イールドワークで学ぶ空間身体学 第3回 イールドワークの実践

| 田畑浩良

「言っていることや方法は正しいのになぜしっくりこない」

普段生活するなかでそんなことを感じたことはありませんか?

それとは逆に、

「理由はないけれどこの人といると安心できる」

ということもあるのではないでしょうか?

その理由は、私たちの身体が無意識のうちに相手や自分がいる環境に対して常にアンテナを張り、そこが自分にとって安全で「身を委ねられるか」を判断しているからです。

この「身を委ねる」という行動は「イールド」と呼ばれ、私たちは生まれた瞬間から身に備わったこの能力を使って積極的に安心できる相手や場所を選んで生き抜いています。

この連載ではこの能力「イールド」を知るとともに、上手にそれを使って自分を安心させたり、他人をリラックスさせたりする方法を、イールドワークの第一人者である田畑浩良さんにご紹介いただきます。アシスタントはイールドの達人(?)である猫を代表してニャンコ先生です。

 

連載 安心感と自己調整能力の鍵は「間合い」

イールドワークで学ぶ空間身体学

第3回 イールドワークの実践

田畑浩良
取材協力半澤絹子

 

連載第3回目の今回。

いよいよ、イールドワークの実践法をご紹介します。

自分の立ち位置や相手との間合いの違いでどれほど身体の感覚や反応が変わるかを、ぜひお試しください!

イールドを使って坐ってみよう

イールドワークは、クライアントと施術者の2者で行うのが基本です。

ですが、その前にまず身体がしっかりとゆだねる感覚を感じることが重要です。

セルフワークとして、坐るという動作にイールドを使ってみましょう。

坐る猫ではなく、立つ猫! 田畑さんの先代猫のタマちゃん 写真提供・田畑浩良

私たちが生活する上で、デスクワークの占める割合はどんどん増える傾向になります。

うまく坐ることができれば、それだけ仕事の効率も上がります。

イールドを通してうまく坐るという動作を探求しましょう。

ゆだねる質が高まる=安心感が深まると、どれほど心身に変化があるのかを自分の身体で確認してみてください。

椅子を使ってイールドワークを体験する

①椅子をセッティング

写真・半澤絹子さん

基本は、座面と膝の高さを同じにします。または、座面がほんの少しだけ膝より髙くなるように椅子の高さを調節します

高さ調整ができない椅子の場合は、座面が髙くなるように敷物を用いましょう。足が自然に床に接地して、足が坐る動作に参加できるようにすることが大切です

②足裏が着地できる位置を探る

次に、足裏全体が床に着地しやすい位置を探します。膝と足の間隔は、少なくとも股関節の幅に空けて、おおよそ膝の下にかかとがくるようにしてみてください。

③ハムストリングスや大腿四頭筋が休まる感覚を感じてみる

写真・半澤絹子さん

座面に対して、座骨だけでなく、ハムストリング(太ももの裏側の筋肉)ができるだけ落ち着いて接地するように、調整してみてください。ハムストリングが落ち着くには、大腿四頭筋が休まるように、そけい部に常に空間的にゆとりを持たせてください

最初は椅子の背もたれに頼らずに、足からのサポートと下丹田を通して、骨盤が自然に起きる、楽なバランスを見つけます。

④骨盤底に注意を向ける

余裕があれば、骨盤底にも注意を向けます。

写真・半澤絹子さん

骨盤底は2つの座骨と恥骨を結ぶ「前部のトライアングル」と、2つの座骨と尾骨を結ぶ「後部のトライアングル」に分けられます。

赤色が2つの坐骨と恥骨を結んだ「前部のトライアングル」。青色が2つの坐骨と尾骨を結んだ「後部のトライアングル」。「前のトライアングルを意識した方が坐り易い場合もあるし、反対に後ろのトライアングルを意識した方が坐り易く感じる場合もあります。二つの座骨を支点にして、骨盤を前後にゆっくり傾けて、丁度いいところを見つけてみてください。(田畑さん)」図版制作・コ2編集部

前後のトライアングルの張り具合から、骨盤腔全体の空間に感覚を行き渡らせて、自然に下丹田に感覚が集まってくる状態を見つけます。肚に感覚が集中すると内臓も収まりやすくなり、上半身の力みもどんどん減らすことができます

⑤足の位置を再調整する

①〜⑤上で得られた状態に合わせて、再び足〜膝〜大腿部の位置を再調整します。

⑥呼吸に注意を向ける

うまく肚が収まった感覚が得られたら、しばらくその状態を味わって、呼吸の質を感じてみます

うまく坐るためには、足底と坐面がちょうどよく接地しながら、骨盤の支えに参加している必要があります。

すべての動作を、イールドが根底で支えています。

イールドワークを実践する(ペアワーク)

ゆだねる感覚を自分で味わったら、イールドワークをやってみましょう。
2人1組になり、「クライアント役」「施術者役」を決めて、試してみてください。

●準備

施術台(マッサージテーブルがベスト)を用意する。沈み込まないタイプのものにする。

施術台は、クライアントが安心を感じられる高さに調整します。

畳に寝たり、床にヨガマットを敷いてワークしても良いでしょう。ただし、床に当たる身体の部位が痛くならないようにタオルなどで調整を。腰にトラブルがある方は、膝裏にクッションや厚手のタオルを入れて、腰の負担を減らしてください。

横たわる位置を調整できる場合は、ラクな気持ち、落ち着く感覚などにしたがって、ご自身にとってしっくりくる位置を見つけてください。

写真提供・ Jeffrey Maitland

① クライアント役は施術台に仰向けになる

頭、腕、足の位置など、自分の身体が落ち着いて寝られる姿勢をとります。

仰向けがきつい場合は、横向きやうつ伏せになっても構いません(イールドワークには横向きやうつ伏せのワークもあります)。

施術ベッドのどちらを頭にして寝ると心地よいかも試してみましょう。

② 施術者役は、施術台の周辺に立つ

施術者役の人はクライアント役のことは気にせず、まず自分の身体に意識を向けて、どの位置に立つと自分の身体が心地よいかを探っていきます。自分が心地よいと思える立ち位置を2〜3ヶ所決めましょう。

慣れないうちは相手に近づき過ぎる傾向があるので、決めた位置よりも半歩下がって、お互いにどう感じるか?をチェックしてみてください。

慣れないうちは相手に近づき過ぎる傾向があるので、決めた位置よりも半歩下がって、お互いにどう感じるか?をチェックしてみてください。

 

実際のグループワークの風景。写真提供・田畑浩良

③ 場所について質問する

施術者役は、自分が心地よいと感じた立ち位置数ヶ所について、「この場所はどうですか?」とクライアント役に質問してみましょう

実際に立ってみると、「この場所は圧迫を感じる」とか「この場所は温かく感じる」など、さまざまな反応があるかもしれません。

「心地いい」「落ち着く」「しっくりくる」「抵抗がない」など、感じ方はさまざまです。他の場所と対比して探すと、ちょうどいい間合いの位置となるファーストポジションを見つけやすいと思います。

④ 施術者役・クライアント役が「心地よい」場所を決めて立つ

施術者役とクライアント役の双方が「心地よい」と感じられる場所を決めて立ちます。場所を決めかねる場合は、施術者役の感覚を優先しましょう。

ここでいう「心地よさ」とは、落ち着く、しっくりくる、ニュートラルな、あるいは濃くないさらっとした感覚を指しています。

⑤ 施術者役はクライアントを見守る

お互いにくつろいだ状態で、しばらく(心地よさが続く限り)とどまりましょう。ワークの時間は意識しない方がいいかもしれません。この間は、ひたすらラクでいることに集中してみてください

なお、施術者役は「自分の肚」に意識を集めると、共鳴の力によって、クライアントの自己調整力に変化が起こりやすくなります(後日の連載で詳しく解説します)。

施術者側は、立つ場所を選ぶ際についクライアントの意見を優先しがちですが、「自分の心地よさ」をおろそかにすると、相互に丁度良く感じる間合いの場所は見つかりません

両者が主観的な感覚を尊重して、対等な関係でワークを行うのがポイントです。

⑥ 施術者役は時々感想を聞く

施術者役は時々、クライアント役に「身体の感じはどうですか?」とワークの感想を聞き、今感じていることを言語化してもらいます

もしクライアントが眠ってしまった場合は、何も言わずに見守りましょう。また、施術者役は、施術中に起こる自分自身の身体の変化を観察してもよいでしょう。

写真提供・コ2編集部
寝ている子は起こさずそのままに。 写真提供・コ2編集部

⑦ 違和感を感じたら施術者役は場所を変える

施術者役は、自分の立ち位置に何となくちょっと違和感を感じてきたら、立つ場所を変えます。

ワークの時間が経つにつれ、「立っても大丈夫」と感じられる場所が増えたり、「ここに移動したほうが良い」と感じる場所が変化していきます。「場所を変えよう」という感覚が来たら、積極的に動いて良いです。
立つ場所を何回か変えていく中で立ち位置に迷ったら、ファーストポジションに戻ると良いでしょう。

場所を変える際は、「この場所に立っても大丈夫ですか?」と、クライアントに確認しましょう。合意がとれたら、場所を移動してOKです。

⑧ イールドを誘引する

クライアントの身体の中で「ゆだねられていない」と感じる部位があったら、施術者役は自分の手をその場所の下に差し込み、イールドを誘引します。

⑨ セッション後にヒアリングをする

セッションが終わったら、クライアント役の身体や身体的な感覚に変化があったかをヒアリングします。
施術前後に全身写真を撮影して、身体の変化を確認するとわかりやすいです。

ペアワークができない場合は犬や猫で試してみよう

イールドワークは犬や猫に試したり、家族が寝ている時に行うこともできます。

イールドワークの練習に猫はもってこい? 写真提供・コ2編集部

「猫を相手に? ご冗談でしょう!」

と思われる方もいると思いますが、イールドワークが私たち動物が原初的に持っている「安心を感じ、リソースを回復させる能力」へアプローチするものであることを考えれば自然なことです。

特に「快適な場所を見つける名人」である猫はいい練習相手になってくれます。

例えば、眠っている猫に行うとしたら、猫にゆっくり近づき、その周囲でいくつか自分が落ち着けたり、何となく自分の肚が良い感じだと感じられる立ち位置を見つけてみましょう。そして、その位置にしばらくとどまってみます。

猫を観察してみると、ある位置では呼吸のリズムが変わったり、細かく身体の一部がピクピク動いたりする反応が見つかるかもしれません。相手の何かが変わったら、しばらくそこで起こることに好奇心を持ちながら見守ってみてください。

相手の反応が激しく出ることもありますが、ダイナミックな変化はあまり求めないほうが良いでしょう。反応が激しい場合は半歩下がったり、身体の向きをちょっと変えてみると反応が落ち着くかもしれません。

犬が相手でも同じですが、犬の場合は人間と一緒にいること自体を心地よく喜ぶ性質が強くあるので、猫に比べてやりやすいかもしれません。

逆に猫はシビアで、特に外猫の場合は僅かな距離感・角度の違いでサッと立ち去ってしまいます。ですので試す場合はくれぐれも猫の昼寝を邪魔しないように行ってください。

イールドワークで用いるのは、なるべく相手に抵抗のない「ひたひたとした居心地の良い安心感」と「落ち着きが得られる位置関係」です

まとめ 無意識の「介入」を止め「待つこと」

イールドワークには、他にもさまざまな方法やコツがありますが、基本的には上記のプロセスを踏むことで、身体が施術者の介入を受容しやすい状態にコンディショニングさせることができます。

触れずに見守るだけでも、身体がその場にゆだねる動きと共に、解放や知覚の広がりなどを伴う変化へと進行することもあるでしょう。

まずはご自身で、感覚の変化を体験してみてください。

このワークで大切なのは、余計なことをしないことです。

イールドワークは、エネルギーや気を意識的に流したり、動かそうとする意図を持たず、「ただそこに居る」ことが大事です。マッサージセラピストや徒手療法家は、躊躇なく相手に触れて、自動的に何かをすることに慣れていると思います。しかし、イールドワークは「触れるまでのプロセス」を引き延ばして丁寧に扱うワークです。

また「イールドワークのセッションは何分行えばいいのですか?」とよく質問されますが、明確な時間はありません。施術者の方には、クライアントの身体が受容可能になるまで介入を十分に待ち、“相手の身体システムが自分を招き入れてくれる時の感覚”をつかんでほしいのです。

相手の身体システムが自分を招き入れてくれなかったとしても、「待つこと」に意味があります

この過程を丁寧におこなうなかで、自分に無理に外からプロセスが進むことを急かしたり、強いる傾向がないかをチェックしてみてください。

そしてイールドが進み、深い安心・安全を感じたら、それを十分時間を取って味わってもらうことも非常に大切です。忙しく、「次、次、次……」と新しい刺激をクライアントに与え続けるのではなく、そのプロセスに浸ってもらい、身体を休ませることに専念し、深い休息を思い出してもらう。身体システムがその状態に馴染むための時間にも意味があるのです。

こうしたイールドワークのプロセスを体験することで、施術者は相手に触れるまでに自動反応的に行っていることに気づき、ワーク中に自分の身体感覚と常につながっているかをチェックしやすくなるかもしれません。

私たちの身体は、緊張や力みが急にゆるんだ場合の変化は感じ取りやすいのですが、「ある程度リラックスした状態から、さらにゆるむこと」に対しては鈍感です。ここで紹介したワークは一見地味で、変化ははっきりとは感じにくいかもしれません。しかし、定着するような意味のある変化は、ゆっくりと染み渡るように経過していくものです。

「待つこと」

「施術側がよかれと思う変化を押しつけず、プロセスを無理に進めようとしないこと」

イールドを組み込んだロルフィングを受けたお医者さんからは、「セッションを受けたことによって、“待つこと”の重要性を体感して、自分の診療のやり方を見直す良い機会になった」というフィードバックをいただいたこともあります。

福祉・医療関係者や教育関係などの援助職全般にも役立つ感覚かもしれません。

(第3回 了)

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–Profile–

田畑浩良 (Hiroyoshi Tahata

「The Art of Yield (Yielding Embodiment®)」開発者。認定アドバンストロルファー( Certified Advanced Rolfer)、Rolf Institute教員(ムーブメント部門)(Rolf Movement Faculty member)。株式会社林原生物化学研究所(現:(株)林原)勤務を経て、ロルフィングの道へ。1999年、日本人初のRolf Movementプラクティショナーとなる。ロルフィング他、SE™(Somatic Experiencing®)や「身がまま整体」の片山洋次郎氏とのセッションから、施術時における「空間」の重要性に気づき、「イールドワーク(Yielding Embodiment® Orchestration)」を構築。空間と身体との関係性を活かした繊細で安定的なセッションを提供している。イールドワークの施術者(イールダー)の養成も精力的に行う。大の猫好き。写真は愛猫のにゃんこ先生と。https://www.rolfinger.com/

*イールドワーク、The Art of Yieldは一般名で、Yielding Embodiment®は、必要な研修を修了した認定者が提供する商標として登録されています。

*Rolfing®、ロルフィング®、Rolf Movement®、ロルフムーブメント™、Rolfer™、Rolf Institute、The Rolf Institute of Structural Integration、およびLittle Boy Logoは Rolf Institute の商標であり、米国およびその他の国々で登録されています。

半澤絹子(Hanzawa Kinuko
フリーライター、編集者。各種ボディワークやセラピーを取材・体験し、「からだといのちの可能性」、「自然と人間とのつながり」に関心を持つ。「ソマティック・リソース・ラボ(https://www.somaticworld.org/)」運営メンバーの1人として、ソマティックに関する取材や普及活動も行う。