健康とウェルビーイングの一歩先を求めて−−。
今、こころとからだの健やかさの質を高める、
マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。
からだの感覚に注目し、
心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、
深い気づきや静けさを得たり、
自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んだりしていく。
これらは、
こころとからだのつながりを目指す
「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。
その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、
1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、
自分に向くものはそれぞれ異なります。
この連載では、
これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに
「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、
それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。
リベラルアーツ(一般教養)として学ぶ
ソマティックワーク入門
−新しい身体知の世界をめぐる−
第19回 歪みを生かしながら心身の中庸を目指す 身体均整法・矢作智崇さん(理論編03)
取材・文●半澤絹子
取材協力●日本ソマティック心理学協会
前回の理論編02では、身体均整法独自の観察、調整法「12種体型」について紹介しました。
今回は、実際に12種体型を使うときの考え方などについて解説していきます。
「主訴」と「後天的な体型」を基に施術をする
私たちの身体には、「生まれ持った体型」と「その後の人生で形作られる体型」がある。
どんな身体もすべてオリジナルであり、起こる不調もさまざまで、その人が持つ遺伝的な要素や生活で決まっていく。
矢作さんは、
「身体均整法では人の身体を『前後・左右・回旋運動の不均衡』、『呼吸運動の強弱』、『関節の開閉』(全身の緊張と弛緩)の傾向から、身体の傾向を12種類に分けて手技を施していきます」
と言う。
「そして、体型調整をするときには『態性(後天的な体型)』を扱います。生まれつきの本質(形態)を見抜くのは難しいので、本質に対してアプローチするのはリスキーなんです。たとえば、先天的にはフォーム4の体型だけれども、後天的な体型がフォーム3として現れている人もいます。
それに、『このクライアントさんは手足が小さくて下半身が太っているから、形態は【骨盤型のフォーム10】だ』と先天的な体型を推測したとしても、その人が気管支の不調が主訴の場合は肋骨型のアプローチをするので、骨盤型の見立ては施術には関係なくなります」(矢作さん)

ちなみに、身体均整法の創始者の亀井進氏は、不調と体型調整の手技について次の三つの方法を講義録(参考資料:『講座集第6集』p247)に遺している。
①主訴を体型に合わせてとる方法
②主訴を主にして体型を主訴に合わせてとる方法
③体型と主訴を組み合わせてとる方法
①はどのような不調であれ、その体型(形態)の調整をすれば心身が整うことを意味する。
②はどの体型(形態)であれ、その不調がどの体型に属したものかを判断し調整を行えば、心身が整うことを意味する。
③は不調と体型を合致させることを意味する。
「僕は②を用います。クライアントが胃の痛みを訴えているのであれば、骨盤型でも循環器型でも、『消化器型』という見立てで痛みを取ります。主訴に働きかけるためにこの体型で見立てる、という使い方です。そうして上の皮(態性)を剥ぐと、本質(形態)が出てきやすくなります」(矢作さん)
均整院にやってくる人の体型はさまざまであるが、最近では、前後型(頭脳型)と肋骨型(呼吸器型)の体型調整が増えているという。
「頭を使う仕事で疲れている人と、人間関係でナーバスになっている人が多いです。生理現象としては、呼吸と目の動き、睡眠トラブルの傾向があります」(矢作さん)
また、肉体労働を主にして生活していた時代の人と比べて、現代人は身体が複雑、繊細になっている傾向もあるのだとか。
「昔は、『転んだから足が痛い』といった単純な原因が多かったけれど、現代は『脂肪肝で糖尿の気がある人が、ハードワークで睡眠時間が短くて、大酒飲んで奥さんと喧嘩した人』が、治療院にやってきたりします。
身体の運動系に影響を与えるものは、身体の外側と身体の内側からの2パターンがあって、今は、外部環境よりも慢性化した身体内部の状態によって心身が乱れていることが多いですね。不調の原因が複雑になってきているので、この筋肉をほぐせばここが治る、みたいな単純なアプローチではうまくいきにくいです。
手技療法でいえば、不調に対して力ずくで治そうとするのではなく、優しくて繊細な手技が主流になっていくと思います」(矢作さん)
さらに、12種体型を知ることで、施術家自身が自分に向く手技を見極められるというメリットもある。
「ある手技を効かせられるかどうかは施術者の体型によって変わります。例えば、手首の可動域って人によって違いますよね。僕は手首がけっこう柔らかいけど、手首の柔軟性がない人は肩から押すしかないので、刺激が強くなります。施術者の体型とクセ、手の大きさ、力の入れ方、好み。それによって手技は変わっていきます」(矢作さん)

それゆえ、身体均整法においては、先輩が後輩の手技を否定することはない。人によって向いている手技が違うのだから、自分のやり方が絶対とは限らないと知っているからだ。
「あなたはそうなんだね、面白いことやってるねというのが均整師のスタンスです。僕がキャリア10年のときに身体均整法の講師をしたら、休み時間にキャリア30年以上の先輩がやってきて、『勉強になります』と頭を下げられました。
人からある手技を教えてもらったとしても、結局、その人より上には行けません。自分なりのやり方を工夫する必要があります。
どんな施術にせよ、自分がフィットする方法を見つけていけばいいと思いますね」(矢作さん)
亀井氏は「あなたの均整法(手法)を見つけなさい」という言葉を遺した。
これは身体均整師に限らず、すべての施術家に言えることだろう。
歪みはその人の本質・人には事情が現れる
体型と性格との関係について、気になったことを質問してみた。
「歪みはその人の本質」というのが矢作さんの施術のモットーである。この言葉には、どのような意味が込められているのだろうか?
「身体が歪んだりする原因の多くは、幼い頃から始まっていたりします。体型は長い人生をかけて積み重なってきたもの。人には事情ってものがあります。だから、歪みはまず認めてしまおうという意味ですね」(矢作さん)
例えば、「前にかがんでいる姿勢の人は気持ちが暗くなりやすいので、姿勢を良くしましょう」というのは一般的には正しい考え方だ。
しかし、身体を収縮させるのがラクな体型(肋骨型陰性・フォーム6)の人が、身体を無理やり起こすと、呼吸がしづらくなることがある。他に例をあげれば、一般的な方法では上手に筋トレできない体型(循環器型陰性・フォーム12)の人もいる。
「胸が開いていたり、姿勢は真っすぐであるほうが良い、というのは正しい。でも、それを一直線に目指すと、『間』がなくなってしまいます」(矢作さん)
身体は、健康であるために、あえて自ら歪めることがあると矢作さんは言う。例えば、足を組みたくなるのは、疲れている臓器をかばう身体の欲求であったりする。身体均整法では最終的には歪まない中庸な身体づくりを目指すが、痛さを取り除くために一度身体を歪めさせると、周辺の筋肉の収縮と緊張が取れて、身体が中庸に近づくことがあるそうだ。
歪みや不調を起こした身体を尊重し、施術やアドバイスをするのが大事だと矢作さんは話してくれた。
「僕にできるんだからあなたにもできるよ」
身体均整法に出会って23年。その中で、矢作さんご自身にはどんな変化があったのだろうか。
「何が変わったかって、生活が安定しました(笑)。あと、施術をして他人から褒められたり、必要とされる実感は増えましたね。
均整師になって人との関係が単純になったのも良かったです。不調のクライアントさんに対して見合うことをしてお金をいただく仕事なので、結果が出なければ、お客さんは来なくなるというシンプルさがいいですね」(矢作さん)
身体均整法を始めとする施術家を目指す人に対して、矢作さんはこんなアドバイスをくれた。
10人クライアントがいたらそのうちの1人がリピーターになる。10人のリピーターがいたら1人新しいクライアントを紹介してくれるんですよ。(矢作さん)
矢作さんの開業当初は、朝から夕方までアルバイトをして、16時から23時までクライアントが来なくても用事をいれず均整院を開けていた。そのサイクルを地道に続けて、開業から4年後、生活できるようになったという。
人の身体を整えることは簡単ではない。しかし、真摯に勉強をして経験を重ねればできるようになる。矢作さんは、師匠の深沢さんが自分に言ってくれたように、「僕にもできるんだから、君にもできるよ」と、後輩に伝えている。
「亀井先生が技術を発表した時代は70年も前なので、現在の解剖学や生理学などから見ると多少のズレはあります。ただ、技術的には全部、身体を確実に変化させられます。実践してみて、効かなかったものはない。『凄いな』といつも感じます。
臨床している自分からみると、亀井先生はさまざまな技術のいいとこどりをされていて、実に優れた手技療法の編集者だったと思います。慧眼だし、センスがあったのでしょうね」(矢作さん)
矢作さんのライフワークは、亀井進氏が発表した技術を検証していくこと。伝承された技術に自分の個性を加えないまま、次の世代に渡していきたいと語る。
インタビューで語っていただいた言葉からは、身体均整法を生み出した亀井氏への敬意と、クライアントや同志の均整師に対する愛と優しさがにじんでいた。
現在、日本で普及しているソマティックワークは海外のものが多く、その普及に命をかけるボディワーカーが多くいる。同様に、日本でも独自のソマティックワークが生まれ、思いを持って実践している人がいることにも心があたたかくなった。
次回の実践編①では、実際の施術の様子を紹介する。
(第19回 了)
身体均整法のおすすめ書籍
『重力で読み解く身体均整法入門』(村松陽一(著)身体均整師出版部)
身体均整法を、また人体の運動系を理解できる本。さまざまな臨床例が掲載されている。
『不調が消えて、身体が整うセルフケア大全』(小柳弐魄 (著)大和書房)
身体均整師会の目的である「自ら行う体操の普及」を目指した本。これらの体操がなぜ、どのように作用するのかも理解できる。
『田川センセイの均整日記・季節編』(田川直樹 (著)身体均整師出版部)
著者がクライアントや後進の身体均整師に向けてブログで書き溜めた「身体への調整法とその根拠」について述べられている。
『身体均整法入門(DVD)』(矢作 智崇 (監修)BABジャパン)
動画で実際の調整法を見ることができる。さまざまな体型も見られ実践的な内容。
※いずれも身体均整法の基本を学ぶ入門書としては最適です。ぜひどうぞ!
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–Profile–
●矢作智崇 (Tomotaka Yahagi)
身体均整師・ボディデザイナー。やはぎ均整院院長。身体均整師会前会長。身体均整法学園講師。施術歴23年。自身の体調不良から身体均整法と出会い、施術の道へ。ケガの後遺症や痛みの解消、妊活など幅広い悩みに対応。「身体の歪みはその人の本質」をモットーに、クライアントの身体的な個性、気質を尊重した施術を行う。創始者の亀井進氏が遺した技法の研究をライフワークとする。監修DVDに『身体均整法入門』(BABジャパン)。
身体均整法学園 https://www.kinsei.or.jp/