連載 本気でトラウマを解消したいあなたへ 第十四回 周産期トラウマ

| 藤原ちえこ

「トラウマ」という言葉からは、何を連想されるでしょうか。震災や戦争といった“大きな出来事”の当事者が受けた“心の傷”、またはそれにともなう症状(フラッシュバック、うつなど)を思い起こす方が多いのではないでしょうか。

ですがトラウマセラピストの藤原ちえこさんは、

「トラウマ反応は、心ではなく、まずは身体で起こるもの。そして出来事の大小にも、それを直接体験したかどうかにも、必ずしも関係がないのです」

とおっしゃいます。ここでは、

  • 本当のところ、トラウマとは一体何なのか
  • トラウマからはどうすれば回復可能なのか

を、お伝えしていきます。トラウマからの回復をのぞむ、“あなた”のための連載です。

トラウマイメージ

ココロの傷は、カラダで治す

本気でトラウマを解消したいあなたへ

第十四回 周産期トラウマ

文・写真藤原ちえこ(写真提供は☆のみ)

こんにちは。トラウマセラピストの藤原ちえこです。

この連載も、いよいよ終盤にさしかかってきました。
連載中繰り返しお伝えしてきたように、トラウマの原因となりうる出来事は無数にあり、
トラウマを原因別に話し出すと、何万字あっても足りないので、
(そしてこれも繰り返しお伝えしてきたことですが、トラウマは原因が分からなくても癒せます)
このシリーズでは、トラウマ要因に関しては、「発達トラウマ」「性的トラウマ」など典型例と言えるもの、
そして「医療トラウマ」のように、通常あまり知られていなくても実は大きなトラウマになりうる出来事について紹介するにとどめてきましたが、
もうひとつ、連載を終える前にきちんと取り上げたいと思っていたのが、今回のテーマである「周産期トラウマ」です。

 

周産期トラウマの二大要因

周産期トラウマとは、一般には胎児期から生後約1カ月の間に受けるトラウマのことを指します。

「バーストラウマ」と聞くと、
本当は男の子が欲しいと思っていた親に、生まれた自分が女の子だったからがっかりされた……といった「心の傷」を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、
他のトラウマと同様、あるいはそれ以上に、周産期トラウマの本質は心理面ではなく身体面にあります。

容易に想像がつくと思いますが、
身体がまさに形成される過程である胎児期と、人生で一番無防備である誕生直後の数週間に赤ん坊がストレスフルな環境に置かれれば、その影響は計り知れないほど甚大です。
まさに細胞レベルでトラウマの活性化が刻み込まれてしまうわけですから。

周産期トラウマを引き起こす大きな要因は、以下の二つです。

  • 妊娠中の母親のストレス(精神的・身体的苦痛、母親の飲酒やドラッグ摂取など)
  • 出生時の過剰な医療介入と、母子分離

ひとつめに関しては、言うまでもありません。
妊娠中のお母さんが夫から暴力を受けていたり、離婚したり、親を病気で亡くしたり、鬱や不安障害に苦しんでいたりすれば、
そのストレスは、へその緒でつながっている胎児にダイレクトに伝わります。
そして、子宮という逃げ場のない空間で常にストレスにさらされている胎児は、身体を凍りつかせることでしか、そのストレスに対処するすべがありません。

人間の副交感神経には、背側迷走神経と腹側迷走神経という二つの部門がありますが、
凍りつきには、より原始的な迷走神経である背側迷走神経がかかわっています。
背側迷走神経は、過剰なストレスにさらされた時、すべての感覚をシャットダウンして自己保全モードに入ることで生存をはかる機能をつかさどります。
そして、社会的なつながりを通じて危険を回避したり、自己を落ち着かせたりする役割を果たす腹側迷走神経は、誕生後にようやく発達し始めるので、
胎児が利用できる生存戦略は、背側迷走神経の凍りつきだけなのです。

このテーマもとても深いので、書き始めるときりがないですが、
今回は主に、ふたつめの、病院での出産についてお話しします。

連載12回連載13回と医療トラウマについてお伝えしましたが、
過剰な医療介入を伴う出産がいかに母子にとってのトラウマになりうるかは、強調してもしすぎることはないと私は思っています。

 

周産期トラウマと、小児ぜんそくの関係〜あるケース

以前、トニー・マドリッド博士という、サンフランシスコ大学(USF)の先生の非常に興味深いインタビューを聴いたことがあります。
彼は臨床のかたわら、母と乳児の間の「ボンディング」と、小児ぜんそくの関係を研究している心理学者です。
(ボンディングは、なかなか日本語にしづらい単語ですが、
ボンディング理論の専門家、クラウス=ケネルは、母親が子どもに対して感じる情緒的な結びつきを「ボンディング」、逆に、子どもが母親に対して感じる情緒的な結びつきを「愛着」と定義づけています)

研究のきっかけは、マドリッド博士が担当していたある女性クライアントでした。
彼女の7歳の娘は、重度の喘息持ちでした。
ステロイドの吸引と投薬が欠かせず、発作で月に数回はERに運び込まれるという状態だったのです。
マドリッド博士は、子どもに催眠療法を施しましたが、その場では少し症状が和らぐものの、根本的な解決には至りませんでした。

ある時、母親とのセッション中に、彼女はこう言ったそうです。

「もちろん娘の病気はストレスですが、私を本当に悩ましているのは、彼女の病気ではありません。
私が苦しんでいるのは、娘を愛していないことです。彼女に対してなんの感情も沸かないんです」

マドリッド博士は彼女に尋ねました。
「娘さんが生まれた時はどんな状況だったんですか?」

クライアントは答えました。
「本当にひどいものでした。夫は私が妊娠中に去り、出産時に私に付き添っていた母親は不機嫌で、看護師の対応も最悪でした。主治医が休暇中で、別の医師が出産に立ち会ったのも不快でした。そして娘は誕生直後から黄疸がひどく、私だけ先に退院したので、私は娘にしばらくの間会えませんでした。
娘の退院の日に、看護師から娘を受け取った時にこう思ったのを覚えています。
“これ本当に私の子なの? 何の感情も沸かないんだけど”と」

妊娠出産にまつわる度重なるストレスにより、彼女が娘に対する情緒的な結びつきを感じられなくなってしまっていたのは明らかでした。
出産時に母子が受けたストレスフルな医療処置は、その後の母子の愛着とボンディングに生涯にわたる影響を及ぼしてしまうのです。

現在では、さまざまな研究から、誕生直後の数時間は、母子のボンディング形成のための最も重要な時間だということが明らかになっていますが、
かつては、出産後、赤ん坊を新生児室に集め、母子を引き離すことはどこの病院でも普通に行われていました。
母親は、授乳時にしか自分の赤ちゃんと対面することはなかったのです。

クライアントから話を聞いたマドリッド博士は、
「ではここで、新しい出産体験を創りましょう」と言い、彼女に催眠を施しました。
そして、催眠の中で彼女の出産にまつわる記憶と悪感情を取り除き、もっと祝福された、良い出産体験へと導きました。
セッション終了間際、わずか20分程度の催眠だったと言います。

そして、その短い催眠を行った日から、彼女の娘の重い喘息はほぼ完全に消えてしまったのです。
発作も、病院に担ぎ込まれることも、薬の必要もなくなってしまいました。

クライアントはマドリッド博士にこう言ったそうです。
「喘息がなくなったことはもちろんうれしいのですが、
それよりも驚いたのは、あのセッションの日以来、私が自分の娘を愛するようになったということです。
はい、私は娘を愛しています」

 

 

物理的、感情的な母子分離がもたらすもの

劇的な効果に驚いたマドリッド博士は、同じように小児ぜんそくの子どもを持つクライアントを洗い出し、同様の治療を始めました。
催眠で、ボンディングに影響を与えた周産期のトラウマを解消し、新たに出産をやり直すことにより、ほとんどのケースで子どものぜんそくはきれいに消えてしまったということです。

その後、30〜40人のぜんそく持ちの子どもを対象に行なった研究では、70パーセントものケースに、母親とのボンディングの問題が見られたそうです。
ぜんそくを持たない子どものコントロール群では、その割合は20〜24パーセントだったそうなので、非常に有為に高い数字です。

マドリッド博士は言います。
「ぜんそくをアレルギー反応と見て、
子どもの免疫系がストレスに対して反応しているのだとすれば、
子どもにとって、母親に愛されない以上のストレスがあるでしょうか?」

本当に、その通りです。

でもここで強調したいのは、
子どもを愛せなくなっているのは、決して母親のせいではないということです。

クラウス=ケネルによると、
誕生直後に子羊が母羊から1~2時間引き離されると、母羊の50パーセントが育児を拒否するそうです。
そして、引き離される時間が長くなればなるほど、母羊が子羊を拒絶する確率が高くなるそうです。

つまり、誕生直後の母子分離によりボンディングが生まれないのは、哺乳類に共通する現象なのです。

ボンディングは、ストレスのない自然な妊娠・出産を経て、誕生直後から母子が常に密着できる環境に置かれれば、自然に生まれ、育まれるものです。
それが阻害される理由は、出産時の物理的な母子分離と、さまざまな医療介入です。

誕生直後にNICUに入ること、
麻酔をかけての出産、
帝王切開、誘発分娩、吸引分娩など、
出産時に母親が病気であること、
これらはすべて、潜在的なトラウマ要因になります。

そしてボンディングが生まれない第二の理由は、周産期の感情的な母子分離です。

妊娠中、あるいは妊娠直前に家族の誰かが死亡すること、
家庭内暴力、離婚、結婚生活の不和など、配偶者にまつわるストレス、
本当は妊娠を望んでいなかったこと、
これらもすべて、母子の絆と愛着を妨げる要因です。

トラウマイメージ

 

母親自身も被害者

マドリッド博士が30年前に出会った、重いぜんそくの息子を抱えるあるお母さんは、
その息子の誕生時には何の問題もなかったものの、
博士がよく聞いてみると、息子を妊娠する半年前に、お母さんは最初の赤ちゃんを亡くしていたと言います。

マドリッド博士は、彼女を催眠に導き、
最初の赤ん坊を亡くした悲しみを彼女のハートから取り除き、次の妊娠と出産を喜びに満ちたものに置き換えました。
わずか15分間の催眠セッションでした。

その日は金曜日だったのですが、翌週の月曜日、待ちかねたお母さんが電話をかけてきました。
「週末だったからご連絡できなかったのですが、あの日の夜に、息子のぜんそくは消えました。
今、窓の外でサッカーしている息子を見ています。
息子が健康にサッカーをできるのは生まれて初めてです。少しも息切れしていないんです」

世間では、子どもに問題があると、とかく母親のせいにされがちです。
米国でも、小児ぜんそくの子どもが、入院中は発作が起きないのに、
退院して母親の元に戻されると発作が起きるというケースが頻発したために、
専門家の間で「asthmatogenic mother(喘息の原因となる母親)」という用語が作られたりしました。

でも、マドリッド博士が強調するように、
お母さんが子どもを愛せないのは、上記のような完全に不慮の出来事、止むを得ない事情からなのです。

世間には子どもを愛せずに自分を責めているお母さんが、たくさんいると思います。
例えば、複数子どもがいて、そのうちの一人だけが、どうしても愛せない。
そういう場合は特に、自分のことを責めてしまうかもしれません。

でもその原因は、その子が生まれる時の、病院の心ない医療処置だったに過ぎないかもしれないし、
その子を妊娠中に、大好きだった自分の父親が死んでしまったためだったかもしれないのです。

だとしたら、それは、まったくお母さんの責任ではありませんよね。
子どもに対して当然感じるはずの愛情を奪われたお母さん自身も被害者なのです。
わたしはこの記事を、子どもを愛せずに自分を責めている一人でも多くのお母さんたちに届くようにと、ほとんど祈る気持ちで書いています。

 

親子の絆は、いつでも回復可能

そして、親子の絆は、いつになっても取り戻すことができます。
上記の例ふたつは、子どもがまだ小さい頃に、お母さんに働きかけることで絆を取り戻し、子どもの症状が消失したケースですが、
すでに成人した子どもの側から、その絆を取り戻すことだってできるのです。

トラウマイメージ

ここからはまた、マドリッド博士の話です。

彼がサンフランシスコ大学で催眠を講義中、ボンディングの話をしていた時のこと。
45歳くらいの学生がこう言ったそうです。

「これはまさに私と母親の関係です。今はお互いを受け入れていますが、私は母とこれまでに仲が良かったためしがありませんでした」

マドリッド博士が「あなたが生まれた時に何があったと思う?」と聞くと、
「ああ、それは明らかです。私を妊娠中、父親は第二次世界大戦に従軍して戦場にいました。母は、父が死ぬのではないかと恐れ、ひどい状態でした」

そこでマドリッド博士は、彼女を催眠に導き、妊娠中の母親が平穏な気持ちでいたという状態に、胎児時代の彼女の感情を置き換えました。

次の授業で、彼女はこう言ったそうです。

「私はこの一週間ずっと、とても平穏な気分でした。とてもとても幸せでした。
それ以上にすごく驚いたのは、東海岸にいる母親が電話をかけてきて、“ハニー(母が私をそう呼んだことは今まで一度もありませんでした)、何が起きてるの?”って言ったことです。
“どうして?”と聞いたら、“なぜか今週はずっとあなたのことを考えてるのよ。あなたが生まれた時にしていた小さなブレスレットをずっと手で触ってるの。まるでロザリーみたいに。そっちで何かおかしなことでもしてるの?”って」

母子を生涯にわたって苦しめてきたボンディングの欠如が、
わずか数十分の催眠療法で修復できるとは、驚くしかありません。
特に、小児ぜんそくにこれほど劇的な治癒効果をもたらすとは。

でも私は、まったく不思議な話ではないと思っています。
むしろ、こんなに効果のある介入が、米国内ですらほぼ知られていないことの方が驚きです。
(これは私の推測ですが……。こうした、まったく医療費がかからない治療は、医療ロビーが強大な米国ではかなり無視、あるいはバッシングされる傾向にあります。身体心理療法がなかなかメインスリームにならないのも、同じ理由からでしょう)

私は催眠には詳しくありませんが、
身体反応を手がかかりに、未完了の衝動を完了させるという私が用いるトラウマ療法でも、同じ効果を得ることはできると思っています。
残念ながら、小児ぜんそくの子どもを持つお母さんとセッションをした経験がないので、自分の体験としてはまだお伝えできないのですが、
この記事を読んだ、ぜんそくのお子さんを持つお母様がいれば、ぜひ一度ご連絡いただきたいと思います。

連載第1回で私は、我々はどんなに重いトラウマからも回復できると書きました。

それは、周産期トラウマという、最も厄介で重い症状に悩まされがちなトラウマも例外ではないのです。
そしてマドリッド博士の45歳の生徒の例でも分かるように、トラウマを癒すのに遅すぎるということは決してないのです。
それは本当に希望のもてることです。

だからみなさんも、自分の癒しを、いくつになっても決してあきらめないで欲しいと思います。
私はいつでも、みなさんの回復を信じ、応援していますからね。

※編集部注:本文章は、登場するマドリッド博士の催眠療法が、すべての事例に効果的であり、解決できることをお伝えするものではありません。あくまでも事例のひとつとしてご紹介しています。

 

〜ちえこの札幌だより 014〜

写真(☆)提供:著者
写真(☆)提供:著者

北大の銀杏並木が見頃です!

札幌は隠れた観光名所だらけですが、
私は通算で札幌に16年も住んでいるのに、この銀杏並木の存在を今年まで知りませんでした。

こんなに美しい黄葉が、こんなに近くにあったとは。
(そして外国人を含め、観光客だらけでした)

この日は東京の友人を連れて行ったのですが、あんまり気持ちよかったので、急きょ回転寿司ランチの予定を変更し、北大内のおしゃれなレストランでまったり過ごしました。
良い休日でした。

この時期に札幌においでの方は、ぜひぜひ足をお運びください。

(第14回 了)

 

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–Profile–

藤原ちえこ先生
Photo by Takashi Noguchi

藤原 ちえこ(Chieko Fujiwara

大阪大学人間科学部卒業。新聞記者を経て渡英、Emerson Collegeにてシュタイナー教育を学ぶ。その後サンフランシスコに移り、カリフォルニア統合学研究所(California Institute of Integral Studies, CIIS)にてカウンセリング心理学修士号取得。サンフランシスコの日系カウンセリングセンターや小学校、近郊のホームレス支援の非営利団体などで心理セラピストとして勤務。サンフランシスコ、ハコミ研究所(Hakomi Institute of San Francisco)にて2年間のハコミセラピーのトレーニングを修了するとともに、トラウマへの身体的アプローチであるソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing, SE)の3年間のトレーニングを修了。禅、瞑想、ヨガ、気功、ムーブメント、ボディワークなど、ベイエリアで当時アクセス可能だった数多くの癒しやスピリチュアリティのメソッドを探求したのちに、身体と心のつながりという最も基本的な真理にたどり着く。
05年2月に帰国、札幌にカウンセリングルームを開く。私立女子校のスクールカウンセラーとしても活動中。
訳書に『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)、共著に『「ソマティック心理学への招待—身体と心のリベラルアーツを求めて』(コスモス・ライブラリー)、『トラウマセラピー・ケースブック』(星和書店)。特別養子縁組で迎えた4歳の娘の子育てを楽しむ毎日。


website:プレマカウンセリングルーム(http://premamft.com)
blog:明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す