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ヒモトレ介護術 第十一回 「夫89歳&妻79歳、ヒモトレで“こじれたカラダ”を解きほぐす」

| 浜島 貫

「ヒモ一本でカラダが変わる」と話題のヒモトレ。中でも関心が高まっているのが、介護分野でのヒモトレの可能性だ。

そこでこの連載では、主に在宅医療の現場でヒモトレを活用している浜島治療院院長の浜島貫先生に、実際の使い方や臨床的な意義を紹介してもらおう。

ヒモトレ介護術

第十一回 「夫89歳&妻79歳、ヒモトレで“こじれたカラダ”を解きほぐす」

お話浜島 貫
文・取材・構成北村昌陽
監修小関 勲

 

こんにちは。浜島貫です。

今回は、ヒモトレを利用しながら元気に暮らしているご夫妻を紹介しましょう。

ご主人のLさん(89歳)は元大学教授。研究や教育の一線からはもう退いていますが、3年前に新しい本を出版されるなど、まだまだ精力的に活躍されています。奥様のMさん(79歳)は保育園の理事長をされています。

80歳を目前にして、ご本人はそろそろ引退も念頭に置いているようですが、周囲から強く引きとめられ、「まだ当分やめさせてもらえそうにない」と笑っていました。

といった具合に、お2人ともとてもお元気で、実年齢よりずっと若々しく見えます。お子さんが3人、お孫さんが6人いらっしゃいますが、もうみんな独立しており、いまは2匹の猫と一緒に2人暮らしです。

私が最初に知り合ったのは、奥様のMさん。もともとは私の子供が保育園にお世話になったご縁でしたが、いろいろお話する中で、肩や腰の凝りが悩みと聞きまして、自宅に訪問して鍼治療をするようになりました。

Mさん。

 

その流れでヒモトレも紹介し、Mさんは数年前からへそヒモやタスキを身につけるようになっていました。とはいえ、当初は「巻かないよりはいいかな」ぐらいの軽い気持ちだったそうです。

腰痛と、夜間のこむら返りがすっかり解消

意識が大きく変わったのは、昨年の3月のこと。Mさんは突然、激しい腰痛に襲われました。病院の整形外科に行ったところ、椎間板ヘルニアと診断され、痛み止めの薬を処方されました。でも、薬を飲んでも痛みは消えません。それで鍼治療も併用したいということで、私に連絡が来たのです。

訪問して話を聞いてみると、Mさんは同時に、「こむら返り」も起こしていることがわかりました。「寝ているときにしばしばふくらはぎの筋肉が痙攣し、ひどく痛んで寝られない」というのです。

そこで、症状を和らげる鍼治療を行ったうえで、新しいヒモトレをやってみることにしました。それまでも試していたへそヒモとタスキに加えて、足首にもヒモを巻いてもらったのです。

足首ひも。別名「わらじ巻き」とも呼ばれる。決して強く締めず、ゆるゆるに巻くのがポイント。

これが、驚くほど効きました。毎晩のように起きていたこむら返りが、その日を境にまったく出なくなったのです。これにはMさんも「ウソみたい」と、驚かれていました

また、椎間板ヘルニアと診断された腰の痛みも、徐々に治まっていきました。それに伴って、鎮痛薬の処方も終了。それまで、かなり作用の強い鎮痛剤が処方されていましたので、のまずに済むようになったことで、本人もホッとされていたようです。

足首は、足指や足の裏と、ふくらはぎをつなぐ大事な場所です。くるぶしの後ろの、俗に“アキレス腱”と呼ばれる部位は、アキレス腱以外にも、ふくらはぎの筋肉の動きを足指に伝える腱が通っています。

その足首にヒモを巻くことで、偏った緊張や疲労が緩和され、こむら返りが起きにくくなる。また、足裏などの筋肉群がバランスよく働くようになれば、姿勢や歩きかたも整ってきますから、腰痛にも良い影響がある。足首のヒモの働きは、こんなふうに解釈できると思います。

“こじれた体”を解きほぐし、ありのままの姿に戻る

さて、新しいヒモの巻き方を活用して、Mさんはすっかり元気になりました。それに伴って、ヒモを身につける習慣も、それまで以上に欠かせないものになっていったそうです。

「へそヒモと足首ヒモは、入浴中以外はいつも巻いてます。タスキは、日中つけっ放しです」とMさん。へそヒモと足首ヒモは就寝時にもつけており、「たまに巻き忘れたまま横になったことに気づくと、気になって眠れず、もう一度起きて巻くこともありました」とおっしゃっていました。

また、細いヒモを鎖編みにした編みヒモを、カチューシャのように頭に巻くことも。頭がぼーっとしている時にこれを巻くと、すっきりするのだそうです。

ひもを編んでカチューシャのように頭に巻くと、頭がすっきりする。

私は、Mさんに鍼の治療をずっとやっていますが、ヒモを常時巻くようになってから、治療への反応が良くなったと実感しています。鍼灸治療の中でも、シンプルな昔ながらの施術がよく効く、素直な体になるのです。

鍼灸が発明されたころの時代と比べると、現代は、世の中の仕組みが何かと複雑になっています。それに伴い、体の不調のようすも、いろいろとこじれた、ややこしい状態になっていることが多いと思われます

例えば、どこかに障害があって痛みが出たとしましょう。その痛みをそのまま訴えているのが、素直な状態です。ところが、痛みをずーっと我慢していたり、隠したり、誤魔化したりしていると、やがて感覚が鈍って痛みを感じなくなったりします。そして段々とこじれてきます。

鍼灸などの古典的な治療では、体に備わっている反射的な反応を利用して、治癒力を引き出そうとします。ですが、こじれた状態になってしまうと、体は素直に反応できなくなり、なかなか効果が出てこない。そんなことが、よくあるのです。

ヒモトレには、この“こじれた”部分を解きほぐし、心身の状態をありのままの姿に戻す作用があるようです。すると、問題の核が浮かんできて、見立ても治療もやりやすくなる。治療家にとってはこれは、とてもありがたいツールです。

お世話好きのMさんは、家族や友人などに、どんどんヒモトレを勧めているそうです。ピアノの教師をしている娘さんは、肩こりがきつかったのが、ヒモを巻いて調子が良くなったと喜んでいると聞きました。

また、米国に住んでいるお孫さんも、パソコン仕事からくる肩こりが楽になると、すっかりファンになったとか。ただ、米国ではヒモがどこにも売っていないらしく、わざわざ日本から送ってあげたそうです。

友人やご近所の方、職場にも、Mさんの影響でヒモトレに取り組み始めた人が何人もいるようです。「今は、肩こりなどの悩みを持っていない人の方が珍しいでしょう? 誰と話していてもすぐそういう話題になるんです。そんな時、口で言うだけではなかなか伝わらないし、その場で実際に試してもらうのが一番だから、いつも予備のヒモを持ち歩いてるんですよ」とおっしゃっていました。Mさんのお人柄を示すエピソードだと思います。

 

烏帽子巻きで言葉がスムーズに出るようになった

実は、ご主人のLさんも、Mさんの影響でヒモトレを始めたのです

ご主人のLさん。

 

Lさんは20年ほど前に、右足首を骨折しています。ご本人曰く、「そのときに右足をかばって歩くクセが身についてしまった」とのことで、動きに少し左右差があり、歩くときは杖を使っています

そんな影響もあるのでしょう、3年ほど前に、腰の痛みを覚えるようになりました。特に朝、布団から起き上がるときに、強い痛みがあったそうです。

そんなLさんに、奥様のMさんがヒモトレを勧めました。お腹にゆるくヒモを1本巻くだけの「へそヒモ」。一番基本のヒモトレです。

Lさんは、最初は半信半疑だったそうですが、それでも、ヒモを巻きっぱなしにしておくだけの簡単な方法ですから、ものは試しとやってみたところ、「いつの間にか腰の調子が良くなっていた」といいます。就寝中にも腰の違和感があったそうですが、それも気にならなくなっていたそうです。

Lさんはもう一つ、「烏帽子巻き」という巻き方も取り入れています。これはアゴの下から耳の前を通して、頭部に縦にヒモを巻くやり方。この巻き方をして食べ物を食べると、喉に詰まったりむせることが少なくなり、スムーズに飲み込めるのです。

『DVD付き ヒモトレ入門』38頁より。

 

Lさんは、食事が楽に飲み込めるようにと、食事時に烏帽子巻きをしていたのですが、これが思わぬ副産物を生みました。会話が、滑らかに進むようになったのです。それまで、時おり話の途中でろれつが回らなかったり、言葉がうまく出なくて「えーと、あれ が……」などと言いよどむことがあったそうですが、烏帽子巻きを始めてから、そういうケースがすっかりなくなったそうです

嚥下障害と言語障害は、どちらも高齢者の介護の現場でよく直面する問題です。その意味で、烏帽子巻きでその両方が改善したというLさんの経験は、大きな意味がありそうです。

ヒモトレをすぐに“卒業”していく人の特徴

さて、こんなふうにヒモトレの効果を体験したLさんですが、最近はあまりヒモを身につけていない様子。しばらくつけて、体の状態が良くなると、感覚的に「もうつけなくても大丈夫」と感じるようなのです。奥様のMさんがずっとつけ続けているのとは対照的です。

Lさんのように、かなり早い段階で自主的にヒモトレを“卒業”してしまう人が、ときどきいらっしゃいます。その中には、敏感に体の声を聞き取り、その声に素直に反応できる人がいるのです

Lさんは、まさにそういうタイプなのです。例えば、イスにじっと座っていることが苦手。そもそも普通に腰掛けること自体、どうにも落ち着かないのだそうです。なので自宅ではイスには腰掛けず、座面にしゃがみます。奥様のMさんは行儀が悪いとしかめっ面ですが、ご当人はどこ吹く風。とにかく体の声に対して素直なのです。そしてこんな人は「こじれた体」にもなりにくいのです。

Lさんは40代の頃から、いつも頭にバンダナを巻いていたそうです。これも、ファッション的な意味だけでなく、ヒモトレで頭にヒモを巻くのと同様の、頭部への作用を感じ取っていたのでしょう。おそらくバンダナを巻いた方が頭がすっきりするという感覚が、もともとあったのだと思います。

このあたりの感性は、人によって千差万別。どちらかが優れているとか、そういう話でもありません。LさんとMさんのような息の合ったご夫婦でも、感性が全く違うわけですから。

ただ、「もう卒業した」と思った場合でも、しばらくたってから再びヒモをつけてみると、また以前とは一味違う感覚や変化が生じる場合も多いものです。体は日々変化するので、ヒモへの反応も、随時、変わります。その時に必要な反応が現れるのです。

ですから、完全に卒業するというよりは、「時おりつけてみる」というぐらいの距離感にしておくのがいいだろうと、私は思っています

今回、この記事を作るにあたってLさんにお会いした時、そんな話をしたところ、「じゃあ、久しぶりにまたつけてみるか」と、楽しそうにおっしゃっていました。

最近、Lさんは「指回し体操」にはまっているそうです。これは、両手の指先を互いにくっつけてドーム状に構え、親指から順に、互いの指がぶつからないようにくるくると回していく体操。複雑な動きで脳や神経を刺激するのが狙いです。

Lさんがこの体操をやって見せてくれたとき、私は、「手にヒモを巻けば、指が動きやすくなるはずだ」とお伝えしました。そうしたところ、好奇心旺盛のLさんは早速トライ。予想通り、それまで以上にスムーズな動きを見せてくれました。

手首にひもをつけて指回し体操をするLさん。

 

こんなふうに、新しい使い方をいろいろと発見できるのも、ヒモトレの魅力です。

 

(第十一回 了)

注意:この連載では実際に浜島先生が現場でヒモトレがどのように使われているかをご紹介しています。ただ、実際の使用にあたっては、必ずご本人を含めた関係各位の同意の上、慎重に行ってください。また高齢者や障がいをお持ちの方が行う際には、必ず付き添い者の同伴が必要です。席を外すときは、必ずヒモを外すように注意してください。


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–Profile–

浜島先生

浜島貫(Totu Hamashima
1976年生まれ。浜島治療院院長。浜島整骨院院長。鍼灸マッサージ師。柔道整復師。 公益社団法人埼玉県鍼灸マッサージ師会理事。井穴刺絡頭部刺絡学会理事。現在、在宅医療にも力を入れており、個人宅などを訪ねて鍼灸治療やマッサージ、リハビリなどを行っている。そうした取り組みの中で、ヒモトレを活用。腰痛予防対策や介護施設の職員、デイケアなどに通う高齢者に向けたヒモトレ講習会も実施。

ご連絡先:hamashima.in@gmail.com

 

小関 勲 (Isao Koseki
ヒモトレ発案者/バランストレーナー 1973年、山形県生まれ。1999年から始めた“ボディバランスボード”の制作・販売を切っかけに多くのオリンピック選手、プロスポーツ選手に接する中で、緊張と弛緩を含む身体全体のバランスの重要さに気づき指導を開始。その身体全体を見つめた独自の指導は、多くのトップアスリートたちから厚い信頼を得て、現在は日本全国で指導、講演、講習会活動を行っている。
著書『[小関式]心とカラダのバランス・メソッド』(Gakken刊) 小関アスリートバランス研究所(Kab Labo.)代表 Marumitsu BodyBalanceBoardデザイナー
平成12〜15年度オリンピック強化委員(スタッフコーチ) 平成22〜25年度オリンピック強化委員(マネジメントスタッフ)日本体育協会認定コーチ、東海大学医学部客員研究員・共同研究者、日本韓氏意拳学会中級教練

MARUMITSU(まるみつ)
Kab Labo.