宮本知次師範インタビュー「我が師・江上茂」 第一回 理想の大人

| コ2編集部

2018年7月11日に発売された江上茂著『DVD付き 空手道型教本』

本書は江上先生が約40年前に書き遺されていた「型」についての原稿と、同じく当時撮影された16ミリのフィルムをデジタルリマスターにより再現したもので、江上先生の型に対する真摯な想いとともに空手哲学を感じられる一冊になっています。

コ2では本書の出版を記念して、原稿制作と同じく約40年前に本書の写真とフィルムで演武を務め、今回の書籍では解説をして頂いた宮本知次師範に当時の貴重なお話しを伺いました。

『DVD付き 空手道型教本』出版記念

宮本知次師範インタビュー「我が師・江上茂」

第一回 理想の大人だった江上先生

語り宮本知次
協力江上健
構成コ2【kotsu】編集部

 

演武と解説を務めて頂いた宮本知次先生

 

江上先生との出会いは○○繋がり!

コ2編集部(以下、コ2)  本日はお忙しいところありがとうございます。それではまず、江上茂先生との出会いからお話を伺わせていただければと思います。

宮本知次(以下、宮本) 中央大学の空手部でですね。

コ2 空手は元々されていたのでしょうか?

宮本 高校時代に剛柔流を少しやっていました。極真空手にも興味があって池袋の道場まで行ったのですが、ちょっと雰囲気が合わなくてこちらは止めました。

コ2 では、本格的に学ばれたのは大学に入ってからということですね。

宮本 そうです。私は中央大学に昭和40年に入学して、すぐに空手部に入ったんですよ。ただ、思っていたのとちょっと違っていたのですぐ辞めようと思っていたんです(笑)。だけど当時の空手部というのは新入生が100人くらい入ってきて、それをドンドンふるい落としていくような感じなんですね。もう一週間で半分いなくなる「辞めさせるための稽古」で。

コ2 当時の運動部はそうだったと伺っています。

宮本 実際、道場も狭くてそんな人数じゃ稽古にならなくて。だから稽古は「騎馬立ち用意!」と号令が掛かったらそれきり一時間騎馬立ちで立ちっぱなし、という感じでドンドン人が倒れていくんですよ(笑)。先輩連中もそんな様子を見ながら「半分くらいになったら稽古を始めるか」なんて言っていて。

コ2 凄い時代ですね(笑)。

宮本 それで、”いま辞めると俺も稽古が辛くて逃げ出したと思われる”というのが癪で、“じゃあ夏の合宿まではやろう”と。合宿で「この稽古をやっていても強くなれそうにないので辞めます」と先輩連中に堂々と言って辞めよう、と。多分その後でボコボコにされるんだろうけど、その時は叶わずとも一太刀は浴びせてやろうと思ってた。実際、合宿では事前に二年生がどこに木刀を置いているかを確認して「血路を切り開いて逃げ出してやる」と本気で思ってた(笑)。

コ2 (笑)では合宿までは辿り着いたんですね。

宮本 そう。その時の合宿所は(山形の)出羽三山の宿坊で、宿には温泉が付いているということなんですけど、我々一年生が入る頃にはお湯なんかほとんど残ってなくて。僅かに残っているお湯も上級生の垢が浮いているような汚い残り湯で、”嫌だなぁ”と思いながら仕方なく一日目は入ってね。ところが翌日の食事当番の時に奧に家族風呂みたいなものがあるのに気がついて、“今夜みんなが寝静まったら行こう”と懐に手ぬぐいを入れて寝て(笑)。

コ2 大胆不敵ですね(笑)。

宮本 一応隣で寝ている奴にも声を掛けたんだけど「バレたら恐いから嫌だ」と言われたんで一人で行きました。これが良いお湯で(笑)。「やっぱり温泉はこうじゃなきゃ」と一人でのびのびと手足を伸ばして浸かってたんですよ。

コ2 (笑)

宮本 そうしたら外から足音が聞こえてきて、段々声も聞こえてきたら青木(宏之)さんなんですよ。当時青木さんは30歳を越えたくらいで、内弟子のように先生の身の回りのお世話をしていたんです。ということはその横に江上先生がいらっしゃるわけです。”これはまずいなぁ”と思っても、もうどうにもならない。

そのうちに脱衣所から江上先生が風呂場に入ってきて、僕の方に向かって「やあ、どうもどうも」と。湯気でよく見えないし、まさか学生が入っているとは思わないからね。そのままスッと洗い場の方に行かれてこちらに背を向けてお座りになった。もうその頃の先生は肺が悪くてお湯には入られなかったんですね。続いて入ってきた青木さんがサッと先生の後ろに回って背中を流し始めて。

それを見て“逃げるなら今しかない!”と(笑)。小さい声で「お先に失礼します」と前を隠しながら脱衣所に入って、全速力で着替えていた。

コ2 間一髪ですね(笑)。

宮本 ところがすぐに江上先生が出てきてね(笑)。

コ2 では脱衣所で二人きりですか!

宮本 そう。先生は褌を履かれていたので、青木さんは風呂場でそれを洗っていて。で、丁度その頃僕も越中褌を締めていて、それを見た江上先生から「君は若いのに越中褌を履いているのかね」と。こっちは必死で他から来ている旅行者みたいな顔をして、「はい!」と答えたら「そうかぁ」と(笑)。「それではお先に失礼します」なんて言ってその場はやり過ごしてなんとか乗り切った(笑)。

コ2 凄いですね(笑)。

宮本 ところが中大では“お目見え”と称して、合宿では新しく入った一年生は先生に挨拶をしなければいけないんですよ。それで先生がいらっしゃる宿坊の離れに集められた。

なんとか顔を先生に見られないようにと、他の一年生の中に隠れようとしたんだけど、挨拶は一人ひとり立ってしなければならなくて(笑)。”まずいなぁ”と思っているうちに自分の番がきて”もう、仕方がない!”と立ち上がったら、連なるOBの向こうに、端然と江上先生が座っていらっしゃる

さすがに観念して「私は徳島出身の宮本知次といいます。空手部に入ったのは……」と話し始めると、先生がチョコチョコ手を動かすんですよ。その時は知らなかったんだけど、先生は速記をやられていて、人のお話しを聞いたり自分で話ながら手の中で書いているんですね。(編集注・このご様子は今回のDVDも江上先生の挨拶の際に確認できます)

まあ、それはともかく、なんとか自己紹介が終わったと思ったら、先生が、

「そうか、褌の宮本か」と(笑)。

それ以上先生はなんにも仰らないから他の人には何のことだか分からないんだけど、こちらはもうサーッと冷や汗が流れて(笑)。そんな僕の様子を見ながら先生の方は面白がって「宮本というんだ」と笑ってましたね。それが先生との出会い、だから褌がご縁なんですよ(笑)。

 

江上先生に、理想的な大人像を感じた

コ2 それは忘れられない出会いですね(笑)。

宮本 そう(笑)。またその時に我々に向かって仰った言葉が素晴らしくてね。

「君たちの中には空手の経験者もいるだろう。また大学に入って初めて空手に触れる人もいるだろう。私は空手に縁があって四十年間やって来た。初めのうちは自分の中に”空手とはこういうものだ”というものがあって、ここで行われている空手との違いに戸惑っている者もあるだろう」

と、こちらで思っていることが図星なんだよ。

「”これは自分がやりたいものではない”と思うかも知れない。しかし、私は四十年間やって来て、”空手はこうあるべきだ”という理想の形に少し近づいていると思う」

と。この時期はもう井上(方軒)先生とお会いして、先生の空手が変わって来ている時期だったんだけど、そういうことは何も知らない自分たちには分からない話だから、

先生は、

「この爺さんに、せめて大学の四年間だけ騙されたつもりでやってみてくれんか。空手は口で説明できるものではなくて、それぞれに自分で体得するものだからこういう言い方しか出来ないんだ」

という表現でお話しをされて。

それを聞いて“よし、騙されてみよう”と思った。

コ2 それほど魅力的だったんですね。

宮本 佇まいが違うんですよ、素敵でね。“綺麗な顔をした、綺麗な目をした、いい大人だな”と、“自分自身もこういう大人になりたい”と思える、理想的な大人像を感じたんですね。

それで残るとき決めた。そうなってしまえば少々キツい稽古も大したことはないんですよ。

コ2 江上先生のご自宅にもお邪魔されていたそうですね。

宮本 私は割合早くて、その夏の合宿が終わった位の頃に、国光(健吾)先輩のご紹介で初めて伺って、その時に「いつでも来て良いぞ」と先生に言われたので以来頻繁に伺わせて頂きました。

 

1970年代、型原稿を前に打ち合わせ。(千葉県館山合宿にて)『空手道型教本』(p232より)

効く突きの追求の果てに辿りついた”柔らかい空手”

コ2 どんなことをお話しされていたのでしょう。

宮本 その頃は「柔らかい空手」と言っていたものについてのお話しが多くて、「効く技を求めていったら、結局柔らかくするしかなかったんだ」と。見ていると固めた拳で瓦や板を割ったりする方が効きそうな気がするんだけれど、江上先生は早稲田の主将に自分の腹を突かせたりして、「こんなに人の突きというものは効かないのか」と驚いて、なかでも唯一効いたのはボクシングだったそうです。

だけれど”なんで一撃必殺”と呼ばれる空手の突きが効かないのか?”と色々研究していくなかで、奥山忠男さんという早稲田の空手部の後輩の人が「私が習っている井上方軒先生という方の突きはこんな感じなんです」と見せられたのが力を抜いた一本拳だったそうです。

それを受けたときに「これは普通の突きとは全然違う」とピンときて、それがご縁で井上先生の稽古場に通うようになり今の突きになったんだ、というようなお話しをして頂きましたね。

コ2 研究の結果だと。

宮本 そう。「なかなか分からない話かも知れないけれど、私自身、効く突きを追求していったら、こういう柔らかい突きにたどり着いたんだ。だから騙されたつもりでやってくれ」と。

あと、「幸いお前はあまり硬い空手をやっていない。動きを見れば分かる。だから見込みがある」と言われました。あまり前にやっていた空手を真面目にやっていなかったこともお見通しだったんでしょうね(笑)。でもそれが幸いしました。

コ2 確かに長く硬い稽古をされていた方にとっては難しいお話しだと思います。

宮本 実際に先輩方で苦労されている方はいましたね。

コ2 では当日の江上先生としては、硬い稽古をどうやって柔らかい稽古にするか、ということがテーマだったのでしょうか。

宮本 いや、あくまで効く突きの追求ですね。硬い柔らかいということは、それに付随して後から出てきたことで、まず「効く突き、効く技にするためにはどうすればいいのか」ということが大事で。それと、「南海の秘技」と言われた空手をいかに大成させるか、ということ。

これは船越義珍先生から託された使命だという想いがあったんでしょうね。

それは江上先生からも「船越先生に”これから先は君たち若い者が研究して発展させて欲しい”と言われた」と伺っています。だから江上先生としては船越先生の想いの先を自分なりに探していくんだということがあって、そのなかで「効く突き、効く技」というのが一番大きな問題としてあったのだと思います。

その突きも本当に一発で相手を絶命させることも出来るような突きで、それがあってこそ、受けや受け技というものがあるわけで、まずこの突きがないことには全部がナンセンスだということがあったのでしょう。

 

当たった感触もなく、中心を崩される先生の払い

コ2 宮本先生ご自身、柔らかい突きが効くということを実感されているわけですね。

宮本 実感はあります。実際に受けてみれば分かるんだけど、硬い突きというのは意外に受けられる。もちろんちょっとした受けるコツもあって、受ける瞬間に少し前か後ろにずらすと、効果が激減するんですよ。だけれど柔らかいスーッと入ってくる突きはそういうズラしが効かないで、ズボッと入ってくる。

横から見るとフワッとしているので分からないかもしれないけれど、前に立つと分かりますよ。だからそういう突きは払うのもただ横に払っても駄目で、突きのコースを読んで、きちんと相手の腰に払わないと効かない。そうした稽古をするなかで「この突きは効く」「この突きは効かない」というのが分かってきますよ。

ただそれだけで良いのかという問題はあります。例えば近い間合いではどうなのか? といったことは考えなければいけない。

コ2 宮本先生は本書の中でも紹介していますが、実際に江上先生に突いていって崩されるということを経験されていますが、その時の感覚というのはどんな感じなのでしょうか。

宮本 ドシン、という感触はないですね、フワッとした感じで。私はあの頃の人間としては割と身体も大きい方で、下半身もしっかりしていたので先輩格の突きでも払えたし、逆に多少払われても関係なく突き込んでいったタイプで”厄介な後輩”でしたから(笑)。でも江上先生の払いにはまったく歯が立ちませんでした。質がまったく違って、本当に柔らかく払われる。

随分柔らかい稽古が進んだ後でも、あんな風な柔らかい払い、技を使える人はいませんでしたね。なにしろ触れたところから痛くないんですから。だけれどもドーンとひっくり返されている。こちらが突いてくる位置や角度を触れるときに察知しているのか、触れた皮膚も押されたような感じがなくて、そのまま中心を外されてひっくり返される。強いて言葉で言うならそういう感じですね。

それは後に太極拳を勉強するようになって分かった部分もあります。

江上先生の払いは、触れられた感触はほとんどなく、中心を崩すものだったという。

 

組手と真剣勝負の感性

コ2 宮本先生の時代には自由組手の存在が既にポピュラーなものになっていたと思いますが、「なぜうちの流派では自由組手をしないのか」ということを、直接江上先生に訊ねたことはありますか。

宮本 効く効かないというお話しと、自由攻防の中で当てられるかということは別の問題なので、「なぜ自由組手がないのか」ということについては疑問でした。そういうこちらの想いを察してくれたのか、先生からそれに関連したお話をして頂いたことはあります。

コ2 どんなお話だったのでしょう。

宮本 これは今回の本の原稿でも触れられているんですが「組手になると自分のやりやすい技だけ練習するようになる」ということですね。そうすると技の多彩さがなくなるし、体の使い方についても貧しくなってしまう。なにより「競技になってしまう」ということですね。「競技」と「本当の殺し合い」は違うのが当然で、「技も感性も競技用のものになってしまって、真剣勝負の感性が抜けていってしまう」ということを仰っていました。だから「そういうことを避ける為には、違う方法で対人練習の形を作っていくしかないんだ」と。

こうした部分については先生は陸軍中野学校の教官もされていましたから色々お考えがあったのでしょう。

ここは本当に難しいところで、どんな方法を採るにしても正しい見識を持った指導者が側についてやらないと、結局畳の上の水練になってしまうこともあるでしょう

いま話題になっているオリンピック競技としての空手も、あれはあれで子どもが興味を持ったりすることを考えればいいと思います。ポイントを取り合う競技もそうです。だけどそれと昔からある武術的な空手とは違うもので、その違いを分かったうえでやれれば良いんでしょうね。

(第一回 了)

 


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江上 茂筆による「はじめに」「稽古に於ける”型”の位置づけ」「型の変化」「空手型の特長」「稽古演武上の心得」「松濤館制定型」から、松濤館十六の型の詳細な型解説。さらに演武を務めた宮本知次氏による解説を含む247ページ。」

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–Profile–

宮本知次(Tomoji Miyamoto

1946年、徳島県生まれ。中央大学教授、清華大学客座教授、中央大学保健体育研究所々長などを歴任。空手を松濤館々長・江上茂(遊天)、剣を土佐英信流居合道第二十代宗家・竹嶋壽雄(大雲)、太極拳を呉氏太極拳五代傳人・馬長勲に師事。武術をはじめとした東洋身体運動文化や東洋的体育法・東洋養生法などを専門とする。

現在、遊天空手道 宮本塾々長・師範、中央大学太極拳同好会 師範、中央大学クレセント・アカデミー講師(呉氏伝統太極拳担当)。人体科学会常任理事。日本養生学会理事。日本トランスパーソナル心理学・精神医学会顧問。公益社団法人日本武術太極拳連盟理事。日本学生武術太極拳連盟会長。