イールドワークで学ぶ空間身体学 第1回 イールドワークとは?

| 田畑浩良

「言っていることや方法は正しいのになぜしっくりこない」

普段生活するなかでそんなことを感じたことはありませんか?

それとは逆に、

「理由はないけれどこの人といると安心できる」

ということもあるのではないでしょうか?

その理由は、私たちの身体が無意識のうちに相手や自分がいる環境に対して常にアンテナを張り、そこが自分にとって安全で「身を委ねられるか」を判断しているからです。

この「身を委ねる」という行動は「イールド」と呼ばれ、私たちは生まれた瞬間から身に備わったこの能力を使って積極的に安心できる相手や場所を選んで生き抜いています。

この連載ではこの能力「イールド」を知るとともに、上手にそれを使って自分を安心させたり、他人をリラックスさせたりする方法を、イールドワークの第一人者である田畑浩良さんにご紹介いただきます。アシスタントはイールドの達人(?)である猫を代表してニャンコ先生です。

 

田畑さんにイールドしているニャンコ先生(写真・著者)

連載 安心感と自己調整能力の鍵は「間合い」

イールドワークで学ぶ空間身体学

第1回 イールドワークとは?

田畑浩良
取材協力半澤絹子

 

心身の回復とよりよい人間関係は
「生物的に心地よい間合い」から始まる

「Aさんと一緒にいると、なぜか身体がリラックスする」
「営業マンのBさんとは話がしやすくて、いつも話が盛り上がる」

といったことはないでしょうか。

逆に、

「なぜかCさんといると緊張してしまう」

こともあるかもしれません。

人に対して感じる安心感やリラックス感が生まれるにはいくつか条件があります。

その条件の一つとしてあるのが、適切な距離感、「ちょうどいい間合い」です。

例えば、満員電車に乗って人との間が近すぎるのも、相手に近づくタイミングなのに誰かに隔たりをつくるように強いられるのも、どちらも心地よいものではありません。

地球上の生き物は共存するために、資源を分かちあい、無駄な争いをしなくて済むように適度に距離を保って棲み分けしています。

私たちは、安全に自由でいられるスペースが確保されていて、かつ周囲から侵害されないとわかっているとき、初めて「安心」を感じることができます。

安全のレベルが高ければ高いほど、身体は安心して休息でき、回復や治癒などの必要な対応に時間とエネルギーを使うことができます。


私は「ロルフィング®︎ SI」という身体構造を統合するプラクティショナー(ロルファー™)をしています。私はこれまでの学びや経験を通して、クライアントの身体システムが「周囲の環境を安心・安全だと認識すること」が、施術の質を決定する重要な要素であると気がつきました。

ただ、一口に安全・安心といってもその質には違いがあり、どれだけ安全・安心を深められるかが、これから紹介するワークの肝になります。

私はまず、心身の落ち着きを体現する「イールド(Yield)」という動きに着目しました。イールドの動きがクライアント自らの身体に、自然に起こるようにすることが、変容の土台になるに違いないと考えたのです。

この連載で紹介するイールドワークは、ちょうどいい間合いをとることによって心身の落ち着きをつくり出すワークです

ボディワークや手技療法、トリートメントの場だけでなく、家庭や学校、会社などでも使えるものです。

アメリカ・Dr.Ida Rolf Instituteで行ったイールドワークの風景。クライアントと施術者の双方によって心地よい立ち位置や距離感を探っていく(写真・著者)
猫も犬も離れたりくっついたり、適切な距離をとって暮らしている。(写真・著者&コ2編集部)

猫のようにちょうどいい間合いを探ってみる

「ちょうどいい間合い」とは具体的に何かについて、さっそく考えていきましょう。

野良猫を道端で見かけて、「猫に近づきたい!」と思ったときのことを想像してみてください

散歩の途中で出会った外猫さん。もうちょっと近づきたいのですが……(写真・コ2編集部)

最初にあなたは、猫に警戒されないよう、刺激しないようにゆっくり近づくでしょう。

大きくて急な動きは抑えて、呼吸も控えめにし、姿勢を低くして、ちょっと近づいては留まります

全身で周囲の気配をフルに感じ取りながら。

気配に敏感な猫を例にするとイメージしやすいと思いますが、人と人との間にも、実は自覚できないレベルでこのようなやりとりが行われています。少なくとも、人間は皮膚の表皮で周囲から相当な量の情報を感じ取っています。

そうしていくと、あるポイントで、猫と自分がお互いに丁度いい間合いがとれる場所を見つけるかもしれません。その場所こそが、ずっと留まっていられる位置関係です

ボディワークや手技療法においては、セッションルームの空間の中で、施術者とクライアントが、「人と人」というよりは「生物学的」に適切な位置関係(いい間合い)にあるとき、施術者はある種の“中心感覚”へと入っていきます

すると、施術者の状態にクライアントの身体も共鳴して、安全・安心を感じながら、身体は設置しているベッドの面に落ち着いていきます。呼吸も次第に深くゆったりしたリズムになり、身体のシステムは、徐々に警戒を解きながら、外からの刺激(施術者の手の圧など)を受け取りやすい状態へとシフトしていきます

さらにその状態が深まると、身体全体が協調し、一体となったコヒーレント(全体が協調してまとまっている状態)となり、自己調整や再構成が発動するモードに移行します

施術の最初の環境設定として重要な、ちょうどいい間合いの位置関係は、過去の人間関係が投影されるような心理的な配置ではありません。

もっと原初的な、生きものとしての配置です

注意深く、施術者と受け手の間合いを感じてみると、相手が「自分の周りのどこに立つか」「どの方向から近づかれるか」によっても、身体は鋭敏に反応することに気づくかもしれません。

なお、セッションの場では、クライアントは施術者に触れられて安心するときもありますが、急にベタベタ触るのはクライアントのストレスになるということに気をつけてください

施術者の手が身体に触れる前の段階で急に距離を詰められると、それだけで身体はキュッと身構えたり萎縮したりすることがあります。

これが猫なら逃げ出すところです。

「イールド」とは発達段階の最初に起こる「ゆだねる動き」

次に、「イールドワーク」の「イールド(Yield)」について説明しましょう。

イールドとは、人間が生まれて最初に行う動きを指します

赤ちゃんは誕生すると、お母さんに抱っこされて、授乳されたり世話をされたりしながら成長していきます。赤ちゃんがお母さんに抱かれて「積極的に身をゆだねる」という動きが「イールド」です。

「対象物に対して休息する」という意味もあります

こう説明すると、イールドとは自分を明け渡して相手に依存することだと思われることがありますが、それは誤解です。

赤ちゃんを抱っこしているお母さんと、お母さんに抱っこされている赤ちゃんをイメージしてみてください。抱かれている赤ちゃんは、自ら心地よい位置におさまろうとしますし、お母さんも赤ちゃんが楽になるような位置を無意識に工夫しています。

Image: iStock

私たちが休息するには、安心して身を預けるための対象物が必要であり、ゆだねる動作自体が「落ち着く」という感覚につながります

対象物に身をゆだねればゆだねるほど、神経系は落ち着き、安心感も高まっていきます。身体はその場所を通して「安全」というリソースを得ることができます

お母さんに抱っこされているのならこれでいいのですが、落ち着こうとする場所が「危険な場所」である可能性もあります。

ですからそこが落ち着いて休める安全な場所なのかどうかを嗅ぎ分ける能力は、生存を左右する本能です。ゆだねることは、動きの表現を決定している「緊張のパターン」を変えるための本質的な要素なのです。

ところが、過剰な情報に囲まれてその影響を受けながら生活している現代人は、視覚や思考を使い過ぎる傾向があります。そこが自分にとって安全な場所かどうかを感じる以前に、そもそも足底が十分着地していない、ゆだねられていない状態になりがちです

試しに、現在のご自分の身体の状態に感覚を向けてみてください。

  • 両足はしっかりと地面についていますか?
  • 腰掛けている椅子の座面はどうでしょう?
  • 背もたれがあるなら、そこにはしっかりと身を預けているでしょうか?

今、漠然とした不安や何となく落ち着きがないと感じているなら、身体が触れている接地面に対して十分イールドできてないことが理由の一つにあるかもしれません。

ゆだねることは、緊張のパターンをリセットするために不可欠な要素です

イールドが適切に働くと、私たちの身体は今いる場所により接触し、身体の重さが重力にゆだねられることに応じて「身体の構造が浮き上がるような感覚」が生まれジェスチャーや動きの表現をサポートします。

私たちの身体に、地面に対して自己を解放するという気づきが生まれ、それまで慣れ親しんだ神経経路の動きを再構築し始めます。

イールドというゆだねる動きが土台となり、次の動きが生まれていく Image: iStock

その結果、土台Aから土台B・C・D……と、より複雑で応用的な動きが生まれ、動きも自然にスムーズになっていくのです。

次回は、イールドと自己調整能力の関係について解説していきます。

(第1回 了)

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–Profile–

田畑浩良 (Hiroyoshi Tahata

「The Art of Yield (Yielding Embodiment®)」開発者。認定アドバンストロルファー( Certified Advanced Rolfer)、Rolf Institute教員(ムーブメント部門)(Rolf Movement Faculty member)。株式会社林原生物化学研究所(現:(株)林原)勤務を経て、ロルフィングの道へ。1999年、日本人初のRolf Movementプラクティショナーとなる。ロルフィング他、SE™(Somatic Experiencing®)や「身がまま整体」の片山洋次郎氏とのセッションから、施術時における「空間」の重要性に気づき、「イールドワーク(Yielding Embodiment® Orchestration)」を構築。空間と身体との関係性を活かした繊細で安定的なセッションを提供している。イールドワークの施術者(イールダー)の養成も精力的に行う。大の猫好き。写真は愛猫のにゃんこ先生と。https://www.rolfinger.com/

*イールドワーク、The Art of Yieldは一般名で、Yielding Embodiment®は、必要な研修を修了した認定者が提供する商標として登録されています。

*Rolfing®、ロルフィング®、Rolf Movement®、ロルフムーブメント™、Rolfer™、Rolf Institute、The Rolf Institute of Structural Integration、およびLittle Boy Logoは Rolf Institute の商標であり、米国およびその他の国々で登録されています。

半澤絹子(Hanzawa Kinuko
フリーライター、編集者。各種ボディワークやセラピーを取材・体験し、「からだといのちの可能性」、「自然と人間とのつながり」に関心を持つ。「ソマティック・リソース・ラボ(https://www.somaticworld.org/)」運営メンバーの1人として、ソマティックに関する取材や普及活動も行う。