「言っていることや方法は正しいのになぜしっくりこない」
普段生活するなかでそんなことを感じたことはありませんか?
それとは逆に、
「理由はないけれどこの人といると安心できる」
ということもあるのではないでしょうか?
その理由は、私たちの身体が無意識のうちに相手や自分がいる環境に対して常にアンテナを張り、そこが自分にとって安全で「身を委ねられるか」を判断しているからです。
この「身を委ねる」という行動は「イールド」と呼ばれ、私たちは生まれた瞬間から身に備わったこの能力を使って積極的に安心できる相手や場所を選んで生き抜いています。
この連載ではこの能力「イールド」を知るとともに、上手にそれを使って自分を安心させたり、他人をリラックスさせたりする方法を、イールドワークの第一人者である田畑浩良さんにご紹介いただきます。アシスタントはイールドの達人(?)である猫を代表してニャンコ先生です。
連載 安心感と自己調整能力の鍵は「間合い」
イールドワークで学ぶ空間身体学
第4回 細胞もイールドを必要としている
文●田畑浩良
取材協力●半澤絹子
「ゆだねる」という動きを引き出すことで、身体の落ち着きと広がり、自己調整力を高めるイールドワーク。
今回は、イールド(ゆだねる)の力が働くときに、細胞レベルでは何が起きているかについて解説します!
細胞の足場依存性ー細胞はイールドなしに生きられない
これまでの連載では、イールド(ゆだねる)という動きが、身体の機能の基礎となり、身体構造にも影響を与えることを紹介してきました。
今回は、細胞というミクロなレベルでもイールドが重要な役割を果たしていることをお伝えします。
「ゆだねる」というイールドの動きは、生命の最小単位である「細胞」が増殖していくときにも観察されます。
私はロルファーになる以前、インターフェロンなどの抗がん剤を扱うバイオ企業の研究所で、細胞を用いた実験をしながら生理活性物質の探索を行っていました。
細胞生物学では、培養細胞の生存と成長のための足場として「細胞外マトリックス」を必要とすることが知られています。
細胞外マトリックスとは、細胞と細胞の間を埋めている非細胞性の身体の構成要素です。コラーゲンなどを主成分としており、「細胞間質」「間質」「ファシア(Fascia)」など多様な呼び方があります。細胞にとっての環境の一つが、細胞外マトリックスです。
研究所にいた当時、私は細胞を継代培養するために、新しい培養フラスコに細胞を移し替える作業もしていました。
細胞を移し変える過程では「トリプシン」という消化酵素を作用させます。すると、フラスコから細胞が剥がれて、1個1個に分離します。これを内側がツルツルで何の処理もしていないガラスのフラスコに移しても、細胞は育ちません。
理由はツルツルの壁面には、足場となる拠りどころがないためです。細胞に十分な栄養があったとしても、イールドできる足場がなければ細胞は死んでしまうのです。
細胞を実験系で用いる研究者にとって、細胞に足場が必要であるということは常識です。
ですから、一部の浮遊系の血液細胞などの例外を除いて、細胞を培養するためには、あらかじめ細胞が付着しやすいように内壁が加工されたフラスコを用います。
培養フラスコの内壁に細胞が接着できるようにフィブロネクチンのような細胞接着因子や、細胞外マトリックスの主成分であるコラーゲンをコーティングしておくと、細胞を培養フラスコの内壁一面に増やすことができます。
この現象を「細胞の足場依存性」といいます。後で述べますが、細胞にとっての足場は、依存どころではなく、運命決定の場なのです。
細胞には「十分なスペース」も必要である
また、一つの細胞を個別に培養する実験から、足場には十分な面積が必要なことがわかっています。ある程度のスペースがないと身動きがとれず、細胞死に向かうのです(図2参照)。
これは、細胞は拠り所となる足場に接地した後、成長のために自らを広げる動きが必要だからです。この時、たとえ足場がまだらであっても、十分なスペースがあれば細胞は移動できるため生存できます。
足場に無事接地し移動ができるようになると、細胞の形状は変わります。この時に起きる内側の張力の変化(力学的ストレス)が、生存に必要な生命反応のスイッチになるのです。
ここでいう細胞は、動物の細胞を指しています。
動けなければ動物として生きられず、それは細胞レベルにおいても一貫性のある性質です。
猫の足は、足場が悪い地面や木の上でも滑らないための肉球や爪が備わっています。
動物のすべての動きは、足場が起点になって始まります。
足場がなくても生きられる細胞が「がん細胞」
ただし、足場がなくても増殖できる細胞があります。「がん細胞」です。
がん細胞は、足場がなくても無限に増殖する「足場非依存性」の性質を持ちます。
ある臓器で見つかった腫瘍細胞が、離れた別の臓器に転移できるのはそのためであると考えられています。
がん細胞は細胞同士あるいは細胞外マトリックスとの相互作用を必要とせず、無秩序に増殖します。
それは、周囲との関係性から外れることを意味します。
細胞にとっての秩序とは、
「適切な場所で分化、増殖、成熟してタイミングがきたら死ぬ」
というサイクルで一生を終えるということです。
しかし、がん細胞は関係性を持たず、秩序から外れているため、過密になっても増殖を止めず、幾層にも重なるように増えていきます。
一方、正常な細胞を平面で培養していると、増殖して密集状態になった途端に細胞が隣同士であることを認識して増殖をストップします。これは「接触阻害」と呼ばれる現象です。これもまた正常な細胞の性質です。
生命の最小単位である細胞一つひとつに、周囲と相互作用しなければ存在できない性質(足場依存性)と、増えすぎて全体のバランスを崩す(接触阻害)ことを避ける智恵がもともと備わっているのです。
ところで、ハダカデバネズミという動物をご存じでしょうか?
ハダカデバネズミの線維芽細胞を取り出して培養すると、「細胞が密集するかなり手前で増殖が止まる」という実験結果が示されています。
このネズミは、寿命が約30年と一般的なネズミの寿命(2~3年)に比べて長寿で、さらにがんにならず、低酸素状態への耐性などの特性を持つことが知られています。
ハダカデバネズミはコロニーを形成してハチやアリのような真社会性(女王を中心とした役割分担が明確な社会構造)を営むことや、痛みにも耐性があることがわかっています。
猫のみならず、このネズミにも私たちは多くのことが学べそうです。
(第4回 了)
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