連載 本気でトラウマを解消したいあなたへ 第十二回 医療トラウマ 前編

| 藤原ちえこ

「トラウマ」という言葉からは、何を連想されるでしょうか。震災や戦争といった“大きな出来事”の当事者が受けた“心の傷”、またはそれにともなう症状(フラッシュバック、うつなど)を思い起こす方が多いのではないでしょうか。

ですがトラウマセラピストの藤原ちえこさんは、

「トラウマ反応は、心ではなく、まずは身体で起こるもの。そして出来事の大小にも、それを直接体験したかどうかにも、必ずしも関係がないのです」

とおっしゃいます。ここでは、

  • 本当のところ、トラウマとは一体何なのか
  • トラウマからはどうすれば回復可能なのか

を、お伝えしていきます。トラウマからの回復をのぞむ、“あなた”のための連載です。

トラウマイメージ

ココロの傷は、カラダで治す

本気でトラウマを解消したいあなたへ

第十二回 医療トラウマ 前編

文・写真藤原ちえこ(写真提供は☆のみ)

こんにちは。トラウマセラピストの藤原ちえこです。

連載6回で、トラウマの癒しに原因探しは必要ないという話をしました。
その理由の一つとして「トラウマになりうる出来事は世間一般で考えられているよりも幅広い」ことを挙げましたが、
今回はその典型例とも言える、医療トラウマについてお伝えします。

ほとんどの人は、医療処置が大きなトラウマ症状を引き起こすことがあることを知らないと思いますが、
医学が高度に発達した今日では、昔の人類では考えられないような多大なストレスが、手術、検査、歯科治療などの医療処置によってもたらされることがあります。

そして、ストレスフルな医療処置によって最も深刻な影響を受けるのは、子どもです。

 

身体にとっては、襲われるのと同じ

ちょっと想像してみてください。

病気や怪我ですでに心身が弱っている子どもが、病院に連れて行かれ、
殺風景な診察室でまぶしい光に照らされたり、喉の奥に何かを突っ込まれたり、嫌がって暴れるのに無理やり診察台に縛りつけられたりするのは、一体どのような感じがするものでしょうか。

さらに、そうした苦痛を受けている最中、
頼みの綱であるパパやママが別室で待機させられ、側に居てもらえなかったり、
仮に近くにいたとしても、怖い目に遭わせる医者たちから助け出してくれるどころか、一緒になって自分を抑えつけにかかったり、
あるいは自分以上に恐怖でおびえ、医者と言い争っていたりしたら。

ましてや、手術となると何が起きるでしょうか。
まぶしいライト、マスクをして理解不能な言葉で話す大勢の大人、ナイフやハサミのように見える恐ろしい器具類、不気味な音が出るモニターなどに囲まれ、
もちろん両親はそこにはおらず、恐怖に怯えている最中に、とどめを刺すように変な匂いのする薬を嗅がされて意識を失ったとしたら。

その出来事が、宇宙船に誘拐されるような恐怖体験として子供の中に残ってしまったとしても、何の不思議もありません。

さらに、麻酔から覚めた時、両親の姿はそこになく、自分が見知らぬ部屋の中にポツンとひとりで取り残されているのに気づいたとしたら。

その子の麻酔前からの恐怖はさらに増幅され、戦争から帰還した兵士と同じく、手術前とは別人のようになってしまったとしても当然ではないでしょうか。

手術はただでさえ、身体にとっては大きなストレスです。
麻酔で動けなくされた上、皮膚や筋肉、内臓にメスを入れられる。
場合によっては、ドリルで骨に穴を開けることさえあります。

大人は、その作業が自分の命を救うためであることを頭で理解していますが、
身体にはもちろんそんなことは分かりません。

身体にとっては、手術でなされる処置は、暴漢に切りつけられたり、銃で撃たれたり、首を締められたりするのと同じ、自分の命を脅かす出来事なのです。

トラウマイメージ

 

手術は、その大切さを理解している大人にとってさえ大きなストレスなのに、
何も分からない子どもにとってはどれほどのトラウマ体験になりうるかを、特に医療従事者の方々にはぜひご理解いただきたいと思います。

手術に限らず、嫌がる子どもを診察台に縛りつけての診察や注射、
子どもを押さえつけてドリルで歯を削る歯科治療、
親から長期間引き離しての入院、
ギプスで長期間身体の自由を奪われることなどはすべて、子どもの自律神経系に多大なストレスをもたらします。

そして、そのストレスが神経系から解放されないまま成長すると、
症状が固定し、深刻な不調に悩まされても全く不思議ではありません。

皆さんの中にもし、愛情深い家庭で育ち、いじめにも遭わず、仕事や人間関係にも恵まれているのに、
パニック発作や鬱(うつ)、過食や対人恐怖などのさまざまな症状に悩まされている人がいたら、
トラウマは、医療処置や落下や交通事故など、発達とはまったく関係のない出来事によって引き起こされることも多分にあるのだということを、覚えておいていただければと思います。

 

一人ぼっちのテッド〜あるケース

ここで、子ども時代の医療トラウマが、時としてどのような結果をもたらすかを見てみます。

かつて、「ユナボマー」と呼ばれたテロリストが全米を震撼させました。
1978年から1995年にかけて、全米の大学や空港に爆発物が送付され、開封した3人が死亡、30人近くが重軽傷を負った事件です。

犯人として逮捕されたのは、セオドア・カジンスキーという、16歳でハーバード大学に飛び級進学し、史上最年少の25歳でUCバークレーで教鞭を取ることになった天才的な数学者でした。
将来の教授昇進も確実だったにもかかわらず、わずか2年後、彼は突然大学をやめ、電気も水道もないモンタナの山奥に自分で小屋を建て、自給自足の隠遁生活に入ります。
そして、山奥の静かな環境が開発業者によって荒らされ始めたことから、産業技術社会に対する憎しみを募らせ、犯行に及ぶようになったということです。
(彼は犯行後「産業社会とその未来」というタイトルの35000字に及ぶ論文をNYタイムズとワシントンポストに送りつけ、その掲載と引き換えに犯行を中止しました)

カジンスキーが生後9ヶ月のとき、ある出来事が起こりました。
身体中に異常な蕁麻疹が出て地元の病院に運び込まれたのです。
診察室のベビーベッドの中で、怯えた小さなテッド(彼の愛称)が泣きながら母親に助けを求めると、看護師は母を診察室から追い出してしまいました。
(その時の恐怖に怯えた彼の目を、母のワンダは何十年経っても忘れられなかったそうです)
一人ぼっちのテッドは裸にされ、手足を広げた状態で診察台に縛りつけられて診察を受けました。
それからテッドはまる一週間、一人きりで入院させられたのです。
その病院は、入院中の子どもに面会を許さない方針で、1週間のうちに母がテッドを見舞えたのはわずか1回のみでした。

退院後、彼は何日間もの間、母親と目を合わせることすらしなかったそうです。
そして、入院前にはにこにこと機嫌の良い元気な赤ちゃんだった彼は、完全に無気力で無反応な子どもになっていました。
それ以降、彼は生涯を通じて家族以外の人間と親しい関係を結ぶことはありませんでした。

10歳の頃、父親が裏庭でトガリネズミを見つけ、かごをかぶせて捕まえて息子に見せようとした時、テッドはかごの中の動物を見るなり「放してあげて!放してあげて!」と大声で叫びました。
父親が近所で傷を負ったウサギを見つけて動物病院に連れて行こうとした時も、病院にだけは連れて行かないでくれと懇願しました。
ハーバード大学1年生の夏休み、帰省中に単核球症に感染して高熱を出した時には、受診を勧める母親に怒り狂い、その後何日も口をききませんでした。

これらのエピソードはすべて、生後9ヶ月の時の出来事が、その後の彼の一生を左右するほどのトラウマになったことを証拠づけるものです。
彼が成人後、ハイテク文明に対する憎しみを募らせるようになったのも、幼い頃に病院で受けた非人間的、技術的、暴力的な医療処置が大きく影響していることは、まず間違いないと思います。

 

子どもは、全身が感覚器官

30年前まで、多くの専門家は、赤ちゃんは痛みを感じないと考えていました。
しかも赤ちゃん期の出来事は顕在記憶に残らないので、医療者は子どもに処置を施す際、彼らの身体的、精神的な痛みに配慮することはほとんどありませんでした。

でも、もちろん、それは事実であるどころか、まったく逆なのです。
子どもは小さければ小さいほど、存在全体が感覚器官であり、赤ちゃんは全身全霊で周りの環境を取り込むものです。
そんな赤ちゃんが、大人ですらトラウマになるような医療処置を施されたことを想像してみてください。
その子が全世界に対する信頼を完全に失ってしまったとしても、まったく不思議ではないのです。

トラウマイメージ

 

テッドの両親はポーランドからの移民で、非常に愛情深い人たちでした。
母親は退院後自分の中に引きこもってしまった彼をあやし、甘やかし、抱きしめ、優しく揺すり続け、ようやく彼は少し反応を見せるようになりました。彼が少し大きくなってからは毎晩彼に絵本の読み聞かせをしていたそうです。
彼の4歳下の弟・デービッドが健やかに育ち、温厚な大人になったことからも、家庭環境そのものがカジンスキーの性格形成を決定づけた訳ではないことが分かります。
(デービッドは幸せな結婚をして、兄の逮捕前までは非行少年や虐待を受けてホームレスになった若者のためのシェルターでカウンセラーとして働いていました。兄の事件の影響で、現在は死刑廃止を進める団体の仕事をしているそうです)

テッドがもし、幼少期にあのような暴力的な医療処置を施されることがなかったら、
そして、その後7日間も親から引き離されることがなかったら、
優秀で温厚な数学者として、世の中にどれほどの貢献をしたことでしょう。
もちろん、他者の命を奪うことなど絶対になかったはずです。

今では、赤ん坊も痛みや恐怖を感じるということは研究で明らかになっていますが、
そのことを真剣に捉えている医療者は、特に日本ではまだまだ多くないと私は感じています。

 

医療トラウマは、予防が可能

ここからは、私の個人的な体験です。

私の娘が1歳4ヶ月の時、休日に熱性けいれんを起こし、当番病院の小児科に連れて行ったことがあります。

診察の後、彼女に点滴を施す段階になると、看護師は私たち両親に部屋を出るように指示したのです。
私は娘のそばにいられるように食い下がり、彼女が点滴の針を刺される間、彼女の身体に触れながら穏やかに話しかけ続けました。

本当に、その場にいられてよかったです。
看護師さんは、針の挿入に3回も失敗し、最後には医師が代わりに挿入したくらいでしたから。

もし彼女が、ただでさえ高熱で弱り、見知らぬ環境に連れて来られて不安がっているのに、両親の姿が見えないところで2度も3度も針を失敗されていたら何が起きていたでしょうか。

きっと嫌がって暴れ、身体を押さえつけられていたのではないかと思います。
親のいないところで誰かに身体を押さえつけられ、痛い針を注射されることは、1歳児にとってどれほどの恐怖体験になったことでしょうか。

幸い、娘は4歳になった今でも病院へ行くのが大好きなので、その時の体験がトラウマになることを防げたのは本当に良かったと思いますが、
子どもの医療処置がどれほどトラウマになりうるかを熟知している私ですら、看護師に異議を唱えて娘のそばに居続けるには、かなりの勇気が必要でした。
(夫が隣にいなかったら、自分の希望を主張し続けられなかったかもしれません。ましてや数十年前、学歴のないテッドの母親が医者の処置に異議を唱えることなど全く不可能だったことでしょう)

当時、点滴の針を刺された直後に夫が撮影した娘。不安そうな表情をしているのが分かります。私たちがずっと付き添っていてすらそうだったのに、我々がいなかったらどんな顔をしていたことでしょう…。
写真(☆)提供:著者

 

そして、特に騒ぎ立ててもいなかった我々に部屋を出るように言ったということは、その小児科ではすべての親にそう指示しているのではないかと思います。
確かに、親が動揺していれば子どももさらに動揺するので、その場合は親が席を外した方がいいのですが、
一般的には、子どもが医療処置を受けている間、子どもが信頼する保護者が近くにいないデメリットの方が、はるかに大きいのです。
本当に、このことは、全医療関係者、全保護者の人たちに声を大にして言いたいです。

医療トラウマの救いは、
医療トラウマは通常、単発のショックトラウマなので、その人がほかに複雑なトラウマを抱えていない場合は、適切な専門家の助けを借りれば回復が非常に早いケースが多いことと、
予防が可能であることです。

後編ではそのことについて、詳しくお伝えしたいと思います。

 

〜ちえこの札幌だより 012〜

写真(☆)提供:著者

先日、巨木に逢いに行ってきました。
(はい、もちろん例の山魔女ツアーでです)

魔女のリーダーは、とにかく札幌近郊の山に詳しく、
この日連れて行ってくれたのも、他に登山客をまったく見かけない地味な山だったのですが、
山頂付近の登山道の真ん中に、こんな素晴らしい巨木がひっそりと佇んでいました。

この日は小雨で、暴風が吹き荒れる中登りました。
登りながらなんとなく、山に試されている気分だったのですが、
この木まで辿りついたときに、今回の訪問を山から許された感じがしました。
山全体が神社で、この木はそのご神体のようでした。

まさに精霊が宿っていそう。「木霊」とはよく言ったものです。

こうして人知れずひっそりと地球を支えてくれている巨木は、きっと世界中にあるんでしょうね。
改めて自然への感謝と、畏敬の念を感じた日になりました。

(第12回 了)

 

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–Profile–

藤原ちえこ先生
Photo by Takashi Noguchi

藤原 ちえこ(Chieko Fujiwara

大阪大学人間科学部卒業。新聞記者を経て渡英、Emerson Collegeにてシュタイナー教育を学ぶ。その後サンフランシスコに移り、カリフォルニア統合学研究所(California Institute of Integral Studies, CIIS)にてカウンセリング心理学修士号取得。サンフランシスコの日系カウンセリングセンターや小学校、近郊のホームレス支援の非営利団体などで心理セラピストとして勤務。サンフランシスコ、ハコミ研究所(Hakomi Institute of San Francisco)にて2年間のハコミセラピーのトレーニングを修了するとともに、トラウマへの身体的アプローチであるソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing, SE)の3年間のトレーニングを修了。禅、瞑想、ヨガ、気功、ムーブメント、ボディワークなど、ベイエリアで当時アクセス可能だった数多くの癒しやスピリチュアリティのメソッドを探求したのちに、身体と心のつながりという最も基本的な真理にたどり着く。
05年2月に帰国、札幌にカウンセリングルームを開く。私立女子校のスクールカウンセラーとしても活動中。
訳書に『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)、共著に『「ソマティック心理学への招待—身体と心のリベラルアーツを求めて』(コスモス・ライブラリー)、『トラウマセラピー・ケースブック』(星和書店)。特別養子縁組で迎えた4歳の娘の子育てを楽しむ毎日。


website:プレマカウンセリングルーム(http://premamft.com)
blog:明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す