ヒモトレ介護術 第九回 「理想の介護を求めて ヒモトレで結ばれたJさんとの出会い」

| 浜島 貫

「ヒモ一本でカラダが変わる」と話題のヒモトレ。中でも関心が高まっているのが、介護分野でのヒモトレの可能性だ。

そこでこの連載では、主に在宅医療の現場でヒモトレを活用している浜島治療院院長の浜島貫先生に、実際の使い方や臨床的な意義を紹介してもらおう。

ヒモトレ介護術

第九回 「理想の介護を求めて ヒモトレで結ばれたJさんとの出会い」

お話浜島 貫
文・取材・構成北村昌陽
監修小関 勲

 

 

こんにちは。浜島貫です。

今回は、原点に帰って、私がヒモトレと出会うきっかけになったエピソードから話を始めましょう。ご登場いただくのは、87歳女性のJさんです。

Jさんは、数年前にご主人を自宅で看取っており、そのあとは自宅で一人暮らしをしてきました。施設などに入る選択肢もあるのですが、ご自身の意思で「家を守る」と選択されました。

Jさんはとても聡明な方です。世の中のことや、自分と周囲の状況などをきちんと把握したうえで、自分の生き方についてご自身で判断しています

ただ身体面では、いくつかの問題を抱えていました。一つはひざ。ひざ関節の変形がかなり進んでおり、曲げ伸ばしをするとゴキゴキ音がして、関節が横に揺れるような状況でした。リハビリを担当するスタッフが、ひざのリハビリ運動をしても良いか再度、主治医に確認して下さいと言ったことがある程でした。

また腋窩神経麻痺が残っていて、手を上げることができません。そのため、服を着替えたり、高いところにあるものを取ったりするのは、一人では難しい状態でした。

そういったいくつかの問題はあるものの、自宅を改装したり、さまざまな在宅サービスを利用することで、一人暮らしを継続されていたのです。

 

「腰ひも」を腰に巻くと、足元が安定した!

2015年の12月、私は歩行訓練をお手伝いするために、Jさんの自宅に伺いました。ひざに不安があるJさんは、訓練をするときは必ずひざや腰にサポーターを巻いていたのですが、あいにくその日は手持ちのサポーターが全部洗濯に出ていて、使えるものがありません

Jさんが、「何も巻かないで歩くのは怖い」とおっしゃるので、何か使えそうなものがないかと居室を見まわした所、和服を着るときに使う腰ひもや帯なとが目にとまりました。

これを体に巻いてみたらどうだろう。サポーターのようなしっかりしたホールド感はないけれど、多少は足しになるかもしれない。そんな、ごく軽い気持ちでした。

ところが、です。驚いたことに、腰に腰ひもを1本巻いたJさんは、下半身がしっかりと安定したのです。その結果、歩行訓練がとてもスムーズに進みました。普段のサポーターをつけた状態より、ずっと身体のバランスが良くなったのです。

「これはすごい。どうしてこんなことが起きるのだろう」

驚いた私は、帰宅後すぐに、インターネットで調べてみました。これほど大きな効果を生む現象なら、必ず、深く研究している人がいるに違いない。そう思ったのです。

そうして、ヒモトレ創案者である小関勲トレーナーの取り組みを見つけました。ホームページには講座の案内もありましたので、すぐに申し込んで参加。そこで教わったやり方を、自分の治療やリハビリに取り入れるようになったのです。これが、私とヒモトレの出会いです

 

上がらない腕も使えるように

これ以降、Jさんにももちろん、いろいろなヒモトレをやってもらいました。基本は、ヘソヒモとたすき。これはほぼ24時間巻きっぱなしです。日中はさらに、ひざや足首周りにも巻いてもらうようにしました。

また、直径20センチぐらいの小さな輪っかを手元に置き、そこに両手の親指を引っ掛けて腕を上げ下げするヒモトレ体操をやってもらいました。

ヒモトレ介護09
親指をヒモに引っ掛けて、腕を上げ下げする体操。本人が、さまざまな動かし方のバリエーションを工夫して行っている。

 

腋窩(えきか)神経麻痺で腕が上がらなくなってしまったJさんですが、こうやってヒモを両手の親指にかけると、リハビリの時でなくても、1人でも腕が上げられるのです。

この体操ならベッドに横になったままでもできますので、本人もとても気に入ってくれました。ご自身でも動きのバリエーションを工夫しながら毎日、取り組んでいます。

そして、両手の親指にヒモをかけるという、ヒモに任せて動くヒモトレと、身につけるヒモトレであるヘソヒモとたすきなどの相乗効果でしょうか、すっかり萎縮していたと思われていた三角筋の機能が弱いながらも現れ、麻痺の残る腕もかなり使いこなせるようになったのです。

さらに、両ひざの状態もおどろくほど改善しました。もちろん関節の変形が戻るわけではないのですが、ヒモトレをしながら生活し、ヒモトレ併用でリハビリを続けてきた所、横にブレるような揺れがなくなってきたのです。

こうなれば、リハビリにも取り組みやすくなります。そのおかげで、歩く、立つ、ベッドから起き上がるといった全身的な機能が思ったよりも保たれ、あるいは改善している年齢と元々の状態を考えたらこれは驚くべき結果です

これは個々のヒモトレはヒモを巻いたその場所だけでなく全身にアプローチしているという一つの実例であると私は感じています。

 

タスキが外れると、ベッドから起きるのが大変

ちなみにご本人は、初めのころは、ヒモの効果をそれほど実感していなかったそうです。そんなにいいものなら試しにやってみようかしら、と、それぐらいの感覚だったとか。

それが、しばらくつけているうちに体が馴染んできたのでしょう、「ヒモが外れていると、何かおかしいと感じるようになった」そうです。

たとえばベッドから起き上がろうとしたとき、なんだか今日は起きるのが大変でどうしたんだろうと思ったら、寝ている間にたすきのヒモが外れていた、というのです。それで、やってきたヘルパーさんにヒモの位置を正してもらったら、すんなり体を起こせたそうです。

ヒモトレ入門
書籍『ヒモトレ入門』より、たすきがけ。

 

ほかにも、トイレに座った姿勢でヘソヒモが外れてしまい、立ち上がるのが大変だった、なんてことも。そんな経験を通じて、ヒモトレの働きを実感されていったようです。

こういうエピソードを、ご本人はよく、笑い話のように面白おかしく語ってくれるのです。なので私もつい、一緒になって笑いながら聞いているのですが、改めて考えてみると、ヒモトレはものすごい働きをしているのだなと実感させられる話ですね。

 

歩けるかぎりは、ギリギリまで自分で歩いて生活したい

最初にお話ししたように、Jさんはずっとご自宅で一人暮らしをされています。ケアマネージャーさんなどは折に触れて、「そろそろ施設に入ることを検討されては?」と提案しているのですが、ご本人は自宅を離れたくないのです。

なぜ、自宅にこだわるのか。家族とともに長年過ごした家に思い入れがあるのはもちろんでしょうが、そういった情緒的な理由とは別に、身体機能の面から見たときにも、「住み慣れた自宅で暮らす」ことには、大きな意味があります

寝室、トイレ、台所などをつなぐ生活動線が体に染み付いているので、身体機能が低下してきても、「この空間でなら自立して生活できる」という状況が成立しうるのです。

Jさんのご自宅は、一般的なサイズの戸建て家屋です。寝室とトイレをつなぐ廊下は広いとはいえず、いわゆる“バリアフリー的な視点”で見るなら、問題もある。もし車椅子を持ち込んだら、廊下を通るのに難渋するでしょう。

でも、その勝手知ったる狭い廊下だから、手すりをつけるだけで、そこに身をもたれながら自分の足でなんとか歩ける。これも事実なのです

Jさんは、ヒモトレを活用することで、そのギリギリの生活を保っておられました。さらに、トイレや台所の各種スイッチ類に引きヒモをつないで操作しやすくする工夫や(これもヒモの活用!)、ヒモトレに理解のあるヘルパーさんを見つけ、1日4回訪問してもらうなど、一人で暮らすためにあらゆることをやっていらっしゃいました。

Jさんは過去に何度か、ショートステイなどで、いくつかの介護施設に泊まったことがあります。そういう経験で垣間見た施設での生活は、手厚く面倒を見てもらえて安心な反面、「ああいうところに入ったら、すぐに歩けなくなってしまうのでは」という不安も感じたようです。

実際、わずか数日のショートステイで、滞在中の時間の大半をベッドと車椅子の上で過ごしたため、体力的にガクンと落ちてしまったこともあったのです。

歩けるかぎりは、ギリギリまで自分で歩いて生活したい。そんな思いが、自宅暮らしへの強いこだわりとなって現れていたのだと思います

 

ついに施設への入所を決意。その決め手も「ヒモトレ」

さて、そんなJさんですが、今年の1月、ついにある施設へ入所されました。この連載の第7回で紹介した、スタッフみんながヒモトレを利用している、あの施設です。ちょうどいいタイミングで空室ができたので、本人に施設を見てもらったところ、「ここなら納得できる」と思ったようです。

ヒモトレは、身体に備わった力を引き出すメソッド。それを積極的に活用する施設ですから、当然、運営方針として「できるだけ自立を保つ」ことを目指しています。「できるだけ歩いて暮らしたい」というJさんの願いと、ぴったりマッチしています。

私としても、ヒモトレをフル活用してきた人が、ヒモトレ標準装備の施設に入れたのですから、一安心です。

ヒモトレ介護09
浜島先生とJさん。写真からも深い信頼関係が伺える一枚です。

 

入所後のある日、Jさんは、「家に一人でいたときは、心細いときもあったけど、それしかやりようがないと思っていた」と打ち明けてくれました。でもこの施設で、スタッフがみんなヒモを巻いているところに接して、「ここならいいかと思った」と。

面白いものですね。

これは私自身の実感でもありますが、ヒモトレをやっている人同士が顔を合わせると、なぜか、初めから腹を割った話ができるヒモを巻いて身が整うと、余計な構えが外れて、本音で付き合うことができる、そんな印象です

「介護」は、人生の最終盤に生じる事が多いものですから、そこには必ず「人生の終い方」という問題が関わってきます。いわば、自分の人生の集大成です。そこに手を貸してもらうスタッフを受け入れるうえで、「ヒモトレ」が決め手になったというのは、このメソッドの本質を象徴的に表しているように、私には思えます。

(第九回 了)

注意:この連載では実際に浜島先生が現場でヒモトレがどのように使われているかをご紹介しています。ただ、実際の使用にあたっては、必ずご本人を含めた関係各位の同意の上、慎重に行ってください。また高齢者や障がいをお持ちの方が行う際には、必ず付き添い者の同伴が必要です。席を外すときは、必ずヒモを外すように注意してください。

 

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–Profile–

浜島先生

浜島貫(Totu Hamashima
1976年生まれ。浜島治療院院長。浜島整骨院副院長。鍼灸マッサージ師。柔道整復師。 公益社団法人埼玉県鍼灸マッサージ師会理事。井穴刺絡頭部刺絡学会理事。現在、在宅医療にも力を入れており、個人宅などを訪ねて鍼灸治療やマッサージ、リハビリなどを行っている。そうした取り組みの中で、ヒモトレを活用。腰痛予防対策や介護施設の職員、デイケアなどに通う高齢者に向けたヒモトレ講習会も実施。

ご連絡先:hamashima.in@gmail.com

 

小関 勲 (Isao Koseki
ヒモトレ発案者/バランストレーナー 1973年、山形県生まれ。1999年から始めた“ボディバランスボード”の制作・販売を切っかけに多くのオリンピック選手、プロスポーツ選手に接する中で、緊張と弛緩を含む身体全体のバランスの重要さに気づき指導を開始。その身体全体を見つめた独自の指導は、多くのトップアスリートたちから厚い信頼を得て、現在は日本全国で指導、講演、講習会活動を行っている。
著書『[小関式]心とカラダのバランス・メソッド』(Gakken刊) 小関アスリートバランス研究所(Kab Labo.)代表 Marumitsu BodyBalanceBoardデザイナー
平成12〜15年度オリンピック強化委員(スタッフコーチ) 平成22〜25年度オリンピック強化委員(マネジメントスタッフ)日本体育協会認定コーチ、東海大学医学部客員研究員・共同研究者、日本韓氏意拳学会中級教練

MARUMITSU(まるみつ)
Kab Labo.