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2016年4月15日、東京武道館で「システマ・女性限定クラス」が開催された。システマ創始者であるミカエル・リャブコ、その子息のダニール・リャブコの来日にともなって開かれたスペシャルクラスで、メインである4月8~9日の大阪セミナー、4月16~17日の東京セミナーの合間をぬって行われた。日本でミカエルによる女性限定のクラスがひらかれるのは初めて。1時間ほどの短さだったが、システマのもつ「愛」の精神が多いに発揮された、リラックスできる内容となった。
コ2【kotsu】レポート
システマ・ミカエル<女性限定>スペシャルクラス
取材協力●システマ東京(北川貴英 代表)
写真提供●エドガー・ツァクルス、渡辺文(☆の写真)
文●阿久津若菜(ライター)
システマは「呼吸」と「リラックス」の武術
システマは、ロシア軍の特殊部隊の元教官であったミカエル・リャブコが生み出した身体訓練法です。“ロシア武術”と呼ばれることもあるように、武術・格闘技のカテゴリーには入りますが、特別な型があるわけではありません。試合もありません。
- 呼吸する
- リラックスする
- 快適な姿勢を保つ
- 動き続ける
この4つの原則に従ったエクササイズを行う中で、自分の力を知り、それを最大限に発揮できる術(すべ)を、“カラダで”学んでいきます。
戦場という極限の状況でも、いかにリラックスして生きのびられるか(サバイブできるか)、というミカエル自身の経験から生み出された、実践的な知恵がつまった心身調整法なのです。
私はシステマ歴約4年ですが、そもそも格闘技も武術もまったくの未経験。はじめた頃に「リラックスできて、運動にもなるみたい。型も道着もないし、堅苦しくなくていいか」と、気軽な気持ちで“呼吸クラス”なるものに参加してみたところ。
基本のエクササイズをやりましょう、と「プッシュアップ(腕立て伏せの動き)」「スクワット」「シットアップ(腹筋の動き)」「レッグレイズ(足を頭上の先までもっていく動き)」「ローリング(受け身)」……
次々と、しかも涼しい顔で参加者の方たちが行うのをみて、「いやいや、これ呼吸クラスじゃないですから!(ゼーゼー……だまされた)」と途中で、逃げ帰りたくなったのを覚えています。
[編注:クラスでは、無理なことを薦めることはありません。何をどこまでやるかは、自分にできる範囲を判断しながら行っています]
それでも、今もほそぼそながら続いているのは、システマで学んだことが即、日常生活に役立っているから。
家でエクササイズを復習する殊勝さはなくとも、取材交渉をする電話の前に呼吸(システマ式ブリージング)をひと息。緊張しすぎてみぞおちが固くなっていると気づいたら、拳でお腹をグリグリ(システマ式マッサージ)。
自分が何か“恐怖”を感じた時、カラダからそれを逃がす具体的な手段があるとわかっただけでも、“日常をサバイブする”のがずいぶん楽になっています。
女性がやっても大丈夫?
今回のミカエルのクラスでは、冒頭に「システマでは女性が少数派なので、男性と組むのがたいへんな時があります。そういう時、私はどうあるべきなのでしょうか?」という参加者からの質問がありました。それには、「そうそう、そこ私も聞きたかった!」とうなづくこと大。
“システマではリラックスが得られる”といっても、そこはやはり武術。相手に馬乗りになって動きを封じたり、ストライク(パンチや肘打ちなどの打撃)を打ち合ったり、腕をねじり上げて負荷のかけ方を試したりと、日常ではありえない場面がしばしば。
女性同士で組めば相手に痛い思いをさせることへのためらいがあります。男性と組むと手加減してもらう申し訳なさを感じつつも、かといって男性は力が強い、カラダが大きい、骨も固い!
「どうしたもんじゃろのう(どんな態度で臨むのが、ベターなんだろう)」と悩むことも多いのです。
それに対するミカエルの答えは、こうでした。
「その気持ちは、とてもわかります。でも護身が目的の場合には、男性がトレーニングのパートナーであることは決して悪いことでありません。ふだん“女性が女性を襲う”というケースは、あまりありませんから(笑)。
これはおもに男性が気をつけることですが、トレーニングの際に大事なことは、“女性の胸を叩くのはよくない”ということ。ほかの部位に関してはだいたい男性と同じです。考え方も含めて、男と女ではそんなに変わりはないのです」
「女性であることに、引け目を感じなくていい」。このメッセージからはじまったことで、今回のクラスをする意味がより、捉えやすかったように思います。
自らの恐怖心と向き合う
クラスはじめるにあたって、ミカエルから今回のトレーニングの意図が話されました。
「システマを健康か護身か、どちらの意味でやりたいですか?
どちらを選んでも、結局のところは両者はつながっています。それは“恐怖”をどう扱うかです」
そこでまず、眼を閉じたまま会場を歩くことになりました。歩いているうちに自分の中に恐怖が生まれたら、両腕を前に突きだし、その感情が自分の外側に出て行くように(身のうちに入らないように)します。
歩くときは、1歩で吸って1歩で吐きながら1周し、次は2歩で吸って2歩で吐き……と1周するごとに、吸って吐く間隔を長くしていきます。
最初は「眼をつむる=視覚が封じられること」の怖さがわいてきました。自覚している以上にからだは怖さを感じているようで、歩き方のクセがいつもより強く出ます。
右足にぐっと重心をかけ、左足を軽くひきずるような状態でそろそろ歩き、安心できるいつもの行動パターンに、しがみついているような感じです。
ですがしばらく自分のペースで歩いていると、手の先に誰かのからだがふれたり、「シュッシュッ」と畳をする足音が聞こえたり。「一人でここにいるわけじゃない」という安心感が生まれてきました。
ほどなくして、人とぶつかってもそれほど痛くないことがわかってくると、互いのからだにふれた時の申し訳なさや遠慮、恐怖心もまた少しずつ、減っていきました。
そのあと、思いがけずでてきたのは、羞恥心です。わたしは“ちゃんと会場を歩けているだろうか、外の人と比べて列から大きく外れてはいないだろうか、自分は自分は……”と、周りと比べたくなる気持ちが顔をのぞかせます。
「視覚を閉ざしていると、耳などほかの感覚を研ぎすますことができるので、続けていると世界観が変わります。これは家でもできるので、ぜひやってみてください」とミカエル。
恐怖をはじめ、自分のなかにあるいろいろな感覚が、時間とともに強まったり弱まったりするのを、じっくり観察できたエクササイズでした。
恐怖をぬぐい去ると、あたたかな世界が
次は二人一組になって、相手をつねったり、指先や腕を捻ったりすることで、痛みや恐怖心を与えるエクササイズ。
もちろん、その痛みをもらいっぱなしで終わるのではありません。受けた方は呼吸をする、手のひらでからだをパンパンと軽く叩くことで、痛みやそれによって起きるネガティブな感情が、からだからぬぐい去られていく様子を感じます。
ミカエルのデモを受けた方は「からだをパンパン、と払ったあとは、あたたかなしびれだけが残って、痛みとか恐怖心はなくなりますね」とにっこり。
ミカエルはそれを「痛みを“受け入れなかった”から」だといいます。
「痛みを与えた人への恐怖感、怒りの感情とサヨナラすることができれば、もう大丈夫。否定的な感情が生まれてきたとしても、それを自分の中に入れなければ、そのあとに感じるのはただ、あたたかさと歓びでしょう」
実際にペアになった人とやってみると、女性同士で気兼ねなく言える安心感からか、あまり恐怖を感じることはなく。
「腕、もっとねじっちゃって大丈夫。存分にやっちゃってください!」と、“痛さ”や“イヤな感じ”の度合いをリクエストしながら、和気あいあいと進みました。
それでも、パンパンとからだを叩いたあとは、
「あれ? 痛みという事実は残っていても、“イヤな感じ”の抜けが、いつもより早い感じ」
「痛みと感情って、切り離せるものみたい」
お互いの感想を伝え合います。
神社でお詣りをする時に「かしわ手」を打つと、そのシャキッとした音に背筋がすっと伸びる感じがあります。三三七拍子もそう。手やからだを叩く音には“場のモードを変える力がある”ことを実感できたエクササイズでした。
最後は呼吸のチカラを利用して朝と夜に行う、気持ちが落ち着くエクササイズを(週に2~3回行うので十分)。
朝は息を“吸いきって”、上半身に空気を満たします。そして息を止めたまま「プッシュアップ(腕立て伏せ)」を1回。終わったらいったん座って息を吐き、落ち着くまで休みます。そして再び息を吸って止めたまま、「プッシュアップ」を今度は2回、そのあと休んで息を吐く。これを15回まで段々数を増やして繰り返し、自分に集中していきます。
こんなにできない! という人はできる回数まででOK(自分に集中するための手段なので、回数を“こなす”ことが必須ではありません)。
夜は反対に、息を“吐ききって”から止めて、同じように「プッシュアップ」。これを15回ほど続けることで、無駄な力みがなくなり、リラックス効果が得られるそうです。
システマ式!? 恋愛指南
クラスの終わりにミカエルが話してくれたのは、日常生活へのシステマの意外な(?)活かし方でした。
「クラスの冒頭で『健康のため、護身のため、どちらがいいですか?』とみなさんに聞きました。そして両方に関係する内容になるよう、今日のエクササイズを選んでいます。
男性が女性を殴った場合、いい結果はひとつも生まれません。ですからそういったケースに際して“護身(防御)”の考え方、やり方を身につけておくのは大事なことです。また心身の“健康”も、とても大事。女性ならではかもしれませんが、今日のエクササイズは、イライラした時にもいいトレーニングになりますよ」
と、ここまでは今日のクラスで味わった実感からも、十分納得のいくお話でした。
さらに続けて
「あとは……護身だけでなく、男性からのわけのわからないアプローチにも、今回のエクササイズで、同じように対処することができます(笑)。そうすると、もういやな相手にもあまり注意を払わなくても生きていけるかもしれませんね」
とおっしゃるのには「そんな活かし方があったのか!」と目からウロコ。
そして最後に、いきなり通訳の方の顔にぐっと自身の顔を近づけ、相手のペースに合わせて呼吸をはじめるミカエル。これには一同「なにが起きてるの?」とぽかん。
ミカエルいわく、これはシステマ式恋愛指南なのだそう。
「もし、あなたが好きになった人がいたとしたら、近づいていって、同じようなリズムで呼吸をしてあげてください。そうすると相手の人は、あなたを理解するようになり、落ち着いた状態になってすべてを許す準備ができますから。
今日のクラスは『愛のためのレッスン』。みなさんに愛と幸せをお祈りして、クラスを終わりにしたいと思います」
*
今回、ミカエルがいくつものエクササイズで教えてくれた“恐怖心の扱い方”とは、自分にとって不快なものに「巻き込まれず」「受け入れすぎず」「自分のやり方で手放す」ことの実践例でした。
これは日常降りかかってくる諸々のことに「ビクビクしなくていい。サバイブの方法は必ずある」という、ミカエルからのあたたかなメッセージだと感じています。
私が日頃、システマをしているというと「ロシア武術? それ以上、強くなりたいの(苦笑)」とか「この先、なにを目指しているの?」とつっこまれることがあります。
今までそれにうまく返事ができなかったけれど、今回の「愛のためのレッスン」という言葉をうかがってやっと、「よりよく生きるためにやっているから、『システマをするだけで楽しい!』」と堂々と言える気がしています。
そして何より、“好きな人の前で呼吸を合わせる”ことでシンパシーを感じてもらう作戦。これは今後の生活にぜひとも、活かすつもりです(笑)。
参加者の感想
「トレーニングでよくありがちなのが、やな人とあたっちゃったなとか、痛いなこの人とか思うことがあって。そういう痛みや感情はただ呼吸で逃がすのだと、シンプルなエクササイズで示してくれたのが面白かった」(40代、システマ歴7年)
「痛みや感情を、自分の中に“受け入れない”というのが、意外とむずかしい。それを習得するとストレスをためずにいられるようになるんだと思います」(20代、システマ歴4年)
「恐怖がイメージでつくられていることを、実感しました。恐怖を過大に評価せずに、落ち着いて処理できることが大事なんだなと」(20代、システマ歴4年)
「まったくの初心者で参加したのですが、楽しかった。自分の内側に集中すると落ち着くことができ、心地よかった。ミカエルさんのやさしく愛のある感じが伝わってきました」(20〜30代、システマ歴1年未満)
※本レポートにあたって、ミカエル・リャブコ先生、ダニール・リャブコ先生、ラリッサ夫人、関係者の皆さまに感謝致します。ありがとうございました。
※コ2では本レポート以外にも、システマ随想「第九回 対談 ミカエル×藤田一照 禅僧の目に映ったシステマ」にて、ミカエルと藤田一照氏との対談のもようを掲載しています。
(了)
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