健康とウェルビーイングの一歩先を求めて−−。
今、こころとからだの健やかさの質を高める、
マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。
からだの感覚に注目し、
心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、
深い気づきや静けさを得たり、
自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んだりしていく。
これらは、
こころとからだのつながりを目指す
「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。
その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、
1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、
自分に向くものはそれぞれ異なります。
この連載では、
これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに
「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、
それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。

リベラルアーツ(一般教養)として学ぶ
ソマティックワーク入門
−新しい身体知の世界をめぐる−
第七回 ロルフィング 田畑浩良さん
ロルフィング®︎とはなにか? (実践編01)
取材・文●半澤絹子
モデル●吉田裕子
取材協力●日本ソマティック心理学協会
ソマティックワークには、身体の動きによって気づきを得る「ダンス/ムーブメント」、「瞑想」や「座禅」などのスタティックなもの、または施術を受けて、身体の気づきや変化を体験する「ボディワーク」など、さまざまな種類があります。
今回は、アメリカ生まれのソマティックワーク「ロルフィング」の実践編を紹介します。ロルファーの田畑浩良さんによるロルフィングセッションの様子をレポート。
田畑さん独自メソッド「イールドワーク」も含めたセッションの模様を、田畑さんの解説を交えて紹介します。

ロルフィングは、機能的なからだをつくるために「からだを統合する」
ロルフィングを受けることで、どんな効果があるか?
一言でいうと、「機能的なからだになる」ということになる。機能的なからだとは、動きやすいからだであり、代謝がよいからだであり、「こころとからだがつながっているからだ」である。
私たちの身体は、骨、筋肉、神経などさまざまなもので構成され、それぞれが役割を担い、複雑なネットワークによって機能している。しかし、骨折や長年の悪い姿勢によって筋肉や臓器などが圧迫されると、そのネットワークに歪みが生じてしまう。
歪みが生じてしまった身体構造を本来の状態に戻すのが、ロルフィングの目的である。
「『構造は機能を決定する』というのが、ロルフィングの考え方です」と、ロルファーの田畑浩良さんは言う。
「ロルフィングの創始者であるアイダ・ロルフは、『【からだの形】と【からだの機能】は一体であり、コインの表裏である。機能を高めるためには、適切なからだの形が存在し、それを創り出されなければならない』と教えていました。
身体構造が統合され、骨格を含むすべての臓器が機能を発揮しやすい場所に収まると、脊柱起立筋などの使い方やコーディネーションが変わります。すると、身体の機能も本来の状態に戻り、正常に働くようになります。
『身体の機能が高まる』というのは、より走りやすくなるといったパフォーマンス向上だけではありません。全体が連携し、流動的でつながりのある状態、動的で、動きがある状態です。ですから、腰痛や肩凝りといった特定の不調に対してアプローチするのではなく、身体全体に働きかけること(Wholism=全体性)が大切です」
「変化できる器」になるために身体の土台を整える
ロルフィングでは、「身体の構造」を統合するために、筋膜を中心とした「結合組織」に働きかける。身体の構造――というと、身体を支持する骨をイメージするかもしれない。なぜ結合組織なのだろう?
「骨もからだを支えてはいますが、からだの中を縦横無尽に張り巡って、からだ全体を支持しているのは『結合組織』です。結合組織の種類は、神経筋膜、内臓筋膜など多岐にわたり、すべての臓器に入り込んでネットワークを形成し、からだのすみずみまでを支えています。
結合組織に含まれるコラーゲン繊維の張力によってからだ全体の形が保たれているので、そのバランスを調整すれば、おのずと組織や臓器は、収まるべきところに収まります」
また、からだが統合されて全身の張力バランスが整うと、からだが重力に対して対抗しつつも、むしろ「重力によって」からだは支えられ、維持されやすくなる。「重力こそがセラピスト」というロルフィングの格言のとおり、施術効果が長期的に続くのはこのためだ。
そもそも、人間が地球の上で生きられるのは重力のおかげである。ロルフィングとは、からだの調整はもとより、「からだと地球との関係性を改善する」というワークでもあるのだ。
大きな事故に遭った人やケガを放置していた人には特におすすめ

ロルフィングは、とくに次のような人におすすめできる。
- 過去に大きな事故に遭った人
- 小さなケガ(打撲など)をそのままにしてきた人
- 心理的なトラウマなどを抱えている人
「本来、人間は自然に活動していれば、身体の機能は正常に働くようにできています。ケガがなく、大きなストレスを受けていない状態であれば、日常的な活動のなかで身体が統合されることは可能でしょう。
しかし、からだの自己調整力だけでは回復できないほどのダメージを受けると、自力ではからだを再統合できなくなります」
たとえば、足を打撲して、湿布を貼って完治したように見えても、季節の変わり目にひきつれを感じたりするのであれば、からだが統合されていない可能性がある。
「一見、問題を感じなくても、負荷のかかった部位の周辺は構造が崩れた状態で固定されています。そのような方には、外部からの介入(施術)が必要になりますね」
また、身体構造は、精神的なストレスにも反応する。遺伝や胎内にいた頃の環境なども先天的な要因も一因となり得る。
いずれにせよ、からだは自然に回復できる範囲を超えてしまうと、過剰なストレスに耐えるために、元のバランスとは異なる状態で固定される。ただし、その歪みは「必要があってつくられた歪み」であり、悪いものでは決してない。
「施術者が、歪みを『からだにとって誤った状態』として認識するか、『からだが回復する経過の状態』として捉えるのとでは、施術は根本的に変わります。ロルフィングの場合は後者の立場でクライアントに向き合い、歪みに至った経緯を含めて施術を行います」
と田畑さんは話してくれた。
タッチの強弱は、クライアントのからだの状態によって異なる
ロルフィングのタッチの適切な圧は、田畑さんの場合、軽い圧を用ることが多い。そのほうがからだの変化が起こりやすいという。
「クライアントのからだの変化を引き出すために最適な圧力は、同じ条件での比較ができないので、本当のところはわかりません。
ただ、クライアントがイールドワーク(後述)だけでからだの変化を感じられる場合は、ごく繊細なタッチのほうが効果的だと私は考えています。また、刺激を加えている時間(タッチをする時間)も必要最小限であることが、安全で有益だと考えます。
ただし、古傷や傷痕がある箇所は、組織の層の連携を高めるために、ある程度の圧力を用いることもあります」
なお、クライアントが圧によって痛みを感じるのは、必ずしも悪いことではない。
痛みに対して『感情』や『トラウマ』が紐付けされている場合は、痛みと適切な距離をとれずネガティブに働く可能性があるが、クライアントが強い圧による痛みを「意味のある介入」として認識すれば、からだは変化を受け容れるという。持続的で意味のある変化が起こることも多いそうだ。
「ロルフィングの5つの方針の1つに『Adaptability(適応性)』があります。セッションは、からだが刺激を受け入れていることを確認しながら、段階を追って進めていきます。
からだの変化を起こすには、何よりもロルファーとの信頼関係が重要です。圧の強弱や痛みの有無よりも、アプローチそのものがしっくりくるかどうかが大切ですね」
セッション編
ここからは、田畑さんのセッションの模様をレポートする。
今回、クライアントのモデル役を務めてくれた吉田裕子さんは、膝がグラグラしてからだが安定しないという悩みを抱えていた。ロルフィングのセッションでは膝を中心に、吉田さんのからだに働きかけていく。
足に違和感を感じるクライアントへのセッション
①セッション前に歩行チェック〜身体がどう機能しているかを確認〜
1、ヒアリング
ややX脚気味で、歩くときに膝のクセが気になるというクライアント。全身写真の撮影と、ヒアリングを行う。

クライアントは、「幼少期の習い事(バレエ)で股関節、中学時代の部活動(バスケットボール)で膝を続けて負傷したことが現在まで影響していると思う」と言う。
クライアント:「膝が不安定で、歩くときに変なところに力が入っている気がします」
田畑さん:「関節のコーディネーションが、今いちになっているのかもしれませんね」
2、歩行のチェック
ヒアリングをしたら、歩行の状態を確認。

田畑さんの初見では、クライアントのからだは「背中側の支え」に対して「脊柱より前の支え」がより充実すると、歩行時の推進力が増す可能性をもっていた。そこで、セッションでは、主に脊柱より前側をアプローチする。
なお、ロルファーがクライアントの歩行をチェックするときは、分析モードで観察しないこと。分析モードで相手を見ると、見られている側は無意識に緊張し、本来の自然な状態を観察できなくなる。
歩行チェックは、クライアントが「現在の身体の状態」に気づくために、立位、歩行、呼吸を意識してもらうことを目的にするとよい。セッション前・セッション後の歩行によって、クライアント自身が施術の効果を自覚できる。
② からだが変化しやすくなるように「安定する場」をつくる〜イールドワーク〜
1、ロルファーとクライアントでお互い心地よい位置を探る
ロルフィングの5つの方針の1つ「Support(サポート)」がはかられるよう、からだが安定する環境をつくる。
クライアントがマッサージベッドの上に寝たら、ロルファーが部屋のあちこちに移動して、「お互いのからだが心地よいと感じる場所」を見つける。「お互いのからだが心地よいと感じる場所=2人の関係性が良くなる場所」だ。これは、もともとあったロルフィングの手法ではなく、田畑さんが開発したイールドワークのテクニックである。

からだが心地よいと、からだは安定する。イールドワークを行うとロルファーとクライアント双方が安全安心の感覚を得られ、ラポール(信頼関係)を築きやすい。
次に、クライアントに左右に顔を傾けてもらい、左右どちらが「顔を傾けやすいか」「見やすいか」を確認する。ロルファーが立ち位置を変えるごとに、クライアントの呼吸に変化が起こるかをチェック。
「クライアントが圧を感じたり嫌な感じを感じたりする場所は避け、からだの抵抗のないところからアプローチしていきます」
2、声かけをする
田畑さん:「からだの重さをそのまま感じとって。ベッドの上に接しているところに、からだの重さを感じてみてください」
クライアント:「肩がさっきよりも、ベッドについています。左側も前より見えやすくなっています」
声かけをすることでからだへの気づきを促す、と田畑さん。からだはより脱力できて、可動性も上がっていく。
3、クライアントのからだの下に手を入れる
クライアントのからだの下にそっと手を入れる。すると、クライアントは、いっそうからだを預けやすくなり、さらに動きが引き出されやすくなる。
このとき、「自分の手技で相手のからだに変化を与えよう」と意図しないほうが好ましいという。ロルファーの手を「台」にして、クライアントに土台や足場を提供する感覚で、からだが落ち着く方向を示す程度で十分。
田畑さん:「今、どんな感じですか?」
クライアント:「(目を開けて周囲を見回す)左側がさっきよりも見えやすいです。呼吸がさっきよりも、深くなりました…だんだん力が抜けて、眠くなりました。あまり(田畑さんの)気配を感じません」
③ からだの感覚を感じてもらいながら、足や骨盤のジョイントを調整
クライアントの足に滑り止めを敷き、ロルフムーブメントのスキルも加えてアプローチ。声かけをしながら、ごく軽いタッチで膝の角度を少しずつ変えていく。
マッサージのように局所的にほぐすのではなく、パーツ同士、組織と組織の関係性を変えるように働きかけるのがポイント。関節の内部にスペースが生じるように、結合組織などが収まりやすい位置に促していく。軽いタッチは非侵襲的なので、からだは抵抗を起こしづらく、自然な変化が起こる。
この働きかけで足の土台がしっかりして、呼吸もゆったりと深くなってくると、神経系や内分泌系が安定し、からだはいっそうロルファーのアプローチを受け入れやすくなる。
田畑さん:「足に、すねの重さを感じて。すねの重さが自然とくるぶしに来るのを感じてください。膝のお皿がただ乗っているのを意識して、膝を休ませてください」
クライアント:「からだが支えられているのが感じられて、安心しています。太ももが休まっている感じです」
さらに調整し、骨盤に触れていく。
田畑さん:「骨盤の内側が休まっているのを感じて。呼吸が入ってきているのを感じてください。今、どうですか?」
クライアント:「休まっている気がします」
膝を立てた足のジョイントが良くなってくると、最初に膝を立てた位置よりも少し外側に足を置けるようになった。
クライアント:「(目を開けて、視界を確認)視野がだいぶクリアになっています」
両足を調整していくことで、クライアントの関節がちゃんとおさまり、足も軽くなった。
補足すると、「骨盤の調整」と「視野の広がり」の直接的な因果関係は薄い、と田畑さん。
「私は、クライアントの視界がクリアになったのは、イールドワークなどによる影響と推測しています。なぜならベーシックなロルフィングだけを行っていたときは、クライアントの視界が変化するようなことはほとんど起こらなかったからです。
私の臨床による仮説ですが、身体が十分に安全安心を確保できると、からだの外側に対して知覚が開くような余裕が生まれるのかもしれません」
④ 筋膜リリース
セッションの仕上げに、ロルフィングの5つの方針の1つ「Palintonic Harmony(2方向への伸びと広がり)」を意識して、からだのスペースが膨らむようにアプローチ。③までは足〜骨盤に働きかけて、からだの「下方への方向性(下丹田)」を強化してきたが、④では「上方への方向性(上丹田)」を引き出し、からだの上下のバランス(2方向性)を整えていく。
クライアントの指を開いて少しそらしながら筋膜をリリース。こうして上肢に働きかけると、上丹田が刺激され、上方への方向性を引き出せる。
田畑さん:「筋膜だけでなく、血管系にも働きかけています」
クライアント:「肩周りがリラックスしました」
さらに、首筋にもアプローチしてセッション終了。
【セッションの感想】
クライアント:「軽いタッチなのに、からだの内側は大きく動いている感じがしました。触れられている箇所とは違う場所が反応することもありました。何か新しいからだの感覚がしています。
ももに不要な力が入らなくなって、膝がかくんと抜けることがなくなりました」
施術後、からだ全体が上下方向に伸張する変化が確認できた(とくに右半身)。田畑さんのセッションまとめ:
「今回はこのようなワークになりましたが、膝へのアプローチ1つとってもさまざまな方法があります。①膝と他の関節(股関節、踵関節)の可動性と連携を高め、膝関節の機能的な動きを入力するアプローチ(今回行ったアプローチ)。
②バレエによる膝関節内に捻りの負荷を回復するアプローチ。
③膝関節内に空間をもたらすアプローチ。
④下肢の関節の連携と、上半身の左右軸が分かれるような可動性を引き出すアプローチ。
⑤皮膚へのタッチによって組織に活力をもたらし、怪我の部位とその周辺空間との親和性を回復するアプローチ。
⑥膝の土台である足底と頸骨・腓骨の関係性を回復するアプローチ。
⑦関節液と脳脊髄液・間質液を知覚し、液同士の共鳴を引き出すアプローチ。そのつど、クライアントのからだが受け入れやすいアプローチを行います。常にセッションは動的で流動的です。
ロルフィングは、治療や処置を施すのではなく、「からだのプロセスを促すもの」であることを知っていただけるとうれしいです。
実践編の後編は、ベーシック10シリーズの概要を解説していく。
*Rolfing®、ロルフィング®、Rolf Movement®、ロルフムーブメント™、Rolfer™、Rolf Institute、The Rolf Institute of Structural Integration、およびLittle Boy Logoは Rolf Institute の商標であり、米国およびその他の国々で登録されています。
(第七回 了)
ロルフィングおすすめ書籍
『Moving into Alignment』Jennifer Hayes(翻訳書はなし)
★ロルフィング10シリーズの流れに沿ったエクササイズが豊富な写真と共に紹介されています。各セッションごとのゴールや狙いがうまくまとめられていて、10シリーズの体験を見直したり、理解を深める助けになるでしょう。
『感じる力でからだが変わる: 新しい姿勢のルール』メアリー・ボンド著、 椎名 亜希子訳 春秋社 刊
★長年Rolf InstituteのRolf Movement®部門の教員を務めてきたメアリーボンド女史が、身体にどういう意識や感覚を持ったらよいのか、について身体への新しい捉え方を紹介しています。Rolfingを受けた方や身体を資本としているパフォーマーなどには、身体探究の手助けになるはずです。
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