ソマティックワーク入門 第四回 アレクサンダー・テクニーク 石井ゆりこさん(後編)

| 半澤絹子

筋肉を鍛えたり、ダイエットをするだけではない、
健康とウェルビーイングの一歩先を求めて−−。

今、こころとからだの健やかさの質を高める、
マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。

そこには、これまでの、

「筋肉を鍛える」「ダイエットする」

といったものとは異なる、体からだに対する向かい方に関心が向かっていることが背景にあるのでしょう。

からだの感覚に注目し、
心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、
深い気づきや静けさを得たり、
自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んでいく。

これらは、
こころとからだのつながりを目指す
「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。

その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、
1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、
自分に向くものはそれぞれ異なります。

そこでこの連載では、
これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに
「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、
それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。

あなたのからだは、無限の英知から成り立っています。
賢人とともに、それを読み解いていきませんか?

リベラルアーツ(一般教養)として学ぶ

ソマティックワーク入門

−新しい身体知の世界をめぐる−

第四回 アレクサンダー・テクニーク 石井ゆりこさん
自分自身の使い方を学ぶ (後編)

取材・文半澤絹子
モデル堀田小百合
取材協力日本ソマティック心理学協会

「からだを通して、自分の心のありようや健やかさに気づく」というソマティックワーク

フィットネスや筋トレとは少し異なる、健康への新しいアプローチです。

第1・2回目は、からだの不必要な緊張を取り除くことで心を伸びやかにし、からだの動きや仕事、演奏、スポーツなどのパフォーマンスを高めるアレクサンダー・テクニークを、片桐ユズルさんにご紹介いただきました。

前回からは実践編。

littlesoundsを主宰するアレクサンダー・テクニーク教師の石井ゆりこさんに、

「緊張体質がなおらない」という人のためのワークを教えていただきました

Image: iStock

レッスン編

①「テーブル」「チェア」「アクティビティ」の3種類のワークを使い分ける

アレクサンダー・テクニーク(Alexander Technique)は、慣れれば1人でも行うことができる。しかしある程度、自力で行えるようになるまでは、アレクサンダー・テクニーク教師と一緒に自分の身体感覚をチェックしたり、からだの使い方を学ぶレッスンを受ける方が良い。

「最初は教師と一緒に行うのが良い理由のひとつは、アレクサンダー・テクニーク的な変化が、ふつうは見逃してしまうくらいの繊細な変化の積み重ねだからです。多くの場合は、わかりやすい変化を求めてやりすぎてしまうことがあるので、それを避けるという意味もあります」

さて、ここで改めてアレクサンダー・テクニークのレッスンの方法を紹介しておこう。
アレクサンダー・テクニークの枠組みは自由で、教師によってさまざまなやり方があるが、昔からよく行われているのは、以下の3つである。

1対1の個人レッスンは主に「テーブルワーク」「チェアワーク」「アクティビティ」の3つのワークを中心に行う。グループで行う場合は、さらにいろいろなやり方がある。

目的は「楽器がうまく演奏できるようになりたい(パフォーマンスアップ)」でも良いし、「緊張しやすい自分を変えたい(メンタル改善)」、「肩こりや膝の痛みを何とかしたい(フィジカル改善)」でも良い。アレクサンダー・テクニークでは多くの悩みが対応範囲内にある。

「アレクサンダー・テクニークを続けるうちに、『レッスンで扱う悩みとは関係ない』と思っていた物事が『実は関連していた』と明らかになることがあります。生徒さんから『実は前から〇〇が悩みだったのですが諦めていました。でもレッスンを続けているうちに、いつのまにかそれも解決方向に向かっています』などと言われることも多いです。
心身はまさにひとつのもの。身体症状の悩みも、心の悩みも、何かをやりたいという思いも、その人の中でつながっていることを、本人がわかってくるようになります」

②寝て休んでいる状態でからだのニュートラルを体験する「テーブルワーク」

ポイント

  • テーブルワークは仰向けに寝た姿勢で行う。教師が生徒の腕や脚をゆっくり動かしたりする都合上、マッサージベッドなどの上で行うことが多い。

  • 生徒は仰向けに寝て休む。教師は、生徒が不必要な緊張から解放されて休むことをサポートするために、必要に応じて生徒のからだにゆっくりと触れて動かす。
    その人にとって無理な動きは行いません。自然にからだがゆるむ方向に向かうような動きをサポートします。一見、受け身的なワークに思えるかもしれませんが、『自分への気づきが増してくる』という意味では受け身ではありません」


  • 寝ている姿勢は地面との接地面が多く、からだが重力にサポートされるため、起きて活動しているときの緊張を手放しやすい効果がある。
    「1人で仰向けに寝た姿勢で重力に支えられて休んでいるだけでも、緊張を手放しやすい効果があります。でも、休んでいても緊張がゆるまない場合もあるので、そういうときに教師の助けが役に立ちます」


  • レッスンではさらに、教師は頭に軽く触れたり、ゆっくり生徒の手や足を動かしたりすることで、緊張から解放されていくプロセスをサポートする。
    「縮めたり固めたりしていない、その人のからだ本来の長さ、広さ、奥行きを、寝た状態で体験しておくと、座ったり立つ動きなどのときにもそれを活かせます」


  • アレクサンダー・テクニークのテーブルワークは、「施術」ではない。指圧やオイルトリートメントなどの一般的な施術は、からだを整えるために、筋肉や筋膜、皮膚に働きかけていくが、アレクサンダー・テクニークでは「クライアントが自分自身に気づく手助け」という目的で触れる。

  • 教師がクライアントのからだに触れるとき、静かにタッチすることをとおして「からだの声」に耳を澄ませる。そのとき教師は、教師自身の自分(=からだ)全体に耳を澄ましつつ、生徒のからだに触れている。そうすることで、触れている表面だけでなく、その人全体とコミュニケーションをとっている。

 

「触れながら、『胴体と足の関係』といった全体的なつながりなどを見ています。つながりを取り戻すにつれ、からだが軽くなったり、ゆるんできたりします。その変化を起こしているのはクライアントさん自身のからだ。教師が変化を起こしているわけではありません」

クライアント自身が変化を起こすということは、後述するチェアワークやアクティビティワークでも同様である。

③座る、立つ、歩くなどの日常動作を見直す「チェアワーク」

ポイント

  • 立つ、座る、歩くといった日常動作を行う

  • その人が日常動作に入るとき、からだのどこかを縮めたりしなくても動ける方向を提案したり、ふだんどんな風に動いているかという気づきを促したりする。
    「たとえば『姿勢を自然にすることが課題』という人であっても、姿勢は『動きの結果』なので、動きを丁寧に見ていくことによって結果的に姿勢が修正されるのです。レッスンによって、自分の動きを批判的に見るのではなく、興味を持って観察することがだんだん上手になっていきます


  • アレクサンダー・テクニークの特徴は、筋トレや体操などと違って、その人の日常生活の動きや意識の使い方そのものに応用できることです。『体操などをしてからだをゆるめられたけれど、パソコン作業(や楽器の演奏)に戻ったため、またいつもの痛みが出てきた』などという経験を重ねている人は少なくないと思います。アレクサンダー・テクニークでは、ふだん行っていることそのものを丁寧に見るので、どうしたら自然な動きに自分全体で入っていけるかを見直すことができます。『より少ない力加減で同じ動きができること』に気づくかもしれません」

  • ストレスによってからだが緊張すること自体は「正常な反応である」と認識する。
    「むしろ、からだに緊張などの反応が現れると、自分でそれを気づきやすいので、良いことです。まず気づくこと。それだけでも意味があります。自覚することによって、自然と緊張反応が穏やかになってきます


  • 大切なのは、からだの緊張を無理にゆるめようとしないこと。急激な変化が起こると、反動のように緊張がすぐに戻ったり、心身のバランスをかえって崩す場合がある。
    からだに必要なだけの時間をかけて、緊張がゆるむのを待つ姿勢も大切です。アレクサンダー・テクニークで起こる変化は、少しずつの変化。その人がそのとき受け入れることができるだけの変化です」

④歌う、踊るなどのパフォーマンスを高める「アクティビティワーク」

ポイント

  • 楽器を演奏する、歌う、踊るなど、その人がふだんやっている実際の動きにアレクサンダー・テクニークを応用してみる。

  • アーティストやアスリートなど、何らかのパフォーマンスアップをしたい人に向くが、PC仕事や家事など日常動作の向上にも使える。

  • このワークを行うと、本人が楽に動けるようになるだけでなく、演奏の音が良くなったり踊りがきれいに見えるようになることが多いため、アレクサンダー・テクニークの効果がわかりやすい。
    「ヨガや太極拳、武道のような型のある動きをする場合も、『頭と脊椎』ーーつまり『自分の中心軸』を意識するところから動き始めること。立つとき、座るときと同様に、動き出しに『間』をとることで、力の入れすぎが自然と解消され、目指していた動きを実現しやすくなります」

 

今回の体験レッスン動画

 

まとめ

①ワークによって生まれるプロセスを信頼する

アレクサンダー・テクニークのレッスンで大切にしていることを、石井さんに伺った。

「受ける側(生徒)はそれぞれ違う人生や動機を持っています。ですからアレクサンダー・テクニークでは『こういう動きなら良い』『こういう姿勢が正しい』といった特定の型に持っていこうとすることはしません。『この人は、どういう状態なんだろう、何を感じているんだろう』『何を実現したいんだろう』と思いながら、ワークをしていくことを大切にしています。そのようにしてレッスンを進めていくと、意外な解決策が出てきて驚くことがあります。

よくアレクサンダー・テクニークでは、『首が自由になること』や『頭と脊椎の関係性』からワークをし始めるのが良い、と言われますが、私はそこから始めない場合もよくあります。例えば首に意識を向けることで、かえって首が緊張してしまうタイプの人もいるからです。そんなときは、足元に意識を向けたほうが良いかもしれません。
『からだを全体として見た』場合、ワークの入り口はどこであっても良いのです。その人にとって入りやすい入り口から入って、その人の有機体全体に気づきが起これば、必要な変化が起こります

人間のからだの不思議はまだまだ解明途上である。「有機体である人間のからだの面白さ」を信じてゆだねることが、アレクサンダー・テクニークおよびソマティックワークの醍醐味でもあるのかもしれない

②感覚的評価に頼らない〜今ここにいる〜

アレクサンダー・テクニークを続けていくと「からだが良い感じ」になる瞬間が増えていく。だがそうなると、今度は良くない状態(不調など)にジレンマを感じるようになる。「この前は良い動きができたのに、今回はなぜできないのだろう?」と。そして、良かったときのからだの状態を一生懸命再現しようと『がんばる』。しかし、それは逆効果になってしまう

自分が不調だと感じるのは、それだけ自分のからだの感覚が研ぎ澄まされ、敏感になっている証拠とも言えます。不調だと感じていたとしても、からだをあまり感じなかったときよりも、実際にはからだの状態は生き生きしてきて、良くなりつつあるということが多くあります」

また、アレクサンダー・テクニークの教えの1つに、『感覚的な評価に頼らない』という言葉があると石井さんはいう。「良い感じの状態を再現しようとすると、かえってからだが固くなるのです」。一度、からだが良い状態になったとしても、それはもう過去の体験として置いておこう。

「一方、『良くない』と感じても、本当に良くないのかどうかはわかりません。それが慣れ親しんだ感覚と違うために変に感じるだけかもしれません。『良い』『悪い』の評価はいったん保留にして、ただ興味を持ってみてみましょう

「私たちは人間ですから、疲れることもあれば、嫌な気持ちになることもあります。それが人生ですし、命の働きです。良い状態に固執する必要はありません。良い状態にも悪い状態にもこだわりすぎず、変化しつづけていることにひらいていると、命の働きとして、自然と新しい可能性のほうに動いていくのです

アレクサンダー・テクニークを続けていると、その人を覆っていた“ベール”が剥がれて、その人らしさが出てくるような瞬間に出会うことがある、と石井さんは話してくださった。

「私は昔、『人と違って変なのかもしれない』ということを気にしていて、その気持ちから緊張しすぎていたことがありましたが、アレクサンダー・テクニークを続けていくうちに『私は私のままでいい』と思えるようになってきました

ワークを受けて家に帰ったとき、からだの癖も、考え方の癖も戻ったように感じるかもしれません。でも「あ、元の癖に戻っている」と気づくこと自体が新しい体験ではないでしょうか? それは、あなたがすでに別の可能性が存在することを体験的に知っているからこそ、そう感じるのです。別の可能性が存在することを知りつつ、あえて癖を自覚的にやってもいいのです。そこには自覚的に選べる、選択の自由があります。

癖がなくなると、”自分らしさ”はなくなってしまうのでは?と心配する人もいます。でも不思議なことかもしれませんが、自分のからだの感覚に自覚的になることで、”その人らしさ””自分らしさ”は自然に滲み出てくるようになるようです

最後に、石井さんはこうまとめてくれた。

「現代人は、目標を定めてそれに向かうことに一生懸命になり、『今ここにいる』ことを忘れがちではないでしょうか? 目標があること自体は悪いものではありません。しかし、目標に至る過程は、「今」「ここ」の積み重ねです

『自分は今、どんなことを感じ、どんなふうにしているんだろう?』ということに興味を持ってみると、いろいろなことが見えてきて、五感もひらかれてきます。

未来ばかりを見ているときや、過去の原因探しをしているときには気づかなかったような、自分のからだ、自分の内面、自分が今いる環境のことも見えてきます。そうすると、世界が立体的に見えてきて、自分自身を立体的に感じられます。それはとても味わい深いことです。

生き生きと今を生きている時間を積み重ねていくことは、実は目標への近道でもあるのです

(第四回 了)

【アレクサンダー・テクニークおすすめ書籍】

『毎日の「からだの使い方」からはじめる――実感!無駄な力がぬけてラクになる介護術 』 石井ゆりこ著 誠文堂新光社 刊
★入門書としておすすめ。介護する人はまず自分が快適であることが重要。

『演奏者のためのはじめてのアレクサンダー・テクニーク』 石井ゆりこ著 ヤマハミュージックメディア刊
★アレクサンダー・テクニークの基本的な考え方についても多くのページを割いており、特に今回の記事に関連する「あがり症」についての章もあるので「緊張」対策に興味がある方にお薦め。

『マンガとイラストでよくわかるアレクサンダー・テクニーク 実践編: 音楽演奏と指導のための』
バジル・クリッツァー著 学研プラス 刊
★マンガで書いてあるのでわかりやすい。ユズルさんも一場面で登場している。

『ボディ・ラーニング―わかりやすいアレクサンダー・テクニーク入門』
マイケル ゲルブ著、片桐ユズル訳 誠信書房 刊
★身体が関わらないとうまく認知できないということをATの視点から書いた本。

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–Profile–

石井ゆりこ(Yuriko Ishi
東京生まれ。アレクサンダー・テクニーク公認教師。東洋大学文学部教育学科卒。1988年よりATを学び始め、1998年よりAT教師として活動を開始。その後米国Alexander Technique Center of Cambridge他で一流の講師からも教えを受ける。野口整体やプロセス指向心理学、モンテッソーリ教育なども学ぶ。アーティストやセラピストなどの支援職、一般の方まで延べ約15,000人を指導。国立音楽大学非常勤講師も務める。著書に、『無駄な力がぬけてラクになる介護術』(誠文堂新光社)など。

Web Site:アレクサンダー・テクニークのLITTLESOUNDS

 

半澤絹子(Hanzawa Kinuko
フリーライター、編集者。各種ボディワークやセラピーを取材・体験し、「からだといのちの可能性」、「自然と人間とのつながり」に関心を持つ。「ソマティック・リソース・ラボ(https://www.somaticworld.org/)」運営メンバーの1人として、ソマティックに関する取材や普及活動も行う。