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「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」この名前にピンときた人は、恐らく現在40歳以上のプロレスのファンではないだろうか。「キャッチ」は別名を「ランカシャー・レスリング」とも呼ばれ、梶原一騎氏の人気漫画『プロレススーパースター列伝』をはじめ、プロレス関連の書籍に「蛇の穴で学ばれるプロレスの極意」という扱いで登場、昭和のプロレスファンには馴染み深いキーワードだ。しかしその一方で、実際の「キャッチ」の姿については具体的な資料は少なく、その実像は謎に包まれている。
今回コ2【kotsu】では、去る5月8日に都内で行われた、事実上初めてとも言える一般向け「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」講習会を取材する機会を得た。この講習会の講師を務めたのは、往年の名レスラー・ビル・ロビンソン氏より「キャッチ」を学び、現役レスラーとしてリングで本物の「キャッチ」を魅せる鈴木秀樹選手! 果たして「キャッチ」とは、如何なるものなのか?
コ2【kotsu】レポート プロレスリングの源流
鈴木秀樹のキャッチ・アズ・キャッチ・キャン
講習会レポート
文・写真●コ2【kotsu】編集部
取材協力●システマ東京
キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとは何か?
キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(以下「CACC」)。
おそらく多くの読者が初めて聞く名前でしょう。往年のプロレスファンなら、
「カール・ゴッチやビル・ロビンソンがやっていたもの」
と言えば、ピンと来るかも知れません。CACCとは「レスリングの源流」と呼ばれる格闘技。CACCから危険な技を省いてスポーツ化に成功したのがフリースタイルレスリング、技をより華やかにしてエンタテイメント性をもたせたのがプロレスと考えれば良いでしょう。
つまり柔道からサンボやブラジリアン柔術が生まれたようなもの。なのにどういうわけかCACCはレスリングやプロレスの勢いに圧倒され、今では知る人ぞ知る存在となってしまっています。
とはいえ近年はUFCでのジョシュ・バーネット選手やプロレスラー鈴木秀樹選手らの活躍などのおかげで、CACCの名も再び知られるようになってきました。
しかし、どんな技があるのか、どんなトレーニングが行われているのか。そういった技術的な情報についてはまだまだ謎に包まれているのです。そんな中、CACCを駆使してプロレス界を賑わしている鈴木秀樹選手によるセミナーが開催されました。CACCの技術やトレーニング法が一般公開される、初めてのイベントです。
講師の鈴木秀樹選手はフリーランスの現役バリバリのプロレスラー。宮戸優光氏の主宰するスネークピットジャパンにてビル・ロビンソン氏から長年にわたって正統派CACCを学んだ超実力派レスラーです。
鈴木選手から直接CACCを教わることができるとあって、会場には大阪や宮崎といった遠方からも参加者が集結。人数は40人近くに達し、柔道場が狭く感じられるほどでした。アシスタントとして駆けつけてくれた将軍岡本選手とともに、鈴木選手はCACCの基本戦略から解説を始めます。
それによるとCACCとは通常のレスリングと同じく、相手の背中側の両肩をマットにつける「ピン・フォール」を狙う格闘技。でも関節技などでギブアップを取る「サブミッション・フォール」も認められているのが、プロレスの源流たるところでしょう。ですから勝ち方はピン・フォールとサブミッション・フォールの2種類です。でも圧倒的に多いのはピン・フォールの方。まずピン・フォールを狙いつつ、たまにチャンスがあればサブミッション・フォールを取るのが基本的な戦略となるそうです。
CACCの土台、「ステップ」と「ディフェンスポジション」
投げ技や関節技など極めて多彩な技のあるCACCですが、その全ては確固とした土台の元に成立します。中でも基本中の基本として鈴木選手が取り上げたのが構えとステップ、そしてディフェンスポジションです。まず左足を一歩前に踏み出しつつ、軽い前傾姿勢をとり、鳩尾を張るようにして上半身を起こすようにして構えます。手はだらんと下げたところから、ちょうど「小さく前へならえ」のように、指先を前に向けるようにして差し出します。この時、指を上に向けてはいけないそう。なぜなら相手に指を折られてしまうのを防ぐためです。構えを見ると、オリンピックなどで見るレスリングのような、深い前傾姿勢とはずいぶん異なります。
このバランスを保ちながら、足を交差させることなく前後左右への移動や、方向転換を行うのがステップです。ですが一定の歩幅を保ったまま「右、前、後ろ!」と矢継ぎ早に繰り出される号令に合わせて動くのはなかなか至難の技。すっかり混乱してしまうこともしばしばでした。ですが鈴木選手は練習生時代、クラスの度にこのステップを30分もぶっ続けて練習したのだとか。それがすっかり身についてしまった今は、試合前などに同じ練習をするのが習慣になっているのだそうです。
大切なのは、決してバランスを崩さないこと。例え相手に首や手首を掴まれても、ステップを使って全身で動くことで姿勢を保つようにするのです。もし足がうまく動かなければ、簡単に構えが崩れ、相手の技の餌食になってしまいます。だから足を正確に、軽やかに動かせるようにすることがそのまま防御となるのです。
ビル・ロビンソンの教え1「イーブンに戻せ」
続いて学んだのはディフェンスポジションについてです。ここにはビル・ロビンソンが口すっぱく言っていたという「イーブンに戻せ」という教えが、色濃く反映されています。イーブンとは、お互いが互角な状態になること。正面で向き合ったり、組み合ったりした状態がそれにあたります。そこから背後を取られたり、倒されたりしたら、不利な状況になります。
ビル・ロビンソン直伝の正統派CACCでは、こうした状況からの一発逆転はギャンブルとみなされ、あまり評価されません。それよりも不利な状況をコツコツと改善させ、互角な状態を取り戻すようにします。それが「イーブンに戻せ」という戦略です。華やかなイメージのあるプロレスの源流である割には、とても堅実な考え方のように思えます。しかし時に2時間もぶっ通しで戦う必要のあったかつてのCACCの名手たちが行き着いた、確実に勝つための戦略なのです。
ディフェンスポジションとは、膝をついて両手を床についた四つん這いの姿勢を指します。なぜこの姿勢が、CACCにおいて重視されるのでしょうか? それは倒された状態から立ち上がる時に必ず経由する姿勢だからです。
相手に倒され、自分が下になってしまった状態は間違いなく、「不利」な状態です。そこからイーブンに戻すには、ディフェンスポジションから立ち上がり、相手に向き直る動きが欠かせません。当然、相手はディフェンスポジションを崩し、仰向けに倒そうとしてきます。それに耐えつつ、両足を胸の下に潜り込ませるようにして足の裏を床につけ、立ち上がるのです。
その練習として、ディフェンスポジションのパートナーに体重をかけられた状態で立ち上がるドリルを行いましたが、どうしても鈴木選手のようにスムーズに立ち上がることはできません。動作の過程で姿勢が崩れ、パートナーの圧力に耐え切れず潰されてしまうのです。しかし「体重を前足にしっかりと乗せるといい」という鈴木選手の指示に従い、丁寧に練習を積むうちに、いつしか自分より重い相手に乗られても、ゆっくりとはいえ立ち上がれるようになっていきます。とても小さな変化でしたが、CACCが勢いや筋肉に任せることなく、きわめて的確な理論に裏付けられていることがまさに実感できた体験でした。
他にはディフェンスポジションから相手を投げて上下を入れ替える「アームロール」や、相手に向き合ったりといった動きを練習しました。いずれもディフェンスポジションからイーブンに戻るためであったことを考えると、いかに鈴木選手が「イーブンに戻せ」というビル・ロビンソンの教えを忠実に教えようとしているかがわかります。
ビル・ロビンソンの教え2「コントロールせよ」
ワークショップはこうしたテクニックを練習しつつ、鈴木選手が個別に新しい動きを教えたり、質問に答えたりといった形で進められていきます。中でもひときわ会場を沸かせたのは、鈴木選手と将軍岡本選手によるデモンストレーションです。ビル・ロビンソンは「イーブンに戻せ」と同じく、「コントロールせよ」という教えもしばしば口にしていたとのこと。つまり、フォールもサブミッションフォールも、それ自体を直接狙いに行くのではありません。相手をコントロールした結果として得られるのがフォールであり、決着であるのです。
そのデモンストレーションとして、鈴木選手が将軍岡本選手を制する様を披露してくれたのですが、まさに圧巻でした。
将軍岡本選手は、元力士というあんこ型の体型からは想像のつかないようなキレのある動きでエスケープを試みますが、それを鈴木選手は、見事に制します。しかし柔道の押さえ込みのようにじっと制圧するのではありません。相手以上にめまぐるしく動き回ることでつねに相手の先をとっているのです。
「元気な相手からフォールやサブミッション(参った)を取るのはとても大変。だから動き回らせて疲れさせた上で、仕留めるんです」
鈴木選手はそう語ります。その手腕はまさに獲物を窒息させて体力を奪った上でゆっくりと飲み込む大蛇そのもの。CACC発祥の地であるランカシャーのビリー・ライレージムが「スネーク・ピット(蛇の穴)」と呼ばれたのは、そんな意味が込められていたのかも知れません。
往年のプロレスファンがひときわ目を輝かせたのは、コブラツイストや卍固めといったプロレス技の「正しいやり方」を、鈴木選手が直々に教えてくれた時でした。これらの技は本来、プロレス向けに作られたものではありません。CACCの技術を見栄えのするように発展させたのが、プロレスラー達によって用いられているのです。ですからCACCの確かな下地のある鈴木選手がそれらの技をかける手並みは鮮やかの一言。
さらに技の入り方や掛け方などにも明確なセオリーがあり、格闘技に詳しい人たちも深く納得していた様子でした。鈴木選手はCACCを学び始めた頃、プロレスの試合が全く違う視点で観られるようになったのだそうです。レスラー達が駆使する技術や駆け引きがわかるようになり、それまで以上に楽しめるようになったのだとか。さらにビル・ロビンソンから受け継ぎ、「人間風車2世」との異名の理由となったダブルアームスープレックスの仕掛け方も教えてもらえるという、かなり贅沢な時間となりました。
かくして4時間に及んだワークショップはあっという終了です。まったくの初心者から現役格闘家まで、あらゆる参加者達からの質問に的確に答える様は、ビル・ロビンソンの教えの確かさや鈴木選手の深い理解度、そしてCACCの完成度の高さを如実に語るものでした。「フィジカル・チェス」との異名の通り、CACCはきわめて知的な格闘技である、というのがワークショップを終えた時点での感想です。でも今回教わったのは、ほんの導入部分に過ぎません。この先に広がるCACCの世界はどれだけ広大なのでしょうか。今から続編が楽しみでなりません。
もしCACCに興味を持たれた方は、鈴木選手が学んだスネークピットジャパンを訪ねてみるのも一手でしょう。宮戸優光氏、井上学氏といったビル・ロビンソンの教えを受け継ぐインストラクター達が、毎週指導に当たっています。
また、イベント運営の心得がある方であれば、鈴木選手を招いてCACCのワークショップを実施するのも良いかも知れません。希望される方がいたら、ぜひコ2【kotsu】編集部までご連絡をお寄せください。きわめて合理的なロジックに貫かれたCACCは、強さやかっこ良さに憧れるあらゆる人に確実な成果をもたらしてくれるはずです。
(了)
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