連載 扇谷孝太郎 「身体と動きの新法則 筋共鳴ストレッチ」03

| 扇谷孝太郎

身体と動きの新法則

筋共鳴ストレッチ

第3回 「柔軟性に大事なもの」(後編)

扇谷孝太郎

 

前回は柔軟性向上のための基礎知識として、以下のことをご紹介しました。

1)本当の柔軟性は安定性とセットで開発していく

→ スタビライザーとモビライザーの役割分担を明確にする

2)ストレッチにおいて筋肉は引っ張って伸ばすのではない

→ 狙った筋肉がリラックスできるように脳の中の動作パターンのプログラムを書き換えていく

今回も引き続き基礎知識編です。柔軟性のための身体の法則を実践する上で前提となる情報なので、どうぞお付き合いください。

 

柔軟性のための基礎知識

【3】基礎知識:柔軟性には鼻呼吸

(1)人間だけが抱えた口呼吸の問題

前回、柔軟性の向上は脳の中の動作プログラムの修正、書き換えだとお伝えしました。そのための手段として非常に重要な要素が呼吸です。柔軟性トレーニングを行うときには、身体の動きと呼吸を連動させることが大切です

ここで悩ましいのは、人間は他の哺乳類とは異なり簡単に口呼吸ができてしまうという点です。

同じ霊長類であるサルやゴリラだけでなく、その他の哺乳類も含めて、人間以外の動物は基本的に鼻呼吸しかしません。空気の通り道である気道と、食べ物が通る食道が完全に別れているからです。人間は気道と食道の交差部分が発声のための共鳴空間として発達した結果、両者が一度つながってから再び別れていくという構造になりました。そのため口から吸い込んだ空気を気道に流し込むことで、口呼吸が可能になったのです。

しかし、口呼吸は本来の身体の使い方ではないため、さまざまな問題が生じます。口の中が乾燥して細菌が繁殖しやすくなることや、冷たい空気がそのまま肺に送られてしまうなどの問題がよく知られています。

 

(2)柔軟性トレーニングにおける口呼吸のデメリット

口呼吸のデメリットはそれだけではなく、柔軟性トレーニングにとっても、見過ごせない問題が生じます

口呼吸は骨盤底の筋肉や、腹筋群の動作にマイナスの影響を与えてしまうのです。以下の実験をしてみてください。

  1. 鼻呼吸で深く息を吐ききる動作を10回したあとに後屈(背中を反らす動作)してみる(※舌の先端は上の前歯の歯茎のうしろあたりにつけておく)
  2. 口呼吸で深く息を吐ききる動作を10回したあとに後屈してみる。
  3. 1と2を比較する。

どうでしょうか?

口呼吸をしたあとの方が後屈がしにくくなっていることがわかるでしょう。これは、腹直筋が緊張してお腹が伸びなくなったためです。腹直筋は背骨を屈曲(体幹を丸める動作)させるための筋肉ですから、後屈の際には伸びる必要があります。

口呼吸をしながら後屈系のストレッチをするのは、身体に矛盾した2つの動きを同時に強いることになります。

 

(3)口腔底と骨盤底の共鳴

お腹の緊張のほかにも、股間節の伸展がしにくくなったことに気づく人もいるかも知れません。それは主に骨盤底の筋肉が過剰に弛緩してしまったためだと考えられます(息を吐くときの口の開け方によって、逆に過剰に緊張する場合もあります)。

口の中の空間を口腔と言います。この口腔の底の部分(口腔底)と舌はつながっています。口腔底の筋肉群は骨盤底の筋肉群(とくに腸骨尾骨筋、浅・深会陰横筋)と共鳴し合っていて、舌や口腔底が収縮・弛緩をすると骨盤底も同様に収縮・弛緩します。これは身体の法則のひとつ、筋共鳴という現象の一例です。

通常、口呼吸のときには舌の筋肉が弛緩して下降した状態になるので、骨盤底も弛緩してしてまいます。そうすると骨盤全体が不安定になるため、後屈をしようとすると、姿勢を維持するために骨盤の代わりに股間節周辺の筋肉を緊張させてしまうのです

 

(4)口呼吸と背骨のS字カーブのバランス

それ以外にも、鼻呼吸と比較すると、口を開けた状態は下顎の位置が前方にせり出すため、頭部のバランスが変化します。すると背骨のS字カーブのバランスが崩れるためやはり柔軟性が低下します。これはやはり身体の法則であるチャクラムーブメントシステムの問題と関係しています。

またランニングやエクササイズ中に鼻で吸って口で吐くという指導を受ける場合もあるようですが、上記のようなメカニズムを踏まえて考えると、姿勢バランスと柔軟性の低下を招くという意味ではマイナスになります。

日常的に口呼吸が習慣化してしまった人は、舌と口腔底の弛緩が骨盤底筋に与える影響や、頭部のバランスの悪化により、柔軟性が低下してしまいます。柔軟性を高めるには、エクササイズ中だけでなく日常的に鼻呼吸ができるようにしていく必要があります。

なお、例外として、口から息を吐く動作を矯正のためのエクササイズとして使う場合があります。すでに正常な呼吸パターンが崩れてしまっていて、呼気のときに腹筋群を正しく収縮させられない人の場合です。口で息を吐くことによって腹筋群の収縮感を感じてもらうようにします。ただしその場合には、矯正後に鼻呼吸に移行することを忘れてはいけません。

 

【4】基礎知識:腹側系と背側系

すべての筋肉は、腹側系と背側系に分けられます

筋共鳴システムは2つ以上の筋肉の間の共鳴のことですが、原則的に腹側系の筋肉は同じ腹側系の中で、背側系の筋肉は背側系の中で、緊張・弛緩の状態が共鳴しあってます。このことを意識すると、ストレッチや筋トレを効果的に行なうことができます。

注意しなければならないことは、この「腹側」「背側」という用語は、一般的に使われている「お腹側」「背中側」とは指している場所が一部ちがうことです。

以下のようになっています。注目すべきは、下肢では前面=背側、後面=腹側になっていることです

(背側系)
・頭部後面+額
・胸郭後面
・上肢後面
・腹部後面(腰部)
・骨盤部後面+外側面
・下肢前面+外側面 ← 注目!

(腹側系)
・頭部前面(顔)
・胸郭前面
・上肢前面
・腹部前面(腹部)
・骨盤部前面(下腹部)
・下肢後面+内側面 ← 注目!

なぜこのようなややこしいことになっているのでしょう?

この問題を理解するには、生物の進化について考える必要があります。

 

進化の過程で入れ替わった「お腹」と「背中」

筋肉の腹側/背側は生物が海から陸にあがってきたときの両生類の腕や脚の向きを基準に考えます

つまり地面に対してうつ伏せになっている状態が基準です。背骨を境界線にして、空の方向を向いている面が背側、地面の方向を向いている面が腹側です。

動物が魚類から進化して両生類として陸にあがってきたとき、ヒレから進化した手足は横方向に突き出すように生えていて、お腹は地面につけたまま這うようにして移動していました。

このとき、上肢と下肢は横方向に伸ばされて、手足の甲側の面から外側面にかけてが上を向いていました。手足を横に投げ出して腹這いの赤ちゃんを想像するとわかりやすいでしょう。

その後、爬虫類になると、肘や膝は横方向に突き出したままでしたが、筋肉の発達により肘や膝を深く屈曲させることで、胴体を地面から持ち上げて歩けるようになりました。

さらに爬虫類から哺乳類に進化する際、前脚は肩関節から内転+外旋し、後脚は股間節から内転+内旋して胴体の真下に移動します。それによって、肘と膝は地面の方向に突き出す形になり、脚全体としては地面に対して垂直に立つことになりました。

この段階で、後脚に関しては今まで脚の背側だった面は前方を、腹側だった面は後方を向きました。

人間はそこからさらに股間節を伸展させることで直立姿勢に進化したため、下肢に関しては、爬虫類のときには背側だった面が前方(いわゆるお腹側)を、腹側だった面が後方を向いてしまったのです

みなさんもトカゲになったつもりで、肘と膝を横に張り出して床に四つ這いになってみてください。そうすると、下肢の前面+外側面は空の方を、後面+内側面は地面の方を向いていることに気づくでしょう。

参考『アウェアネス介助論―気づくことから始める介助論 【上巻】解剖学・生理学と基礎的理解』

 

では、柔軟性トレーニングにおいて、筋共鳴と背側系/腹側系の区分はどのように活用できるのでしょうか?

最初に書いたように腹側系でも背側系でも、筋共鳴は同じ系に属する筋肉同士の中で生じるので、そのことを意識してアプローチすることが重要です。それによって効率よくストレッチやエクササイズを行うことができます

例を挙げると、もしも立位前屈などの動作で、下肢の後面の筋肉(ハムストリング、腓腹筋など)を伸ばしたい場合は、同じ腹側系に属する体幹(頭部、胸部、腹部)の前面の筋肉を伸ばす必要があるということです

 

日常動作に当てはめると、一般的にデスクワークは前かがみの姿勢になるので、体幹の前面の筋肉は短縮しがちです。とくにパソコンの操作では肩や肘も屈曲させることになります。

ということは、体幹と上肢の腹側系が短縮するので、必然的に下肢の腹側系の筋肉(ハムストリング、腓腹筋など)も短縮することなります。

この状態から立位前屈のストレッチを始めても思うように伸びてくれません。まず体幹、上肢の伸展を行ってから改めて立位前屈をしてみると、前よりもスムーズに下肢の後面が伸びるのを感じられるでしょう。

このように、背側系/腹側系の筋肉のつながり、共鳴にもとづいて身体を動かすことで、よりスムーズに柔軟性を向上させていくことができます

(第3回 了)

※(筋共鳴)は現在、商標登録出願中です。

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–Profile–

扇谷孝太郎(Kotaro Ogiya

大学院在学中に演出家竹内敏晴氏の「からだとことばのレッスン」に出会い、身体と身体表現についての探求を始める。2001年、ロルファー™の資格を取得し公務員からボディワーカーに転身。現在は恵比寿にてロルフィング®を中心に、クラニオセイクラルやソマティック・エクスペリエンス®などの個人セッションを行う。 ヨガやバレエスタジオでの定例セミナーでは、身体のメカニズムのほか、呼吸や感覚、イメージの活用を独自の視点でまとめた「動くための解剖学」を教える。その内容はダンサーやヨギなど、柔軟性と身体バランスを必要とする人々から高い支持を得ている。また「からだと息で読む朗読」講座では、朗読という表現手法をとおして「共鳴を生む身体の育て方」を探求中。

●米国The Rolf Institute認定アドバンストロルファー
●米国The Rolf Institute認定ロルフムーブメントプラクティショナー
●クラニオセイクラルプラクティショナー
●ソマティック・エクスペリエンシング®︎認定プラクティショナー
●JMET認定EFTプラクティショナー

公式Web Site (https://www.rolfing-jp.com)