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去る4月18日、東京・朝日カルチャー新宿で、格闘技界のレジェンド・中井祐樹氏とビル・ロビンソン氏のもとでキャッチ アズ キャッチ キャンを学び、現在プロのリングで活躍中の鈴木秀樹選手のお二人により、「対談【中井祐樹×鈴木秀樹】なぜ僕らはプロレスラーを夢見たのか?」が行われたのは既にお伝えの通り。コ2ではその対談の模様を全5回に渡ってお伝えします。
二回目の今回は、そもそも「レスリングとは何か?」というお話から始まります。
なぜ僕らはプロレスラーを夢見たのか?
対談/中井祐樹(柔術家)×鈴木秀樹(プロレスラー)
第2回「これは「バイタルレスリング」だ!
語り●中井祐樹、鈴木秀樹
構成●コ2【kotsu】編集部
協力●朝日カルチャーセンター新宿
フォークスタイル・レスリングを知らずMMAを語るなかれ
中井 僕は最初SNSで、鈴木さんの『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を「バイタルプロレスリング」と紹介したんです。つまりバイタル柔道のプロレス版だと。でも2回目に投稿する時に「バイタルレスリング」と書いたんです。この心、分かって頂けますか。
鈴木 なんでしょう??
中井 わからないですか(笑) 結局、プロレスリングと書くとレスリングの人が読まないんですよ。僕はいまキッズレスリングのクラスを持っているんですが、やってることは基本的にキャッチ アズ キャッチ キャンなんです。自分で逃げるレスリング。つまりオリンピックレスリングに重きを置いていないんです。もしかしたら親御さんはオリンピックに出したいと思ってるかも知れない。でも必ずしもオリンピックスタイルを強制する意味がないんじゃないかと思っていて。あのルールで試合したい子は別に良いんですけど、「出ても出なくてもどっちでも良いよ」と子どもたちに言ったら、だいたい出ないんですよ。
鈴木 ああ。そうなんですか。
中井 だからサッカーとか野球とか、世のスポーツはかなり試合に出ることを強制しているんだろうな、と思うんです。僕のところは無理に出させないから、誰も出ない。だから「中井はその程度の指導者なんだ」と言われているかも知れないし、その意見も分かるんです。でも試合を強制しないと、誰も出ない。
鈴木 どのスポーツも試合ありきで成り立ってますからね。
中井 それはそれで良いですし、僕も「試合を目指したスクールをやって下さい」と言われればできるんです。出なきゃダメにすれば良いだけですから。でも僕はどっちでも良いということにしておくべきだと思っていて。なぜなら僕自身の原点がスーパーヒーローに憧れた少年じゃないですか。誰かに強制されてやっているわけではなくて、いまだにただ楽しくて続けているだけ。
鈴木 それは僕もそうですね。別に練習してもしなくても良いという立場で始まりましたし、そもそもプロレスラーを目指していたわけでもないですから。
中井 僕もレスリング部出身ですから、僕が教えているレスリングが「あんなのレスリングじゃない」と言いたくなる気持ちも分かります。でもやはり僕が教えるので、亀からのエスケープとかを入れるんです。流石にサブミッションまではやってませんが、そこに繋がるような動きを散りばめてます。言ってみればアメリカのフォークスタイル・レスリング。僕はこれをアメリカ帰りの先輩から教わったのでけっこう身近だったんですよ。
フォークスタイル・レスリングはオリンピック・スタイルと違って寝技が多いんです。レスリング版の高専柔道みたいなものですね。これはキャッチ アズ キャッチ キャンとも地続きですが今だに残ってます。しかもおじいちゃんの時代からずっと同じルールを使ってたりするんです。試合になるとアイオワなどのレスリングが人気の州では観衆が2万人くらい集まるんですよね。動画を観てもNCAAのレスリングとかはメチャクチャおもしろいんです。じっとローリングを耐えたりとかしないで、自分からサッと逃げる。(ピン・)フォールされそうになってもくるくる回って自力で逃げる。「こういう下地があるからUFCでもレスラーが強くなれるんだ」って、僕はインタビューなどで何千回も言っています。
鈴木 まだ世間に伝わってないんですか(笑)
中井 あのスタイルのレスリングが日常にあるから、アメリカのMMAファイターは強いんです。そういう前提を抜きにして、日本のMMAファイターを語ってもザルの議論でしかないんですよ。『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』には関節も絞めもある。だから、レスリング関係者がみたら恐らく「プロレスの本じゃないか」って言うと思うんです。
でも、もともとこれがレスリングで、ここから子ども用やスポーツ用のルールが生まれて今あるようなレスリングが生まれていったのだと考えてもらえないかな、と。現役選手がこういう本を書くのもとても珍しくて、他には藤原喜明さんくらいですよね。それが86年くらいなので、現役プロレスラーによる技術書は実に30年ぶりです。その意味でも貴重な本ですし、レスリング関係者にもプロレスの本としてではなく、そもそもレスリングとはこういうものなんだと考えを改めていただきたいですね。関節技からエスケープできて当然だし、関節技も狙いつつもピン・フォールを狙う。それが危ないからという理由で関節技を省いたのが、今のレスリングであって。
鈴木 フリースタイル・レスリングですね。
中井 そう。でも元々はここに書かれているようなのがレスリングなんだよ、と。そういう思いを込めて「バイタルプロレスリング」から「プロ」の二文字を取ったんです。レスリング関係者がそう思ってくれれば、山本美憂ちゃんやアーセンが相手をテイクダウンしたは良いけど、下から関節技を取られて負けるような悲惨な例が少なくなるでしょう。
鈴木 レスラーの発想の中に無さすぎるんですよね。サブミッションが。それにしても「悲惨」ですか(笑)
中井 そうですよ。日本のオリンピックレスリングのレベルはすごい高いんですから。金メダリストいっぱいいますし。でもMMAに来ると「寝技、難しいな」とか言って関節技とかの練習をしなくなる。嫌いになるんですよね。元々レスリングの中にないから当たり前なんですが、遊びでも良いから、キャッチ アズ キャッチ キャンみたいなレスリングを取り入れてもらいたいな、と。せめて元々レスリングはサブミッションもあったって知識のある人が一人でも増えないと、この状況は変えようがないと思います。
鈴木 リオ五輪で確か柔道の中村美里選手が、柔術で言ういわゆるハーフガードの形から抑え込みにもっていきました。相手に絡まれた足を抜く時、中村選手が相手の腕をチキンウィングアームロックのような関節技で固定していたんです。そのまま一本取ることもできるはずです。でもつなぎとして関節技を使って、抑え込みに持っていった。僕はオリンピックレスリングよりもよほどこっちの方がロビンソン先生に習ったレスリングに近い印象を持ちました。関節技も取れるけれども、抑え込んでピン・フォールを取った方が早いわけじゃないですか。力もそれほど必要ないですし。他にも柔道は全般的に寝技が長くなってましたよね。これに対してレスリングは、「立ってやる競技」のようになってしまっている。
中井 アマチュアレスリングもやってみればおもしろいんですけどね。マスターズの大会は出場者がうなぎ登りで増えてますし。オードリー春日さんが挑戦したことがバラエティ番組に取り上げられたりしたので、観た人もいると思います。格闘技はやった方がおもしろいってことをみんなが分かってきて、柔術もオーバー30のマスターズ大会は1200人くらい参加するようになりました。
鈴木 柔術は長く続けられる感じがしますね。試合を目標にしなくても良いし、練習の中で完結させられる気がします。
中井 それはありますね。格闘技をやる側の楽しさが知られてきたという潮流がある中で、この『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』は時代にマッチしているんじゃないか、と。
ピン・フォールへこだわる理由
鈴木 「キャッチ」とか「キャッチ・レスリング」で検索すると、海外でもたくさんの大会が開かれているんですよ。でもピン・フォールがないところがある。ピン・フォールがないとグラップリングと変わらなくなってくるので、あえて「キャッチ」と言う必要はありません。そもそもレスリングはピン・フォールがあってこその技術体系なんですよね。
中井 ただ普通は、なぜそこまでフォールにこだわるのか分からないと思うんですよね。相手の両肩を床に着けるフォールは昔からあるレスリングの決着方法なのですが、これは相手をコントロールする究極の形なんです。普通はフォールしたら勝ち。下になったら負け。動物的にも腹を見せたら本来は負けのはずですが、そこを下から極めることを考えついたのは明らかに日本人なんですよ。
日本独自の文化であって、フォールの文化ではない。ただ基本的にフォールというのは、コントロールの究極の形です。フォールを取れなくても上を取り続けることができることになるので。だからピン・フォールを取れるかどうかは大事な問題なんですが、UWFの時代とかもあまり語られてこなかった。
異論反論はあるかと思いますが、僕はピン・フォールがあるのがレスリングだと思っていて。基本的にいまマット上で行われているスポーツは、ピン・フォールが主であるものが多いはずです。でも上から押さえつけることが軽視されるようになってきた。その結果がUWFや異種格闘技戦ではないかと思うんですよね。レスラーではない人間を押さえつけても、決着はついてない気がしてしまう。KOやギブアップの方が上なんじゃないかと。そういうのはおそらく僕らの世代からです。だから完全決着がピン・フォールだったりすると、ブーイングが起きたりする。
猪木vsレオン・スピンクス戦(編注:アメリカ合衆国の男性プロボクサー。元WBA・WBC統一世界ヘビー級王者。モントリオールオリンピック金メダリスト。)はフォールで猪木が勝ちましたが、そこはフォールしちゃダメでしょ、という雰囲気だった。相手はボクサーなんだからギブアップかKOでないと。そういう空気が醸成されていって、第2次UWFくらいからいわゆるU系(編注:UWFをルーツに持つプロレス団体や格闘技全般のこと)はピン・フォールがなくなったんですよね。
鈴木 ルール上は、高田(延彦)さんと山崎(一夫)さんが1回くらいやってますね。ジャーマン・スープレックスからのフォールで決着がついたんじゃないかと。
中井 誰かこの辺、詳しいひといますかね?
会場 その試合がきっかけでピン・フォールがなくなりました。ブーイングが起きたので。
鈴木 第2次UWFですよね。
中井 それまでは、ピン・フォールはあったんですね。何年くらいですかね。
会場 88年の8月ですね。
鈴木 ジェラルド・ゴルドーがいた時ですね。
中井 ではかなり早い段階でフォールを捨てたことになりますよね。それ以降はフォールはないはずなんですよ。だから僕なりの毒を吐かせてもらうと、それ以降はプロレスではなく疑似格闘技なのではないかと。
「フォールだけは残すべきだった」とロビンソンさんも言っていたそうですが、僕もそれに賛成なんです。でも当時は僕もフォールに疑問符でした。本当の決着じゃないんじゃないかと。
鈴木 僕もぎりぎりそういう感じでしたね。ギブアップが良いと。
中井 Uインターもリングスもパンクラスもピン・フォールはないですよね。だからレスリングではなくキック&サブミッションという感じになっていった。
鈴木 観てる当時は思わなかったんですが、習ってみて分かったのが技術を端折ってるんですよね。打撃があって、倒してサブミッションを取る。その間がないのがUWFのスタイルだったな、と。間のところを見せなかったのか、やらなかったのかは分かりませんけれども。
中井 僕は北大柔道部に89年から92年までいたのですが、その頃に兄貴に言われたんです。「お前、藤原喜明とか前田日明が好きなクセに、技は全部抑え込みなんだな。関節じゃねえんだな」って。僕としては「そういうことじゃないんだけど」って思いますよね。ただ抑え込みが幹だから、抑え込みがメインになるんです。試合に勝つなら圧倒的にそっちの方が早い。でもプロレスの側ではピン・フォールがなくなったことで、上に乗り続けるポジショニングの技術がなくなっちゃったんでしょうね。
僕が修斗に入門した時も、みんな抑え込みの技術が全然ないものだから簡単に押さえ込めちゃったんです。でも上から極めないと勝ちにならないから、すぐ立たされてしまう。せっかく投げて押さえ込んだのはなんだったんだと(笑)。押さえ込んで殴れれば一番早いのにな、ってずっと思ってました。
関節技とフォールって一致しないんです。関節技をかけるには密着して押さえ込んでいるところにスペースを作る必要になる。だから押さえ込んでピン・フォールを取るのとは逆行することになるんです。やり方にもよりますが、いったん抑え込みを解除するということですから。だからサブミッションとピン・フォールの両方を認める競技があれば、絶対にピン・フォールが多くなるはずなんです。
鈴木 そうならないとおかしいですよね。ロビンソンは圧倒的にピン・フォール優先でしたね。いきなりサブミッションを取りに行くのはギャンブルだと。特に相手の力が強い場合、サブミッションの場合は確率が下がるけれども、抑え込みは失敗してもデメリットが少ないとよく言われました。
中井 なるほどなるほど。そうなるだろうと思うんです。
(第二回 了)
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