言葉にかなりの拒否反応を示す人が結構いるという事実でした。

「本のタイトルに『トラウマ』とあるから、私には関係ない」と思う人、「セッションを受けてみたいけど、私にはトラウマがないから受けない」という人。逆に、「藤原さんのセラピーを受けると、自分にトラウマがあると自分で決めてしまうようで、受けるのを躊躇します」という人も。
タイトルにこの言葉を入れない方がよかったのかな…と思ったほどです。

「トラウマは出来事の大小に必ずしも関係がない」ことは、この本でもたびたびお伝えしています。戦争や自然災害で被害を被る場合などに限定されているとしたら、トラウマの定義が狭すぎますよね。

今度この本の読書会を主催してくれる、はらみづほさん(旅する原っぱ)(※※)が、本を読んで、「トラウマって全人類に関係あることだったんだ!と強く思った」と感想を言ってくれましたが、トラウマがない人などこの世に一人もいないと、わたしは思っています。
(※※)記事の最後に、はらみづほさん主催の読書会のお知らせがあります。

感覚は自分だけのもの(=1人称)であり、トラウマとは自分が感じる「傷」のこと。

これは傷ついてしかるべき出来事だとか、それは取るに足らないことだから傷付くべきではないという、客観的な基準があるわけではありません。
自分が「傷ついた」と感じれば、それは事の大小にかかわらず、傷なんです。

──「傷」だから治すこともできるし、その傷を体験したからほかの誰でもない、あなたなのだ、ということなんですね。

藤原 そう。あなたの傷はあなたをあなたたらしめている、ある意味かけがえのないものです。そして、傷は傷と認識して初めて治癒する。だから「私には傷はありません」といっているうちは、やっぱり治らない。それがいかに自分にとって嫌なことだったかと気づくだけで癒やされるケースもあるんです。

今回のインタビューでは紹介しきれませんでしたが、本では、

  • トラウマの実際(発達トラウマ、医療トラウマ、周産期トラウマ、解離という現象のこと)
  • 回復にとって大切なこと(助けをもとめる、リソースを増やす、逃げる)
  • 良いセラピストの選び方

など、トラウマからの回復に必要なことをできるだけわかりやすく、網羅して解説しています。

またわたし個人のメルマガ「藤原ちえこの気まぐれ通信(https://premamft.com/newsletter/)」では、クライアントの方から寄せられた体験談や、癒しについてのわたしの考え方なども折々お届けしています。

自分にとってはすっかり常識になっているトラウマセラピーですが、あまり世間では知られていないことに、今まで気がついていませんでした。この本から恩恵を受けるであろう多くの人たちが、「トラウマ」という文字があるだけでこの本を手に取らないのであれば、それは彼らの人生にとって大きな損失だと思います。

だからこれからも、この本を必要な人の手に確実に届くようにしていきたいですし、そうなるように心から願っています。

『本気でトラウマを解消したいあなたへ』は、絶賛発売中。amazonで「試し読み」もできます。
定価:1,600円(税抜き)
単行本: 264ページ 並製
出版社: 株式会社 日貿出版社
発売: 2020/2/3
amazonリンク:https://www.amazon.co.jp/dp/481707048X

 


【お知らせ】

本書『本気でトラウマを解消したいあなたへ』のオンライン読書会が開催されます。
読者が集い、安心と共感を大切にした場で、理解・学び・つながりを深めてゆく、ワークショップ型の読書会です。
参加費、定員、参加条件等、詳しくは以下のFBページをご参照いただくか、主催者にお問い合わせください。

◎主催:旅するはらっぱ(はらみづほ)

https://tabisuruharappa.wixsite.com/hibitabinikki/about

◎読書会のFBページ

https://www.facebook.com/events/377075053588098/?ref=newsfeed

◎スケジュール

①毎週火曜・夜20~22時コース
・2021年6月1日(火)~8月3日(火)計10回+著者とのオンライン交流会1回(①②メンバー合同)
②毎週日曜・朝7~9時コース
・2021年6月6日(日)~8月8日(日)計10回+著者とのオンライン交流会1回(①②メンバー合同)

◎ご予約締め切り

2021年5月30日(日)正午

 

連載を含む記事の更新情報は、メルマガFacebookTwitter(しもあつ@コ2編集部)でお知らせしています。
更新情報やイベント情報などのお知らせもありますので、
ぜひご登録または「いいね!」、フォローをお願いします。

–Profile–

撮影:丸山 嘉嗣

藤原 千枝子(ふじわら ちえこ

MA、カリフォルニア州公認サイコセラピスト(MFT)、臨床心理士。

大阪大学人間科学部を卒業後、朝日新聞に入社。記者時代、転勤うつの発症と、青少年の凶悪犯罪の取材経験から生き方を考え直し退職。英国でシュタイナー教育を学んだ後、サンフランシスコのカリフォルニア統合学研究所(CIIS)でカウンセリング心理学修士号取得。現地の日系カウンセリングセンターやホームレス支援のNPOなどで心理セラピストとして勤務。05年2月に帰国し、札幌にカウンセリングルームを開く。

米国でのホームレス支援時代、彼らの抱えるトラウマのあまりの深刻さに、会話だけによるセラピーの限界を感じ、身体心理療法の探求を深める。ハコミセラピー、ソマティック・エクスペリエンス(SE)など、さまざまな心とからだの癒しの研鑽を積む。カリフォルニアで学んだ世界最先端の心理学と、神経生理学的な観点からのトラウマ療法を融合したオリジナルなメソッドを生み出す。

これまでに、国内外の1000人を超えるクライアントに、計9000件以上のセッションを対面とオンラインで行なう。「長年の抗うつ剤服用が3ヶ月でやめられ、職場復帰を果たす」「重い化学物質過敏症の症状が消失」「ずっと抱えてきた希死念慮がなくなる」など、クライアントからの喜びの声多数。

長年セラピストや医者めぐりをしても症状が消えなかった人々が癒されていく瞬間に日々立ち会うことが一番の生きがいである。野望は世の中から性暴力をなくすこと。趣味はカフェめぐりと、数年前に始めたギター。

カリフォルニア州公認サイコセラピスト(Marriage and Family Therapist, MFC41473)

臨床心理士(登録番号15771)
ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー(SEP)
Art of Feminine Presence (AFP) 認定ティーチャー

著書 『本気でトラウマを解消したいあなたへ』(日貿出版社)

訳書 『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)
共著 『ソマティック心理学への招待—身体と心のリベラルアーツを求めて』(コスモス・ライブラリー)、『トラウマセラピー・ケース ブック』(星和書店)

website:プレマカウンセリングルーム
blog:明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す
メルマガ:藤原ちえこの気まぐれ通信