2020年9月9日発売
医療ジャーナリスト 北村昌陽氏 寄稿
「ヒモトレで味わった“世界観の転換”」
9月9日に発刊された『ヒモトレ介護術』、おかげさまで各方面から喜びの声が届き、アマゾンの社会福祉関連書籍でも1位になるなど、好スタートを切ることができました。
ここでは本書のライティングを務めていただいた北村昌陽さんにご登場いただき、数多くの医療・健康に関わるベテランの目から見た「ヒモトレのユニークさ」について2回に分けて語っていただきました。
こんにちは。
『ヒモトレ介護術』(浜島貫著、小関勲監修)で、編集・執筆を担当した、ライターの北村です。
私は日ごろ、主に医療や健康に関わる記事を、雑誌や書籍などに書く仕事をしています。ヒモトレとの出会いも、もともとは、とある雑誌で、健康法の一つとして紹介させていただいたのがきっかけでした。
今回のこの本は、いわゆる“健康情報”という枠を超えた、とても奥ゆきのある、興味深い内容になったと感じています。
そこで今日は、制作プロセスで私が体験した舞台裏の出来事や、そこで感じたことなどを交えながら、私なりに本書の見どころを紹介していきたいと思います。
最初の取材で感じた「違和感」の正体は?
この本のベースになったのは、当サイト「コ2」で2017年にスタートした「ヒモトレ介護術」という連載記事です。在宅介護の現場でヒモトレを活用されている治療家・浜島さんの訪問治療に、私が同行して取材。そこでのヒモトレ活用術を記事にまとめる、というスタイルで、連載は進められました。
私は、医療系の記事を長年、書いてきましたから、この連載が始まったときも、まあ特に問題なく、普段の仕事と同じような感じでやれるだろうと、気楽に構えていました。
ところが、です。取材の初日、浜島さんの後について訪れた最初のお宅で、いきなり大きな戸惑い、というか、違和感を感じたのです。
それは、連載の1回目で紹介し、本書でも最初のケースとして取り上げている、脳梗塞から寝たきり状態になった93歳(当時)のおばあちゃん、Aさんのお宅でした。嚥下機能が低下して、1年半もの間、何も飲み込めなかったのに、「烏帽子巻き」というヒモトレを使って飲み込めるようになった、という方です。
このAさんのエピソードは雑誌や書籍で何度も紹介されており、もちろん私も知っていました。取材に臨むとき、事前に過去の記事に目を通しておくのは、ライターのイロハのイ。私は当然のようにそういった情報を頭に入れ、取材のイメージを作り上げて、その場に臨んでいました。
ですが、その「事前情報から作り上げたイメージ」と、目の前に見えている現実の間に、何か、大きな隔たりがある。そんなふうに感じたのです。
1日にせいぜいスプーン4、5杯」が意味すること
何が食い違っているのだろう? 次の現場へ向かう車の中で、私は浜島さんに、いろいろな質問を投げかけました。
すると、こんな言葉が返ってきました。
「飲む込めるようになったと言っても、せいぜい1日にスプーン4、5杯。栄養摂取としては、ほとんど意味のない量なんですよ」
ああ、そういうことだったか! この一言で、私はやっと、違和感の元を探り当てることができました。
原因は、私の“思い込み”でした。
現代の医療は、大まかにいうと、病気になった人の体を調べて悪いところを見つけ(診断)、それを治す(治療)、という流れでプロセスが進みます。具体的な診断法や治療法はさまざまですが、大まかな枠組みは、あらゆる医療行為に共通でしょう。
そういう分野で、長年、執筆活動をしてきたため、私の頭の中には、「悪いところを、治す」というこの現代医療プロセスの枠組みが、思考パターンとしてガッチリと根を下ろしていた。医療にまつわる物ごとを目にすると、無意識のうちにこの枠組みに当てはめて解釈する習性が、身についていたのです。
だから、Aさんの烏帽子巻きのエピソードを聞いたとき、私の頭の中では、無意識のうちに、こんな解釈が生じていたものと思われます。
「Aさんの嚥下障害は、ヒモトレで、“治った”」
でも現実のAさんの状態は、「せいぜい1日スプーン4、5杯」。全く嚥下ができなかったという当初の状態から回復したのは確かですが、“治った”と表現するのは、難しいでしょう。
というか、そもそも寝たきりの高齢者の身体機能が、若い人と同じような意味で“治る”というのは、通常、あり得ません。私も、知識としてはそういうことを知っていましたが、頭の奥にあった「悪いところを、治す」思考によって、自分でも気づかないうちに、“治った”という捉え方をしていた。だから違和感が生じた、ということだったのです。
「先入観があった」のはラッキーだった
さて、先入観に気づいたところで、改めて私の頭の中には、こんな疑問が湧いてきました。
「“治った”のでなければ、スプーン4、5杯を飲み込めるようになったことに、どんな意味があるの?」
いま思えば、この問いに対する浜島さんの答えが、このコ2連載、ひいては本書の方向性を決める、重大な一言でした。最初の取材でこの言葉を聞けたのは、本当にラッキーだったと思います。
え、どういう答えだったか、ですか? それは是非、本書を手に取って、確認してみてください。
さらにいうなら、「悪いところを、治す」という先入観が自分の頭の中にあったのも、ある意味、とてもラッキーでした。というのも、この先入観は、本書のメインテーマと見事に重なるものだからです。
ヒモトレは、体にどんな影響を与えるのかと考えるとき、「痛みが取れる」「身体機能が回復する」といった「悪いところを治す」作用が注目されがちですが、ヒモトレ発案者の小関さんはいつも、「治る、は副産物だ」とおっしゃっています。
では、ヒモトレの本質は何なのか? この本には、まさにそこが書いてあるわけです。そして、そういう本を作っていく過程と並行して、本の執筆担当者である私が、「最初は“悪いところを治す”的先入観を抱えていたけれど、それが外れた」という経験をしている。これは、なかなか得難い状況だと思うわけですね。
というわけで、この本は、私個人にとっては、「世界観の転換」を味わいながら携わった仕事、ということになります。その辺りの雰囲気も、ぜひ、味わってみてください。
北村昌陽
『がんばらない、カラダが目覚める ヒモトレ介護術』は現在、Amazonで発売中です。
定価:1,600円(税抜き)
単行本: 271ページ 並製
出版社: 株式会社 日貿出版社
発売: 2020/9/9
現在、全国書店、アマゾンで発売中。
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